パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ 二〇世紀史概説』(阿部賢一・篠原琢訳)

20世紀の歴史をカットアップした実験小説


海外文学読む期間をやっているが、海外文学といえば白水社だろと思って、白水社のサイトを見て回ってたときがあってその時に見かけて気になった本の1つ。

現代チェコ文学を牽引する作家が、巧みなシャッフルとコラージュによって「ヨーロッパの20世紀」を大胆に記述。国内外で反響を呼び、近年出たチェコ文学としては最も多い20以上の言語に翻訳された斬新な歴史‐小説。
66の段落から構成される本書は、タイトルからすると歴史の教科書のように見えるかもしれない。だが冒頭からその印象は裏切られ、直線的な記述ではなく、時代がシャッフルされていることに気づく。あらすじもなければ明確なプロットもなく、記録、実話、逸話、噂話、スローガン、学説などさまざまなレベルの情報がミックスされ、コラージュされるうちに、「世界大戦」「宗教」「フェミニズム」「工業化」「ファシズム」「共産主義」といった20世紀を象徴するテーマや事件が、「マスタード」「ブラジャー」「インターネット」といった日常のささやかなトピックと思わぬ形で結びつく。「ホロコースト」と「バービー人形」のつながりなど、幾多のエピソードを通じて生まれる笑いと皮肉のなかで、時代の不条理が巧みに表出されていく。
虚と実、歴史と物語の境界に揺さぶりをかけ、読者の認識や思考回路を刺激する。「20世紀ヨーロッパ裏面史」、待望の邦訳。
www.hakusuisha.co.jp

普段あんまり版元の紹介文をそのまま引っ張ってくることはないが、わりとこの説明がまとまっているので。
あとは、以下のブログ記事など
vladimir.hatenablog.com



版元の紹介文や先ほどのブログ記事を読んだりして、これは絶対面白そうな奴だなと思って読むことにしたのだけれど、しかし、読んでみるとそこまでではなかった、というところで紹介に困っているというのもある。
つまらなかったわけでもないのだけれど、色々な物事に対してどこか冷笑的な雰囲気があって、それはチェコ人作家がナチス共産主義を含む20世紀ヨーロッパというものに対してとる批判的視座として選ばれたものなのかもしれないけれど、しかし読んでいてだんだんスタンスに上手くノリきれなくなってしまったところがある。


歴史の本のような文章かといえば決してそんなことはなく、また、あらすじといえるものも全く存在しておらず、似たような文章があまり思い当たらない。
一行空けによって区切られた段落では、ある程度一つのテーマについて書かれてはいるが、その記述の仕方はなかなか不思議なものだ。
決して不明瞭な文章のわけではないのだけど、トリビアルな知識の説明を延々書いているような雰囲気がある。実際、そのトリビアルな知識として面白いものは結構ある。
それでは全くトリビアルな知識の羅列なのかといえば決してそうでもない。
あらすじはないし、本当に様々なテーマやトピックが扱われるのだが、繰り返し出てくるモチーフらしきものはある。
それは、20世紀というのが、何か新しい意識をもたらそうとする運動が様々にあって、しかし、語り手は明らかにそうした各種の運動・思想に対して冷ややかである、ということである。
20世紀のヨーロッパ*1についてなので当然といえば当然だが、共産主義ナチスについての記述は繰り返し出てくる。共産主義ナチスの類似性をあげていることもあれが、違いを説明しているところもある。また、サイエントロジーエホバの証人など新興宗教についての記述も多い。あるいは、精神分析とかダダイズムとかそういったものも出てくる。これらについて表だって肯定したり否定したりする記述はないが、これら全てを相対化していくようになっている。
さらに、明確に繰り返して出てくるキーワードとしては「前向き(ポジティブ)」がある。
これは、第一次大戦に従軍した兵士が家族に宛てた手紙の中で「僕は前向きになっていく」と書かれているのが最初だったと思うが、他にも何カ所か「前向き(ポジティブ)」という単語が出てくる。20世紀というのは人々にポジティブたれ、と言いつのった世紀だと言おうとしているかのように。無論、本書の中でこの言葉は皮肉混じりに用いられている。
物語はないが、このような記述の組み合わせで何かを浮かび上がらせようとするという展で、やはり紛れもなく小説ではあるよなあ、と思った。
この本は2001年刊行なのだが、インターネットや2000年問題など90年代の事象も結構たくさん出てくる。


ページの上部に、時々見出しのようなものがついている。
本書は、一行空きによって区切りがつけられているのだが、しかし、上部の見出しはその区切りとは無関係に出てくる。
その箇所に出てくる単語がそのまま引用されていたり、あるいは少し要約した形で書かれていたりする。
内容に対して見出しになっているかというと、あんまりそうでもない。この部分だけ拾っていくと何か別の文章が現れるのかというと(試してはいないのだがパッと見たところ)そういうこともなさそう。
かなり意味不明な仕掛けなのだが、本書全体のカットアップ感、コラージュ感を強調するのには役に立っているように思う。
また、時々本文内で太字になっている箇所もあるが、これもなんで太字になっているのかよく分からなかったりする。
あ、あと、人名が一切出てこなかったはず。
これは非常に著名な歴史上の人物も、完全に無名の一兵士も全く同じような扱いで言及されており、相対化に一役買っている。

*1:アメリカの話は出てくる。アジア・アフリカはほとんどなかったはず