上田早夕里『夢みる葦笛』

イメージ喚起力豊かで映像がありありと思い浮かぶ作品が並べられたSF短編集。
ホラー・アンソロジーが初出の作品も多いが、それらもSFとして読めるようになっている。
感覚拡張的なテーマが多かったような気がする。
「滑車の地」が好き
あと、意外、というわけではないかもしれないけど、流行りものもちょくちょく取り込んでいるのかな、という気もした。

夢みる葦笛

夢みる葦笛

夢みる葦笛

ある日、主人公は街中で、白い人の形をしたものを見かける。イソギンチャクのような頭部をしたそれは、人々を魅了する美しい音楽を奏でる。
この存在はのちにイソアと名付けられ、少しずつ数を増やしていく。多くの人々はその音楽に魅せられていくが、主人公だけは忌避感を覚える。そして、イソアは増殖していく。
主人公は、ボーカロイドのようなソフトを使っている。2009年発表の作品なので、世間的にもボカロの知名度が高まっていた時期かなあという時期。

眼神

こちら(も)、ホラー・アンソロジーである『異形コレクション』が初出で、伝奇ホラー的な作品となっているが、最後にSF的な解釈が出来るようになっている。
主人公のいとこは、幼い頃からこの世のものではないものを見ることができた。村で昔から行われているイニシエーションである吊り橋を子ども1人で渡る儀式を行っている際、事故で川に落ちてしまう。無事助かったのだが、それ以降、依り代となってしまう。
初出の『異形コレクション』のテーマが「憑依」で、いとこは憑き物にあっていて、主人公はそれを払う方法を探すため上京し、そして再び戻ってくるという話。
憑き物の正体に対するいとこの推察が、高次元世界的な話になっているあたりが、ちょっとSF

完全なる脳髄

気象変動と戦争を経たのちの時代、普通の人間(ナトゥラ)と合成人間(シム)がいる世界。シムは、脳と身体の一部だけが生身で他は人工的に合成された人間で、ロボット的な労働者の地位にいるのだけど、主人公は、警官という地位とたまたま知り合ったマッドサイエンティストの協力を活かして、他のシムの脳を次々と移植して、完全な人間になろうとする。

石繭

男は仕事帰りに白い繭から出てきた光り輝く石を見つける
その石を食べると、その石に蓄えられた記憶(?)を夢に見る。

氷波

土星の衛星ミマスに設置された研究用の人工知性のもとに、総合芸術家広瀬貴之の人格をコピーした人工知性タカユキを搭載した宇宙探査機が訪れる。
土星の環をサーフィンし、その体験データを取るという一風変わったミッションを行う探査機だった。
人類が宇宙に進出するための身体改造についてや、人工知性に人間と同様の感覚・感情を経験することができるかといったことがあって面白い。
前読んだ感想見ると「話がずれていった感じがしたのが残念」とあるのだけど、今読むと別にそんな感じはしない。

滑車の地

汚染された泥の海の上に立ち並ぶ塔で生活する人々の話
塔と塔の間にロープを渡し、滑車を走らせて移動する。主人公の三村はそうしたロープの保守整備士。
海には、廃棄物を処理するための人工生物たちが暮らしているが、凶暴で人間を襲うため、ロープが千切れて落下などした場合は助からない。
塔は次第に劣化しており、さらに人工生物が生み付ける卵も増えており、主人公を始めとする有志は別の土地を探すためにティルトローター機を開発していた。
パイロットを公募したところ、ある1人の少女が、成績も体重の軽さも最適だとして選ばれたのだが、彼女は人間ではなかった。
彼女は自分を「人語を解する獣」だと言う。眼をサングラスで隠し、手も冷たく人のものではない。
この世界では、海底にも人が暮らしているのだが、そちらは滑車の地と異なり科学も発展し豊かな場所で、滑車の地も色々なものをそこからの供給に依存しているのだが、人的な交流はほぼない。彼女は、海に住む人工生物と同じく、海底の人々に作られた人工生物であった。
これまで不気味がられてきた過去から、滑車の地の人々とも距離を置いて接する彼女だが、三村は分け隔てなく接する。
読みながら、マンガで読んでみたいなあと思った作品。
わりとどの作品も映像的なところがあるのだけど、特にこの作品は異世界感があって。
また、他の作品の場合だと、映像的といっても脳内に思い浮かぶのがわりと1枚絵の挿絵のイメージなのに対して、この作品の場合は、コマ割りされたマンガのイメージが思い浮かんだ。ストーリー的に、登場人物の独白や対話よりも、行動で進んでいくところが多かったからかもしれない。
異世界感たっぷりなのだが、登場人物の名前が日本人名なのが、なんというか逆に異世界性を増しているような感じもする。

