『文豪ナンセンス小説選』 - logical cypher scape2に引き続き日本文学。
おおよそ大正から戦前昭和くらいの作品を読んでみようかなあという気持ちがあり、横光利一とかが気になりはじめていた。
川端康成は今まで全く読んだことがなく、もしかしたら教科書等で何か少しだけ読んだことがあるかもしれないけれど、少なくとも自発的に読むのは今回が初めてだと思う。
で、川端についての知識もほとんどなかったのだが、「眠れる美女」とか「狂つた一頁」とかの存在を知り、そういう妖しげな作品もあるのかーと気になり始めたところで、高原英理編『川端康成異相短篇集』 ただならぬ世界を描く、巨匠の異色アンソロジー - もう本でも読むしかないなどから、この短編集の存在を知って今回読むことにした。
「異相」という聞き慣れない言葉だが、川端作品に描かれる、常ならない相、只ならぬ世界を編者がそのように称している。
編者によると、近年、幻想文学や怪談という枠組みでの川端アンソロジーも編まれるようになっていて、それ自体は編者の考えとも一致するが、ここでは、幻想要素や怪談要素を含まない作品も拾うということで、「異相」という言葉を使ったらしい。
話の内容やテーマ的な面では、必ずしも自分好みではないのだけれど、どれもするすると面白く読めたので、さすがノーベル賞作家
「白い満月」「離合」が面白かったかなあ。あ、意識して選んだわけではないけどどちらも心霊譚だな。心霊要素があるのは肝ではあるけど、心霊要素以外の部分が面白い。
「死体紹介人」もよかったけど、自分から積極的に面白いといいにくい(そこまでアンモラルな作品というわけでもないが)
あと、「弓浦市」「めずらしい人」といった記憶ネタは、分かりやすい話
「無言」や「たまゆら」は、つかみは結構面白いんだけど、結末がそこまで、だったかなあ。
そういえば川端といえば「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」だが、確かに、全般的に冒頭でぐっと引き込まれる作品が多かったかもしれない。「ん、なんだろ?」と思わせて、段々分かっていく感じのが多い、気がする(いや、こう一般化してしまうと、小説とはそもそもそういうものだろ、となってしまうが)。
心中
1926年
2ページの掌編
母と娘のところに、別れた夫から次々と手紙が来る。
音をたてるなというような内容の手紙で、母は次々とそれに従っていく。
奇想というか不条理ホラーというか。
白い満月
1925年
肺病で湯治している主人公を軸に、女中として雇ったお夏の話と妹の静江・八重子の話とがそれぞれ展開する。
お夏が、北海道にいる自分の父の死を幻視する。
静江が主人公のもとへ訪れている間に、八重子が自殺する。八重子の夫と別の男との関係から。八重子の夫とその男は、どちらも静江の元恋人。これも複雑だが、実は、静江と八重子は主人公とは父親が違う可能性もあるとか、そういう話もあったり。
お夏の謎の霊視能力みたいなのが出てくるのが異相ポイントなのだが、それはそれとして、三兄妹の人間関係が主たる内容で、そこが面白い。
地獄
1950年
これは主人公の「私」が死者で、まだ生きている友人の西寺のもとへと会いに行く話
西寺は、かつて「私」の妹と想いあっていた(が付き合い始めていなかった)。で、「私」夫婦と妹と西寺とで、登別旅行へいったことがあったのだが、そこで妹は自殺のような事故死をとげる。
ところで、その西寺が今は雲仙にきていて、雲仙と登別が似ていることに気づく。なぜ雲仙に来たかというと、西寺の今の妻が雲仙で死のうとしていたから。
この作品は冒頭から、語り手が死んでいる、という点で引きつけられるが、妹がなんで死んだのか、それは死者同士であっても分からないというところで、感情をめぐるミステリになっている(謎解きはない)。まあ、そういう死に方されてしまうとな。
故郷
1955年
