『別冊日経サイエンス 進化と絶滅 生命はいかに誕生し多様化したか』

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この表紙は、京都造形芸術大学の学生たちの作った作品から。アボリジニーアートから着想を得た作品らしい
別冊日経サイエンスは、過去の日経サイエンスに掲載された記事の中から、テーマにあった記事を再録して構成されている。
ものによっては、かなり古い記事をとってきたりしていることもあるのだけれど、この号はほとんどの記事がここ数年のもので、古くても10年前。
最近の記事については、わりと既に読んだことあるものも多かったのだが、再読しても面白かった*1

まえがき 汲めども尽きない進化の謎  渡辺政隆

1 生命の起源を探る
生命の陸上起源説 M. J. ヴァン・クラネンドンク/D. W. ディーマー/ T. ジョキッチ
進化の出発点 混合栄養生命  中島林彦 協力:布浦拓郎
地下にいた始原生命体  中島林彦 協力:鈴木庸平/鈴木志野


2 カンブリア爆発の謎
生命爆発の導火線 エディアカラ生物の進化  R. A. ウッド
最古の左右相称動物 モンゴルで生痕化石を発見  中島林彦 協力:大路樹生


3 大量絶滅を見直す
大絶滅を解剖する  H. リー
古生代末に何が起きたか  中島林彦 協力:磯﨑行雄
明らかになった生命爆発の主役  R. マーティン/A. クイッグ
大量絶滅を生き延びたアンモナイト  Scientific American編集部
カメの絶滅はスローに見える  Scientific American編集部


4 進化の仕組みに挑む
覇者への意外な道  S. ブルサット
多様性の源 複雑な生物を生む力  D. M. キングズレー
ゲノムから見た自然選択のパワー  H. A. オール
生物の進化を予測する  入江直樹/詫摩雅子


5 進化論の今
都市が変える生物進化  M. スヒルトハウゼン
加速する人類進化 未来のホモ・サピエンスは?  P. ウォード
温暖化で小さくなる動物  M.ザラスカ
米国の進化論教育のいま  A. ピオーリ
科学と宗教は対立するのか  L. クラウス/ R. ドーキンス

生命の陸上起源説 M. J. ヴァン・クラネンドンク/D. W. ディーマー/ T. ジョキッチ

生命の陸上起源説 | 日経サイエンス
『日経サイエンス2018年3月号』 - logical cypher scape2に掲載されていた記事で、そっちでも一度読んだ
オーストラリアはピルバラのドレッサー累層から見つかる生命の痕跡と、かつてドレッサーが間欠泉のあるような地域だったという地質的証拠の話から始まる
温泉地帯には、温度も化学的性質も異なる多様な水たまりがあって、それによってさまざまな組み合わせで試行錯誤できたのではないか、と

進化の出発点 混合栄養生命  中島林彦 協力:布浦拓郎

進化の出発点 混合栄養生命 | 日経サイエンス
こちらは、『日経サイエンス2018年7月号』『Newton2018年7月号』 - logical cypher scape2で読んだ
最初の起源を巡る議論には様々な論点があるが、その中の一つに、従属栄養か独立栄養か、というものがある。
(この論点については、高井研編著『生命の起源はどこまでわかったか――深海と宇宙から迫る』 - logical cypher scape2に解説がある)
対して、混合栄養だったのでは、という話
最初の生命は従属栄養だったという説の方が先に提唱されたが、有機物が枯渇すると死滅してしまうという問題がある。
熱水噴出孔で独立栄養生物をベースにした生態系が発見され注目が集まったが、そもそも環境中に有機物が豊富にあった場合、独立栄養が先に登場する理由もない。
これに対して、周囲に有機物があれば従属栄養生物として、有機物がなくなれば独立栄養生物として振る舞う、というのが混合栄養生物
JAMSTECの布浦が発見した「タカイ菌(学名:サーモスルフィティバクター・タカイ)」*2が混合栄養生物
クエン酸回路(TCA回路)というのがあるが、従属栄養生物はこれの反応が時計回り、独立栄養生物は反時計回りで反応が進むという違いがある
この回転の方向を決めているが、従属栄養生物ではクエン酸シンターゼ、独立栄養生物ではクエン酸リアーゼ、なのだが、タカイ菌は、クエン酸シンターゼを使ってTCA回路を反時計回りに反応させることができる。
TCA回路を時計回りにも反時計回りにも反応させることができ、これで、独立栄養モードと従属栄養モードを切り替えているという。

