ガレス・L・パウエル『ガンメタル・ゴースト』

21世紀半ば、飛行船が飛び交い、没入型ゲームが人気を博し、中国と英仏との間で緊張が高まる未来世界を舞台にした、痛快冒険SF
国家的な陰謀に巻き込まれ、自分の人生がひっくり返されてしまった、元記者の女性、隻眼の猿、英皇太子の3人が、自分たちの人生を取り戻すべく陰謀を暴いていく冒険譚
テンポよいストーリー、適度に外連味があり適度に現代的なガジェット、魅力的なキャラクター配置で、楽しいエンターテイメントになっている。
猿がかっこいいです、猿が

ガンメタル・ゴースト (創元SF文庫)

ガンメタル・ゴースト (創元SF文庫)


1950年代に、フランスがイギリスの一部になる形で、英仏連合国家が出来たという歴史改変世界で、連合100周年記念式典を目前に控えたロンドンとパリが舞台。
本作では、ブログ風のニュース記事が何度か差し挟まれて、物語と直接関係ないところも含めてこの世界の雰囲気が伝わってくるようにできている(物語の中で起きた出来事が、その記事のヘッドラインにちらっと出てきたりして、この出来事はそういうふうに報道されたのかというのも分かるようになっている)。
1ページ目から、イギリス国王がテロに遭い、からくも一命を取り留めたというニュースで始まっている。また、香港返還をめぐって英中関係の雲行きが怪しくなっていることや、火星へのライトセール宇宙船が計画されていることや、セレスタ社という企業の存在もうかがえる。


この作品の世界設定としては、さらに以下のようなものがある。
スカイライナーと呼ばれる大型原子力飛行船。船内は、国家からの自治を獲得している。
多くの人は、ソウルキャッチャーというデバイスを脳に埋め込んでいる。これは、記憶・人格のバックアップシステムで、死後にこれから記憶を再生することができる。といっても、これはSFでよくある、人格のソフトウェアのアップロードを可能にする技術には至っていなくて、限定的なものであるようだ。
また、没入型MMOゲームが人気を博しており、その中でも、セレステ社による「高射砲(アクアク)マカーク」が大ヒットとなっている。「アクアク・マカーク」は、メインキャラクターである猿の名前で、第二次世界大戦をモデルにした世界のエースパイロットである。ゲームプレイヤーは、マカークと共にミッションに挑む。


元記者のヴィクトリアは、別居していた夫が殺されたという報せを受けてロンドンを訪れる。
セレスタ社で記憶についての研究をしていた夫は、殺されただけでなくソウルキャッチャーを奪われていた。
ヴィクトリアは、本作の主人公であるが、かつてヘリコプター事故に遭い九死に一生を得て、脳の半分以上がジェルウェアという機械に置き換わっている。後遺症で、文字が読めなくなってしまったために記者を辞め、リハビリで棒術を修得している。
彼女自身、夫を殺した「笑い男」に襲撃され、記者時代に身につけた怪しいところを探し出す直観と棒術を頼りに、真相を暴くべく行動する。
夫のソウルキャッチャーは殺人犯に奪われてしまったわけだが、彼は自分のバックアップをゲーム機に隠しており、ジェルウェアによって記憶力向上しているヴィクトリアはこれを回収し、自分の脳内で走らせる。
本作では、ヴィクトリアにしか見ることができない彼女の夫が登場し、ヴィクトリアは時々彼と会話する。周囲からは、突然虚空と会話しはじめる怪しい人にしか見えないのだが。
別居していたことからも分かるとおり、うまくいかなくなっていた仲なのだが、また元に戻ることができるのではないかという期待も抱いていた関係でもあって、また、夫はそもそも記憶のバックアップでしかないので、ヴィクトリアがスイッチを切ってしまえば消えてしまう。そういう関係が面白い。夫のポールは、殺人犯を見ているだけでなく、セレスタ社という陰謀の中心に位置する会社で働いていた研究者で、重要情報を知っているのだが、微妙に役に立っていないw
ヴィクトリアは、彼女の名付け親である提督が艦長をつとめるスカイライナー「テレシコーヴァ号」に乗船する。


もう1人の主人公である、イギリスの皇太子メロヴィクは、パリ第一大学に留学中である。
若くしてフォークランド諸島へ従軍した経験もあり、また、父である英国王がテロで重傷を負ったこともあり、同年齢の青年と比べて、はるかな重責を負っているのだが、母への反発もあいまって、王室から離れて自由になれないかと思っている。
パリで知り合ったガールフレンドであるジュリーからの誘いを受けて夜に抜け出したところ、AIの人権運動へと連れ込まれる。いわく、人気ゲームのAIキャラクター「アクアク・マカーク」は、自律したAIとなっている。ひいては、これを助け出さなければならないので、一緒にきてほしい、と。
向かう先は、イギリス王妃にしてブルターニュの女公爵であるメロヴィクの母が経営するセレスタ社の研究所。
メロヴィクの権限も使いつつ入り込んだ研究所で目にしたのは、巨大なコンピュータ、ではなく、コンピュータに繋がれた本物の猿だった。
と同時に、メロヴィクは自分の正体にまつわる隠された真実を知ることになる。
ここに天才ハッカー少女のK8も加わり、セレスタ社への反撃が始まる。


とにかく、マカークがかっこいいんですよ
眼帯をした隻眼のエースパイロットで、二丁のリボルバーもお手の物でハードボイルドな猿
実物も人語を喋るし酒も飲む
ナチスドイツのニンジャ部隊と戦ったり
猿同士のドッグファイトとか
ウィングスーツで飛行船から飛び降りたり


ストーリーはわかりやすく、映像で見てみたい感じもある。
本人たちは永遠のユートピアを作るつもりで世界を支配しようとするカルトな権力に、自らのアイデンティティを奪われてしまった者たちが挑み、その陰謀を暴き、倒す


ところで、ニュース記事の中で、系外惑星に生命の徴候発見か、みたいなのが一行混ざってたりするのだけど、これは物語中では拾われていない
ただ、あとがきによると、三部作になっていて、三作目で作者の別シリーズである宇宙SFとも関わることになるらしいので、このあたりのネタが出てくるのかも。
ちなみに、本作の中で、火星はキーワードとなっている。