ヘリコプタアが冒頭から出てくるので、発表年を見たら1955年だった。ヘリコプターっていつ頃から一般化? したんだろう。
これは全体的に夢か幻かみたいな話で、ヘリで故郷に帰ってきて、子供時代に仲良かった女の子が、その当時の姿で出てきたり、自分も子供時代の姿になってたりしながら、故郷を見て回ったりする話
離合
1954年
結婚を間際に控えた女性が、父親と婚約者をひきあわせるために、父親を東京に呼ぶ。
そして、離婚していた母親とも会わせようとする。
娘が一人暮らししている家で、再会する父と母
なんだけど、最後、この母親はすでに死んでいて、ようは幽霊と会っていたんだなあというオチになっている。
冬の曲
1945年
主人公の幼馴染なのか何なのか親しくしていた男が、招集後すぐに戦死してしまって、その後、縁談があったのだが断ってしまう。ところが、その断った相手も亡くなってしまい、罪悪感にとらわれる話
朝雲
1941年
これは心霊とか幻想とかそういう要素はなくて、いまでいう百合もの
女学生が主人公で、転勤してきた女教師にひたすら一方的に憧れている、というただそれだけの話なんだけど、好きなんだけどうまくお近づきになれない、話せる機会があるとつっけんどんな態度をとってしまうという青春もの
ただ、卒業後、何通も手紙を出すあたりとかはちょっと怖いといえば怖い、か。
まあでも最後は、青春のよき思い出みたくなって終わる。
死体紹介人
1929年
これ、初期の代表作らしい。
屍姦というわけではないが、死体に対して性的なニュアンスをもつ作品となっていて、つまりどことなく変態的な要素がある。読んでいて気持ちのいい話ではないが、しかし、別に変態性欲の話というわけではなくて、奇妙な人間関係の話であって、面白いことは面白い。
この短編集収録の中では一番長い作品かと思うし(あとは「白い満月」と「朝雲」が長めだった気がする)、この短編集のハイライトなのかなと思われる。
主人公は大学生で、昼間の勉強部屋が欲しいとなって、とある下宿部屋を借りる。そこは、乗合自動車・車掌の女性ユキ子が借りている部屋なのだが、昼間はいないので、家賃も半分にできていいだろう、と。
で、直接会うこともなく、部屋にもほとんど生活の気配を残さないような女性だったのだけれど、急性肺炎になって急死してしまう。
どうも身寄りもないらしく、主人公が医学部の友人に相談したら、献体してくれよ、お前が内縁の夫だったことにしてしまえばいいだろ、と唆されて、売ってしまう。
写真だけほしくなって友人に頼むと、遺体安置室に置かれている全裸の写真が送られてくる。主人公は、ユキ子が働いているところを一回目撃しているが、それ以外では生前に直接の面識はない。死体になってから初めて肌に触れて、それが初めて抱く女の身体でもあって、女の身体は冷たい、という認識が生まれ、さらに死体となってから裸を見ることにもなり、何というか、死んでから関係が深まってしまう。そういう倒錯が描かれている。
ところで後日、ユキ子の妹から連絡があって、上京してくるというので、遺骨が必要になるが、もう医学部の方には何も残っていない。火葬場に行って誰かの遺骨をくすねてくるとしたところ、やはり一人で火葬場に来ていた女性たか子と出会う。娼婦だった姉の火葬で、事情を話すと骨を分けてくれることになる。
でまあ、主人公は、結局妹の千代子と内縁関係を結ぶことになり、そしてその妹も姉と同じく乗合自動車の車掌となる。さらに同じ病気で倒れると、正式に婚姻するが、直後に死んでしまう。
一方で、たびたび会うようになっていたたか子と、最終的に結婚する。で、今では、貧民街で葬式代に困っているところに、医大へ献体するように薦めて回るようになった、と。
ユキ子は遺品がほとんどないのだけど、拾いものという包みがあって、そこに「男女のけしからん写真」が入っており、後に主人公は、その写真とユキ子の裸の写真とを一緒にしてしまっている。あるいは、千代子の火葬の際、葬儀社が不寝番をしてくれる人足を出してくれるのだが、男女2人組で、千代子の遺体の横で抱き合っていたのをたか子が目撃している。
