今井 慧 (Kei IMAI) - 描写の哲学における二面性概念の再検討 ——三重性と屈折 - 論文 - researchmap
ロペスにおける「屈折」とナナイにおける「屈折」を検討した上で、ロペスは、屈折現象の内実を説明していない、ナナイは内実を説明しているが、あらゆる画像に当てはまってしまい、美的価値のある画像とそうでない画像との区別を説明していない、と整理し、
三重性における「エンコードされた三次元対象」こそが、あるいは「エンコードされた三次元対象」と「描写対象」の関係こそが重要なのではないか、というアイデアを提案する
「描写対象」が屈折の効果を受けるのではなく、屈折においてはむしろ、「エンコードされた三次元対象」の経験が、「描写対象」から影響を受けているのではないか、と。
「エンコードされた三次元対象」を重視する観点に共感する。
屈折って、現象自体はわかるものの、議論がうまく追えていなかったので、勉強になったのと、逆方向に考えるというアイデアがいいな、と思った。
「画像は表象ではない——描写の哲学の新たな展開とデフォルメ」
https://bigakukai076.bigakukai.jp/wp-content/uploads/2025/10/%E7%AC%AC76%E5%9B%9E%E7%BE%8E%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E7%99%BA%E8%A1%A8%E8%A6%81%E6%97%A8%E9%9B%86WEB%E6%8E%B2%E8%BC%89%E7%89%88.pdf
美学会には行っておらず、というかあったことすら気付いておらず、後日、倉根さんや高田さんのブログで知ったのだが、その中で、気になった発表の1つが、この今井発表だった。
とはいえ、今井発表は、要旨しかなく当日資料は公開されていないので、詳しいことはよく分からない。
「画像は表象ではない」という立場については、高田さんがブログで紹介してくれている。
画像に関する代用主義 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ
で、この発表の資料がないかググっていたら(というか今井さんのresearchampを眺めていたら)、上述の「描写の哲学における二面性概念の再検討——三重性と屈折」を見つけたので、読んでみた、という経緯
「デフォルメにおける見えるものと見えないもの:抽象的描写における見立て基と見立て先の緊張」
https://www.wakate-forum.org/data/2023/2023_shiori.pdf
同じく今井さんが、2023年の若手哲学フォーラムで発表したもの。
やはり、ネット上では、事前公開されていた要旨が見れるだけで、当日の発表資料などはなさそう。
だったが、銭さんの日記の中に記載があるのを見つけた。
フィクショナルキャラクターについての高田松永論争の検討。フィクショナルワールドというかっちり一貫した世界から出発するのではなく、もっと浅瀬のデザインや分離した内容から描写という現象を見ていく、という方針はかなり共有できるものだった。自説のポイント、とりわけPキャラクタを重視する松永さんの方針とどう差別化していきたいのかが、やや見えにくかったように思う。お話したところ、結構表象っぽい関心もある方で、なんだかM1のときの自分を見ているかのようだった。
銭 清弘|sen kiyohiro - DIARY
「フィクショナルワールドというかっちり一貫した世界から出発するのではなく、もっと浅瀬のデザインや分離した内容から描写という現象を見ていく」
これは自分もかなり共感できるところである
自分は、デフォルメということには、あまり関心を抱いてこなかったので、その点で今井さんとは異なるが、自分のやっていたこと・考えていたことと共通するところがありそうだなあと思って、気になり始めた。
岡田さんに続き、推しの若手美学者が増えた
岡田進之介「悲劇を観てなぜ悲しむべきなのか ─フィクション鑑賞における適切な情動的反応について」 - logical cypher scape2