スティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』

19世紀末〜20世紀初頭にかけてのニューヨーク、大衆文化と都市の機械化が進む時代に、華々しく立身出世していく男の、巨大ホテル建築の夢と女性たちとの奇妙な関係を描く物語。
ミルハウザーの短編、中編を少しずつ読んできたので、このあたりでそろそろ長編をと思って手に取った。また、最近『時間のないホテル』を読んだので、ホテルつながりというのもあったり。
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マーティン・ドレスラーの夢 (白水Uブックス)

マーティン・ドレスラーの夢 (白水Uブックス)

マーティン・ドレスラーの子ども時代から30代前半くらいまでを描いている。
葉巻屋の息子として生まれた彼は、子どもの頃から商売のアイデアがあって、父親に許される範囲で店頭のディスプレイなどを行っていた。
マーティン自身による営業で、ヴァンダリン・ホテルのボーイに葉巻を配達するようになり、14歳からは、そのホテルでボーイとして働くようになる。
ホテルはロビーの空間を人に貸しており、その中には葉巻を売っている老人もいた。マーティンは、その老人が引退すると、そのスペースを借り受け、さらに別に人を雇って、ロビーでの葉巻販売の事業を手がけ始める。雇った店長はまだ若く、マーティンとも気が合い、ロビーでの葉巻販売事業を拡大していくことになる。
一方で、マーティンはホテルマンとしても順調に出世し、ボーイからフロント係、そして支配人の秘書となっていく。支配人の近くで仕事をすることで、ホテルを、様々な部署が連携して動く全体として見られるようになるが、この、様々なパーツが組み合わせって全体として動く、という現象がマーティンを魅了していくこととなる。
また、マーティンは、ホテルの機械設備を担当するダンディーと親しくなっていく。そうした中で、蒸気エレベータから電気エレベータへと、あるいはブザーによる呼び出しシステムから内線電話へと、技術が変化していること、一方で、支配人がなかなか新しい変化への決断ができないでいることなどが分かってくる。そしてまた、ホテルというものが、古いもの(伝統的なヨーロッパ風の意匠)と新しいもの(最新技術でできた設備)の両方を求められる、矛盾した場所なのだということを学んでいく。


20代前半のマーティンに、2つの重要な出来事が起こる。
一つは、ダンディーを共同経営者として、閉館の決まった博物館*1を買い取って、カフェレストランの経営を始めたこと。
自分の父の葉巻屋、ホテルのロビーでの葉巻販売などにもあったひらめきが、再び彼を捉えたのである。
もう一つは、まだ空き地の目立つニューヨークの北部にある、アパートメントホテルに居を移し、ヴァーノン家と出会ったことである。夫(父)を亡くしたその家族は、母親と娘2人の女性3人で、毎晩ホテルのパーラーで過ごしており、そこにマーティンも加わるようになったのである。
若く快活な母親であるヴァーノン夫人、物静かで美人の姉キャロリン、頭がよく姉よりも年上に見える妹のエメリン
4人は瞬く間に親しくなっていき、マーティンはあたかも3人を妻にしているかのような感じにすらなる
マーティンのカフェレストランは大成功を収め、2号店を開業し、次第にチェーン展開していくこととなり、色々あって、ホテルの方は辞めてしまう。


この時期のニューヨークは、高架鉄道が走っていたというのを初めて知った。
しばらくすると、地下鉄も走り始めるが。
この高架鉄道、道路の上ではなく、建物の中を通り抜けるように走っていたらしい。


マーティンは、ヴァーノン家との付き合いをするとともに、自分が住んでいる部屋の掃除を担当しているメイドとも親しくなるようになる。
キャロリンは、美人ではあるが体調を崩しやすく睡眠も不規則でほとんど自分からは話してこないタイプ。エメリンは、姉のように美人ではないが、マーティンの仕事の話題についても的確な質問をしてくるようなタイプ。一方で、マーティンは、メイドとも秘密の関係を楽しんでいる。
マーティンは結局、キャロリンと結婚するが、エメリンを自分の店で働かせるようになり、メイドとはつきあわなくなる。ただ、結婚初夜にキャロリンはさっさと寝てしまい、それにキレたマーティンはその晩をメイドの部屋で過ごしていたりする。
マーティンはその後、仕事上のパートナーとしてエメリンとともにする時間が増えるが、キャロリンとはどんどん疎遠になっていく。


そういう奇妙な女性関係を築く一方で、ビジネスは順調に進んでいく。
ヴァンダリン・ホテルの支配人は、年をとるにつれて保守化が進んでいき、結局オーナーたちに解任されてしまう。そこにマーティンが戻ってくる。
彼は、ニューヨーク中に何店舗も展開し、大成功を収めたカフェレストランチェーンを何の未練もなく売却し、ホテルを買い上げる。
彼は、チェーン展開という、部分が連携して全体として機能するものを動かすことには興味があったが、カフェレストランそのものには興味がなかった。
チェーン展開を成功させた彼は、再びホテルへと戻ってくるのである。
彼は最新設備をとりいれ、さらに地下にショッピングストリートのあるように改築し、ホテルをリニューアルオープンする。マーティンは、いよいよ、自分のやりたいこと、目指したいことというものを自覚するようになる。
百貨店の、雑多なものが一つにまとまっている感じにインスパイアされ、また、新進気鋭の建築家と広告マンとをビジネスパートナーとしたマーティンは、全く新しいホテル、ザ・ドレスラーへ取り組み始める。
マーティンは、ザ・ドレスラー、ニュー・ドレスラー、グランド・コズモと次々と巨大なホテルを手がけていくのだが、それは次第にホテルから離れていく。
彼は、一つの建物の中にありとあらゆる要素を取り込み、決して飽きることのない世界を作り上げようとした。
様々な建築様式を取り込むだけでなく、ショッピングモールは当然として、庭園や劇場街(ボードウィルやニッケルオデオンも含む)、様々なジオラマ、さらには世界各地の風景を描いた壁画(?)などを作り上げていく。
とにかくすごいのは、地下空間で、地下を何層にも堀り、池や林などを作り上げていく。


マーティンによるホテルは、当初は、人々から戸惑い混じりの賞賛を浴び、次第に賞賛が増していくが、ホテルからいよいよ離れ、実際にホテルとは名乗らなくなったグランド・コズモに至っては、ついに戸惑いの方が勝るようになる。
『時間のないホテル』は、建築物としては単調でどれも区別がつかないようなホテルが、世界中にあって、何故か空間がつながり合っていて、ホテルの中にいるだけで世界中を移動できる(だが、ホテルから出られない)というものだったが
本作で出てくるホテルは、建築物としては唯一無二の独特のもので一つしかないが、その実、様々な意匠を内部に取り込み、意匠のみならず、世界中の景色や娯楽を建物内に完備し、ホテルの中に世界を作り上げ、ホテルの中で生活がすべて成り立ってしまう。
具現化のあり方は全く異なるが、拡張していくホテルが世界となっていくという様は、ちょっと共通しているかもしれない。

*1:いわゆる博物館ではなく、見世物小屋的な博物館だと思われる