惑星科学的な観点からのアストロバイオロジー本
太陽系全般から系外惑星まで扱っているが、タイトルにある通り、メインはタイタンである。
タイタンに生命がいる可能性があることは、どのアストロバイオロジー本でもたいてい書いているところだが、最近だと、やはりエウロパやエンケラドゥスの方が強調されて、タイタンの記述はさほど多くない(気がする)。
筆者は、大学院生時代にNASAのエイムズ研究センターに行っていて、その際に、ちょうとカッシーニとホイヘンスがタイタンへ到着した。本書のプロローグにはその時のいきさつや、当時の様子が書かれている。
NASAエイムズ研究センターというと、最近、インタビュー記事が載っていた藤島さんもエイムズ研究センターに行っていた人だった。
研究室に行ってみた。東京工業大学 宇宙生物学 藤島皓介 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
本書の著者である関根さんも、この藤島さんも、現在は東工大の地球生命研究所の所属である。
関根さん、元々は、東大の松井研の人らしい。また、飲み会のエピソードの中で阿部豊の名前も出てくる。*1
惑星探査機の探査で一体何が分かり、どのようにそれが説明されたのか、といったことが、非常に分かりやすく書かれている
プロローグ 宇宙は生命で満ち溢れているか
第一章 ハビタブルプラネット地球
第二章 氷衛星のハビタリティ
第三章 タイタン
第四章 系外惑星
エピローグ
土星の衛星タイタンに生命体がいる! 「地球外生命」を探す最新研究(小学館新書)
- 作者: 関根康人
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2013/12/20
- メディア: Kindle版
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第一章 ハビタブルプラネット地球
金星と火星の環境について詳しく見ていき、その比較として、地球が何故ハビタブルな環境なのかということを見ていく。
ハビタブルゾーンというのは、基本的には、太陽からの距離で、地表に液体の水が保持できる気温かどうかというものだが、筆者は、気温だけでなく、フィードバック機構が大気にあることを重視する。
火星は、仮に気温があがったとしても、大気が少なくて、液体の水を保持できない
ところで、金星は、大量の二酸化炭素によって灼熱の惑星となっているわけだが、そもそも、二酸化炭素の温室効果というのは、金星の研究によって注目されるようになったものらしい
なお、金星に探査機が行くまでは、金星の環境はもうちょっとぬるいものだと考えられていたらしい。沼地などがあるかもという予想もあったらしい。カール・セーガンもサウナのような環境で、うまくすればテラ・フォーミングできるのではないかと考えていたらしいが、実際に探査機が行ってみたら、予想以上に過酷だった、と(探査機のデータを見た後、二酸化炭素の温室効果を加えて気温を再計算してみたのもセーガン)
第二章 氷衛星のハビタリティ
つづいて、木星のガリレオ四衛星と、土星のエンケラドゥスについて*2
イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストについて
木星から近い順にこの並びになっているのだが、この距離に応じて、環境や組成が異なっている、と。これは知らなかった。
木星に近い方が潮汐加熱の度合いが大きい。
火山活動が最も活発で、それゆえに水も蒸発してなくなってしまっているのがイオ
逆に、ガニメデやカリストは、木星から距離があるので、凍り付いてしまっている。また、ガニメデとカリストの間にも違いがあって、形成時の熱によって一度氷がとけて、内部構造が分化したガニメデと、溶けるほどの熱もなかったので、混ざったままのカリスト
カリストの組成を調べると、(融けなかったので)木星の衛星が作られた際の材料が分かる。
で、ちょうどよい距離にあったのが、エウロパということになる。
エウロパは生命がいる可能性もあるが、還元剤がすでに枯れているのではないか、という指摘もあるとか。
潮汐加熱型ハビタブルゾーン
木星であればエウロパ、天王星であればアリエル、土星であればエンケラドゥス、ミマスがこの位置にあたる
土星には、潮汐加熱型ハビタブルゾーンにある衛星が二つある。
しかし、液体の水があるのはエンケラドゥスだけだとされている。
潮汐加熱は、もともと液体があるかどうかで効果が大きく異なる。
エウロパはサイズが大きいので、形成時の衝突熱だけで液体が生まれるので、最初から潮汐加熱が起きている
ところが、エンケラドゥスとミマスの大きさでは、形成時の熱だけでは液体がが生じない。
