ピーター・D・ウォード『生命と非生命のあいだ』

サブタイトルは「NASAの地球外生命研究」とあり、宇宙生物学の本である。また、原題は「Life As We Do Not Know It」とあり、私たちが知らない生命、つまり現在の地球にいる生命とは違った形の生命としては、どのようなものがありうるか、ということを書いている本
面白い内容ではあるのだけど、なんか文章が頭に入りにくい本でもあった。


大雑把に言うと、以下の4つくらいの話題があったと思う
「生命」の範疇を広げて、「私たちが知らない生命」が見つかった時のための分類を作っておきましょ、という話
ウイルスや合成生物学の例をあげて、「私たちが知らない生命」は実はもう地球にはいるんだ、という話
パンスペルミア説を推す話
太陽系内の地球外生命の探査について現在の状況を概観し、火星とタイタンを推す話


ウォードの本を読むのは、これで3冊目
ピーター・D・ウォード『恐竜はなぜ鳥に進化したのか』 - logical cypher scape2
ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク『生物はなぜ誕生したのか』 - logical cypher scape2
上2冊については、原題と邦題がわりと違っていて、邦題はキャッチーではあるが、内容に対してあまり適切ではない感じになっているが、本書は、直訳的なタイトルではないものの、全然内容には沿ったタイトルになっている。
ウォードは、ワシントン大学の古生物学者で、NASAのアストロバイオロジー研究所で研究しており、それがこの本につながっている*1
本書や上に挙げた2冊をはじめ、一般向けの著作も多く、またテレビ出演などもしている人らしい。
邦訳はなさそうだが、『レア・アース』という著作があり、13章に関連するエピソードが書かれているのだが、そこではSETI批判をしていたらしい。
『レア・アース』は、ワシントン大学でウォードの同僚であるドン・ブラウンリーとの共著であるが、本書でも、彼の名前は至るところに登場する。
また、同じくワシントン大学でのウォードの同僚、スティーヴン・ベンナーの名前も、多く言及されている。
さらに、この後にウォードと共著を書くことになる、パンスペルミア説派のカーシュヴィンクの名前もよく出てくる。
この3人が、それぞれウォードの研究仲間で、この本は彼らから得た知見も色々盛り込まれている、という感じ
(ちなみに、索引でざっと見たところ、彼らに次いで言及が多いのは、チャールズ・ダーウィンカール・セーガン、カール・ウーズといったところか)


下記の目次にある通り、全14章からなるが、ページ数的には、4章まででほぼ半分である


1 生命とは何か
2 地球の生命とは何か
3 われわれが知らない生命
4 生命のレシピ
5 生命の人工的合成
6 地球には、すでにエイリアンがいる?
7 パンスペルミア――太陽系にエイリアン遍在の可能性はあるのか?
8 水星と金星
9 月の化石
10 火星
11 エウロパ
12 タイタン
13 意味合い、倫理、危険
14 宣言――古生物学者を火星に、生化学者をタイタンに送ろう
終わりにあたって 生命の森?

生命と非生命のあいだ―NASAの地球外生命研究

生命と非生命のあいだ―NASAの地球外生命研究

ここは、本書がどういう本か説明している箇所だが、生命の定義や起源については、既にいくつもの本が書かれているといって、代表的な著作があげられていたので、ここにメモっておく
シュレーディンガー『生命とは何か』、モノー『偶然と必然』、クリック『生命それ自体、その起源と性質』、ド・デューヴ『生命の塵』、デーヴィス『第五の奇跡』、ダイソン『生命の起源』
特に、後ろ3つについては、本書では他の場所でも言及がある。
生命の起源の諸説については高井研編著『生命の起源はどこまでわかったか――深海と宇宙から迫る』 - logical cypher scape2も参照

1 生命とは何か

いくつかの定義を紹介したりしているのだが、筆者は、地球の生命は複雑すぎるのではないか、という点を指摘している
つまり、生命とか「生きている」ということを定義するにあたり、地球の生命を参照すると、本来は要らない条件までいれてしまうのではないか、と
すでに絶滅してしまった(かもしれない)地球初期の生命であるとか、地球外にいる(かもしれない)生命は、もっと単純なものだろう、と
そのうえで、我々が知っているものとして、生命のボーダーケースを二つ挙げる
ウイルスとプリオンである
どちらも、一般的な分類において、生命には含まれない
しかし、筆者はこのふたつも「生きている」といって構わないと述べる。

