スティーヴン・ミルハウザー『ナイフ投げ師』(柴田元幸・訳)

ミルハウザーの短編集。2008年に白水社から出ていたもの(12年にUブックス)が東京創元社から文庫化されたもの。
これまでもミルハウザーは結構読んだけど、かといって網羅的に読んできたわけでもないので、この本も「そういえば読んでいなかったな、文庫化を機に読むか」と手に取ったもの。
わりと図書館で借りて読んでることも多いけど、これは買った奴で、結果的に、買って良かったなあと思った。
というのは、ミルハウザーっぽさが結構凝縮されている感じがしたから。
正直、ミルハウザーはわりと芸風が固定されていて、同じような作品を手を替え品を替えやっているようなところがあるが、ミルハウザーのパターンをわりと網羅しつつ、面白い奴がわりと揃っている気がする。
原著は1998年に出ていて、表題作でO・ヘンリー賞受賞、でこれの1つ前の作品が、ピュリッツァー賞を受賞した『マーティン・ドレスラーの夢』(1996)だし、作家的にも脂ののっている時期だったかなあ、とも(年齢は55歳の頃)。
「新自動人形」「月の光」「協会の夢」「気球飛行、一八七〇年」「パラダイス・パーク」「私たちの地下室の下」が特に面白かった

ナイフ投げ師

「私たち」の町に、あのナイフ投げ師ヘンシュがやってくる。ナイフ投げ師としての一線を越えた芸を見せると言われている。私たちは、どこか胡散臭い気持ちも抱きながら、そのショーを見に行く。
怪しげな大道芸だけれど、それをどこか高尚な芸術のように見せる。そのアンビバレンツ
一線を越えているのは、人に傷をつけるところ。

ある訪問

学生時代からの付き合いだが、ここ数年連絡のなかった友人から、結婚したとの連絡が入る。
その田舎の何もないようなところに建っている家に遊びに行くと、妻として蛙を紹介される。

夜の姉妹団

「私たち」の町に、12歳から15歳までの少女達が夜な夜な集う「夜の姉妹団」なる秘密結社が出来ているという噂が流れている。
そして、ある少女が夜の姉妹団について告発する記事が書かれることで、「私たち」の少女達への疑念が高まっていく。
しかし、少女達は、一部反論したのを除き、沈黙を貫いた。
「私」は、「私たち」は何か暴かれるべき秘密(怪しげな儀式、同性愛的な行為)があると考えているが、しかし、実際にはそのようなものはなく、沈黙と静寂こそが姉妹団の本質なのではないかと考えるようになる。

出口

年上の人妻と付き合っていた男が夫に見つかる。
翌朝、2人の男がやってくる。

空飛ぶ絨毯

少年時代の思い出みたいなテイストの話
「空飛ぶ絨毯」が流行りはじめて、主人公もある時父親がその絨毯を買ってくる。
基本的には、庭で友達と遊ぶくらい
でもある時、2階から屋根の上くらいの高さを飛ぶ

新自動人形劇場

「私たち」の街は、自動人形を誇りにしている。執着しているといっていいほどに。
自動人形という、12センチくらいの大きさのからくり仕掛けによる人形劇が主要な娯楽であり伝統芸能であり、それについての解説が語られる。
で、特に後半は、人形作りの巨匠(たぶん、マイスターの訳)の1人であるハインリッヒ・グラウムについて、となる。
ハインリッヒは20歳の時に、非常に精巧な少女の人形により、一世を風靡することになり、その後も人気を博し続けるのだが、ある時、突然10年間の沈黙の期間に入る。
世間がハインリッヒを忘れた頃(彼の不在を受け入れた頃)、突然の復活をとげるのだが、それはこれまでとあまりにも異なるもので、怒りや困惑を呼んだ。
自動人形の本質が模倣にあるならば、これまで人間を模倣していたのが、ハインリッヒの新たな自動人形は人形を模倣していた。人形固有の美がそこにはあった。
一度その不穏さに触れてしまった「私たち」はもう戻れない。

