『日経サイエンス』の合成生物学記事

日経サイエンス』のバックナンバーを検索して、過去の合成生物学関連の記事をいくつか読んだ
生命の起源やアストロバイオロジー関連の本を読んでいると、時々「合成生物学」の話題が出てくることがあり、どっかのタイミングで読んでおこうと思っていたが、ウォードの本がわりと直接的なきっかけ。
なお、『日経サイエンス』のバックナンバーを「合成生物学」で検索してヒットした記事の全てを読んだわけではない。
後ほど出てくるが、合成生物学の中には、「生命の定義を探求する」タイプのものと「生命を用いてエンジニアリングする」タイプのものとがあるようで、前者寄りの記事を選んで読んだ。


自分が、これまでで「合成生物学」というワードに出会った主なもの
海部宣男、星元紀、丸山茂徳編著『宇宙生命論』 - logical cypher scape2
高井研編著『生命の起源はどこまでわかったか――深海と宇宙から迫る』 - logical cypher scape2
『日経サイエンス2018年9月号』 - logical cypher scape2
第2回 生命は「2つの紐」から始まった? | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
ピーター・D・ウォード『生命と非生命のあいだ』 - logical cypher scape2


W. W. ギブス「改造バクテリア―注文通りの生物をつくる」(2004年9月号)


日経サイエンス』における合成生物学の初出の記事、もしくはごく初期の記事

エンディは「合成生物学者(synthetic biologist)」を自称する科学者の1人だ。仲間はまだ少ないものの,その数は急速に増えつつある。

とあって、まだ合成生物学が始まったばかりのマイナーな分野であったことがうかがえる。
この分野の3つの目標というものが書かれている
(1)生物を要素に分解するのではなく、組み立てることによって解明する
(2)遺伝子工学をその名(工学)に相応しいものにする(規格化)
(3)生物と機械の境界領域を広げ、プログラム可能な有機物を生み出す
また、合成生物学のスタート地点として、1989年にベナー*1が、ATCG以外の「文字」を含むDNAを生み出した研究があげられている。
それ以外に、ゾスタックのTNA、クールのxDNAについても言及がある。
xDNAは、マイケル・ワイスバーグ『科学とモデル――シミュレーションの哲学入門』(松王政浩 訳) - logical cypher scape2で読んだことがある

D. ベイカー他「合成生物学を加速するバイオファブ」(2006年9月号)


こちらは、エンジニアリング寄りの合成生物学の話
半導体におけるチップファブという考え方を、合成生物学にも、という趣旨
あまりちゃんと読めてないのだが、規格化して、レベルごとに分業しようという話らしい
遺伝子工学は、工学と呼ばれているけれど、いまだ、職人技の世界
いろいろと規格化することで、例えばDNA合成をイチから始めなくても、すでにパーツ化されたDNAとか、より上のレベルのデバイスとかを組み合わせて、設計・製作ができるようになる、と

木賀大介「“ありえた生物”から生命を探る合成生物学」( 2007年7月号)」


現在、地球上にいる生命というのは、ある特定の進化の歴史をたどってきて生まれてきたもので、一度できてしまったものはそのまま活かしながら改良されていったもの
つまり、ありえる可能性全てが試されてきたわけではない
合成生物学は、ありえたかもしれない生命のあり方を探る。
紹介されているものは、たとえば、ショスタックによる、ATPと結合するタンパク質。自然界にあるものとは全く違う立体構造だが、機能は遜色ない。
また、筆者らの研究で、アミノ酸を20種類ではなく21種類に増やしてみるというもの。具体的には、21番目のアミノ酸用に、tRNAとアミノ酸を結合させる酵素を開発。でもってその後、同様の酵素を持っているアーキアが発見されているとか。
他に、DNAの塩基の数を増やす研究として、この記事でも、ベンナーが紹介されている。
RNA酵素の働きもあることがわかったことがRNAワールド仮説の誕生へとつながったが、ありえたRNAについての研究もなされている。


この記事では、応用生物学に二つの方向性があることも述べられている

1つは、生物そのものを知るために、その比較対象となりうるような素材を創り出す方向で、本文で取り上げているのはこちらに当たる。もう一つは、バクテリアに有用なタンパク質などを効率よく作らせるように遺伝子操作をしたり、毒素を感知すると蛍光を発するようにバクテリアを改変するといった、応用を重視した方向だ。
(中略)
自然の規格から外れた生命を探る方向と、この規格の中でさらに人為的な規格を加えた生命を創ろうとする方向に向いているわけだ。


