ガルラジ合同本『___・ラジオ・デイズ』に「質感から考える メディアなきフィクションとしてのガルラジ」書きました


ガルラジについては、別のブログの方では配信中に色々と書いていたのだけど、こちらのブログではまだ触れていなかったかと思う。
高速道路会社のNEXCO中日本ドワンゴが共同制作しているコンテンツで、2018年12月から1stシーズンが、2019年7月から2ndシーズンが配信されていた。
5か所のSA・PAをそれぞれ拠点にした女の子のチームがローカルラジオをやる、という物語である。
garuradi.jp


マイナーな作品ではあるが、一部にかなり熱量のあるファンがつき、このたび、二次創作・評論・エッセイなどを集めた合同誌が発行されることとなったのである。
32名分34作品、A5で278ページ、自立する分厚さとなったと聞くので、それだけでもこの熱量が感じられるだろう。
合同誌の内容については、twitterハッシュタグ「#ガ合」を見てもらえればと思う。
twitter.com


元々コミケでの頒布を予定したが、今年はご存知のとおり、コミケ自体がなくなってしまったので、BOOTHでの頒布のみとなってしまったが、#エアコミケ、ということで、今この流れでポチっとしてもらえたらと思う。
なお、下記のページに書いているが、現在は予約中で、発送は5/12からとのこと。
karioki.booth.pm

質感から考える

自分の原稿の内容は、目次としてはこんな感じ

1.質感について
2.「生放送っぽい」喋り
3.物語とリアルタイム性
4.質感旅行
5.メディアの外に拡張された虚構
6.質感の二次創作

サブタイトルにある「メディアなきフィクション」ってなんだ、という話なんだけれど
ガルラジの話というよりも一般論なんだけど、個人的には「虚構と現実の境界があいまいになる云々」というような言い方に懐疑的なところがあって、それの一つの言い換えとして、メディアがないかのように錯覚する、あるいは実際にメディアのないフィクションの経験がある、ということなのではいか、というような話を組み立ててみた、というのがこのサブタイトルに込められている。
「質感旅行」というのは、いわゆる聖地巡礼のことで、何故かガルラジの場合はそれが「質感旅行」と呼ばれているのだけど
メイクビリーブを使って、聖地巡礼(質感旅行)を説明してみる、という試みであり、これは最近読んでた美学関係のことについて - logical cypher scape2で書いた通り、自分的テーマ2に属するもので、『フィルカルVol.3.No.2』で谷川さんが書いていた「コンテンツ・ツーリズムから《聖地巡礼的なもの》へ—コンテンツの二次的消費のための新しいカテゴリ—」に対する、自分なりの応答という面も持つ(紙面の都合上、あまり直接的に谷川論文へのコメントにはなっていないが)。
フィクション鑑賞って、基本的には、文章でも映像でも音声でもメディアを介した経験なのだけど、そういうメディアを介さないところにもフィクションの経験ってあって、ガルラジは「リアルタイム性」という特徴と「質感旅行」というファンの行動によって、それがかなり特徴的に見られた作品だったのではないかなあ、という話だったかな、と思う


というわけで(?)ガルラジを知らない人でも、美学とポップ・カルチャーというテーマに興味関心のある人にも手に取ってもらいたい、と思ったりしている。
もちろん、ガルラジ合同誌なので、ガルラジリスナーにとっても、納得感のあるものを目指したつもりであるが、そのあたりは、実際読んでみてもらうしかない。

おまけ(?)

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この図は、今回とは全然別の原稿を書いている時に作っていた図なのだけど、その原稿自体をボツにしたので、お蔵入りになっていた図である。
ガルラジの話というより、最近読んでた美学関係のことについて - logical cypher scape2の自分的テーマ2のために考えていたもので、今回書いた「質感から考える」に、この図は使っていないし、この図に出てくる用語も出てこないので、あしからず。
ファイルを整理していたら見つけたので、ちょっと出しておこうかと思った次第。
聖地巡礼(質感旅行)というのは、この図でいうところの「自己についての行為者的想像」の中の「自己関与的想像」に位置する、ということを考えている。
なお、自己関与的想像とミミクリ的想像という言葉は、松永伸司『ビデオゲームの美学』 - logical cypher scape2に出てきた分類を拝借させてもらっている。
普通のフィクション作品は、「自己についての観察者的想像」が行われているわけで、ガルラジもラジオを聞く経験自体はこれに属すると思うのだけど、リアルタイム性とか質感旅行とかは、自己関与的想像をさせるようになっていたのではないかと思う。


オタク、よく、「キャラクターのイラストがはってあるグッズが欲しいんじゃなくて(欲しいけど)、キャラクターが実際に使っているようなグッズが欲しいんだ」みたいなことを言うけれど、それってつまり、そういうグッズは「自己関与的想像」をしやすい、それこそメディアなきフィクション経験をすることのできるプロップになっているから、だと思うのだけど、それに関わる話も、原稿の最後に書いているつもり。

追記

ところで、頒布ページを見てもらえればわかるが、「おまけ」を選ぶことができる

また本誌には、希望者に対し合同本参加者数名をパーソナリティとしたラジオ風音声コンテンツ「オタク・ラジオ・デイズ」を頒布いたします。

ガルラジは、リスナーの方が何故か(ツイキャスなどを使って)ラジオ配信を始める、という謎の流行りがあって、それを受けたおまけである。
サークル名の「チームTwitter」も、もとはその流れの中で出てきた言葉だった
こういう謎の動きが起きるのが、ガルラジ界隈の魅力の一つでもあり、それはもはや「質感」という言葉からは大きく離れるところなので、もちろん本稿の範囲を外れるのは当然なのだけど、ガルラジの魅力は多岐にわたっていて、自分の原稿はそのほんの上澄みをすくっているだけなので、一方、この合同誌はかなりそうしたガルラジの広がりを感じられる本になっているらしいので、どうぞよろしくお願いします

sakstyle.hatenablog.com