1981年に書かれた長編The Affirmationの邦訳
最初に書かれた「夢幻諸島」ものであり、29歳の青年のアイデンティティの揺らぎが、イギリスと夢幻諸島という2つの世界に跨がって描かれる。
プリーストの長篇としてはおそらく6作目で、初期の終わりか中期の始めかの作品ということになるのかなと思う。
翻訳者の古沢は2022年に以下のように書いている。
未訳のプリースト長篇のなかで、たぶんこれがもっとも優れている作品であり、翻訳されないのが不思議でならない。何度か売り込んだものの、タイミングが合わないのか、良い結果が出ていない。死ぬまでに絶対に訳したい本
読んでみた(過去のレジメ集):クリストファー・プリースト The Affirmation (1981)|古沢嘉通
ちなみに、本書のタイトルはすでに書いたように、原著はThe Affirmationで、邦訳が『不死の島へ』である。The Affirmationを直訳すると「肯定」になるが、物語の内容を端的に表すという意味では『不死の島へ』の方がより適切ではある。
ただ、本書の物語内で『拒絶』という架空の小説作品が登場しており、The Affirmationはこれと対をなすタイトルである、という仕掛けが、一応なされている。
また、クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』 - logical cypher scape2の中には、『肯定』という小説作品が登場してくる。
主人公ピーター・シンクレアは、29歳の夏、恋人と別れ、失業し、賃貸アパートからも追い出されてしまう。父の古い友人からの申し出により、田舎にあるコテージを、修理することと引き換えに貸してもらえることになる。
で、早速そこに引っ越して、ペンキで塗った「わが白き部屋」でピーターは、自伝のような原稿を書き始める。
何度か書き直して、第3稿から、それは夢幻諸島を舞台にした小説に変わる。
ロンドンは「ジェスラ」に、別れた恋人グラシアは「セリ」へと名前を変える。それは、ピーターのこれまでの人生のメタファーとして書かれており、例えば恋人のグラシアをより理解するために、彼女は小説の中でセリという姿をとる。
一方で、ジェスラから夢幻諸島へと足を踏み入れたピーター・シンクレアも描かれる
彼は、コラゴ島にあるコラゴ宝くじ社が実施する、不死者措置を受けるくじに当たり、コラゴ島へ向かうために、夢幻諸島へやってきたのである。
彼は、2年前に自分の過去を書いた原稿をもって、まずはムリセイにある事務所へと向かう。そこで、宝くじ社の事務員であるセリと出会う。
2人は互いに惹かれ合いながら、コラゴ島に向かうまで、島々を巡る旅に出る。
コラゴやムリセイはクリストファー・プリースト『夢幻諸島から』 - logical cypher scape2にも書かれている。
で、コラゴの不老不死処置について、不死になるし病気にもならなくなるのだけどその代わり記憶が消される。そのために処置前に質問紙調査とかして、処置後に記憶をよみがえらせる措置がとられるわけだけれども。
あと、この不老不死処置は、処置にボトルネックがあって、一部の人間にしかすることができないが、例えば権力者や富裕層ばかりが処置をするようになったら不公平なので、全世界的に宝くじが行われていて、このくじの当選者だがけが受けられるようになっている(買うか買わないかは自由らしいので、買い占められたらどうすんの、とは思わなくもないが)。
ただ、それはそれでやっぱりどうなのよという批判もある。つまり、くじに当たりさえすればどんな人間も不死化処置するのだけど、もっと不死化にふさわしい人間がいるんじゃないか、という批判
それで、毎年、不死化にふさわしいと思われる人を選出してその権利を与えるという方法も並行してとられているのだけど、それで選ばれた人はみんな辞退している(まあそりゃそうだよね、と思う)
で、その辞退者の一人である、とある作家が書いた作品が『拒絶』で、死の拒否は生の拒否でもあるのだと不死を批判している。
(このあたりのくだりは『夢幻諸島から』にも書かれている)
ピーターは不死化処置を受けるかどうかずっと迷い続けているのだけど、『拒絶』に影響をうけて、辞退することにする
のだが、あんた不死化処置受けないと数年以内に死ぬよ、と唐突に宣告され、結局、不死化処置を受けさせられることになる(ここらへんの急展開・ご都合主義感は否めないが)
重要なのは、ピーターの記憶が失われてしまうということ。
で、アイデンティティの再構築をすることになるわけだけど、このとき、ピーターが書いていた原稿がポイントになってくる。
