津原泰水『11eleven』

11編の短編を収録した作品集
筆者の、1999年から2010年までに発表された短編を集めている。
ちょっとホラーっぽいというか、幽霊や怪奇現象がでてくるわけではないが、ちょっと恐ろしい、ちょっと不気味、ちょっと不思議なところを描いている作品が多いというか。
「五色の舟」も面白いが、やはり「土の枕」かなあ。多分、自分が初めて読んだ津原作品が「土の枕」ですごく面白かったという記憶があるのだけど、改めて読んでも面白かった。
「微笑面・改」「キリノ」「クラーケン」「テルミン嬢」も、それぞれ方向性が違う作品で、それぞれ面白かった。
ちなみに、この本は河出から出ているけれど、各作品の初出掲載誌を見ていると『小説すばる』が多い(短編集の発行元と初出の発行元が違ったりするのはよくあることだが)


下にあらすじを一応まとめていったが、なんともあらすじのまとめにくい話が多く、また、あらすじにしてしまうとなんとも面白さの伝えにくい作品が多いなあという感じで、難しい

五色の舟

戦中、見世物芸人の家族が「くだん」を買いに行く
家族といっても血のつながりはなくて、身体に障害があって一座を組んでいる。
で、実はこの「くだん」が本物で、先に軍が接収しているんだけど、彼らの面倒をみてくれている医者経由で会うことができる。
「くだん」はパラレルワールドから来ていて、敗戦間近の今、軍の上層部は他の世界線へと逃げようとしている。
この作品、舞台が広島の近く

初出:2010年(『NOVA2』)

延長コード

家出先で亡くなってしまった娘について、話を聞くためにその家出先に訪れた父親
過去に一度読んだことあるが、最後の延長コードをひたすらつなげていくシーンの印象が強すぎて、そもそも、娘の父親が云々というところを忘れていた。

初出:2007年(『小説すばる』)

追ってくる少年

かつて住んでいた実家の近くの家の少年に、とつぜん声をかけられて逃げ出してしまったところから始まって、両親と叔母の話などが展開されて、短いながら内容が詰まっている話


初出:2006年(『小説すばる』)

微笑面・改

ある彫刻家が、元妻である絹子の顔が夜空に浮かんで見えるようになる。それが次第に近づいてくる話
学生時代に出会って、自分の芸術のミューズ的存在として絹子と結婚し、渡欧した主人公だったが、作品を作ることができない日々が続き、互いにストレスがたまっていたある日、些細な食い違いがきっかけで彼は絹子の顔にガストーチを向けてしまう。その後、離婚し、会うことはなくなっていた。
空中に見る絹子の顔は、幻のようなものなのだが、次第に近づいてきて、ついに手を伸ばしたら触れるような距離にもなる(他の女性を抱く時に、ちょうど絹子の顔が見える位置にその女性の顔が来るようにする、などということもやっている)。
さらに近づいてきた絹子の顔はついに主人公の顔と接触し、めり込み、激痛をもたらす。
最初は、生霊みたいなもんなのか、という感じなんだけど、触れるってあたりからこれは一体何なんだってなっていて、最終的に主人公に激痛をもたらすものになるというのがなんか面白かった。
現在と過去が交互に語られる構成


初出:書き下ろし(『悪夢が嗤う瞬間』(1997)に収録された「微笑面」をもとに全面書き直した作品)

琥珀みがき

田舎の工場で働いていたノリコが、上司のお使い的な感じで首都へ行くのだが、そのまま首都で暮らすようになる
名前がノリコなので日本人だろうというの分かるのだけど、東京ではなく首都という言葉を使っているところだったり、最初の書き出しの雰囲気に、日本ではないのかな、現代ではないのかなという雰囲気が漂うんだけど、読み進めてみると、まあやっぱり現代の日本が舞台になっているっぽいなとなる。
物語的には、田舎で働いていた女性が都会に憧れて都会で暮らすようになって、くらいの話なんだけど、上記のように、文章に異化効果のようなものがあるのか、という感じがする


初出:2005年

キリノ

語り手の饒舌な語りが延々と連なる作品で、紙面もほとんど改行なく詰まっている。
クラスメイトのキリノという女性がどういう女性なのかを延々と語っている
男の子の、言い訳まじりのちょっと支離滅裂な、しかしなんだか、分かる分かると言いたくなるような語りがなかなか魅力

あとがき見たら、桐野夏生特集に掲載された作品だとあって、そういうことだったの、みたいになったけど


初出:2005年(『小説新潮別冊桐野夏生スペシャル』)

思春期の少女が、友人に誘われてプチ家出する話
家出先が、近くにある邸宅で、家主が死んで無人になっているという噂。行ってみると、友人だけでなく知らない少年が2人いて、数あわせに誘われたのだと気付くが、とりあえずそのまま邸宅に侵入する
で、まあ、実はそこが幽霊屋敷的なところだったっぽいという話で

初出:1999年(『小説non』)

クラーケン

大型犬を飼っている女性の話
クラーケンは、その犬の名前。4代、同じ犬種の犬を飼っており、みなクラーケンという同じ名前をつけている。
犬を飼うきっかけになった、動物保護施設みたいなところの少女との謎の主従関係とか、別居していた夫が戻ってきて云々するところとか、ちょくちょく不気味な話で、そもそも犬の名前がクラーケンってなんだよって話なんだけど


初出:2007年(『小説すばる』)

YYとその身幹(むくろ)

YYという知人の女性の話。YYは既婚者なんだけど、酒飲んだあとにトレイでやったっつう話のあとに、YYが殺されたという話になり、元夫が会いに来てトイレの話聞かれて、その後、その夫が逮捕されたのがニュースになってっていう話
初出:2005年(『ユリイカ』)

テルミン

掲載誌が『SFが読みたい!』だったこともあり、ほぼ唯一SFな作品
互いに決して触らず、立つ位置関係(左右)も必ず決まっていて、鏡ごしに話す夫婦が出てくるんだけど、一体何なのだと読み進めていくと、妻の方が、ある種の脳波が出ている人に近づくと自動的にアリアを歌い始めてしまうという特殊体質の持ち主で、この特殊体質を巡る話になっている


初出:2010年(『SFが読みたい!』

土の枕

戦時中、地主の息子が何を思ったか、小作人のかわりに出兵する。名前や身分などをすべてそっくり入れ替えてしまう。
で、戦後、戻ってくると、小作人の方は、地主に成り代わる気がないことを示すために、他の土地に行って別人として生活しているのだが、地主の親の方は、成り代わられると困るからということで、息子は死んだということにしてしまう。その結果、元の名前・身分に戻ることができなくなって、そのままその小作人として生活していく。
彼もその人生を受け入れて生きていくのだが、死の間際に、自分は実は……と名乗るのだけど、もうそれの証拠になるような記録は何一つ残っていないので、誰にも通じない。
というわけで、これ初めて読んだときから、かなり面白い話だなと思ってて、やはり面白かった。
大森望が年刊SF傑作選に入れていて(日下三蔵・大森望編『超弦領域』 - logical cypher scape2)、それ以外に、戦争文学のアンソロジーみたいのにも収録されたらしい


初出:2008年(『小説すばる』)