1961年の作品から2016年の作品まで、ギャグ的な作品も含めて、広い意味でSFホラー作品を集めたアンソロジー
上に1961年からとは書いたものの、収録作の大半は90年代及び2000年代の作品である。この時期の作品が多い理由は、編集後記に書かれている。
上に「ギャグ的作品も含めて」と書いたが、このアンソロジー、振り幅が激しく、バカSFやギャグ作品が入っている一方で、シリアスかつバッドエンドに近い作品も多い、というかむしろそのどちらかしかないと言ってもよさそうなラインナップとなっている。
もっとも、それこそ怪奇編という名にふさわしいのかもしれない(実際、バッドエンドをどう捉えるかにもよるだろうが、大団円となるような作品はない)
津原泰水と石黒達昌の名前に惹かれて手に取ったのだけど、それ以外にも色々な作家を知れて面白かった。
また、アンソロジーというのは大抵、各作品の解説がついてるものではあるが、このアンソロジーはとにかくそれが手厚い。作品というか、作者についての情報が細かく、特にどのような短編集や未収録作品があるのかなどが解説されており、読書ガイドとしてすぐに使える
巻末の編集後記も、編集後記とあるが、完全に読書ガイドである。
恋愛編もあるのでそちらも近いうちに読むつもり
日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族 (ハヤカワ文庫JA)
- 発売日: 2020/07/16
- メディア: Kindle版
中島らも「DECO-CHIN」
初出2004年
インディーズバンドやサブカルを扱う雑誌編集者の主人公
レコード会社が売り出そうとしているバンドの取材を編集長から言われていやいや行い、案の定つまらないライブに閉口していたら、その直後、事前に告知のなかったバンドのライブが始まる。
それは、小人症、巨人症、シャム双生児らで構成されたロックバンドで、そのあまりのテクニックと音楽的センスに主人公は一発でハマってしまう。
彼は、そのバンドのメンバーになるべく、ある決心をする。というわけで、タイトルへと繋がる
山本弘「怪奇フラクタル男」
初出1996年
本アンソロジーの中で、ある意味一番ホラーというか、絵的にゾッとするのはこれかもしれない。ただし、オチはギャグ。
いや、オチだけでなくそもそもからギャグみたいなネタなのだが、その様を想像すると結構気持ち悪い
田中哲弥「大阪ヌル計画」
1999年初出
こちらもバカSF
落語として高座にかかったこともあるらしいが、テンションの高い語り手の語りで進められていくので、(落語のことはよく知らないが)たしかに落語にもあいそうである。
過度な人口密集地になり、鮫肌水着から着想を得た摩擦がゼロになる素材の服を着ないといけなくなった大阪
なお、タイトルのヌルは、ヌル(0)と見せかけてヌルヌルのヌル
岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」
1997年初出
何故そのネタもかぶるのか。こちらも人口密集ネタ
人口があまりにも増えすぎたため、みんな立って生活しており、動き回ることができない。食糧が頭上を手渡しで送られてくるほか、情報は全て口による伝言で送りあっている。
死ぬと遺体が、やはり頭上を手渡しで西へと送られていく。
主人公の幼馴染の少女が、さそりに刺されて急死してしまい、西へ送られてしまう。
ところが、何年も経って実は生きているという伝言が伝わってくる。主人公は、禁忌とされているリョコウをして彼女に会いに行くことを画策する。
一見、バカっぽい話なのだが、結構ブラックな感じで終わる。
中田永一「地球に磔にされた男」
2016年初出
誰かと思ったら乙一の別名義だった。今は、乙一含む3つの名義で作家活動しているらしい。さらにもう一つ別の名義含む4つの名義でそれぞれ書いた短編を集め、本名名義で解説を書いたアンソロジーがあるらしい。
パラレルワールドを次々と旅することになった主人公は、少しずつ異なる人生を送る自分に出会う。最初、成功した自分を見つけて入れ替わっってしまうことを画策したが。
光波耀子「黄金珊瑚」
初出1961年
SF作家第1世代、『宇宙塵』創刊メンバーの中にいた知る人ぞ知る女性作家(自分は知らなかった)
いくつもの短編を書き、商業誌掲載作品もあり、梶尾真治の「SFのお師匠」でもある彼女だが、家庭との関係の中で作家業は続けていけなくなってしまったとのこと。
人間たちの意志を操るケミカルガーデン。その調査に町へと赴いた主人公たち
なにぶん1961年の作品なので、良くも悪くも古さはあるが、アイデアも話も面白い
津原泰水「ちまみれ家族」
初出2002年
津原泰水が、田中啓文から自分はギャグを書いてるが津原のは所詮ユーモアと言われたのをきっかけで書いたというギャグ作品
簡単なことですぐに出血してしまい、家が血まみれになっている家族の話
中原涼「笑う宇宙」
初出1980年
『アリスSOS!』の原作シリーズの作者。SF作家としては短編・ショートショートを多く手がけていたらしいが、93年に主要な掲載誌であった『SFアドベンチャー』の休載と〈アリス〉シリーズの人気により、それ以降は短編・ショートショートの発表は激減し、2013年に亡くなったとのこと(ちなみに1957年生まれとのことなので、若くして亡くなったといえる)
本作は、新人賞を受賞したデビュー作
主人公は〈妹〉〈父〉〈母〉と共に宇宙船で恒星間航行をしているが、この3人は主人公の本当の家族ではなく、彼らが勝手にそう称しているだけなのである。
主人公の一人称による語りで、〈妹〉や〈父〉は狂っていると述べられて進められていく。主人公と彼らとの会話は確かに全く噛み合わないが、読んでいるうちに、むしろ主人公こそが狂っているのでは、と思えてくるサスペンスな作品。
森岡浩之「A Boy Meets A Girl」
初出1999年
編者解説に藤崎慎吾「コスモノーティス」に先駆ける作品とあり、宇宙生命体を主人公とした作品
惑星系で家族ともに過ごし、成長するとともに翼に光を受けて、1人恒星間に旅立つ。
仲間と思い近づいた先は惑星で、そこにいた少女から自分たち種族の正体を知る
谷口裕貴「貂の女伯爵、万年城を攻略す」
初出2006年
日本SF新人賞でデビューするも、主な活動の場であった『SF JAPAN』誌の休刊とともに活動が激減し、2013年を最後に執筆が途絶えているとのこと
本作の初出は、上田早夕里「魚舟・獣船」も掲載されていた『異形コレクション』の進化論の巻だったらしい。
さまざまな獣人が跋扈する世界で、人間は奴隷の地位に甘んじている。貂の女伯爵率いる軍勢が、亀の立て籠もる万年城へと攻め入る。女伯爵軍の中にいる人間たちは、密かに亀たちと通じ、亀たちが残していて過去の史料から、やはりかつては人間のみが知性を持っていたと知る。 がしかし……。
長編の冒頭かと見紛うかのような作品となっている。
石黒達昌「雪女」
初出2000年
石黒達昌は、以前読んだ「冬至草」がとても面白かったのだが、結局その後他の作品を読まずにずるずるきてしまった
海燕出身者で、芥川賞候補に何度も上がっていたというのを恥ずかしながら知らなかった。2010年に『群像』に掲載された作品を最後に作品発表が止まっているらしいが、全作電子書籍化もされているということなので、今度読んでみたい。
本作は、1926年、芦別の診療所に現れた記憶喪失の女性とその治療を担当した医師の記録である。驚くべき低体温でいながらも、普通に(睡眠時間が長いなどはあるが)生きているその女性は、昔話の雪女のようでもあるが、医師は彼女が何者かを調べていく。