クリストファー・プリースト『双生児』(古沢嘉通訳)

第二次世界大戦のイギリスを舞台に、数奇な運命をたどった一卵性双生児の物語を描く歴史改変物
原書は2002年、日本語訳は2007年に刊行。その後「ベストSF2007」の海外部門で1位。で、同じ年の国内編1位が『虐殺器官』だったということで、「あー、あの頃に出てたのかー」と
確かあの頃『このSFが読みたい』を読んで、この作品の存在は知っていたはずなんだけど、ようやっと読んだのだった。
クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』 - logical cypher scape
クリストファー・プリースト『魔法』 - logical cypher scape
クリストファー・プリースト『限りなき夏』 - logical cypher scape
クリストファー・プリースト『隣接界』 - logical cypher scape
こんな感じで、プリーストはここ5年くらいでちょびちょびと読んでる


『双生児』の原題は、The Separation で色々な意味をかけている
5部構成となっているのだが、上下分冊になった文庫版では、第1部から第4部までが上巻に、第5部が下巻に収録されている。
ジャック・ソウヤーとジョー・ソウヤー(2人ともイニシャルは、J.L.ソウヤー)の双子が主人公だが、第2部と第4部がジャック、第5部がジョーの話となっている。第1部と第3部は1999年を舞台にしたパートで、分量としてはかなり短めになっているので、おおむね、上巻がジャックの話、下巻がジョーの話となっている。


2度、3度と繰り返し読むことによって、面白さがあらわれてくるタイプの作品だとは思うのだが、自分はとりあえず1度通読したのみ
あとは、大森望の文庫版解説を参考に、何か所かチェックして「なるほど」となった次第
プリーストの作品らしく、一つの解釈に定まらないタイプの物語ではあるが、それはそれとして、個々のエピソードはきっちり明確だし、どんな話だったかというのは割合わかりやすくもある。

双生児 上 (ハヤカワ文庫FT)

双生児 上 (ハヤカワ文庫FT)

双生児 下 (ハヤカワ文庫FT)

双生児 下 (ハヤカワ文庫FT)

第1部は、1999年、スチュワート・グラットンという歴史書作家のサイン会に、アンジェラ・チッパートンという女性が訪れるところから始まる。
グラットンが探していた、ソウヤーという第二次大戦中の英空軍パイロットについての情報がもたらされる。彼女は、ソウヤーの娘であり、彼女はソウヤーの回顧録を持ち込んできたのである。
続く第2部は、ジャック・ソウヤーの回顧録
第3部は再びグラットンのパートに戻り、第4部は、かつてソウヤーの部下だったレヴィ退役大佐からの手紙
第5部は、ジョー・ソウヤーの自筆日記、ノートを中心としつつ、様々な著作や手紙などが雑多に引用されている。


さて、第1部、グラットンのパートを読んでいると、その世界が我々の歴史とは異なる歴史を歩んだ世界であることが何となくうかがえる
アメリカの様子が明らかにおかしく、第二次大戦は、少なくとも英独の間の戦争は1941年に終わっているという世界だ
グラットンの興味は、1941年5月10日に人々は何をしていたのか、というところにある。
ところで、第2部では、我々がよく知る歴史と同様に、1945年に第二次大戦が終わったと思われる世界となっている。


ジャック・ソウヤーとジョー・ソウヤーの双子は、大学時代、ボート選手であり、英国代表としてベルリン・オリンピックに出場し、銅メダルを獲得。その際、ナチスのヘスと相まみえている。
一方、ベルリンでは、ソウヤー家の友人の家に滞在していたのだが、彼らはユダヤ人であり、ドイツからの脱出を計画していた。ジョーは、彼らの娘をイギリスへと連れていく計画に協力する。
ジャックとジョーの双子は、この頃から少しずつ考え方があわなくなっていく。
(ジャックは、その娘ビルギットに恋していたが、その計画のことは直前まで知らされていなかった)
2人はボートをやめ、ジャックは軍人となりパイロットの道を進むようになる。
一方のジョーは、ビルギットと結婚。戦争が始まると、自身の平和主義の信条に基づき、良心的兵役拒否者として登録を行い、赤十字社の一員として働くようになる。


さて、ここでネタバレをしてしまうと
この作品は、1941年にジョーがロンドン空襲により死んだ世界線と、ジャックが撃墜されて死んだ世界線とに分かれている。
第2部はおおむね前者、第4部と第5部はおおむね後者に属する。
第1部と第3部は特殊。
ジョーが死んでジャックが生き残った世界線では、イギリスはドイツとの戦争を1941年以降まで継続する。
一方、ジョーが生き残りジャックが死んだ世界線では、イギリスとドイツとが1941年に和平を結ぶ。
最後の最後のオチとしては、後者の世界線は、ジョーが死ぬ間際に見た夢だった、という収束の仕方をしている


ヘスは、戦中にソウヤーと再度会うことになる
ヘスはイギリスとの和平交渉を探っており、イギリスにメーサーシュミットに乗って渡ってくるのだが、撃墜され、捕縛される。
ジャックは、いわばその面通しとして、ヘスと面会する。が、こいつ替え玉なのでは、ということに気付いて、その旨報告書を書く
ところで、この面通しの依頼を、彼はチャーチルから直々になされるのだが、その後、チャーチルの替え玉とも会う。
このあたりの、ヘスやチャーチルの替え玉が何だったのか、あんまりよくわかってないんだけど
そもそも、ソウヤーが双子であるために、チャーチルやヘスが若干だまされてしまった的なところがあったりして、それと対応した何か仕掛けなのかなー、とも思うのだが、いずれにせよ、プリーストの好きな奴である。


ところで、一方の、ジョー世界線では、ジョー赤十字の仕事を通じて、英独和平交渉に関わる仕事に就くことになる。
その会談の場で、ジョーはヘスと再会することとなる。


この二つの世界線では、ビルギットはいずれもジョーと結婚しているのだが、生まれてくる子供の父親が異なる
ジャックを父親として生まれてくるのが、アンジェラで
ジョーを父親として生まれてくるのが、スチュワート
第1部は、実は2つの世界線が何故かよくわからないが、交わってしまった世界となっている


ジャックがドイツへ空爆へ向かう途中、謎のメーサーシュミットに会うのだけど、このあたりも色々と解釈が複数あるように作られている
イギリス側による疑似メーサーシュミットだったのか、ヘスの乗っていた機体だったのか、とか