『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』(伴名練編)

伴名練による作家別アンソロジーシリーズ第3弾*1
黒作品は、過去にやはりアンソロジーで「冬至草」と「雪女」を読んでいて、面白かったので気になっている作家ではあった。
冬至草」と「雪女」はわりと似ていて、どちらも架空の研究をノンフィクション風に描いていく作品であった。
が、当然ながら、そういう作品ばかり書いているわけではなく、このアンソロジーも、この作者の様々なタイプの作品に触れられるように編まれている。
しかし、そうは言ってもやはり、タイトルにも選ばれている「冬至草」と「雪女」はやはり別格に面白い感じがある。同系統の作品で、芥川賞候補作にもなった「平成3年5月2日……」や、この中で唯一のSFマガジン掲載作である「希望ホヤ」も面白かった。
伴名練編『日本SFの臨界点[怪奇編]ちまみれ家族』 - logical cypher scape2で読んだときに知ったが、石黒は基本的に文芸誌で活動してきた作家で、そういう意味では実はあまりSF作家ではない。現役の医者でもあり、そちらが忙しくなってきて作品発表が減っているという事情もあるらしい。


希望ホヤ

娘が末期の小児癌だと宣告された弁護士のダンが、癌について独学で勉強しはじめるも、手遅れだということが分かり、娘が行きたがっていた海岸の町へと訪れる。
ほとんど何も食べられなくなっていた娘が、地元の名産であるホヤだけは口にする。
ダンは、そのホヤが腫瘍と共存しているのではないかと考え、調べ始める。
石黒のデビュー作および初期の作品は、医者である主人公と癌患者についての話らしく、また、死をあまり理解していない幼い娘、というのも他の作品やエッセーで登場するらしい。
一方、結局その正体などを解明するには至らず、ホヤ自体も失われてしまうという結末は、「冬至草」「雪女」「平成3年5月2日……」などとも通じるところがあるように思える。
ホヤが癌の特効薬になるかも! な展開は、ポジティブなSFっぽいが、最終的な結末は石黒作品の味かなーと。
なお、こういう結末になっているのは、主人公が医者ではないから(医者だったらこうはしないだろう)ということが編者解説で書かれている。

冬至

以前、『ゼロ年代日本SFベスト集成<F> 逃げゆく物語の話』大森望編 - logical cypher scape2で読んでいた。
あらすじは上記記事にまとまっているので省略
これもまた、プロの研究者ではなく在野の研究者であったために、真理探究よりも一発当ててやる的なモチベーションでなされていた研究であったがゆえに、みたいな展開をしていく(「希望ホヤ」も医者・研究者でないものが、娘を助けるというモチベーションで行った研究だったのでああいう結末になる)。
あと、戦争中の話なので、秘密兵器研究みたいな名目で研究を認めさせる展開がでてきたりする。
それから、恥ずかしながら朱鞠内湖の強制労働・タコ部屋労働のこと知らなかった*2

王様はどのようにして不幸になっていったのか?

他の作品と全然違って、寓話テイストの話
ある国の王様がすごく賢くて、どんどん国を発展させ、周辺国との戦争にもどんどん勝って領地を拡大させていくのだけど、ある時、戦争から帰ってきた兵士が、実はこの国は負けているんだと告発する。
王様が賢すぎて、自分で考えるのをやめてしまった国民の話でもあるし
そもそも正しいことって一体なんだよ、という問答があったりする。
王様と森の対比

アブサルティに関する評伝

研究不正をテーマにした作品
ちなみに、初出は2001年
実験の鬼といわれたアブサルティだったが、そもそも彼がいる時しか実験がうまくいかず、主人公は彼のデータねつ造を指摘する。その後、アブサルティは結局再現ができない。
そもそも彼は、別の研究室でも結果を怪しまれて追い出されていた。今の研究室に移ってきたのは、ボス同士の仲が険悪なので、前科(?)がバレないだろうというもくろみだった。
実験データはねつ造なのだが、彼の理論が正しかったことは後に明らかになる。彼自身、独特の科学観を持っており、理論さえ正しければ実験はどうとでもなる的な考え方をしていたっぽい
ねつ造の話だけだと単なる不正の話なのだが、このアブサルティの科学観があるので、ちょっと文学(?)っぽくなっている