2 地球の生命とは何か

この章がなかなか面白いのだが、ウォードは、新しい種カテゴリーの分類を作ることを提案する
地球の生命は、真核生物、アーキア、細菌の3つのドメインに分類されているわけだが、ウォードはドメインの上位として、ドミニオンという括りを作ることを提案し、これら3つのドメインを含むドミニオンとして、テロア(地球生命)を提案する
テロアは、情報保存子としてDNAを持ち、リボソームによってタンパク質を作り、そのタンパク質は20種類のアミノ酸セットから作られており、エネルギーをATPに蓄え、脂質膜をもつような生命、といった形で定義される。
LUCAとプロゲノートの区別にも少し触れており、LUCAというのはテロアに属するけれど、プロゲノートは多分、テロアじゃない、と。


ウイルスを考える上で、DNAウイルスを、細胞性の生物とは区別された枝なのではないか、と。
また、RNAウイルスを考える中で、ゲノムとしてDNAではなくRNAを持つ生命のドミニオンであるリボサを提案する。
このリボサの中には、RNAウイルスを含むドメインであるリボヴィラと、ゲノムをRNAとして持つ細胞性生物のドメインであるリボゲノマを置く
リボゲノマというのは、完全に、我々の知らない生命、ということになる


ウイルスが生命かどうか考える上で武村政春『生物はウイルスが進化させた 巨大ウイルスが語る新たな生命像 』 - logical cypher scape2は参考になる

3 われわれが知らない生命

地球生命以外に、どのような生命がありうるのか
可能性を様々にあげている
テロアのことを、CHON生命(炭素・水素・酸素・窒素)と呼んでいる

  • CHON生命のバリエーション

DNAの遺伝コードを変える、RNAの糖を変える(リボース(五炭糖)からヘキソース(六炭糖)へ)、アミノ酸の種類を増やす、キラル性を変える、溶媒を変える、情報を核酸ではなくタンパク質に保存させる、あるいは固体や気体の生命?
このうち、最初の3つは合成生物学の分野で実例があることもあわせて紹介されている。ベンナーやロームズバーグの名が挙がっている。
また、固体や気体については、考慮から外してよいだろうということになっている

  • CHONエイリアン

RNA生命、アンモニア生命、酸生命を挙げている
RNA生命はテロアの先祖と考えられる
アンモニアは、水よりも液体である温度の範囲が広い
金星の大気の中に生命がいる場合、そこは強い酸性となっている

ここでもベンナー
地球みたいな環境だったら炭素ベースの方が強いけど、低温環境でメタン・エタンの湖だったら珪素ベースも可能性あるのでは、みたいなこと書いている

ケアンズースミスのクレイワールド仮説に出てくる粘土生命について
クレイワールド、名前は色々な本にちょくちょく出てくるけど、いまいちよくわからなかった奴が、わりと詳しく説明されていた
目に見えない粘土結晶が層となって積み重なり成長していく。これが、自己複製なんだけど、コピーのエラーが時々起こる。また、結晶の材料となる資源(珪素、酸素、水素)を巡って競争が起きる。これにより、複製と進化が生じる。結晶の一番上の層が遺伝子にあたる、というのが、ケアンズースミスの考えるクレイワールド
その「進化」の過程で、有機物が取り込まれる選択が生じ、結晶が有機物や核酸へと置き換わっていき、地球生命が誕生した、というのがケアンズースミスの考えるシナリオである。
乗っ取りが起きないバージョンもあるかもしれない、ということで、この、ありうるかもしれない生命の一形態にあがっている

  • ありそうもないエイリアン

スタートレック』に出てくるプラズマ生命は、進化してないので生命じゃない
ガイア仮説というのがあるが、生命が開放系であるのに対して惑星は閉鎖系なので、生命じゃない

4 生命のレシピ

地球生命の起源、どのように生命が生まれたかについての、様々な仮説を検討する

RNAが自然に生成されるのが非常に難しい、というのは、本書では繰り返し強調されている。
まず、水が何でも溶かしてしまうという問題
もう一つ、熱に弱いという問題(糖は熱で黒くなる)
これに対して、ベンナーが、ホウ酸塩を含むと、糖を熱から守れるということを発見し、高温環境下でのRNA生成への道が開けた、というのが紹介されている。

  • RNA生成以後

ダイソンのゴミ袋仮説、RNAワールド仮説、ケアンズースミスのクレイワールド仮説、黄鉄鉱仮説、ウォードのウイルス仮説が紹介されている。
RNAが触媒機能も有するということが判明し、つまりタンパク質なしでも生命っぽいことができるのでは、ということで出てきたのがRNAワールド仮説
クレイワールド仮説は、それとほぼ同時期に提唱されたらしい。

