ミルハウザーの最新短編集
短編集の原著タイトルはDisruptionsで、邦訳版では本書『高校のカフカ、一九五九』と『幽霊屋敷物語』(近刊)とに分冊される。
We Othersは、新作と旧作混ざった短編集だったが、邦訳版では新作のみ
Voices in the Night は『ホーム・ラン』と『夜の声』に分冊されていた
向こうとこっちとで、1冊のボリュームに差異があるらしい。
訳者あとがきにもあったが、相変わらずのミルハウザー節であり、いつもの、という感じでもあるのだが、しかし差異もあって、少し違うテイストだなと感じるところもある。
奇想なしの青春小説っぽいのも多かった感じだが、やっぱり奇想っぽい方が好き(完全に「いつもの」って感じだけど「影劇場」とか)
基本的には、前半の方が好みであった。
ミルハウザーって今83歳で、この本は80歳の時にでた本なのか。執筆時は70代ということにはなるだろうが、それでこれ書いているのはまあまあすごいな。
じゃあ柴田元幸はどうなんだと思ったら、柴田元幸は柴田元幸でもう71か……
お電話ありがとうございます
「お電話ありがとうございます。しばらくお待ちください」的な自動音声が4種類くらい延々と流れてくる間、主人公は自分の子ども時代・学生時代を思い出す。初めて遊びにきた男の子や春のダンスパーティに誘ってくれた男の子のことなど。
自動音声と、主人公の語りが、特に区別されることなく(鉤括弧でくくられたり、改行されたりすることなく)だーっと書かれている。
主人公自身の人生が、おそらくある種の受け身の人生であって、しかし、彼女は幸せな結婚生活を送っており、自分は幸せだと述べているのだけど、まさにそうやってわざわざ自分が幸せだと述べることと、そこまでに展開された思い出話からは、そこにうっすらとした懐疑があって、それと、ずっと待ち続けるように繰り返す電話の自動音声への苛つきが、うまく重ね合わされている。
手法とあわせて、なんといえばいいのか「文学」っぽさがある。ミルハウザーっぽくもあるが、あんまりミルハウザーっぽくない感じもした。
斬首刑のあとで
海沿いにあるわたしたちの町で、ギロチンによる公開処刑が行われた。
2,300年前とかの話ではなくて、インターネットもスマホもある現代の話。
強盗などが連続したことで、にわかに刑罰の厳罰化などに関心があつまり、ギロチンでの公開処刑を実施することになり、1名の処刑が実行された。
その後、主人公含む住人たちの反応や、反対運動あるいは賛成運動などを描きつつ、次第にギロチン台が緑地広場に置かれていることが日常の風景へと変化していくことを描いている。
認識の変容的な話になっている。というか、家が建て替えられたり、お店が別のお店に変わったりして、「あれ、そういえばここ前なんだったっけ」ってなる感覚が、ギロチンでも起きるっていう話。
ありふれた苦境
恋人が絶対顔、というかこちらを振り返ってくれないという男性の話
家にいくと、後ろを向いて座っていて、背中合わせで食事する。出かけるときも、彼女は先に出かけて、出先で合流する。
スキンシップやセックスもしているのだが、身体の前側には見ない、触れないを徹底しているのである。
いや、無理あるだろ、そこまで接近してたら、絶対どこかで破綻するだろ、とは読んでて思うのだが、そこはミルハウザー節で、それが成り立っていることになっているのである。
で、主人公はその理由を色々推測しているけど、わからない
梯子たちの夏
春になると梯子たちが現れ夏にかけて増えていき秋になると次第に姿を消していく、という擬人化というか擬生物化した描写から始まる。
で、ある年、梯子たちはどんどん背を伸ばすようになった、という話が始まっていく。
これ、本当に梯子が生き物のようになって伸びていったのか、町の中での一種の流行として梯子の持ち主たちが梯子を長くしたのか、あるいはメーカーが長い梯子を売るようになったのか、そのあたりははっきしりない。ただ、町を眺める目線として、どんどん長い梯子が増えていった、と描かれている。
でまあ、そうすると落下事故とかも起きる(家の屋根より高くなったりしているので)
喧嘩
主人公の少年の同級生2人が、バス停の前で喧嘩した、というところから始まる。
中学2年生