プテロス

系外惑星を舞台に、プテロスという滑空生物を研究する宇宙生物学者の話
一生、空を飛び続けると思われていたが、たまたま墜落してしまい、実は地面を歩くこともできるということを発見し、さらにこの星に何本か存在する有機物の柱の正体をも突き止める。
プテロスの脳波のようなものを測定する装置を付けていて、主人公の生物学者はAIを介してその情報をリアルタイムで把握しているのだが、宇宙生物学のセオリーとして、それが一体何を示しているのか(緊張状態なのかリラックスした状態なのか等)は解釈しないようにしている。それでもなお、コミュニケートしているような気分になったりもする。
物理的なデータと、それが実際どのような体験なのかという落差、みたいなことでいえば「氷波」と通じるところもある。

楽園(パラディスス)

主人公の山村にとって友人であり、また片想いの相手でもあった宏美が事故で急逝する。
山村は、メモリアル・アバターアプリを購入する。それは、故人のSNSでの履歴などを入力することで、生前そっくりの仮想人格とのコミュニケーションを可能とする。主人公は、ヒヨコの姿をしたアバターを作り慰みを得る。
このメモリアル・アバターについて、残された者に対するケアを提供しているのか、あるいはいつまでも死者を忘れられないままにしてしまうのかといった是非も興味深いところだが、物語はその先へと進む。
主人公たちは、生まれたときから網膜に直接投影するタイプのディスプレイがあった世代で、ミックスト・リアリティ(MR・複合現実)が当たり前になっている。が、さらに脳に直接接続するタイプの技術も開発が進められていた。
宏美は医療用デバイスとしてそのような技術開発に携わるとともに、自らの人格のコピーを作っていた。
コピー人格となった彼女の語るところが面白い。意識と意識が接続可能になった場合、〈第二の意識〉が生じるのではないかという話。
右脳と左脳とが統合されて意識が生じたように、個人間にさらに上位の意識が生じる可能性もあるのではないか。しかし、右脳や左脳それぞれは自分たち(?)を統合する意識の存在が分からないように、仮に〈第二の意識〉が生じても直接的にはそれを知る術はない。
右脳と左脳の話は多分ジェインズなのかなーと思うのだけど、このあたり、統合情報理論を使ったら理屈付けられるかもなと思ったりした。


上海フランス租界祁斉路320号

他の作品とは毛色を異とする、歴史改変もの
1931年、日中共同の研究所として設立された上海自然科学研究所に赴任した化学者岡川義武の話
実は、岡田家武という化学者が実在してて、この作中の世界は改変されていて、岡田が占めるべきポジションをこの岡川が担っている。
反日運動が激化するなか、日中和平の道を探った岡川
ところで、冒頭のエピグラフとして竺可偵の言葉が引用されているのだが、偶然にもこれの前に読んでいた橋本毅彦『図説科学史入門』 - logical cypher scapeにも登場していた人だったので気付いた。これ読んだ順番が逆だったら気付かなかっただろうな。

ステロイド・ツリーの彼方

ステロイド・ツリー=小惑星上の樹状構造物で微生物が生息
主人公は、SRを使ってアステロイド・ツリーの探査機のデータから感覚情報を拾い上げている仕事をしている。
「楽園」ではMR、本作ではSR。どちらも、VRやARに比べればまだ知名度の低い概念ではあるけれど、早々に作品に組み込んできたのではないかなあと。
主人公は、会社の機密プロジェクトである人工知性バニラとの実験に駆り出される。
開発者によって好奇心を組み込まれたバニラは、「人間とは何か」と問い始めたので、専門家でも何でもない人間と会話させてみることになったのだという。本体は機密であるため見せられないので、猫型端末のみが主人公のもとに現れる。
このバニラの正体がちょっとえぐいというか。人工知性がトータルな知性を獲得するためには身体も必要になるよね。そして、人工臓器や人工筋肉はあるよね。でも、人工人間作っちゃうと法律に触れるよね。あとは、分かるな、みたいな産物。



冒頭にも書いたけど、「滑車の地」が一番好きで、次いで「プテロス」「氷波」かな
それから、「氷波」「プテロス」「楽園」「アステロイド・ツリーの彼方へ」あたりを並べると、データがあってもそれをどう体験するのかというところで、人工知性だったり異星生物だったりあるいは同じ人間同士でも他人だったりで分からない。分からないんだけど、でもテクノロジーを通じて新しい発見がないか、みたいな話になっているのかなあと思った。
で、データと体験とのギャップって、まさにハードプロブレム的な話だなあとも。
感覚のデータや脳活動のデータはあるけれど、それが実際どのような意識体験となっているかは分からない。