地下にいた始原生命体  中島林彦 協力:鈴木庸平/鈴木志野

地下にいた始原生命体 | 日経サイエンス
これまた、『日経サイエンス2018年3月号』 - logical cypher scape2に掲載されていた記事で、そっちでも一度読んだ
記事の前半は、瑞浪で研究している鈴木庸平、後半は、カリフォルニアのシダーズで研究している鈴木志野の話*3
いずれも、CPR細菌の一種であるパークバクテリアについて
地下生命体は培養方法が分からず正体が謎だったが、メタゲノム解析によって分かるようになってきている。
瑞浪のは花崗岩に、シダーズのはかんらん岩に住み着いている
シダーズの地下はマントルを構成するかんらん岩が露出していて、原始地球の状態。だが、それゆえにATPを合成する「光合成」も「呼吸」も「発酵」もできない。岩石表面の化学反応を利用してエネルギーを獲得しているのではないかとい言われている。
生命の起源は陸か海か
瑞浪のように花崗岩で生息している細菌から始まったのだとすれば、花崗岩は陸上にあらわれるので、陸の可能性が高い。
シダーズのような、かんらん岩は陸上だけでなく、海底の熱水噴出域にもある。シダーズの地下、熱水噴出孔では、かんらん岩と水が反応して蛇紋岩化反応が起きている。実は、火星にも蛇紋岩がある。
陸上説の弱点は、紫外線と隕石重爆撃期をどう逃れたか。しかし、地下なら逃れられた。鈴木庸平は、陸上の温泉で生命は誕生し、地下に広まったのが生き延びたのではないかと考えている。

生命爆発の導火線 エディアカラ生物の進化  R. A. ウッド

生命爆発の導火線 エディアカラ生物の進化 | 日経サイエンス
こちらは、『日経サイエンス2019年10月号』 - logical cypher scape2でも読んだ記事
動物は、カンブリア紀からと思われてきたが、ナミビアやシベリアでの発見により、エディアカラ紀から登場していることがわかってきた、と。
例えば、炭酸カルシウムによる骨格の発見
クロウディナという、造礁動物。造礁により、そこで動物たちは寄り集まり強くなる、捕食者と被食者の生存競争が始まる
エディアカラ紀の進化のダイナミクスに関わってくるのが、酸素量の変化。

最古の左右相称動物 モンゴルで生痕化石を発見  中島林彦 協力:大路樹生

最古の左右相称動物 モンゴルで生痕化石を発見 | 日経サイエンス
同じく、『日経サイエンス2019年10月号』 - logical cypher scape2でも読んだ記事、ということもあり省略

大絶滅を解剖する  H. リー

大絶滅を解剖する | 日経サイエンス
この記事は、初出は『Newton2016年4月号・5月号』『日経サイエンス2016年5月号』 - logical cypher scape2で、真鍋真編『別冊日経サイエンス よみがえる恐竜』 - logical cypher scape2にも再録されている。
火山噴出物の体積を比較する図が載っているのだけど、シベリアトラップ、中央大西洋トラップ、デカントラップやばい。イエローストーンが比較にもならないくらいの量