主人公自身の性は描かれていないが、ユキ子・千代子姉妹はその死後に、赤の他人の性行為と結びつけられている。
姉と同じ道を辿った千代子と、姉とは違う道を辿ったたか子という対もある。
こうやって整理してみると、やっぱりよくできてると思う。でも、この主人公あんまり好きになれないなという感じもある。
蛇
1950年
掌編で、夢に蛇が出てきたり、知人が出てきたりする。
犬
1927年
ここから、1927年の掌編が3つ続く。
犬は死を呼ぶと言われ、飼い主が死ぬとその飼い犬も死なせる村の話
まあ、嗅覚が鋭いから、死臭を覚えた犬は、死期の近い人が分かるようになるのだろうとか解説され、その風習も次第に失われていく。
赤い喪服
1927年
女学生が赤痢にかかって死ぬ話
毛眼鏡の歌
1927年
思いを寄せる女性の髪の毛を輪にして眼鏡にして、それで覗いた風景に彼女を見出していく話
弓浦市
1958年
主人公のもとに、30年前に会ったことがあると称する女性がやってくる。
九州の弓浦市に主人公が旅行で訪れた際にあって、結婚の約束もしたという。
とはいえ、主人公は、その時期に九州旅行した記憶も、まして旅行先で婚約した女性の記憶もない。
ずいぶんと詳しい思い出話を語った後、女性は帰っていく。
あとで調べると、そもそも弓浦市なる市自体が存在していなかった
一緒に居合わせていたほかの客は、あの女は気が触れていたんだなと納得するが、主人公はもう少しモヤモヤするという話
めずらしい人
1964年
男手1つで息子と娘を育て、その二人も独り立ちした男性教師の話
特にかわいがっていた息子が結婚して家を出ていった後、父親は明らかに気落ちしている様子だったが、帰ってくると、今日はめずらしい人に会った、と娘に話すようになる。
昔の知人にばったり出くわした、ということなのだが、あまりにも毎日続くので、訝しんだ娘が父親の帰る頃合いに、勤務先の学校を見張ってみると、知らん人に声かけて怪訝そうにされているところを目撃してしまう。今までも、知らん人に声をかけてたのか、と愕然とする娘、という話。
無言
1953年
とある老作家が病気で声が出せなくなってしまう。筆談なら、能力的にまだ可能なはずだが、それもしようとしない。全くの沈黙を続けているという。後輩の作家である「私」がそれを見舞う話。
未婚の娘が父親を世話していて、彼女は父親が何を考えているか分かるような振る舞いをしている(「早く、お酒を出せって?」みたいな感じで)。
で、「私」は、あなたがお父さんのことについて書いてみたらどうですか、みたいな話をふる。
というような内容なのだが、見舞いに行く道すがら、タクシーの運転手から幽霊話の噂を聞いていて、それがなんか織り交ぜられながら展開する。
たまゆら
1951年
たまゆらとは、勾玉と勾玉をあてた時に鳴るかすかな音のことを指すらしい。
とある若い女性が亡くなり、彼女が身につけていた勾玉を、主人公、彼女の元恋人瀬田、妹が形見として受け取る。
主人公は、このたまゆらを愛の時に聞かせたのだろうか、などと妄想している。
3つの勾玉を3人で分け合ったので、命日の時は3人持ち寄って、また、たまゆらを聞こうなどと約束したのだが、後日、瀬田が主人公に、勾玉のせいで悪夢を見るようなので返したいのだという相談をする。
感情
1924年
以下、2,3ページくらいの短いエッセーが3本ほど続く
自分は失恋したのに悲しくならない、という話。ただ、この文章自体が、今書いている小説の宣伝らしい。
二黒
1935年
私は後悔をしない云々
タイトルは、掲載誌の方の企画で、一白、二黒、三碧……と各作家にふったっぽい
眠り薬
1959年
睡眠薬を飲んだ時の失敗談(宿泊先で部屋を間違ってしまった云々)