『ゼロ年代日本SFベスト集成<F> 逃げゆく物語の話』大森望編

『ゼロ年代日本SFベスト集成<S> ぼくの、マシン』大森望編 - logical cypher scapeに引き続き
こちらは、死にまつわる話が多かったように思える。
個人的な話だけど、最近時々ふとした拍子に死の恐怖に襲われたりして辛い。念のため、別に病気だったりなんだったりするわけではない。ただ、なんか唐突に、自分もいつか必ず死ぬということに気付いてしまった。ウフコックはそのことに気付いて生を知ったらしいが。


以下、各編のあらすじ。基本的に自分の備忘録なので、ネタバレしまくり。

恩田陸「夕飯は七時」

<すこし、ふしぎ>短編
幼い兄妹は、知らぬ単語を聞くと、頭の中に思い浮かんだイメージが具現化してしまう体質。胡椒をふりかけくしゃみをすると、具現化したものは消えるので、かろうじて周囲の人には知られずに過ごしている。

三崎亜記「彼女の痕跡展」

恋人がいた記憶がないのに、恋人を失ったという感覚に苛まれる「私」は、「彼女の痕跡展」という展示会に出会う。そこには、以前自分が愛用していたはずの物が並べられていた。その展示会の主もまた、記憶のない恋人の喪失感に悩まされて、「彼女」の痕跡を展示していた。「私」の失われた恋人は、彼なのか。

乙一「陽だまりの詩」

最後に生き残ったたった一人の人類のもとで、ロボットである「私」は目覚める。彼の最後を看取り、埋葬するために。
最初、死の意味が理解できない「私」だが、少しずつ心を持つようになる。
世界の素晴らしさと死の恐ろしさを知って、「私」は自分を作った彼に感謝と恨みを抱く。
ところが、その彼自身も実はロボットであった。

古橋秀之ある日、爆弾がおちてきて

浪人生の「僕」の前に、少女の姿をした爆弾が落ちてくる。
かつての恋と死と世界の終わり、青春SF。

森岡浩之「光の王」

研一は営業職のサラリーマンだが、何かを忘れてしまったような感覚に苛まれる。
何かを忘れている、ということで話が進み、最後に明かされるオチは、核戦争で人類はすでに滅亡していて、今の人類は他の知性体の観察対象としてシミュレーションの中を生きているというものでありがちだが、この話の場合、それに気付いてしまった研一が、無同然の世界に放置されてしまうというのがエンディングになっていて、救いようがなくて衝撃。

山本弘「闇が落ちる前に、もう一度」

五分前創造仮説を、エントロピーの法則を使って描いたもの。
この仮説を証明してしまった大学院生が書いた恋人へのメールという形式になっており、ワンアイデアものだが、センチメンタルな雰囲気になっている*1

冲方丁マルドゥック・スクランブル“-200”」

ウフコックとボイルドがコンビで仕事屋をしている話。
ローズという少女が、マルドゥック・スクランブルの対象なのだが、この少女は、ある大富豪の家族の一員で、そしてこの家族は冷凍睡眠によって将来復活することを夢見ており、少女も例外ではない。そしてもちろん、そんな技術は眉唾である。
生と死について、ウフコックとローズが会話する。

石黒達昌冬至草」

ある偶然から、未発見の植物の押し花が「私」のもとへ舞い込む。その植物は、既に絶滅しているが、戦前から戦中の北海道で発見され、学名はつけられなかったが、冬至草と名付けられていた。「私」は、冬至草の正体を追ううちに、半井という男の生涯を知ることになる。
まるでノンフィクションかのように進んでいって、冬至草という謎の植物の不可解な生態(人の血を吸って光るなど)と、半井という不遇な男の執念が浮き上がるように描かれる。
冬至草は放射能を生物濃縮しており、下手すると核分裂反応が起きるかもしれない、というのまで解き明かされて終わる。

津原泰水「延長コード」

17のときに家出して、それっきりになっていた娘の訃報を知った早見が、娘が身を寄せていた者のところを訪ねる。
虚言癖で嘘ばかりついてた娘の生活が少しずつ明らかになっている。
彼女の遺品はほとんどないのだが、部屋のどこででもドライヤーを使いたがる彼女は、延長コードだけはたくさん持っていた。
娘がいつも見ていたという窓の向こう。日が暮れてしまったせいで見えない。延長コードを外へと延ばし、スタンドの光で、その窓の向こうにある林を進んでいく。

北野勇作「第二箱庭荘の悲劇」

第二箱庭荘というよくわからないアパートについて。
よくわからないものをユーモラスに書いている。

小林泰三「予め決定されている明日」

大量の算盤を、大量の算盤人に弾かせている世界で、算盤人の一人であるケムロは、何の目的でこのようなことをやっているのかという秘密をこっそりと知る。
なんと、別の世界をこの算盤でもってシミュレーションしているのだ。その別の世界というのは、この我々がいる世界に非常によく似た世界で、その世界に電子計算機があることを知ったケムロは、自分の算盤仕事を電子計算機にやらせようと企む。
そして、シミュレーション世界に干渉して、電子計算機の利用に成功するのだが。ばれて、ケムロが干渉した世界の計算は止められることになる。
ところで、シミュレーション世界は決定論的に動いているので、実は計算しなくても、存在している。計算はただその結果を知るために行われているだけなので、計算が止められたとしても世界そのものは消えない。

牧野修「逃げゆく物語の話」

有害図書が没収される未来、という、期せずしてタイムリーな作品。
ただ、この世界では図書というものの姿が変わっていて、本はほとんどなくなり、そして一部のコレクターは、人の形をした図書をコレクションしている。
逃避行を続ける二体の本(ちなみに、ホラーとポルノ)。
彼らは、テキスト化されると身体を失う。あるいは逆に、身体を失うとテキスト化される。一度テキスト化されると元の姿には戻らない。
ホラーとポルノは、逃避行の果てについにその姿を失ってテキスト化されるが、それによって愛を紡ぐ。



冬至草」が一番面白かった。
次いで、「マルドゥック・スクランブル“-200”」
あとは「闇が落ちる前に、もう一度」と「延長コード」かなあ


*1:大森望の解説とほとんど同じになってしまった!