円城塔『文字渦』

文字をめぐる12編の短編による連作短編集。
それぞれ独立した短編としても読めるが、互いに色々関連し合っている。


以前から気になっていたが、中島敦の「文字禍」を読んでから読もうと思っていて、この前実際読んだので、ようやく手にした。
『文豪ナンセンス小説選』 - logical cypher scape2
『ちくま日本文学012 中島敦』 - logical cypher scape2
全然気付いていなかったのだが、中島敦はわざわいの「禍」、円城塔はうずの「渦」だった。
なお、タイトルの元ネタになっている以上の関連はなさそうである。


円城塔作品なのでわけわからんといえばわけわからんけれど、円城塔作品なので語り口にユーモラスなところがあって、読んでいて楽しい。
とはいえ、すごく表層的な読解だけで読んでしまっており、巻末の解説で「ああ、そういうことか」と気付いたことも多く、正直、全然内容を分かっていないように思う。
あと、読んだ時には「なるほどね」と思いながら読んでいたりもするのだが、読み終わっていざブログを書こうと思うと分からなくなってる箇所も結構あると思う(それはこの本に限った話ではない)。
巻末解説で、この本は、スマホ片手にネットで調べたりしながら読んだ方がいい、とあり、実際その通りかなと思うが、自分はあんまりそれをやらなかったので、その点もあれ。
あと、ある作品で出てきた用語や人物が、また別の作品に出てくる、というのが色々あり、未整理のまま読んでしまったが、いつかまたちゃんと再読したいなあなどとも思う。
ところで、同じ登場人物が複数の作品に出てくる、から、「連作」なのであるが、話が繋がっているのかというと、そう単純な話ではないような気がして、同じ名前だけどこれほとんど別人でしょ、みたいなのが普通にあるが、円城作品なのでまあ


タイトルにある通り文字をめぐる話だが、仏教SF的なところもある。
仏教SFというと「天駆せよ法勝寺」を想起するが、あれは2018年の創元SF短編賞をとっている。本書は2018年刊行だが、元は『新潮』に掲載されていたはずなので、初出はさらに遡る。
仏教SFというか、文字の中でも特に漢字の話で、中国史と部分的に併走しているので、その絡みで仏教関連のネタも多い、という感じ。
AIは直接的には出てこないが、ちょっと今でいうLLMを彷彿とさせるような話も出てきた。GPT-2が2019年か。

文字渦

始皇帝陵に埋葬された俑を作った俑という人物の話
嬴(始皇帝)に、真人の像を作るよう言われる。
秦に滅ぼされた国の出身なのだが、秦とは文字が異なり、秦の文字は記号化・簡素化されすぎていて違和感を覚えている(俑にとって文字は、より象形文字っぽい
俑は、秦の文字を使って新しい文字をたくさん作り始める。
この俑の残した竹簡の文字が、阿語生物群に似ているという話
嬴にさんずいをつけて、蓬莱・方丈・瀛州になったという。

緑字

森林朋昌が、テキストファイルの中に地球から最も遠くに位置する漢字を見つけ出す話
その膨大なテキストファイルには、機械向けの英数字で書かれた文の中に、日本語で書かれたエリアが島のようにあって、それらが経文だったり、和歌集だったりする。
あるいは、光る文字・光る部首について書かれている。
分量的には、この光る文字の話が多いかな。
その中に一瞬「俑」が出てきたりもする。
テキストファイル探検の歴史を、第一紀と第二紀にわけていて、森林は第四紀の住人とある。最後に、今はもう第一紀と第二紀と言わなくなったとあり、つまりは地質学への言及になっていて、これはのちの「微字」へとつながるところか。
地球から最も遠くに位置する漢字というのは、テキストファイルの英数字の部分は、プリンタへの指示になっていて、その中に印刷位置を指定しているものがあって、そこから冥王星と同じ距離に印刷するような指示があった、ということ
最近、宇宙よりも大きいpdfという話があったけど、それを想起した。

闘字

阿語を研究している「わたし」が調査旅行の先で、闘字と出会う。
これは、字と字を闘わせるもので、コオロギを闘わせる闘蟋に似たものとされている。
説文解字』や『康煕字典』が、闘字のルールブックとして作られたとか、則天武后は闘字にはまるあまりに字を作らせたとか、そういう闘字と文字の歴史が語られる。
「わたし」に闘字の歴史を語ってくれるのが「石さん」という人なのだが、これって、あとで出てくる境部石積か?
説文解字』や『康煕字典』は、「文字渦」でも言及されていた。

