1980年5月、韓国で起きた光州事件をモデルにした映画
韓国現代史映画を見るシリーズ、1年ぶりに再開。
1979年10月朴正熙大統領暗殺事件
→『KCIA 南山の部長たち』 - logical cypher scape2
1979年12月粛軍クーデター
→『ソウルの春』 - logical cypher scape2
1980年5月光州事件
→本作
1987年1月~6月民主化闘争
→『1987、ある闘いの真実』
ちなみに、制作年順(韓国での公開年)に並べ直すと以下の感じ
2017年『タクシー運転手 約束は海を越えて』
2017年『1987、ある闘いの真実』
2020年『KCIA南山の部長たち』
2023年『ソウルの春』
『KCIA南山の部長たち』や『ソウルの春』が、政治家、情報局員、軍人を主人公にした政治劇を描いていたのに対して、本作は一般市民を主人公にして事件を描いている。
『ソウルの春』で描かれた粛軍クーデターにより実権を握った全斗煥は、民主化運動への弾圧を行っていくが、その中で最大の虐殺が起こったとされるのが、光州事件である。
当局は、光州の封鎖を行ったため、現地で一体何が起きているのか、国際社会はおろか韓国国内でも状況がわかっていない状態だった。
ところが、一人のドイツ人記者が光州に潜入し、現地の様子を撮影することに成功し、惨状が世に知られるようになった。
で、この時、このドイツ人記者を光州まで送り届けたタクシー運転手がいた
というところまでが史実であり、この史実をもとに、そのタクシー運転手を主人公として描いたのが本作となる。
さて、見終わった後に、また例によってWikipediaなどを読んでいたのだが、この主人公であるタクシー運転手については大幅な脚色がなされているようである。
本作の主人公であるタクシー運転手、ソン・ガンホ演じるところのキムは、男手一つで娘を育てながらも、家賃も長く滞納するなど家計のやりくりに苦しんでいる。
そんな彼がタクシー運転手たちの食堂で、これから外国人を迎えに行く、光州まで行って帰ってくるだけで10万ウォンもらえるという話を耳にして、その仕事をこっそり横取りしてしまうところから、物語が動き始める。
キムは、タクシー運転手になる前はサウジの油田に出稼ぎしていたことがあり、片言の英語なら話すことができる。
妻を病気で亡くしており、それ以来、個人タクシーをして働いている。
当時、ソウル市内でも学生デモが頻発しており、それに対して苦言を呈しているところがある。
上記の通り、家計は火の車状態であるのだが、人のよいところもあって、実はお金がなくて、みたいなお客さんを乗せてしまうこともある。
10万ウォンは、滞納中の家賃と同額。
ただ、大家もまたタクシー運転手で、親しい仲らしく、それで支払いを待ってもらえているらしい。しかし、大家の奥さんの方が色々言ってくるというところがある。また、そんな感じなので、娘と大家の息子もしょっちゅうケンカをしている。
で、10万ウォンだーとウキウキしながら光州へ向かうのだが、軍による検問がなされていて一筋縄にはいかない。引き返そうとすると、それじゃあお金は払えないと言われてしまい、山道を探したり、色々芝居しながら、検問を突破する
そうしてたどり着いた光州は、あちこちにスローガンが貼られ、ビラが舞い散り、閑散としていた。
軽トラックに乗った学生たちと出くわし、ドイツ人記者のピーターは彼らとともに病院へ行ってしまう。
キムは、こっそりソウルへ逃げ帰ろうとするが、病院に息子が運ばれたという老母に頼まれ結局病院へと向かう。
するとそこでは、野戦病院さながらに、負傷者があふれかえっていた。
キムはこうして少しずつ、光州で何か異様なことが起きていることに気づき始めるが、このあたりでは、どうやって無事に帰れるだろうか、と思っている状況である。
キムとピーターは、学生たちのなかで唯一、片言の英語を話せるク・ジェシク、光州のタクシー運転手の一人であるファン・テスルと行動を共にするようになる
キムのタクシーはすでに大分ガタが来ており、故障してしまう。娘に電話しようにも、光州の電話はすべて不通になっている。娘のことを心配しながらも、テスルの家に泊まることになる。
ここまでずっとキムは、ピーターとも、ジェシクや学生たちとも、あるいは光州のタクシー運転手たちとも、あまり関係はよくない。というか、キムはこの段階では、デモをする方があんまりよくないんではないかということと、この場から早く去りたいということを考えているので、より詳しく取材したいと思っているピーターや、軍に憤っている光州市民とはまだ認識に差があるのである。
しかし、ジェシクやテスルとの交流により、少しずつ緩和されていく
そもそもジェシクは学生といってもノンポリ学生で、学生の歌謡祭に出演したくて大学に入ったというし、テスルには妻子がおり、キムの娘を思う気持ちに寄り添ってくれる(キムが早くソウルに帰りたいという気持ちに共感し、協力してくれる)。
また、明らかに学生ではない、一般市民も大挙してデモに訪れているところや、それに対する軍の攻撃なども目の当たりにして、不条理なことが行われていることを実感していく。
しかし、やはり娘のもとに帰りたい気持ちの方が強く、キムはいったんは光州をあとにするのである。
光州から離れると、嘘のように平和な風景が広がっており、そして、食堂で交わされる会話や新聞などから、光州の真実が伝わっていないことを痛感する。
それでキムは光州へ戻ることを決意するわけだが、ここでの娘を思う父親としての気持ちと不正義に悶える気持ちとの葛藤を、ソン・ガンホが熱演している。
一人娘を思ってソウルに戻る彼のことを誰が責められようか
だからこそ、見て見ぬふりはできないと車を引き返す様子は、本当に切なく苦しいものがある。
後半では、けが人や白旗を振る者に対しても容赦なく発砲する軍の様子や、それでもけが人を助けるべく突っ込むタクシー運転手たちの奮闘
また、外国人記者の存在に気づき、キム、ピーター、ジェシクを追いかける私服軍人たちの恐ろしさなどが描かれていくことになる。
ジェシクに至っては、キムとピーターを逃がす過程で殺されてしまう。
そして、ピーターとピーターが撮影したフィルムをどうにかして空港まで送り届けなければならない。
光州の周囲には検問が敷かれている。
ラストはいかに光州から脱出するか、というスリラーものとなっている。光州のタクシー運転手たちと軍人たちのカーチェイスなど、このあたりはかなりエンタメに振った展開となっている。
というわけで、本作はキムという平凡なタクシー運転手のドラマとして描かれており、彼の葛藤や活躍を見ていく物語ではあるが、
しかしやはり、なんといっても印象に残るのは、光州で起きた出来事の映像で
発煙弾が撃たれて、朦々とした視界の中で、軍による無慈悲で不条理な暴力が市民に対してふるわれていく様子に圧倒されてしまう。