オキシタケヒコ『筺底のエルピス 絶滅前線』

伝奇異能バトルSFライトノベル
鬼を退治する宮内庁の組織に属する青年と女子高生の話だが、異性知性体とかワームホールとかが出てくるSF


オキシタケヒコ『波の手紙が響くとき』 - logical cypher scapeオキシタケヒコによる、ガガガ文庫から出た作品
ガガガ文庫というと、以前、樺山三英『ハムレット・シンドローム』 - logical cypher scapeというのも出てたのを思い出す。


現代社会に鬼が潜んでおり、鬼が人に取り憑くと、取り憑かれた人は殺意に駆り立てられるようになる。「門部」と呼ばれる宮内庁下の秘密組織が、鬼を討伐している。キリスト教世界では、「ゲオルギウス会」と呼ばれる修道会が同様の任務に当たっている。
「門部」の者は、鬼を見るための「天眼」と、各個人ごとに異なる能力を発言する「柩」を与えられており、柩の異能を持って戦う。
家族を鬼に殺された乾叶(いぬい・かなえ)は、鬼を滅ぼすために門部に身を投じた。
とまあ、簡単な設定をここらへんまで書いておくと、典型的、かどうかは分からんけど、異能バトルライトノベルっていう感じがする。
学園ものという要素はあまりないが、乾叶が女子高生であるため、一応学園パートもある(2巻ではより一層その比重が大きくなる)。


しかし、2章あたりからSF設定がばーんと開示されて、やっぱりオキシタケヒコだし、伝奇ものではなくてSFだったということが分かるw
鬼、というのは正式名称ではなく、正式には殺戮因果連鎖憑依体という。これの正体についてはまだあまり詳しく書かれていないので、SF的な設定もあまりないが、異次元から人類を滅ぼすために送り込まれたプログラム、と言われている。天眼を使わないと見ることができない。人間の脳にプラグを差し込んで操る。このプラグが前頭葉部分に刺さるので、額からちょうと角が伸びているように見える。Aに憑依すると、Aの攻撃衝動や殺意を増幅する。そのAが死ぬと、Aの死の原因になったBに乗り移る。その際、Aの死因に関係したパワーアップが行われる。乗り移っていくたびに強くなっていく。
鬼に憑依された人を殺すと、殺した人に鬼が乗り移るので、単に殺しただけでは鬼を倒すことができない、というのがポイント。
どうやって討伐するか。
まず、鬼が憑依された人を殺す。殺した封伐員に鬼が乗り移ると、封伐員は予め用意してある毒で自殺する。すると、ループが生じてプログラムが消滅してしまう。そこで、救助班が封伐員を蘇生する。もともと憑依されていた人についても蘇生措置を行う。
大体、普通の鬼であればこれで対処可能だが、強くなりすぎた鬼は、因果をたぐる力が強く、封伐員に自殺を命じた者とかに乗り移ることがあるので、対処できない。
(あんまり深掘りされてないけど、ここでいう「因果」というのはとか考えても面白いかもしれない)
で、ここからSFっぽくなってくる。
そもそも異次元からの不可視のプログラムに対処する力を人類に与えたのは一体何者か。
異性知性体というのが地球に来ていて、門部もゲオルギウス会も、その異性知性体から天眼と「停時フィールド」を与えられている。
「停時フィールド」というのは、上述の紹介文で「柩」と書いた奴。「柩」というのは旧称。「停時フィールド」というのは読んで字の如く、時間の停まったフィールド。封伐員は、特定の大きさ、位置でこのフィールドを展開できる。この大きさとか位置とかは、人によって異なる。
異性知性体は、これ以外にワームホールも持っている。停時フィールドでワームホールの出口の時間を止めると、タイムスリップが可能になる。
鬼が取り憑いた封伐員を1万年後の未来に送る。1万年後、人類は絶滅しており、人類を滅ぼすためのプログラムである殺戮因果連鎖憑依体も1万年後には消滅している。
そうやって消滅させて、封伐員はワームホールを逆からくぐって戻ってくる、と。
で、
実は人類は、1万年待たずして、百数十年後には殺意因果憑依体によって滅ぼされている、というのもここで明らかになる。
門部やゲオルギウス会は、将来的には人類が殺意因果憑依体に負けることを知りながらも、戦い続けている組織なのである。