月の光

月の光が差し込む夜、少年はこっそりと家を出る。クラスメイトの少女の家にさしかかると、その庭で、少年のような服装(オーバーオールにTシャツ、短パン)の少女たちがウィッフルボールをしていた(野球のような?)
で、一緒に遊んで、そしてまた家に帰る、というただそれだけなんだけど
学校ではスカートをはいている女の子たちが、月がまるで太陽のように輝く夜に、男の子のような服装で男の子のような遊び方をしているというのは、テーマ的には「夜の姉妹団」とも通じそうなところがある。
ただ、文体や作品の雰囲気はまるで違う。「夜の姉妹団」が、ミルハウザーのいつもの「私たち」主語で、事実をレポートするかのような文章なのに対して、「夜の光」は三人称で、月光に照らされる町の様子などを丁寧に詩的に描写した文章になっている。
そして、「夜の姉妹団」と違うのは、主人公の少年が、少女たちが遊んでいるところを目撃し、さらに一緒に混ざって遊ぶところだろう。そこに気まずさや照れはなくて、自然に馴染んでいるところがある。ただ、少年は、いつもこういうことをしているのか、それとも今日だけ特別なのか、というのを聞こうとして聞けずに終わる。
少年が、少女の1人を意識しているような、していないような、微妙な感じ

協会の夢

協会が「私たち」の都市の百貨店を買収した
すごくミルハウザー的な作品。百貨店なりショッピングモールなり大型商業施設が肥大化していく話好きすぎだよなあ、ミルハウザー
何となくちょっと昔を舞台にしているのかな、と思いがちなのだが、並んでいる商品の中にノートパソコンとレーザープリンターがあった。ちなみに、原著は1998年。
新装開店した百貨店は、古さと新しさの両方の特徴を兼ね備え、「私たち」は賛否両論しつつも魅入られていく。
結構、独特というか個性の強い百貨店で、休憩スペースが階ごとに違うテーマで作り込まれている(まさしくテーマパーク的な)、地下にはアミューズメント施設も。
売り物とかも様々で、小川とか洞窟とかも売っているし、企業向けに古代都市の1/1スケール模型を売っているという噂もある。
地上19階、地下3階で、さらに開業しながら地下の拡張工事とかもしている。両隣のビルを買い取ってつなげる工事もしている。
なんなら、百貨店を出て歩く帰り道も、もしや拡張された百貨店の一部ではあるまいか、と思うというオチ
スティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』 - logical cypher scape2をまず想起したが、こっちはホテルだった。
あとはスティーブン・ミルハウザー『私たち異者は』 - logical cypher scape2のなかの「The Next Thing」

気球飛行、一八七〇年

普仏戦争プロイセン軍に包囲されたパリの話で、ミルハウザー作品としては珍しい舞台設定のような気がする
援軍をだしてもらうべく、気球に乗って包囲を脱する兵士が主人公。
気球に乗っているうちに、どこまでも空が続いていくこと、青い虚無に恐怖を覚える。

パラダイス・パーク

次は遊園地か
この遊園地経営者、元ホテル王だったという設定で、子ども時代のエピソードにやはりマーティン・ドレスラーのことを少し想起しつつ。
舞台は、大戦間期のニューヨーク、コニー・アイランド
高さ120mの壁に囲まれた「パラダイス・パーク」が開園する。遊園地自体が2階建てだか3階建てだかの立体構造になっている。また、多くの俳優を雇ってチンピラや娼婦を演じさせて、安全なまま危険な雰囲気を味わえるところもある。
で、ある時期から、地下への拡張が始まる。
地下にも地上と同じような遊園地が作られ、人造の海も作られる(カモメを捕まえてきて放してたりもしている)。地下でも、地上と同じようにジェットコースターとか観覧車とかがあるけど、レールから離れて空中を飛ぶ(かのような)コースターだったり、ゴンドラが回転する観覧車だったり、と、従来の遊園地を逸脱するような乗り物も。
「協会の夢」にもちょっと出てたけど、こちらでも、ミニチュア人形の大規模な展示物とか出てくる。
自殺を模したアトラクションがあって、実際に自殺者が出てきて物議を醸したり
地下2層、地下3層とあらたな遊園地が出来ていくと、地上部が荒廃していく。
また、この経営者、変装して遊園地を歩き回り、客のニーズを実地で把握して改修していく、という手法をとっていたのだけど、それはそれとして、彼の中に遊園地の限界を逸脱していくというテーマもあったようで、それが結果として、客のニーズと離れていく。
冒頭で明かされているが、この遊園地、最後は火事で燃え落ちている。最終形については、写真撮影が禁じられていたこともあり、互いに矛盾し合う客の証言しかない、という状況で、なんかすごかったけど何度も行きたくなるような場所ではなかった、らしい。
ミルハウザーのこの手の作品、ディテールが色々書き込まれているのがやはり楽しい。レールを離れて空中を飛ぶジェットコースターも、実は下から支えていて、乗客からは飛んでいるように見えるだけ、という仕掛けについても記述していたりする。
しかし、その後、本当に飛んでいるコースターもでてきたりして、どんどん非現実的になっていくし、全体としてはどうなっているのか分からなくなっていくのだが(そもそも120mの壁で囲まれていて地下3層の遊園地って一体どうなってんだよ)、まあ面白いよな。

