犬塚則久『恐竜ホネホネ学』

骨格復元という観点からの恐竜入門。あとがきによると、こういうタイプの本は非常に珍しいらしい。
「ホネホネ学」というタイトルの響きから、ともするとライトな感じの本を想像するかもしれないが、読んでみると結構カッチリしているというか、前半は教科書っぽいともいえるかもしれない*1
だから、内容的には入門レベルなのだけど、若干の読みにくさはあるかもしれない。もっとも、その読みにくさというのは、単に僕自身が言葉に慣れていないからそう感じるということかもしれない。
あと、Amazonレビューに、図版が少ないというものがあって、確かにもっと図版があればと思うところがないわけではなかった。ただ、言葉だけで骨格についてこのように表現できるのだなあという面白さはあった。


一章はイントロダクションで、二章と三章が骨学と恐竜学の基礎みたいな話で、骨の名前とか恐竜の分類とかが続く。多分、読み進める上でこの2つの章が結構きつい。獣脚類の頸椎は何本で、鳥脚類の頸椎は何本でみたいな記述が結構続く。
とはいえ、今まで全く知らなかった骨のリテラシーみたいなものが詰まっている気がする。恐竜展行っても、でっかいなーと漫然と見ることが多いけど、こういうところがチェックポイントなのだなあとか。
あと、恐竜をはじめとした絶滅生物は、当然その姿形や生態について、化石しか手がかりがない。そして化石といえば骨である(もちろん、骨以外もあるが)。骨を見て、このようなことが分かる、分からないということが述べられている。


四章以降は、本格的に復元の話になっていく。
四章は復元方法についての話。
五章から八章は、段階を追っていく感じになる。つまり、五章では骨格の復元、六章では筋肉や生体の復元。生体復元というのは、皮膚をかぶった状態まで復元することで、恐竜の復元図といって普通に見る奴である。この2つが姿形の復元といえる。
続いて、七章では運動、八章では生活の復元となる。このあたりとなってくると、骨から直接分かることではなく、骨を現在生きている動物のものと比較しながら推論していく部分が大きくなってくる*2



第一章 恐竜ホネホネ学への招待

恐竜の骨格を見るときのチェックポイント紹介
本物の骨と、作られた骨の違いとか
全体の姿勢をまず見るべしとか
恐竜の特徴とか
大腿骨の溝(腱が通る)を見ると、脚が速かったかどうか分かる、とか。
本題じゃないけど、ステゴサウルスの喉の下に骨があるの知らなかった

第二章 恐竜の骨学入門

まず、基本的な骨の知識
各恐竜の骨の特徴。椎骨の本数とか、指の本数とか指の関節の数とか、骨盤の特徴とか
章末コラムで、骨の名前について解説している。解説というか、日本語の訳語が色々と混乱していることをあれこれ指摘している内容になっている。

第三章 骨がたどってきた道

まず、脊椎動物の進化の道筋から見たときの分類(魚類っていう分類が消滅するあれ)
頭蓋骨の、眼窩以外の穴は、咀嚼筋とかのための空間らしい
恐竜の特徴を、哺乳類、爬虫類と比較
脚が下方型で二足性であるのが特徴、四足性の恐竜は二次的にそうなった、とか
あと、歯。同形歯性と異形歯性というのを知った。爬虫類と恐竜は前者、哺乳類は後者(臼歯がある)。
それから、恐竜の分類。
竜盤類と鳥盤類の違いは、恥骨の向き。これが、鳥と似ているから鳥盤類だけど、竜盤類ものちに鳥に進化したので、恥骨が後ろ向きの獣脚類もいるらしい
その他、獣脚類、竜脚形類、鳥盤類のそれぞれの特徴がもう少し詳しく書かれている
こちらの章末コラムは、恐竜の名前の読み方について
ラテン語の名前をカタカナにしているので、色々な書かれ方があるのはご存知の通り。筆者は、日本人はローマ字表記になれているので、英米人よりもローマ字読みがうまいという。
さてどう読めばよいか。子音の重複がよく見逃されるという。Tyrannosaurusはnが二つ並んでいるので、「ティラ「ン」ノ」だろう。マンモスも、Mammothといmが二つあるので「マ「ン」モス」となっている。Allosaurusはどうか。筆者は、故島崎三郎先生というギリシア語、ラテン語などに通じた先生に直接聞いてみたところ、「アッロサウルス」といっていたとのことである。

第四章 古生物の復元法

組立と復元は別であることを筆者は注意している。
復元について解説しているようで、骨格を組み立てることについて解説している文章が、ままあるらしい。
復元には、まず骨の同定からしなければならない
骨には、対称形をしたものと非対称形をしたものがあって、これで部位が特定できてたりする。例えば、ステゴサウルスの骨板が一列か二列かといった問題も、これで判別できる(対称形であれば体軸についている。非対称であればそうではない)。
かつての復元法であるモデル法や関節法を紹介するも、これの欠点をあげ、新しい復元法として、比較形態学的方法と機能形態学的方法の組み合わせを紹介する。また、足痕化石や埋没姿勢が重要な手がかり、傍証になることを説明している。