古生代末に何が起きたか  中島林彦 協力:磯﨑行雄

古生代末に何が起きたか | 日経サイエンス
初出:2013年10月号
ペルム紀末の大量絶滅について、磯﨑行雄が提唱した統合版「プルームの冬」仮説
この時代の地層は、中国南部、中東、南欧に限られている
ペルム紀末の大絶滅は、実は、ペルム紀中期末と後期末のさらに2つの時期に分けられる
ペルム紀中期末(G-L境界)の時には、峨眉山洪水玄武岩の火山活動が起きている
さらに、それに先立って、地球の磁場が逆転する「イアワラ事件」、イラワラ事件からしばらくたってから「超酸素欠乏事件(スーパーアノキシア)」と、様々な異変が起きていたのがペルム紀
まず、パンゲアの下に沈み込んでいた大量の海洋プレートがマントルへと落下する「スーパーダウンスウェル」が起きる
→これにより外核の対流が乱され、地球磁場が乱れる=イアワラ事件
→磁場の反転により磁場が低下し、宇宙線が大気圏に侵入→宇宙線が大気分子を帯電させ雲を発生させ寒冷化させる(宇宙気象学者スベンスマルクの仮説で、磯﨑がこれをイアワラ事件と結びつけた。太陽の活動が弱くなっても同じような寒冷化が起きるとしてスベンスマルクの仮説は注目されているが、完全には立証されていない)
→一方で、パンゲアの下では2つのスーパープルームの上昇が発生する
→1つ目のスーパープルームは、パンゲア東部・赤道のやや南(現在の中国南部)に到達
→まず、爆発的噴火を起こす。これによる大量の塵の発生で寒冷化が起きる=「プルームの冬」
→次いで、洪水玄武岩が噴出し火山ガスによる温暖化が発生=「プルームの夏」
→1つ目のスーパープルームは、峨眉山洪水玄武岩の火山活動を引き起こした
→2つ目のスーパープルームは、やはり同様の爆発的噴火→洪水玄武岩のコンボを、今度はパンゲア東部の高緯度地域(現在のシベリア)で発生させる=ペルム紀末の大量絶滅
寒冷化が進むと、海洋循環が活発化し、光合成も活発になる*4。が、大量の有機物が沈降し腐敗することでスーパーアノキシアを起こす。
ペルム紀末の大量絶滅は、シベリアの洪水玄武岩火山活動による温暖化によるもの、というのが一般的な説のようだが、
磯崎説は、その直前に起きた寒冷化が大量絶滅が起き、その後の温暖化が回復を遅れさせた、というシナリオ
ただ、寒冷化を引き起こしたとされる爆発的噴火の直接的な証拠は見つかっていない(峨眉山洪水玄武岩の地層の直下から火山灰の堆積層があって、それが間接的な証拠。また、ペルム紀の地層からは見つかっていないが、キンバーライトというダイヤモンドを含む地層も、爆発的噴火によるものなのではないか、と)
また、ペルム紀末に光合成が活発化した証拠としては、炭素同位体比の偏差として現れており、宮崎県の上村(かむら)とクロアチアから発見されている(「上村事件」)
ちなみに、スーパーアノアキシアの証拠も、木曽川沿いで発見されており、どちらも日本でなされた発見とのこと


この記事の初出となった日経サイエンス2013年10月号は読んでいなかったが、ちょうど2013年11月頃に丸山茂徳・磯崎行雄『生命と地球の歴史』 - logical cypher scape2を読んでいた。この中でも、スーパープルームと爆発的噴火、からのスーパーアノアキシア&洪水玄武岩について書かれている。
また、土屋健『石炭紀・ペルム紀の生物』 - logical cypher scape2でもペルム紀末の大絶滅について触れられている。

明らかになった生命爆発の主役  R. マーティン/A. クイッグ

明らかになった生命爆発の主役 | 日経サイエンス
初出:2013年10月号
大量絶滅のあとの、海洋生物の多様化は何が原因か
海面の変動かと思われていたが、多様性増大のパターンと相関していない
植物プランクトンの増加による影響大!
古生代は、緑藻類とよばれるプランクトンが、中生代以降は、紅藻類というプランクトンが主流を占めるようになる
微量栄養素の違い、さらにリンなどの主要栄養素の大量流入が要因
陸上での風化、顕花植物の登場により、陸地からの栄養素が海洋へ流入(貝殻化石中のストロンチウム同位体比によって確かめられている)
栄養素の流入が、海洋生物の多様化をもたらしたという仮説(直接確かめられてはいないが、リンの流入で直物プランクトンの栄養量が増大、貝の成長率が増大、という実験結果がそれぞれあり、傍証とされている)
現在、人類の活動による酸性化や温暖化で植物プランクトンが減っているとしたら、これの逆の現象が起きてしまうのではないか、という危惧も述べられている

大量絶滅を生き延びたアンモナイト  Scientific American編集部

大量絶滅を生き延びたアンモナイト〜日経サイエンス2009年11月号より | 日経サイエンス
初出:2009年11月号
K-Pg境界より後の時代から発見されたアンモナイトの話
どうやって絶滅を乗り越えたのだろうか、というふうに書かれているのだが、K-Pg絶滅の10~100年後らしく、いやそれは全然乗り越えられていないのでは、という気持ちになった

カメの絶滅はスローに見える  Scientific American編集部

カメの絶滅はスローに見える〜日経サイエンス2019年9月号より | 日経サイエンス
これは日経サイエンス2019年9月号 - logical cypher scape2でも読んだのでスルー

