藤真千歳『スワロウテイル人工少女販売処』

以前から気になっていたタイトルではあったのだが、あんまり優先度が高くなくて読んでいなかったのだが、『SFマガジン11月号』の前島賢による書評を見て、急遽読むのを決めた。
そしてそれは大当たりであった。
なんというのか、俺、こういうラノベが読みたかったんだよっていう感想w*1
まあ、自分がラノベ読者だったのは、えーと、10年前? とかなのでw 俺が「これラノベっぽい」って感じたのと、世間一般の、特に最近の「ラノベっぽさ」っていうのは違うと思うけど。
例えば、「在東京自治区国家公安委員会人工知性危機対策時限特別局」通称「赤色機関」というのがあって、赤いランプをつけてるから赤色なんだけれど、名前の英字の頭文字をとると、Anti-CYANとなっていて、それが「赤色機関」のルビとしてふられているのとか 
あとは、人工妖精(フィギュア)と呼ばれるアンドロイドが出てくるのだけど、4つの気質、すなわち水気質(アクアマリン)、土気質(トパーズ)、風気質(マラカイト)、火気質(ヘリオドール)に分類されているとか
こういうのが何とも「ラノベっぽ」く感じられて、いいなと思ったりするわけでw


でも、この作品で特にいいなと思ったのはそこではなくてw
ビジュアル的にきれいだなというのが結構あって
この世界には、蝶型のマイクロマシンがあって、これが何でもできるのだが、人工妖精の身体もこれで構成されていて、人工妖精が死ぬと、この蝶型のマイクロマシンにバラバラと分解されていく、とか。
あとこれはネタバレになるのだけど、街の至る所に紫外線でしか見えない日記や物語が書かれていて、それを主人公が見つけるところ、とか。


前島書評でも書かれていたが、かなり色々な要素が詰め込まれていて、それらを全て指摘するのは難しい
前島書評では「いささか乱暴だが、『攻殻機動隊』で『ガンスリンガー・ガール』な『われはロボット』」「人ならざる知性の実存を問うロボットSFであり、非武装都市に錯綜する陰謀絵を描く国際謀略小説であり、最新刊では学園百合小説」と言われている。
ちなみに、これはシリーズ一作目で、現段階で3冊出ている。上でいう最新刊とは3冊目のことで、「サイバーパンクと『マリア様がみてる』が融合した驚きの一冊」らしい。


舞台となっているのは、人工島となった東京。
〈種のアポトーシス〉という病気に感染した感染者を男女別に隔離した地区となっているのだが、峨東一族をはじめとする科学者たちの開発したマイクロマシンによって、食糧供給をはじめたとした様々なシステムが成り立っており、ほとんど働かなくても生活できる環境が整っている。男女別に隔離されているが、人口の半分を占める人工妖精というアンドロイドが人間のパートナーとなって暮らしている。いわば一種のユートピアが実現しているのである。
ただし、エネルギーだけが自給できず、日本本国から供給している状況なのだが、電気の供給が止まると感染者の隔離ができなくなるという状況を作り出すことによって、自治区として日本から半ば独立した地位を保っている。
この地区は、自警団(イエロー)と日本本国から派遣された赤色機関という二種類の治安機構がいることになっている。
この世界は、人工知能の反乱などを経験した結果、人工知性に、ロボット三原則を含む五原則を適用して、人工知性が人間に服従するようにしている。ところが、まれに暴走を起こしてしまう人工妖精も存在する。これを、非合法に自動的に「切除」するのが「青色機関」である*2
主人公の揚羽は、人工妖精の格付けで最低ランクの5等級なのだが、彼女はもはや実体がなくなってしまったはずの「青色機関」をただ1人続けている。ちなみに、彼女には何故5原則が適用されていない。また、実際には全くそうでないのにも関わらず、自分が頭が悪いと必要以上に自己卑下している。揚羽には真白という双子の姉妹がいて、真白は1等級になるはずだったのだが、寝たきりにしまっていて、そのコンプレックスが揚羽に必要以上の自己卑下をさせ、また青色機関として積極的に働く動機ともなっている。
そんな揚羽が、自警団の曽田陽介とともに、連続殺人犯「傘持ち(アンブレラ)」を追うところから物語は始まる。