カスパー・ハウザーは語る

17年間地下牢の暗闇の中で生きていた青年が、20歳の時に、人々の前で自分の半生と望みを語った講演(?)というていの作品。
発見されたときは獣のような状態で、蝋燭も窓の外の風景のことも分からなかったのだが、3年でおおよそ人並みの状態にまでなった
カスパー・ハウザーではなくなる、つまり他の人と同じようになって、注目されなくなるのが望み、と語る。
あ、カスパー・ハウザーって実在の人物なのか

私たちの町の地下室の下

地下に通路がある町。町のあちこちに入口があるけれど、増えたり減ったりしているので数は分からない。通路自体も、自然にふさがっていたり、新たにできたりしている(壁が崩れて自然に道が繋がったり、人為的に整備したり)。
通路は、ただ通路というだけで何かあるわけではなく、町の住民は地上で普通に暮らしているけれど、時々通路へ行く。幼い子は子どもだけで行くのは禁止されているけれど、思春期くらいになると1人で歩いたり、高齢者は涼みに行ったりしている。
18世紀から19世紀頃は通路内で商業活動が行われていたが、大規模な火災があって以降、禁止されている。
などなど、「私たち」が私たちの町の地下通路について色々と説明してくれている。部外者から批判めいたこと言われることもあるらしく、それに対して反論している節もある。
スティーヴン・ミルハウザー『夜の声』(柴田元幸・訳) - logical cypher scape2の「私たちの町の幽霊」とかと近いかな。

訳者あとがき

『イン・ザ・ペニー・アーケード』にも天才からくり人形師の作品があるらしく、実は「新自動人形劇場」と書かれた時期が同じらしい。
読んでいて、珍しくヨーロッパが舞台の作品が多いなと思ったが、元々ヨーロッパを舞台にした作品が多くて、この後くらいからアメリカの小さな町を舞台にした作品が増えていった模様。

解説

藤野可織による解説
以前、藤野作品を読んだ際にミルハウザーっぽいと思ったことがあり、この解説も楽しみだった
「夜の姉妹団」や「月の光」に着目しているのは想定通り。
「私たち」という人称にも着目している。

ミルハウザー作品リスト

エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死』(長編・1972)→邦訳1990、河出文庫2016→未読
『ある夢想者の肖像』(長編・1977)→邦訳2015→未読
『イン・ザ・ペニー・アーケード』(短編集・1986)→邦訳1990→未読
『バーナム博物館』(短編集・1990)→邦訳1991
スティーヴン・ミルハウザー『バーナム博物館』 - logical cypher scape2
『三つの小さな王国』(中編小説集・1993)→邦訳1998
スティーブン・ミルハウザー『三つの小さな王国』 - logical cypher scape2
『マーティン・ドレスラーの夢』(長編・1996)→邦訳2002
スティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』 - logical cypher scape2
『ナイフ投げ師』(短編集・1998)→邦訳2008→本書
『魔法の夜』(中編小説集・1999)→邦訳2016
スティーブン・ミルハウザー『魔法の夜』 - logical cypher scape2
『木に登る王:三つの中篇小説』(中編小説集・2003)→邦訳2017→未読
『十三の物語』(短編集・2008)→邦訳2018
スティーブン・ミルハウザー『十三の物語』 - logical cypher scape2
『私たち異者は』(短編集・2011)→邦訳2019
スティーブン・ミルハウザー『私たち異者は』 - logical cypher scape2
『ホーム・ラン』(短編集・2015)→邦訳2020(Voices in the Nightを2分冊)
『夜の声』(短編集・2015)→邦訳2021(Voices in the Nightを2分冊)
スティーヴン・ミルハウザー『夜の声』(柴田元幸・訳) - logical cypher scape2
Disruptions(短編集・2023)→2分冊にして邦訳刊行予定あり。


こうやって並べてみると、結構読んだことあるな。邦訳書13冊中8冊は読んだのか。
あと、『エドウィン・マルハウス』を岸本佐知子が訳している以外は、全て柴田元幸が訳してるんだけど、2015年から2021年にかけては、毎年1冊ずつ訳書出してたんだな、すごい