  • 生命の起源の場所

ダーウィンの「温かい池」、その変種としての「潮だまり」、「熱水噴出孔」、カール・ウーズによる「雲の中」、ヴェヒテルスホイザーの「鉱物表面」
(筆者は、ウーズの「雲の中」は、地球より他の惑星で使えるかもしれないとしている)
そして、ベンナーの考える「砂漠」説
ホウ酸塩や水の少なさから「砂漠」説が出てくるのだが、これをさらに推し進め、カーシュヴィングとワイスは、「火星」こそが生命の起源の場所だったと唱える

  • 似たような言葉

これは、この本を読んでいて、リから始まる色々似たような言葉があるなーと思ったので、まとめようと思ったメモ
リボソーム:超頻出単語。タンパク質を合成する奴ー
リボース:RNAを形成している糖
リボザイム:RNA酵素としても使われるとき、リボザイムと呼ばれる(らしい)
リポソーム:細胞壁の脂質
リソソーム:本書には出てこない用語だが、細胞内小器官の1つ
リボソームとリソソームは、高校の生物でも習う単語で、ややこしいよねというのはよく言われる話なんだけど、この本を読んでいたら「リポソーム」という、さらにややっこしい単語が出てきたので、メモっておこうと思った次第
その点では、リボースとリボザイムはそんなに似ていないし、ややこしくもないのだが、まあ、勢いで。

5 生命の人工的合成

合成生物学において、ジャック・ゾスタクという人がキーマンっぽい
章の後半で改めて紹介される
生命の合成について、ボトムアップトップダウンのアプローチがあるという
ボトムアップ・アプローチでは、DNA・RNA分子を作ろうとするグループと細胞を作ろうとするグループがいる
トップダウン・アプローチでは、細菌のゲノムを組み替える研究
また、ウイルスの合成にも成功しているとかいないとか
ジャック・ゾスタクは、RNA分子の合成に長年関わっているらしい。


この章については、完全に消化不良
合成生物学は、また後日改めて

6 地球には、すでにエイリアンがいる?

ロスト・シティの話を皮切りに、この地球にまだ発見されていない生命もいるよねという話
で、RNA生命が、絶滅せずに生き残っていたら、それは地球上の、(テロアではないという意味で)エイリアンな生命になる、という話
めちゃくちゃ短い章

7 パンスペルミア――太陽系にエイリアン遍在の可能性はあるのか?

パンスペルミア説の簡単な歴史
火星からの隕石で、いっとき、生命の痕跡があると話題になったALH84001が、パンスペルミア説を復活させた、と。
そもそも、脱出と衝突の時の衝撃に生命は耐えられんのか、という問題がパンスペルミア説には当然あるわけだが、カーシュヴィングは、隕石の内部に磁場があることから、内部は200℃以上には熱せられていない(から大丈夫)と考えている
また、ウォードは、テロアよりリボサの方が、よりパンスペルミアには耐えられるだろうという提案をしている

8 水星と金星

水星に生命がいる可能性はほぼない
金星はどうか
はるか昔は、地球に似た環境であって、生命に適していたかもしれないが、その後の温室効果で灼熱の惑星になっている
しかし、それでも、金星に生命がいる可能性はないのか。大気の上層部に温度が低いところがあって、そこに生命がいる可能性がいるという主張をしている研究者たちがいるらしい
もっとも、金星に突入する探査機は高温でだめになっちゃうし、調べる方法がないから、まあ金星探すのは無駄(とはっきり言っているわけではないが、ほぼ同じようなことを言っている)

9 月の化石

何故、月の話をするのか、というと、月で生命を探そうというわけではなく、太陽系の記録を探そうという話
月は、大気もないし火山活動もないので、過去に降ってきた隕石等の記録が残されている
隕石の重爆撃期の記録とか、宇宙から降り注ぐ放射線の記録とかから、生命の大量絶滅についても何か分かるかも的な