ワームホールで1万年後っていうのと、既に人類の負けが決まっているのに人類のために戦い続けるっていうので、「おお、いいぞ、いいぞー」となった次第w


設定の話をするだけで、だいぶかかってしまったが、ストーリーも面白い。
『波の手紙が響くとき』オキシタケヒコだからねー
当主代行の阿黍宗佑が、何故筆頭討伐員の座を退いたのかの理由が明らかになるあたりが特に面白い(心情的な理由じゃなくて、とあることをするためにいったん能力が使えなくなる状態にならざるをえなくて、というような一種のトリック的なものがある)。
門部の上の人たちが何を考えているのか、という問題。


あと、家族を鬼に殺されたことで門部の封伐員となった、主人公の百刈圭と乾叶だけど、似ているけど違うところが今度どうなっていくのか、とか。
圭は、家族を殺されたといっても妹は生き残っているのと、当の鬼(荻窪童子二十七号)が封伐されておらず具体的な復讐対象がいる
叶は、天涯孤独の身となったのと、当の鬼は封伐されており具体的な復讐対象もいない、その上、それまで鬼を滅ぼすことを目的としていたが、最終的に人類が鬼に負けることを知ってしまった
圭には妹がいるが、その妹は門部の当主となってしまっために距離がある。それから、門部に入るまではガリ勉小学生で運動はできなかった。その後、門部に入り、中学・高校はまともに通っていない。
叶は家族はいなくなってしまったが、幼なじみで親友の結がおり、彼女を守ることが目的となる。もともと、親が空手道場をやっていたので、身体能力は非常に高い。門部の活動をしつつ、高校にも通っている。


異能バトルという面もある。
登場人物達の異能である「停時フィールド」は、時間を停めるという人類が持っていない類い希な力があるが、いくつかの制限が課せられており、その制限は使い手によって様々である。
柩使い同士の戦いでは、この能力の読み合いが鍵となる。
また、同一空間に展開できるフィールドのは1つだけ、という制限があるので、これを利用して戦いを仕掛ける。
圭の《朧箱》は、展開できるフィールドの大きさ・射程距離ともに最大級だが、3秒という時間制限がある。
叶の《蝉丸》は、刀状のフィールドしか展開できない。


あらすじ
叶の親友である結に白鬼が取り憑く
白鬼は、プラグが何本もあるが、他の鬼と違って殺意を増幅しない。だが、黒鬼に変化する畏れがある。黒鬼は過去に6体しか確認されておらず、そのいずれもゲオルギウス会が討伐している。最後の黒鬼が確認されたのは、1930〜40年代のドイツ。人類史的な虐殺などは、この黒鬼の仕業。
白鬼出現を知り、ゲオルギウス会から3人の祓魔師ワイデンライヒ、ミケーラ、バルトロメオが来日する。地球の緯度による角運動量の違いを利用して長距離移動を可能にするワイデンライヒの《アディピスコル》、周囲の運動エネルギーを掠め取り停時フィールドそのものを爆弾に変えるバルトロメオの《サークラ・イグニス》、そして停時フィールドのある制約を越えているミケーラ
ワイデンライヒやバルトロメオの能力解説は、伝奇異能だけどハードSF感があるし、ミケーラのそれは、能力バトルならではの制約をすり抜けてる感じが楽しい。
叶は、その能力的に柩使いとの戦いでは完全に不利でしかないが、結を守るべく戦わざるをえなくなる。
叶のその能力の不完全さも、彼女がどういう人間であるかという性格と結びつけられていって、最初と最後ではその意味が変わるようになっている。
圭にしても叶にしても、とらわれていたところから一歩進めるようになるところまでが描かれている。