ここに偶然のイベントがあったのではないか、というのが筆者の仮説
つまり、巨大天体の衝突があったことで、エンケラドゥスは加熱されて液体が生じ、潮汐加熱が始まった。しかし、ミマスにはそのようなイベントが起きなかった、と。
第三章 タイタン
タイタンについて
20世紀初頭からタイタンに大気があることが分かっていたが、より詳しいことがわかったのはボイジャーによるフライバイ観測
大気圧1.5気圧、大気の成分が9割が窒素、数パーセントがメタン、気温がマイナス190℃ということが判明
これらのことから、タイタンに液体の海があることが予想された
物質の三重点(固相、液相、気相が共存する条件)に近いから
三重点に近いと、全球規模での物質循環が起きている
また、大気のメタンは紫外線で分解されてしまうため、その補給源として、液体のメタンがあると想定された
この予想は、カッシーニ探査機によって確かめられる
当初は全球を覆う海が予想されていたが、実際に観測されたものはもっと小さい。
タイタン最大の海=クラーケン海は、ミシガン湖ほど。しかし、タイタンは地球より小さいので、タイタンの面積に占める割合で考えると、地球における地中海の約1.5倍ほどとなる。
その他に、同等の二つの海や湖がある。
ここで『タイタンの妖女』が言及される。ヴォネガットが、ボイジャー探査機が到着する20年以上前に書いていた小説で、その中で、海や湖の存在をまるで予言するかのように書かれていた、と。
さらに『タイタンの妖女』では、タイタンの気象が、土星や他の衛星からの潮汐力で、変わりやすい天候をしているとも書かれている。
実際のタイタンの気象はどうか
カッシーニは、入道雲の発生や、時期による雲の変化、降雨などを観測
これらを見た研究者たちは、地球用の大気大循環モデルを、タイタン用にアップデートし、コンピュータ・シミュレーションを実行
年ごとの季節変化や、より長期間の気候サイクルが予想されている
なお、ヴォネガットの予想とは異なり、この気象をもたらしているのは、潮汐力ではなく、太陽の日射エネルギーと、液体の蒸発や凝縮といった物理過程
タイタンは、地球以外で太陽系唯一の雨の降る天体
地球と違い、雨粒は直径1センチメートル、毎秒1~2メートルというゆっくりした速度で降下してくるメタンの雨である
降水量も地球より少ない
また、タイタンの赤道域は砂漠
タイタンの砂漠にある砂丘を観測した研究者がおり、地球の砂丘と比較することで、それを形成した風を推測し、タイタンに季節風があると推定
また、赤道域は砂漠地帯であるものの、春分や秋分の頃には雨が降り、赤道付近に着陸したホイヘンスは、河川地形をみつけている
タイタンの生命
タイタンの湖には、水位が下がったあとがみられる。干潟のようなものができていると考えられる
生命の誕生には、有機物質の濃縮が必要だったという考えがあり、干潟のようなものはその候補となりうる
メタンは、極性分子である水と違って非極性分子である。溶ける物質が異なる。水に溶けるようなものは溶けないが、エタンやプロパン、アセチレン、ベンゼンなどが溶ける
また、もしメタンの海で生命が生まれるとしたら、地球の生命と違って、細胞膜の脂質における親水部と疎水部が逆になっていると考えられる
それを踏まえて、長沼毅から筆者に対して、メタンの海に存在する分子を教えてほしいという問い合わせがあったことを明かしている。
タイタン探査計画
上述のタイタンの砂丘を調査した研究者、アリゾナ大のローレンツは、タイタンにボートを送り込む計画を立案
2011年、NASAは次期探査計画として、火星地震波探査、彗星着陸探査、そしてこのタイタンのボート探査を候補にあげたという
この中で、しかし、実際に実現されることになったのは火星の地震波探査、すなわちこの間火星へと到着したインサイトである(本書が書かれた当時は、この中から火星の探査が選ばれたという時点で、またインサイトの名前への言及はない)
彗星探査もやったよなーと思って検索してみたが、この2011年のものではないようだ(スターダストやディープインパクトは、2011年以前にスタートしている計画)
彗星とタイタンの探査計画は、今も候補には上がっているようである。
彗星と土星の衛星タイタンを目指す、NASAの新プロジェクト候補 | Telescope Magazine
太陽光エネルギー
エイムズ研究所のクリストファー・マッケイによる仮説
地球で生命は、光合成と呼吸によりエネルギーを利用している
光合成:水+太陽エネルギー→酸素+水素(水を分解)/水素+二酸化炭素→有機物(有機物の合成)
呼吸:有機物+酸素→エネルギー+水+二酸化炭素(有機物の燃焼によるエネルギー利用)
もしタイタンに生命がいるとしたら?