10 火星

前半は、ヴァイキングでの調査の話
後半は、スピリット&オポチュニティやマーズ・エクスプレスの話と、火星でありうる生命の可能性の話
ヴァイキングの話では、カール・セーガンのエピソードが色々と書かれているのが面白い
火星探査を生物学中心の探査にしたのは、セーガンの功績だとしているが、一方で、セーガンが火星で動物を探すためのカメラをヴァイキングに積載させたというエピソードも紹介している。もちろん、このカメラは無駄な重量にしかならなかったわけだけど。
後半で、メインとなるのは、やはりメタンの話
火星で発見されたメタンが、本当に生命由来であるかは諸説あって、まだ確かなことは言えないわけだけれど、ウォードは、そういうことは認めつつ、これをもって火星の生命を発見したんだということを繰り返し述べている
あと、地球の細菌の中にも火星の環境で生き残れる奴はいるだろうということで、探査機が持ち込んじゃってるかも話
そして、面白かったのは、火星にまだ水も大気もあった時代に、仮に生命が生まれていたとして、その生命が多細胞生物くらいまでは進化していたのではないかという可能性を述べているところ。
これが最終章の、火星に古生物学者を連れていくべし、という主張へとつながっていく

11 エウロパ

エウロパは、現在、太陽系で生命がいる可能性が高いとして取りただされることの多い星だ
ウォードもそのことは分かっているが、彼自身は、エウロパ生命に悲観的である
海表面は寒すぎる、海洋中は塩分濃度もしくは酸性の度合いが高い、海底は水圧が高すぎるか塩分濃度が高い、というのがその理由である

12 タイタン

ウォードが、火星とともに、太陽系での生命がいるかもしれない可能性に賭けているのは、タイタン
タイタンも、メタンが観測されているので、それは生命由来なのかどうなのかという話が出てくる
関根康人『土星の衛星タイタンに生命体がいる!』 - logical cypher scape2では、メタンの海にどのような生命がいるのか、という話をしていたけれど、ウォードは、タイタンについて3種類の生命の可能性を見て取る
隕石の衝突などによって発生した熱で生まれた淡水湖に、CHON生命
アンモニアの海に、アンモニア生命
メタン・エタンの海に、珪素生命
どうも、液体の水があるのではという話もなんかあったりするらしい?
この章では、アンモニアの話が一番長くされている
メタン・エタンの海と珪素生命については、一言、二言触れられている程度
火星については、もし生命がいるとするなら、地球の生命とよく似た生命か、あるいはもし火星が地球生命の起源の地だとするならば、そもそも同じ生命の樹につらなる生命がいると考えられるのに対して、タイタンは、根本的に異なる生命がいるだろう、と

13 意味合い、倫理、危険

主に惑星保護の話
つまり、地球から他の惑星に対して汚染してしまうのを防ぐ話と、他の星からのサンプル・リターンで地球が汚染される(病原体)危険について
それから、バイオテクノロジー・合成生物学による、人工病原体の危険性について

14 宣言――古生物学者を火星に、生化学者をタイタンに送ろう

この章の内容は、タイトルにほぼ尽きている
先の章で述べた通り、火星はすでに絶滅したかもしれないが過去に多細胞生物が生まれえた可能性があるとウォードは考えており、それゆえに、火星では化石が見つかる可能性があると考えている
化石を探すなら、古生物学者でしょ、と
何故人間を火星へ向かわせなければいけないのか、ロボットでは無理なのか
ウォードは、ロボットでは、地球上ですら化石を発見できないという。古生物学者の化石発見の技術・センスが必要だと語っていて、このあたりは、古生物学者ならではという感じである。
生化学者をタイタンへ、というのは、タイタンに生命がもしいるとすれば、地球生命とは異なる生化学反応を用いていると考えられるからだ。
こちらは完全に「宣言」という感じ

終わりにあたって 生命の森?

第2章で、ドメインよりも上位のドミニオンというカテゴリーを提案したウォードだが、最終章で、それよりもさらに上位のカテゴリーとして、アルボレアを提案する
これは、ラテン語の「木」に由来し、ある一つの惑星から生まれた生命全てを含む
あわせて、アルボレア・テラを提案し、果たして、アルボレア・アレス、アルボレア・エウロパ、アルボレア・タイタンはあるのだろうか、と締めくくっている。

訳語について

気になった奴
「研究センター」が「研究中心」と訳されている。
リンやホウ酸が、燐、硼酸と漢字表記されている(間違いじゃないけどカタカナの方が一般的では?)。
熱水噴出孔「ロスト・シティ」が「失われた街」と訳されている(同じく、間違いではないと思うけど、固有名詞であることを示す意味でもカタカナの方が一般的なのでは?)
とまあ、ちまちま気になる点はあるのだが、一方で、ところどころ、結構詳しく訳注がついていたりもして、よい所はよい

*1:NASAのアストロバイオロジー研究所というのは、どうもバーチャルな組織らしく、実際にどこかに研究所があるというのではなく、色々な大学や研究機関のチームをまとめたもの、らしい。ワシントン大学もそのうちの1つのようだ