梅枝

ものをつくる境部さんの話
源氏物語』など、日本の古典への言及が多い。見返していたら『土佐日記』にも少し触れられていた。『土佐日記』はさいごの「かな」にかかわる。
「紙」と「帋(かみ)」(フレキシブルディスプレイ)が出てくる
今や「紙」はなくなって、「帋」になっている。いわゆる電子ペーパー
みのり
「昔、文字というのは本当に生きていたのじゃないかと思わないかい」

新字

唐高宗による封禅の儀式の様子と、遣唐使の境部石積が参列していたところから始まる。
境部石積というのは実在の人物で、第2回遣唐使と第5回遣唐使の2回唐に渡っている。これは2度目の渡唐の話。白村江の戦い敗北後の戦後処理の使節
阿羅本という人から、メソポタミアやペルシアの歴史を聞き、アラム文字や楔形文字を見せてもらう。
石積は、のちに『新字』というのを編纂している。
最後、知人である唐の高官のもとを訪れ、則天武后に新しい字を作るよう進言する

微字

これは以前、読んだことがあった。
『新潮2017年3月号』(諏訪哲史・円城塔・滝口悠生) - logical cypher scape2
本層学
ページを地層、漢字を化石としてとらえる話だが、何故かさりげなくブラックホールの話とかもしている
語り手の「わたし」が層に関心をもったきっかけは、札幌出身で除雪によって積みあがる雪山の断面から、というのも(同じ札幌出身者として)読んでて楽しい
「森林朋昌」仮説
「木」や「月」や「日」といった第四紀の示準化石は、実は「森林朋昌」の部品であるという説
「わたし」は微小な文字を研究していて、中国で発見した「虁」(ではなくて、これの上のちょんちょんがない字だが、変換で見つけられなかった)という文字で有名になる
門族の進化
6度目の大絶滅の原因は、阿語生物群の活動

種字

帋がでてくる
境部さんも阿語も「新字」も

誤字

ハングルの大移動というのがあった、という話が出てくるが、これは、ユニコードでハングルをコードする領域が確保されたことらしい。
というところから、漢字がいかに文字コードでコードされているのか、という話が続く。
手書きで許容されていた緩さが失われていく過程であり、また、同じ漢字といっても、日中台で少しずつ異なっているわけで、それがコード上での領土の奪い合い、というように語られていく。
途中までちょっとノンフィクションっぽくも読めるのだけど、文字たちの侵略・戦争として描かれ、壮大な法螺話となっていく。
入力支援(IME)がそもそも内容を書き換えていくようになる、というか、こういう文体にしてくれといったら、その文体に整えてくれるとかそういう話で、いまでいうLLMの話とも似たような話が出てくる。
ただ、それが、人間たちのあずかり知らぬ文字たちの戦争の過程として描かれているのである。
最後には、ルビが登場して、本文に対して違う内容をルビで語るというパートが出てくる。
文字の意味を担うのは一体何なのか、ルビたちは南朝北朝に分かれ、南朝のルビたちは隠れ里へ云々という話が、ルビで展開されていく、
ルビはルビなので、基本的に漢字は使われるひらがなとカタカナだけで書かれる(ルビは自由でルールもないので漢字を使ってもいいのだが読みにくくなるから、とルビ自身が説明してくれる)。そのためか、文体も本文と異なり、話し言葉で書かれている。で、実はこのルビというかひらがなが、この連作短編集の裏の主人公でもあるらしい(この短編集の最後の作品は「かな」)。

天書

王羲之
天書
門とか凸とか

金字

アミダ・ドライブの転生システム
再びルビ芸
極楽浄土のパスワードは「南無阿弥陀仏
仏教SF

幻字

こちらも以前読んだことがあった。
大森望・日下三蔵編『おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2
殺「字」事件であり、探偵役として境部が出てくる。

かな

顧愷之「雲台山」
き(夔)のつらゆき
漢字とひらがな

解説 木原善彦

「闘字」はポケモン
「幻字」の最後に出てくる「心あまりて、言葉足らず」は紀貫之在原業平を表した言葉
「天書」のインベーダーゲーム
「闘字」と「微字」の語り手は同一人物で、老婆が「猿かね」と語りかけるのは、牛型と猿型とで類似している微字のこと
「種字」の主人公は空海
などなど