伴名練編『日本SFの臨界点[恋愛編]死んだ恋人からの手紙』

タイトル通り、恋愛SF(一部、恋愛ではなく家族愛ものだが)を集めたアンソロジー
何故か歴史改変ものが2作ある。
恋愛SFというと時間SFと相性がよいという勝手なイメージがあるが、その点直球の時間SFはなく、しかし、歴史改変ものも広義の時間SFと捉えればそれも含めて4作品くらいは時間ネタを用いた作品。
むしろ、共感覚SFが2本ある方が「何故か」感あるかも。


伴名練編『日本SFの臨界点[怪奇編]ちまみれ家族』 - logical cypher scape2より、おそらくかなり読みやすい。もちろん、どちらが好みかは人による。
タイトルにナンバリングがないので、どちらを先に読むべきかというのはないのだろうけど、編集後記に収録されているブックガイドは、恋愛編がPART1で、怪奇編がPART2になっているので、一応恋愛編を先に読む想定なのかなと。


怪奇編と変わらず、各作品ごとに書かれている解説文と編集後記とブックガイドがとても丁寧
あと、ところどころ、伴名練が自作を書くにあたって受けた影響を語っているところもある。

中井紀夫「死んだ恋人からの手紙」

初出1989年
冒頭の解説に「海外作家の某有名短編が連想されるだろうが」とあり、そういうの俺全然分からないんだよなあと思ったが、読んだら普通に分かった。チャンの「あなたの人生の物語」だ。
宇宙で戦争してて従軍してる兵士から、地球に待つ恋人への手紙、という形を取っているのだが、亜空間通信の技術的限界だかで、手紙が順番に届かない。
よい話でよいSF

藤田雅矢「奇跡の石」

初出1999年
共感覚SF
バブル期の企業すごいな感。企業メセナかなんかで、会社に超能力研究室があって、超能力者がたくさんいるという東欧の小国に行く話
主人公は、その国で幼い姉妹に出会い、舐めるとオルガンの音が聞こえる結晶をもらう。
妹は予知能力、姉は感覚を結晶に封じ込める(?)能力を持つ

和田毅「生まれくる者、死にゆく者」

初出1999年
編者の解説にもあるが、家族愛もの
また、筆者の和田毅は、草上仁の別名義(というか、『SFマガジン』で夢枕獏のページ減になった際、代理原稿として書かれたもので、同号に草上作品が既にあったので別名義となったもの)
子どもはじわじわと生まれてきて、老人はじわじわと死んでいく世界。
じわじわ死んでいくとはどういうことかというと、時々姿が見えなくなる、次第に見えなくなる時間が増えていく、数日に一回とか数ヶ月に一回とかしか姿を現さないようになる。そして、完全に見えなくなったら死んだことになるのだが、明確な線引きはなくて同居家族がもう死んだなと思うと法的にも死んだことになる。
生まれてくるのはその逆。完全に見えるようになるまでは数年かかる。
とある夫婦のもとに、子どもが生まれそうになっているのだが、一方で夫の父が亡くなりかけている。孫に一目会わせたいね、というそれだけ、と言ってしまえばそれだけの話

大樹連司「劇画・セカイ系

初出2011年
扉イラスト・はしもとしん
タイトルは「劇画・オバQ」から
ヒモ同然の暮らしをしている売れないラノベ作家
彼のデビュー作はいわゆるセカイ系だが、実はフィクションではなく実話。かつての彼女は、世界の危機を救うべく旅立っていった。残された主人公は、彼女のことをいつまでも待つと言っていたが、その体験を元に小説を書き、別の女性と同棲するようになっていた。
そこに、戦いを終えた少女がかつての姿のまま戻ってくる。

高野史緒「G線上のアリア」

初出1997年
歴史改変もの
電信電話技術がイスラムから伝来した技術だったら、という世界
舞台となるのは、18世紀のドイツだが、中盤、十字軍遠征からヨーロッパにいかに電話網が敷かれたかという歴史が語られる。その中には、免罪符ならぬ免罪電話サービスなるものも登場する(声が直接聞けたからここまで広がったのだという旨言われている)
主人公は、カストラート(去勢歌手)なのだが、自分の芸術や存在が時とともに消えてしまうことに不安を持っている。また、電話ハッカーでもある。
インターネットやパソコン通信がなかった時代に、電話回線にハッキングして無料通話したりとかそういうことしてた人たちがいたらしいが、おそらくそういう人種
この物語の世界では、交換機の自動化に電算機が使われているが、まだ現在のようなパソコンやインターネットはできてないが、主人公が、ネットにジャックインできるように未来を夢想する、という独特なサイバーパンク作品になっている。
高野作品は、年刊日本SF傑作選あたりに収録された短編は読んでいるのだけれど、主な作風(?)である歴史改変ものは読んでなかったので、ちょっと気になり始めた。

扇智史「アトラクタの奏でる音楽」

初出2013年
編集後記などで、編者はほとんどが人間同士の異性愛ものになってしまい保守的なラインナップになってしまったと語る中、唯一の異性愛ではない作品。
近年、急速に百合SFなるジャンルが注目を集めているが、本作はそれに先立ち書かれていた百合SFということになる。
扇作品は、一作だけ単発で読んだことがあるのだけど、他にどういう作品を出しているか知らなかったのだが、2005年以来、少女同士の絆をテーマとした作品を書き続けているらしい。
本作は京都を舞台に、路上ミュージシャンの少女と工学部の女子大生の出会いを描く。
ARタグの発展した近未来、路上ライブのログを周囲の歩行者のリズムと同期させてアテンションを集める実験を2人で行う話。

小田雅久仁「人生、信号待ち」

初出2014年
初出媒体がen-taxiなの珍しい気がする
横断歩道と横断歩道の間の飛び地みたいなところに閉じ込められてしまった男女
信号が青にならないままに時間の流れが変化して、人生をそこで過ごすことになる

円城塔「ムーンシャイン」

初出2009年
2008年の円城作品は傑作が多く、年刊SF傑作選に何を選ぶか悩んでいた大森望が円城本人に訊ねたところ、書き下ろし作品が返ってきたというわけわからん制作秘話のある話
数学共感覚をもつ少女
数が人間に、なんちゃらという群が立ち並ぶ塔に見える
彼女は共感覚で見える世界の中にいて、傍目に意識を失っているように見える
で、17という数がチューリング・マシンとなり、一つの人格を持って浮上してくる。
主人公と17の対話

新城カズマ「月を買った御婦人」

初出2005年
19世紀末のメキシコを舞台にした歴史改変もの。
とあるご令嬢が、5人の花婿候補に、月が欲しい旨告げた結果、宇宙開発競争(ただしロケットではなく大砲方式)が始まってしまう。
大砲方式なので宇宙進出はできないのだが、ほかの様々な技術が発展し、我々が知るのとは異なる20世紀が展開される。
大砲による戦争と物流。奴隷による演算機。
なお、この世界、どうもアメリカ合衆国がないようなのだが、そのあたりは説明がない。
誰も月にはたどり着かずに50年が経過する。
すっかり年を取ってしまった彼女の元に、詩人が現れる。