この原稿は、彼が自分の半生を綴ったものだと主張するものだけれど、ロンドンという架空の都市が舞台になっていて、両親や姉の名前も公的な記録とは異なるものになっている。
つまり、ロンドンに住んでいたピーター・シンクレアは、自分の半生を、ジェスラという架空の舞台に置き換えて書いたわけだが、逆に、ジェスラに住んでいたピーター・シンクレアは、自分の半生を、ロンドンという架空の舞台に置き換えて書いていた、と。
で、ここまでピーターにとってかなり都合のよい女性だったセリが、初めて他者として対峙してきたりもする。
書いたものによって自分を構築していく。
(逆に、イギリスパートでも、ピーターは自分が書かれたものから構築されている、と感じていたわけで、虚実が反転して、この作品世界内で、どちらが現実世界でどちらが虚構世界なのかがどんどんわからなくなるような作りをしている)
イギリスの方のピーターは、グラシアと再会する。
彼女は以前自殺未遂をしていたことがわかる。すでに精神的に回復していたグラシアと同棲しはじめる。
ただ、再び揉め始めるのだけど、そこにピーターの例の原稿の存在がある。
グラシアは、ピーターが執着している原稿を見て、再び自殺をはかる
ピーターは、原稿にセリのことが書かれていたからだと思うのだが、グラシアはその原稿が白紙だったという。
ピーターはロンドンでセリと出会う。
ロンドンとジェスラをいったりきたりする。
それは、グラシアとセリという2人の女性の間で揺れ動くし、自分がイギリスに存在するのか夢幻諸島に存在するのか、ということでもある。
そして、物語はまさにその宙づりのさなかでぷっつりと途絶えるようにして終わる。
この終わり方をどう解釈すればいいのかはよくわからないが、全体としては面白かった。
でも、どう面白いのかというところはあんまりうまく説明できないかもしれない。
エリクソン作品にも似た、というか。エリクソン作品ほど複雑じゃないけど。
どっちの世界(あるいはどっちの女性)を選ぶのか、みたいな話でもあり、その意味では、よくある話という感じもするけれど、どっちにも決められないまま、それぞれの世界の輪郭がはっきりしなくなる。
どちらが虚構でどちらが現実か、という区別自体が失われていく。
自分が自分の書いたものによって構築されている、ということとか、虚実のはざまとかメタフィクションとかそういうものの面白さは確かにある。
あと、「わが白き部屋」というのが、終盤でまたなんか意味ありげに出てきたのが、なんかよかった。
ただまあそれとは別に、夢幻諸島世界の巡る旅、という部分でも面白かった。
『夢幻諸島から』は旅行ガイドブック風の作品だったけど、こっちは実際に旅をしている人の視点で描かれているので、ガイドブックで読んだことのある場所を、実際に訪れるとこんな感じかあ的な
夢幻諸島は、ファンタジー世界ではあるけれど、社会や科学技術の面では現代世界だから、そのあたりがなんとなく面白い。あと、ジェスラがある国は領主制の国だったりして、敵対国の方も独裁政権かなんかだったりして、近代国家なのだけど民主主義国家がなさそうなんだよな、あの世界。
本作と同じタイトルである『肯定』という作品が『夢幻諸島から』の中で、物語世界内に存在する作品として登場している。
タイトルが同じだけで内容は本作とは関係ないと思われるが、その作品をめぐる経緯は少し似ているかもしれない。
本作には、プリーストによる序文がつけられていて、書評ではあまりちゃんと理解されていなかったが、読者に支えられたという、書評家・批評家に対する不満が述べられている。
『夢幻諸島から』では、モイリータ・ケインからチェスター・カムストンに宛てられたファンレターという形式で綴られた章がある。ケインはカムストンの熱心な読者だが、批評家に対する批判をしていたような気がする。そして、そのケインが後に発表することになる作品が『肯定』である。
プリーストの長編に限ると、未訳はおそらく、第2作、第8作、第10作、そして2016年以降に発表された第15~19作目の8作品なのではないかと思われる。
(長編で何が訳されてて何が未訳かはクリストファー・プリースト『逆転世界』(安田均・訳) - logical cypher scape2でまとめた)
未訳作品については、巻末の大森望による解説の中で紹介されている。
この解説は現在noteでも公開されている。
【大森望さんによる解説を特別公開!】クリストファー・プリーストによる記念碑的文芸SF長編『不死の島へ』2月27日発売|Web東京創元社マガジン