メタン+太陽エネルギー→アセチレン+水素(大気中でのメタンの分解)
アセチレンは雨になって、水素は風により地表や海へ
生命:アセチレン+水素→エネルギー+メタン
どれくらいのエネルギーが獲得できるかの試算があり、酸素呼吸に近い量ができるとされている
カッシーニによる観測によって、マッケイによる予想通り、水素やアセチレンが少ないということが分かる
つまり、水素やアセチレンを取り込む何らかの反応があるということ
しかし、非生命的なプロセスによっても説明できるため、生命存在の決定的証拠とはみなされていない
筆者が想像するタイタンの生命についても書かれている
生産者が、地球のプランクトンのように海水面近くに集まり、それを、ビニール袋のような見た目の消費者が、ジンベイザメのようにこしとって食べる、という想像図が描かれている
また、タイタンの生命は、大気に進出する可能性があるとも述べられている。タイタンでは、大気にラジカルが存在しているから。ラジカルは反応性が高いので、効率よいエネルギーを求めて生命が進出するかも
タイタンの環境
なぜタイタンには窒素があるのか
→筆者は、アンモニアに衝突が起きると窒素が発生することを実験で確かめた
後期隕石重爆撃期に、窒素ができたのではないかという仮説
後期隕石重爆撃期は何故起きたのか
→ニースモデルによる説明
ガニメデやカリストは暖かったため、トリトンは冷たかったため、窒素は生じたが大気とならなかった
メタンは太陽光によって比較的短期間に分解してしまう
→供給源がある
→低温火山もしくは地下メタン
地球は、水蒸気の正のフィードバックに対して、二酸化炭素の負のフィードバックで機構を安定させている
タイタンも、液体メタンは、水と同様に正のフィードバックを起こすが、大気中にある有機物微粒子のもやが、負のフィードバックを担う
この機構の安定性は、エイムズでホイヘンスの映像を見た筆者の博論のテーマだったらしい。
水のハビタブルゾーンと同様、二酸化炭素のハビタブルゾーン、メタンのハビタブルゾーン、窒素や一酸化炭素のハビタブルゾーンがあるのではないか
第四章 系外惑星
章の前半は、系外惑星の探し方などの話なので省略
バイオマーカーの話が面白い
酸素やメタンは、バイオマーカーと目されることが多い
しかし、非生物的にも発生することが分かっている
単に酸素やメタンがあればいい、というわけではない
もし、酸化的な環境でメタンが発生していたら、あるいは、還元的な環境で酸素が発生していたら、これは自然には発生しないので、生物由来の可能性が高まる、と
また、直接観測によって植物を確認することと、植物の色について
さらに、筆者が考えている、別種の光合成について
地球における二酸化炭素の供給源は火山だが、火山噴火の圧力が高まると、火山ガスはメタンを多く含む還元的なものになることが分かっている
そんな惑星における光合成と呼吸は、どのようなものになるか
地球上では、水を分解してできた水素と二酸化炭素を使って有機物を合成し、有機物と酸素を使ってエネルギーを獲得し、二酸化炭素を排出する
対して、上記の惑星では、水を分解してできた酸素メタンを使って有機物を合成し、有機物と水素を使ってエネルギーを獲得し、メタンを排出する、と。
最後に、SETIと文明の持続時間について簡単に触れられている。
エピローグ
再び『タイタンの妖女』に言及されている
自分は、かなり前に『タイタンの妖女』を読んだことはあるのだが、もうかなり前になってしまって何一つ内容を覚えていないので、また今度読み返してみようかなーと思った。
