ウィル・ワイルズ『時間のないホテル』

原著タイトルは"THE WAY INN” その名の通り、世界最大級のホテルチェーン「ウェイ・イン」を舞台にした物語
映画で見てみたい作品かもしれない、と読みながら思った。
いわゆるSFというよりは、どちらかといえば、世にも奇妙なテイストな感じから始まって、怪人的な存在に追い回されるホラーへとなっていく作品。

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

時間のないホテル (創元海外SF叢書)


主人公の「ぼく」ことニール・ダブルは、ホテルのバーで奇妙な女性に出くわす。彼女は、このウェイ・インチェーンのホテルの部屋や廊下に掛かっている抽象画を撮影してまわっているという。ウェイ・インには秘密があるらしいことを知らされるのだが、というところから物語は始まる。
ニールは、世界各地で行われるフェア、見本市を飛び回っているビジネスマンであり、今回は、完成したばかりの巨大コンベンションセンターであるメタセンターで行われるフェアへとやってきたところだった。
このニールは、しかし、ちょっと特殊な仕事をしている。
彼の仕事は、イベント参加代行業なのである。このようなフェアというのは、ビジネス上必要な情報を手に入れたり、交渉したりするための場所ではあるが、なかなか退屈なものであり、行くのにも骨が折れるものである。ニールは、そうした人々に代わり、フェアに参加し、レポートにまとめ、また要望があれば名刺交換などもやるという代行サービスを行っているのだ。
この作品は、ホテルというものの画一性、そして、フェアや展示ホールといったものの画一性、退屈さといったものから、不条理さやホラーを描き出していく。


ニールの正体が、イベントを主催する企業の人間にバレてしまい、入場チケットを無効にされてしまったあたりの、不条理ドタバタ感がなかなか楽しい。
メタセンターはまだできたばかりであるため、周囲が工事中。ホテルとセンターの間には高速道路があり、本来なら、その上に架けられたスカイウォークで歩いて行き来できるのだが、まだ建設中であり、シャトルバスに乗って行き来しなければならない。ところが、ニールのチケットが無効にされてしまったので、シャトルバスに乗れなくなる。なんとか誤解を解いて、チケットをもとに戻してほしいニールは、どうにかして会場へ向かおうと様々に画策する、というのが、中盤あたり。


で、色々と四苦八苦しているところ、ニールは、バーで出会った謎の女性と再会する。
再会するのだが、今度は彼女に携帯電話を奪われて逃げられてしまう。
その後、ホテルのマネージャーであるヒルバートから、その女性ディーを探してほしいのだと依頼される。
ここからいよいよ、ウェイ・インというホテルの謎がニールに降りかかってくることになる。


ところで、ニールがディーから「メイドじゃなくて客室係、そんな言い方は古臭いし差別的」と言葉遣いを注意されるシーンがある。
ニールが「メイド」というのにそこはかとない違和感を覚えていたのだが、なんなのかよくわかっていなくて、ディーの指摘によってなるほどと思った
この物語は、ニールの一人称による語りによってすすめられていくのだが、おそらく、ニール自身の自己認識とニールの実際のキャラクターにはギャップがある。
彼はおそらく、自分がスマートな人間だと思っている。
参加代行業という正体をうまく隠しながら遂行しており、夜になれば、違う女性との逢瀬を重ねる。ホテルスタッフにも紳士的な態度を貫く。
彼は、先述したとおり、不条理ともいえる事態に陥り、四苦八苦する羽目になる。その際に、思わずスタッフへ怒鳴ったりしてしまい、怪訝な顔をされる。そのたびに、彼は「違うんだ、大きな声を出してすまない」と冷静さをアピールしようとする。
このあたりは、思わぬ事態に遭遇してしまったがゆえに、そうなってしまっているのだろうなと思えるのだが、
ディーからメイドのくだりを指摘されたところを読んで、気付かされる。
ニールというのは、実はそんなにスマートではないのではないか、と。
ディーからは、再会して早々に「あなたとはセックスしないから」とぴしゃりと言われていて、ニールはかなり戸惑っているのだけれど、要するに、そういう下心めいたものを隠しきれていない人物なのだろう。
最後の最後には、ニールがおそらく自分より格下だと思っていたような同業者(記者)から、正体に気づいていた旨告げられるシーンもあり、正体を隠せていたわけではなさそうである。