覇者への意外な道  S. ブルサット

覇者への意外な道 | 日経サイエンス
これまた、『日経サイエンス2018年9月号』 - logical cypher scape2でも読んだのでスルー

多様性の源 複雑な生物を生む力  D. M. キングズレー

多様性の源 複雑な生物を生む力 | 日経サイエンス
ダーウィンによる『種の起源』発表当時、ハーシェルは、変異の出現について説明できていないとして批判していた
現在では、変異の出現は分子レベルで解明されている
遺伝子の突然変異、重複、挿入、逆転、転位など
こうした分子レベルの変異が、どのように形質として現れるのかもわかってきている(エンドウのしわ、ラブラドールレトリバーの毛色などの例)
また、こうした変異が、個体差だけでなく種の違いを生むほどの大きな違いになることも(トウモロコシとテオシント(トウモロコシの原種)の違いや、トゲウオの多様な種の違いなど)
また、比較的短い期間での変異の蓄積として、人間の肌の色や乳糖耐性、アミラーゼ遺伝子の多様性(チンパンジーと比べてヒトはアミラーゼをコードしている遺伝子が多い)といった例が挙げられている

ゲノムから見た自然選択のパワー  H. A. オール

ゲノムから見た自然選択のパワー | 日経サイエンス
初出:2009年4月
中立進化説が提唱されて以来、形質レベルでは自然選択、分子レベルでは中立進化(遺伝的浮動)が支配的なメカニズムだと考えられてきた。
が、近年、分子レベルにおいても、自然選択が考えられていた以上に強く働いていることが分かってきた、という記事
2種のショウジョウバエのDNA配列を比較した研究によれば、19%の遺伝子が自然選択により分岐(81%は中立進化で、中立進化はやはり重要だが、自然選択は中立進化説で考えられていたよりも大きな要因を占めていた、と)
なお、文末で、監修者である三中信宏が、この記事は分子レベルでの自然選択の重要性をあえて前面に押し出した記事で、中立説支持者からは異論も出るだろうとコメントしている
また、この記事では、自然選択によって遺伝子がどれだけ変異するかについて、バクテリオファージを使った実験が紹介されている。バクテリオファージはゲノムサイズが小さいので、実験の途中でも全ゲノムを解析でき、世代交代が速いので自然選択の様子を観察できる。まさに進化の実験
また、受粉媒介者が昆虫か鳥かで違いのある2種のミゾホオズキを使った、野生での遺伝子の変化と自然選択についての調査にも触れられている
最後に、自然選択は、種分化を引き起こすか=生殖的隔離は起きるのか、という点も論じられている。
ここでも、従来は遺伝的浮動が生殖的隔離を引き起こすと考えられていたのに対して、むしろ自然選択による、という主張がなされている


記事中に、コラムとして集団選択の話が書かれている
E.O.ウィルソンとデイヴィッド・スローン・ウィルソンによる「複数レベル選択理論」
群選択の話は、エリオット・ソーバー『進化論の射程』 - logical cypher scape2森元良太・田中泉吏『生物学の哲学入門』 - logical cypher scape2で読んでいるが、読み直した方がよいかも。

生物の進化を予測する  入江直樹/詫摩雅子

生物の進化を予測する:入江直樹 | 日経サイエンス
こちらは、『日経サイエンス2018年6月号』 - logical cypher scape2で読んだ

都市が変える生物進化  M. スヒルトハウゼン

都市が変える生物進化 | 日経サイエンス
初出:2018年12月号
都市の環境は、強い淘汰圧として働き、進化の速度を速める。
タツムリの殻の色(ヒートアイランド現象の起きている都市では、熱を逃がすために明るい色がよい
タンポポの綿毛(遠くへ飛んでいってもアスファルトの上に落ちたら意味ないので、なるべく親の生えている土の近くに落ちる)
夜行性のクモが、人工の光を好むようになった(虫が集まってくるから
逆に、都会の虫は蛍光灯に近づかないようになっている
などの面白い例が色々と紹介されていた。
最後に、こうした変化を追跡するには、市民科学者・アマチュアの手助けがポイントになってくるのではないか的なことが書かれていた。


残り4記事は未読
ただし、「米国の進化論教育のいま」は日経サイエンス2019年6月号 - logical cypher scape2で読んだ

*1:再読しなかった記事もあるが、別に面白くなかったわけではなくて、時間的理由だったり、なんとなく内容覚えていたりしたからだったり

*2:名前の由来は高井研である

*3:どちらも鈴木だが親族関係にはない、とのこと/鈴木志野は現在JAMSTECだが、クレイグ・ベンター研究所にいた頃にシダーズでの研究を始めたらしい。ベンターというと合成生物学

*4:栄養塩の豊富な深海からの湧昇流により植物プランクトンが増加