また、酸化的な環境である火星で、2004年にメタンは発見されている。この本が書かれた2013年時点で、キュリオシティはメタンを発見できずであり、2018年に打ち上げられ、ドリルを持って火星の地下を探査するエクソマーズに期待する旨書かれている。
ちなみに、火星大接近 -火星に生命は存在するのか?(縣秀彦) - 個人 - Yahoo!ニュースで「マーズ・エクスプレスは2004年、火星の大気中にメタンを検出しました。」とある。
また、火星でメタンが高頻度で急増、発生源は不明 NASA 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News、火星に生命が存在する可能性か。探査機が確認した「メタンのスパイク現象」|WIRED.jpとある通り、2014年12月に、キュリオシティが火星でメタンを検出している。
エクソマーズは、打ち上げが2回に分けられており、現在、トレース・ガス・オービターが軌道上を回って、地図を作ったり、続く2発目の支援を行う。2発目は、元々2018年打ち上げ予定だったが、2020年打ち上げに予定が変更されている。こっちはローバーで、メタン源を調査する予定。
また、日本にも、火星のメタンをもとに火星生命を探そうという計画があるようだ(JAMP)
第15回自然科学研究機構シンポジウム アストロバイオロジー ust実況 - Togetter
この本にもタイタンにおける生命について言及がある
やはり、メタンやエタンが、水と違って極性がないことが指摘されたうえで
水と油は混ざらないので、特別に仕切りをつくる必要はない。つまり、細胞膜が必ずしも要るわけではない。(中略)細胞膜が必要だとしたら、それは脂質一重膜かもしれない。一重膜とは、脂質の疎水部が油側に向き、親水部が水側に配向してならんだ状態である。
pp.14-15
ここで問題になるのはむしろ細胞内の「水のような極性液体」である。この低温では水は固体なので、水以外の液体を考える必要がある。(中略)ホスファンになるだろう(われわれが知っている生命にホスファンは有毒であるが、タイタンの生命にはそうでないことを期待する)。(中略)液体エタン中にホスファン滴ができるかもしれない。これは非極性液体中の極性液体、すなわち油中の水滴のような状況(中略)ホスファンは、タイタンの大気には検出されていないが、土星や木星の大気に検出されている
p.15
執筆者は山岸明彦
あと、こちらの本にも
長沼 問題は、酸化還元力の供給。酸化力がどこから来るのかということ。メタンだから還元力は多分いっぱいある。水素は富んでいるわけね。でも酸素は、やっぱり水がスプリット(分解)しないと出てこない。
p.345
油をイメージすればいい。油だけだと、生化学反応が起きないから生物はできないけど、そこに水滴がちょっとでもあれば水滴生命ができるかもしれない。回りが油だと水は膜がなくても丸くなる。それがそのまま生命になるかも。
(上述ブログ記事中のシノハラによる要約)
追記
火星でのメタンの存在がかなり固くなってきた。
— 大丸 拓郎 / NASA JPL (@takurodaimaru) April 3, 2019
メタンといえば生物からの生成が連想されるし、生命の痕跡の一つであることは間違い無いんだけど、岩石と水の反応でも生成されるし、過去のものが放出されているだけの可能性も高いので慎重に議論しなければいけない。https://t.co/RlQdPgIUb6