以下、ネタバレこみあらすじ。ただし、まとまりなくまとめているので、読まずに読んでも意味不明なだけかも。


「青色機関」というのは、しかし、揚羽にとっては裏の顔であり、表では、保護者であり人工妖精の技師である詩藤鏡子のもとで働いている。ちなみに、鏡子はロリババアである。
そこに、1人の少年が、息絶え絶えの人工妖精、置名草を連れてくる。彼女は、公共仕様というタイプで、普通の人工妖精と違い、一日ごとに記憶がリセットされるタイプなのだが、そのリセットの負荷がたまってしまった状態だった。少年は、一日しか記憶の持たない彼女に恋をしてしまい、毎日毎日彼女のもとに通っていた。
彼女を治療するためには、女性側の自治区にいる、彼女の生みの親である技師のもとへと連れて行かなければならない。そのために揚羽は奔走はじめるのだが、何故か赤色機関に追われる羽目になる。
そして、そのさなか、「傘持ち(アンブレラ)」と公共仕様との関係が次第に明らかになってくる。
揚羽が殺しても殺しても何度も現れた「傘持ち(アンブレラ)」というのは、個体としては一日しか記憶が持たないがゆえに街中に匿名の日記を書くことで記憶を集団全体として共有していた公共仕様の中に挿入された物語の1つだったのである。
というところまでが第一部と第二部。


第三部では、〈種のアポトーシス〉や人工妖精とは一体何なのか、公共仕様が「傘持ち(アンブレラ)」になったのは何故なのか、そして揚羽と真白の双子は一体何なのかといったことが次々と明らかにされながら、「傘持ち(アンブレラ)」事件をきっかけに自治区への介入をはかる日本政府の企みを、自治区総督府が何とか防ぐべく、揚羽へと依頼を持ちかけるという物語が展開していく。
実は、木星の衛星、エウロパエンケラドゥスで知的生命体が発見されていたのだが、彼らは既に滅びており、そしてその代わりにそこで栄えている生命(古細菌*3と、マイクロマシンというのがほとんど同じ存在で、人類も彼らの後追いをしているのだということを語るマッドサイエンティストが出てくる。
で、そのマッドサイエンティストと同僚だったのが鏡子。鏡子は、最初の火気質(ヘリオドール)にして唯一の一等級であり、自治区総督である椛子を作った技師。で、マッドサイエンティストの方は、それに人類を滅びの道から救う「乱数」があるのではないかと考え、自らも新しい気質を作ろうとして、作られたのが揚羽と真白。彼女たちは、他の人工妖精と違い一から人格を組み上げていくので、5原則を持たない。ちなみに、実は揚羽も一等級。
マッドサイエンティストは、姿が若返り幼児化していくという〈種のアポトーシス〉の病状が進行しまくっていて、今では胎児となって人工子宮のなかにおさまっている。そして、鏡子と話を終えたあと、消えてなくなってしまう。
一方で、揚羽の仕事とか、陽介との何ともいえない関係とかがあったりして。青色機関として揚羽に情報を送ってきたマクロファージの正体が、実はエウロパから戻ってきたAIだったとか。そのAIが戻ってきた理由が、鏡子の娘であるアゲハに恋をしていたからで、そしてそのアゲハこそが全てのマイクロマシンを生むもとになっていて、揚羽は鏡子のためにサルベージするとか。
日本政府の介入は防いだけれど、自治区は3つに分割されることになり、また事件のスケープゴートとして揚羽は男性地区から女性地区へと追放されることになる。しかし、椛子や総督府との友情が芽生える。


第三部は、ハードSFチックな話がなされる一方で、人工知性の幸福とは一体何か、それは人類にとっての幸福とはまた別ものかもしれないけれど、それはそれで1つの幸福の形なのだというようなちょっとセンチメンタルな話があって、さらには、赤色機関がもつ多脚戦車トビグモとのアクションシーンがあったり、本当に色んなエッセンスが詰め込まれていて楽しい。
人工知能SFとしても面白いところがあるし、ポリティカル・アクション的な要素も持っているし、それでいて、無愛想なおっさんと殺し屋の少女の複雑な関係が描かれているかと思えば、過去の因縁を引きずってひきこもりになっているロリババアが出てきたりとか、何なんだこれは一体!!


スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

*1:ちなみに、シュピーゲルシリーズでも同じことを感じたの

*2:この自動的に世界の敵を排除するように働くってのが、ブギーポップっぽいw ちなみに、本作では免疫に喩えられている

*3:ここで古細菌類というのも結構いいなってところなと思うところなのだけど、詳しい解説はない