或る一日

おそらく何らかの原子力災害が発生したところに、医者として外国から派遣されてきた「私」の、ある一日を描く。
被曝した子供たちを収容する施設で、医療資源も限られた中、次々と子供たちが死んでいく。
私が着ていたTシャツに描かれたカメのキャラクターが、子供たちの間で「信仰」の対象となっていく。
とにかく、情け容赦なく襲い掛かってくる多くの死が淡々と描写されていくが、タイトルにある通り、ここに描かれるのはあくまでも「或る一日」の話であって、そこには救いもクライマックスもない。

ALICE

初出95年の作品で、精神分析と多重人格と殺人事件が描かれており、90年代っていう感じがする作品
Aliceという女性が、研究所の上司であり同性愛関係にあったとされるMikaを殺害するのだが、二重人格者であったことから、精神科医のaliceが鑑定を行う。
物語の前半は、aliceによるAliceの精神分析が描かれる
その後、Aliceは刑務所で看守の銃を奪い、aliceを人質にとって立てこもる。ところが、その事件は、aliceによってAliceが殺害されるという経緯をたどる。
物語の後半は、C57/blcackという医師が、aliceの精神分析を行う過程が描かれていく。特に後半は、aliceが見る夢とその解釈に多くがさかれ、内容は難解というか観念的という感じになっていく。死やアイデンティティに関する考察と夢解釈が交錯するような作品

雪女

これも戦中の北海道が舞台
低体温のまま生き続けている不思議な女性ユキを研究した柚木医師の話
その後、若い姿でありながら約200歳という年齢である可能性が出てきて、その謎の解明に迫っていくが、元々軍医として凍傷研究を行い、あくまでその関連でユキの研究を行っていた柚木は、最終的に、ユキの研究を禁じられ、私費で研究を行うことになり、袋小路へとどん詰まっていく。

平成3年5月2日,後天性免疫不全症候群に急逝された明寺伸彦博士,並びに,

初出は『海燕』93年8月号で、110回芥川賞候補作となっている。なお、110回芥川賞受賞作は奥泉光『石の来歴』だったらしい*3。その際には、田久保英夫大江健三郎日野啓三が受賞を推している。また、編者解説によると、当時、筒井康隆沼野充義からも高評価だったらしい。
本来の作品名は無題で、作品を識別するために、冒頭部分の「平成3年5月2日……」が用いられているとのこと。なお、石黒作品には無題のものが他にもいくつかあるらしい。
形式的に目を引くのがそれだけでなく、横書きで書かれており、写真や表、架空の参考文献一覧なども挿入されており、一種のレポート形式として書かれている。
これまた北海道を舞台としており、その名の通り、背中に羽のようなものが生えた「ハネネズミ」というネズミについての研究と、ハネネズミが絶滅にいたった経緯が書かれている(研究が始まった時点で稀少化しており、確保できた2個体が最後の個体で、繁殖に失敗し死なせてしまう)
死や絶滅に向けて進化していった生き物だったのではないか、という考察が付されている。
ちなみに、阿部和重ニッポニア・ニッポン』同様、日本のトキが発想の源であったらしい。

解説 最も冷徹で、最も切実な生命の物語――石黒達昌の描く終景/伴名練

石黒のファンブログを運営しているほどの伴名練による解説で、石黒の経歴、収録作品の解説、全短編集の紹介が詳細になされている。
それによると、石黒はもともと『海燕』から「最終上映」でデビューし、純文学的な医療小説を元々書いていた。
93年に「平成3年5月2日……」を発表し、これが高く評価される。そして、石黒の作風自体、SF的ないし幻想的あるいは寓話的な要素が増えていくことになったらしい。また、95年頃には、『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明、『リング』の鈴木光司と並び、理系の作家として注目されていたらしい。
ところが、96年に『海燕』が廃刊し、作品発表の場を失う。その後は、『文學界』とハルキ文庫で執筆の機会を得る。SFの書き手となるのはこの頃。ハルキ文庫がSF作家を集めていて、そのうちの一人として石黒が書くことになったらしい。ハルキ文庫から発表された『人喰い病』が星雲賞参考候補作ともなり、SFマガジンでの「希望ホヤ」につながっていく
2004年に『文學界』で発表した、非SF・非幻想系の小説で3度目の芥川賞候補となり、06年にはハヤカワSFJコレクションから『冬至草』が出るも、発表作は徐々に減っていき、2010年以降新作は発表されていない。

*1:ということはもちろん、1と2もあり、それぞれ中井紀夫新城カズマのアンソロジーで気にはなっているのでいずれ読みたい

*2:あれ、もしかして劉連仁ってと思ってしらべったが、劉連仁は炭鉱労働者だった。ただ、地理的には近い(どちらも空知)。

*3:奥泉光『石の来歴』 - logical cypher scape2