主人公は、中学生になってから治安が悪くなってきたことを感じていて、小学生の時は一緒に遊んでいた友達とも距離を感じ始めている。
ただ、青春のひとこまを切り取った感じで、奇想的な要素はないが、思春期の子供の内省的な感じを描く作品も、確かにミルハウザー作品の中に一定数あるな、という感じはする。
あまり明言されていないが、喧嘩していた2人のうちの片方は黒人っぽいし、主人公は両親が教育者(母親が小学校、父親が大学の教員)で、ほかの同級生の家族と違うっぽい
自分も喧嘩しているところを思い浮かべて終わる。
影劇場
これは、まさにミルハウザーって感じで、私たちの町に「影劇場」(人形影絵芝居)がやってきて、それが流行って、町の人たちの生活や文化そのものを変えていく話。
何度、同じような話してるのおじいちゃん、って感じではあるのだが、しかし、面白いんだよなあ
今回は、町の住民たちが影劇場にハマって、色のない世界を志向し始める、というのが面白かった
「新しい世界を始動させよう」で終わるのもなかなか。
そういえば、ミルハウザー作品ってよく歴史協会ってでてくるけど何なんだろと思ったら、アメリカには、州ごと、郡ごと、市町村ごとに歴史協会という組織があるらしい。どんな活動してるかは、学術的な定期刊行物だしているところがあったり、博物館運営しているところがあったり、それぞれ違うらしいが。
彼は取る、彼女は取る
なんか言葉遊び的な2ページくらいの奴
あー、離婚した時の財産分与ということなのか
高校のカフカ、一九五九
もしカフカが1959年にアメリカで高校生活を送っていたら、という話
「英語の授業のカフカ」「鏡で自分を見るカフカ」「図書館前階段のカフカ」「ダウンタウンのカフカ」「駅のカフカ」「夏の前のカフカ」など細かく章分けされている。
ロシア文学を必ず持ち歩き、ボニー・ウィルコックスという少女に憧れながらも、なかなかうまく話せず、一人反省会していたりする。
もしカフカが、というところが特殊な設定だが、話全体としては、普通の青春小説という感じもする
表題作であり、収録作の中でも一番長い作品だが、個人的にはそこまでピンとこなかった……
ある夏の夜
ある日、いつものようにガールフレンドの家に遊びに行ったら(ところで、ガールフレンドの家に遊びにいって夜の12時まで一緒にいて帰る、というのが、向こうの高校生的には普通なのだろうか)、当のガールフレンドは不在で、そのお母さんだけがいて、誘われるという話。
誘われるといっても、このお母さんがやたらと子どもっぽい感じで、裏庭のブランコでどっちが遠くまでジャンプできるかとか、屋根の上に上ったりとか。
これはそう悪くはなかった。
ミルハウザー作品リスト
()内は(原著刊行年/邦訳年)
『エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死』(1972/1990)岸本佐知子訳(長編)
『ある夢想者の肖像』(1977/2015)(長編)
『イン・ザ・ペニー・アーケード』(1986/1990)(短編集)
From the Realm of Morpheus (1986/未訳) (長編)
『バーナム博物館』(1990/1991)(短編集)
『三つの小さな王国』(1993/1998)(中編集)
『マーティン・ドレスラーの夢』(1996/2002)(長編)
『ナイフ投げ師』(1998/2008)(短編集)
『魔法の夜』(1999/2016)(中編)
『木に登る王:三つの中篇小説』(2003/2017)(中編集)
『十三の物語』(2008/2018)(短編集)
『私たち異者は』(2011/2019)(短編集)
『ホーム・ラン』 (2015/2020)(短編集)
『夜の声』 (2015/2021)(短編集)
『高校のカフカ、一九五九』(2023/2025)(短編集) ← 本書
『幽霊屋敷物語』(2023/2026予定)(短編集)
長編は全部で4作だが、それぞれ1972、1977、1986、1996であり、それ以降は長編は書いていない。
これまでに短編集を7作、中編小説集を3作出している。
計14作あって、未訳は1作?! すごい翻訳率だ。
でもって、邦訳されている13作中12作は柴田元幸訳である。