また、合成生物学分野におけるロボコンに相当するような、学生の国際コンテストiGEMというものがあること
また、倫理やガイドラインの必要性についても触れられている
ガイドラインに関しては、複数の記事で、アシロマ会議への言及があった。合成生物学でもアシロマのようものが要るだろう、と)

P. デイビス「シャドー バイオスフィア 私たちとは別の生命」(2008年3月号)


これは、合成生物学の記事というより、ピーター・D・ウォード『生命と非生命のあいだ』 - logical cypher scape2みたいな内容で、合成生物学にも言及があるという感じの記事
なお、ウォードのこの本が、further readingにもあがっている
ウォードの本でも、地球生命とは異なるタイプの生命を異質生命(エイリアン生命)と呼んでいたが、ここでも、異質生命という言葉が使われていて、そのような異質生命による生態系を「シャドーバイオスフィア」と呼んでいる。
筆者のポール・デイヴィスは、宇宙物理学者・宇宙生物学者だが、この記事は地球内の話をしている。
また、「シャドーバイオスフィア」という言葉は、クレランドとコプレーに由来するらしいのだが、このクレランドという人は哲学者
以前、いくつか論文を読んだことがある(アストロバイオロジーの哲学 - logical cypher scape2)。が、こんな面白い話をしていた人だったのか


この記事は、生命とは偶然的で奇跡的な存在であるという考えが、近年、むしろ必然的で宇宙には多くの生命がいるという考えに取って代わられてきているという話から始まっている。
前者の考えの代表としてモノーが、後者の考えの代表としてド・デューヴとシャピロがあげられている。
3人とも、ウォードの本でも言及があった名前だ(ついでにいうと、デイヴィスも)


異質生命体の候補として下記4つ

鏡像異性体の培地で微生物を培養して生き残った奴がいたら、そいつが異質生命だ!
カリフォルニア州の湖の微生物の中に、この培地でも生き残る奴がいた!
がしかし、鏡像異性体を使っているわけではなく、鏡像異性体を変換することができる奴だった。それはそれですごいけど、異質生命じゃなかった

これは、合成生物学で研究がされているよーという話になっていて、また、21番目のアミノ酸の候補が、これまたベンナーによって指摘されている旨の紹介
(上述の木賀記事には、21番目のアミノ酸を使えるアーキアについて書かれていたが、こちらにはなかった)

  • リンの代わりにヒ素を使う生命

リンとヒ素は化学的な性質が似ていて、それ故、我々にとってヒ素は有毒となっているらしい。で、リンの代わりにヒ素を使うことも化学的には可能だ、とウルフ=サイモンが指摘している
これは2008年の記事なのでこれで終わっているのだけど、2010年に、NASAヒ素細菌を発見した、というニュースがあったのを思い出した。今、検索してみたところ、発見者は、ウルフ=サイモンで、デイヴィスも共著者だったようだ。
ただ、結局この細菌は、ヒ素のある環境でも生きられる奴ではあったが、リンをヒ素に置き換えた奴ではなかったことが、後に明らかになっている。

  • 炭素の代わりにケイ素を使う生命

これについては、上の3つほど詳しい内容はなかった

「科学大予測 世界が変わる12の出来事 その7 生命の創出」(2010年9月号)


12の出来事その7 生命の創出 | 日経サイエンス
まず、既存の生物・微生物を改良して、有用なものを作ろうというエンジニアリング寄りの話(エンディやチャーチの名前があがっている)と
「ラルティーグ(Carole Lartigue)とスミス(Hamilton Smith)らは細菌のゲノムをゼロから作って,これをある微生物に導入することで別種の微生物に変えた。」というのが書かれている。
改変生物が、自然環境に漏洩するリスクに対する安全策を講ずる必要性があるだろう、ということも書かれている

「出番近づくユニーク技術10」(2013年3月号)


「DNAを必要としない生命体」
XNA(ゼノ核酸)について
DNAと同じような構造をもっているけれど、DNAと材料が異なるような核酸
この記事では、ホリガーが開発した、DNAの材料となる糖を全く異なる分子に置換したXNAが主に紹介されている
ホリガーによるXNAのポイントは、このXNAと連携する酵素もセットで開発したこと
この酵素、自然界にはないので、漏洩してもこのXNA生命は自然界では生きられない。逆に、自然界の酵素にはXNAが読み込めないので、DNA生命のゲノムに混入しない、という利点がある、と。

*1:ウォードの本で出てきたベンナーと同一人物