第五章 骨から姿勢を復元する

二足性であることによる様々な特徴とか
首の長さや形状、尻尾の骨化腱の話とか
章末コラムでは、立つことと歩くことについて書かれているが、このことはここまででも何度か書かれていたことでもあって、つまり立つことと歩くことはトレードオフ的な関係にあるのである。つまり、歩くというのは、倒れることである、と。安定性を高めれば移動性は犠牲になり、移動性を高めれば安定性は犠牲になる。例えば、側方型から下方型になると、重心が高くなり、安定性は低くなるが移動性は高まる。

第六章 骨から筋や生体を復元する

骨学入門の時と同様、こちらでも簡単に筋肉の解説。
上腕二頭筋がなんで二頭筋っていうか初めて知ったw
筋肉が骨にどのようにつくかは法則性があって、かなり正確に復元できるらしい
(逆に、今生きている動物たちの皮をはいで、筋肉だけにすると結構見分けがつかなくなるとか)
筆者は、骨格復元にも筋の考え方を反映させたほうがよいとも述べている
ただ、筋肉の付き方は分かるが、筋肉の量は結構難しいらしい
身体が大きくなるほど骨の占める割合が大きくなる(筋などは少なくなる)ので、そこから考えたりはできるらしいが。
目の大きさは、強膜輪の大きさで分かる。強膜輪というのは、トカゲや鳥にある薄い円盤状の骨で、恐竜でも見つかるようになってきたらしい。そういえば、去年行った恐竜展で見て、この目は一体? となった記憶がある。
あと、草食恐竜の咀嚼の話とか。咀嚼するようになったから頬もあった、とか。

第七章 骨からみた運動復元

走行、跳躍、登攀、非行、掘削、遊泳のそれぞれの運動について、どのような身体の特徴が対応しているかという話
現在生きている動物について多く文面が割かれていて、跳躍、登攀、飛行については特に恐竜への言及はないし、遊泳についても、恐竜への言及は、かつての恐竜水生説が今では否定されていることを紹介するくらい。とはいえ、現在生きている動物についての話も面白いけど。
走りについては、速く走るにはどうすればいいかという話。腿示数という基脚と中脚の長さの比で速さがわかったりするらしい。ここだけでなく、結構骨の長さの比率とかバランスとかを数字で示しているところが多かった印象がある。そうやって、恐竜同士を比較したり、現在生きている動物と比較したりしる感じ。話を戻すと、ヒプシロフォドンやオルニトミムスは速くて、ティランノサウルスは遅かっただろうと(ティラノについては、腿示数じゃなくて歩幅とかからだけど)
掘削のところもちょっと面白くて、テリジノサウルスやモノニクスって今のオオアリクイみたいに蟻塚を掘ったり壊したりしてたんじゃないかという説があるらしい。
章末コラムは、鳥と恐竜の話。鳥と恐竜をどこで区別するか、羽毛恐竜が発見されて、羽毛の有無では判別できなくなった(始祖鳥が鳥とされたのは羽毛のあとがあったから)。気囊は、今生きている動物では鳥しか持っていない特徴だけど、恐竜も持っている。第一趾が対向しているかどうかというのもあるが、これは地上性か樹上性かを見分ける特徴。

第八章 骨からみた生活復元

ここも結構現在生きている動物の話も多いが、恐竜の話も多い。様々な恐竜について、どうだったかという説が色々と紹介されている。
とはいえ、このあたりはかなり推測しなければならないところが多く、骨の話からは離れる。まあ、恐竜の一番面白いところであるとも思うけど、この本の中ではわりとあっさりしているというか、駆け足で進んでいる感じがある。
恐竜、特に竜脚類については水の中で暮らしていたのではないかという説が、オーウェンの頃からあったのだけど、今ではだいたい否定されていて、そういう再検討の話から始まる
歯と食性の話とか
鳥脚類の咀嚼機構は、哺乳類とは異なる独特なものだったらしい
アッロサウルスのあごについて、CTスキャンと3Dデジタルモデルを使って研究したら、噛み砕くだけの力はなく、切り裂くようにして食べていたのではないか、という研究もあったり。
ステゴサウルスの板が何に使われていたのかはやっぱり謎だし、パキケファロサウルスの石頭も頭突きできるような強度はなかったようで謎。
ここらへんの、恐竜の奇妙な形状について、同種か異種か認知するためのものだったのではないかという説がよくでてくるらしいんだけど、筆者は、何故その形なのかという説明になっていないと批判的。


恐竜ホネホネ学 (NHKブックス)

恐竜ホネホネ学 (NHKブックス)

*1:例えば、『鳥類学者、無謀にも恐竜を語る』のような、笑いを交えたおしゃべりのような文体でもないし、新書なんかで時々見かける「ですます体」でもないしという意味合いで、「ライト」ではなく「カッチリ」と表現したけど、別に無味乾燥な文体というわけでもない。ちょっと堅くてとっつきにくいが、聞いてみると面白い講義を聴いているような感じといえばいいのだろうか

*2:もちろん、生体復元における皮膚もそうだが