泉賢太郎『古生物学者と40億年』

古生物学の方法論について紹介した新書
古生物学関連の一般向け書籍は最近かなり増えてきている気がするが、方法論のみで1冊というのは珍しいかもしれない。
当初、内容紹介や目次から、あんまり内容が分からなくて、わりと恐る恐る手に取ったところはあるのだけど、結構「古生物学の前提」をぐいぐい問い直す本となっていて、面白かった。
なお、著者のことをSNSでフォローしていて、いつか著作を読んでみたいなとは思っていた(本書以前から一般向け著作をすでにいくつか出版しているが、機会を逸して読めていなかった)。
(別にこの本は古生物学の哲学の本ではないが)古生物学の哲学を勉強したいな、という気持ちになった。
科学的に考えるとはどういうことか、そしてその考え方を古生物学に当てはめるとどうなるのか、というのが再三繰り返されている。
検証できないことは主張できないとか、あるいは、ある主張をするためにはどこまで詰めていけばいいのかとか。

第1章 古生物学とは
第2章 地層から古生物学的な情報を読み解く難しさ
第3章 古生物学の基礎知識
第4章 化石から「わかること」とは…?
第5章 化石を研究しない古生物学者
第6章 古生物学の研究はブルーオーシャン

第1章 古生物学とは

前半は、古生物学の一般的なイメージや筆者が古生物学を志した経緯等
後半は、化石について
さらに最後の方で、古生物学の研究について
古生物学というと化石発掘のイメージが強いかもしれないが、古生物の研究は化石を入手してからがスタートラインだ、と
仮説をたてる、検証のための素材(化石)を集める、観察等でデータを集め解析する
ただし、確かにそこからスタートなのだけど、事前準備も大事
それから、古生物学の再現性についても触れられていて、面白い
「過去を直接観察することはできない」ことと「再現性がない」ことは別ものだ、と。
研究の標準的な流れ
(1)ある地層を調査→(2)化石を発掘→(3)化石試料の観察→(4)観察データ取得→(5)データを元に古生物の生体情報を推測
このうち、(1)→(2)と(3)→(4)において再現性が確保される必要がある、と。
(3)→(4)については、古生物学の論文でも記述されている(どういう手法で観測したか、計測したかについて)
ところで、(1)→(2)の再現性については微妙だ、と。
論文において、どこどこで何個の化石を発掘した、とは書かれているが、それだけでは再現性についての記述にはならない、と。何kgの岩石サンプルを処理したか、まで記述する必要があるのだ、と論じている。
(4)→(5)は、古生物学者による「解釈」
「真実」を観測することはできないので、「ベストな解釈」を目指すのが古生物学だ、と。

第2章 地層から古生物学的な情報を読み解く難しさ

まず、古生物学・地質学の大前提として、斉一説、地層累重の法則が解説される。
斉一説はいわば公理みたいなもので、証明されているわけではないけれど、これがないと成り立たないものだとしている。
地層累重の法則も法則という名前だけど、物理法則のような厳密なものではなく、これもまた古生物学を成り立たせるための「考え方」だ、と。


水平方向の不均質性
生物学者は地層の垂直方向には非常に気をつかう。年代の幅だから。
それに対して、水平方向にはあまり意識を向けていない。しかし、地層の水平方向には不均質性がある。例えば、同じ地層であっても、化石がよく産出される地点とそうでない地点とがある。


諸々のバイアス
古い年代になるほど地層そのものが少ない、というバイアス
あと、調査努力のバイアス、というのも紹介されていて面白かった(1週間かけて調査した地層と2日しか調査していない地層だと、当然発見される化石の量も違うよね、というような話)


岩相依存性という違いもある
砂岩と泥岩では堆積速度が違う
堆積速度を調べるには年代を調べる必要があり、放射年代を求める必要がある
が、放射年代を調べるためには、ジルコンをピックアップして測定装置にかける必要があるが、この測定装置のお値段がとても高い
なので、年代測定は簡単にできない!


時間スケール問題
ジュラ紀の温暖化速度と現在の温暖化速度は比較できるか?
その温暖化が起きた時間の幅(時間スケール)が違うことを念頭に置く必要がある
(その間、変動が一定速度だったわけでもない)

第3章 古生物学の基礎知識

  • 化石化プロセスについて

軟組織やウンチはどのように化石になるのか
有機物が鉱物へと置き換わることで。
具体的には、アパタイトまたは炭酸鉱物
アパタイトを構成するのはカルシウムとリン。リン酸イオンとカルシウムイオンが反応してアパタイトが生成され、有機物と置換されていくことで、化石ができる。
カルシウムイオンは海水中に豊富にあるが、リン酸イオンはそうではない。
当の有機物自体がリン酸イオンの供給源となると思われる
(コラーゲンとか骨とかに多く含まれてて内蔵とかはそうでもない。軟組織などが化石として残る際、肉食動物はアパタイト、植物食動物は炭酸鉱物になりやすいらしく、それはこのような理由による、と)
が、どれだけの濃度のリン酸イオンがあればいいのか、どういう条件が揃うと反応するのかはよく分かっていない。
リン酸イオンと反応する前に、炭酸イオンと反応して炭酸カルシウムができると、炭酸塩コンクリーションができる。
どれくらいの速度で生成されるのか
これもよく分かってはいないが、こうした化石の周囲の地層の縞が湾曲しているので、地層の堆積物が固くなるより早く鉱物化しているのは分かる。
また、2018年に発表された炭酸塩コンクリーションについての論文では、数ヶ月~数年でメートル級サイズのコンクリーションができる、と。
『Newton2017年6月号』 - logical cypher scape2にもあったな

  • どれくらいの生物が化石として残されているのか

これまで地球上に存在した全生物のうち、一体どれだけが化石化したかということをフェルミ推定している。
当然、かなり大胆な仮定をおいての推定となっているのだが、0.00001%という推定値が出てきている。少なく見えるのだが、筆者の感覚だと「意外と多いな」という感じらしい。


死に場所と化石化する場所が同じとは限らない
化石は変形する

第4章 化石から「わかること」とは…?

第3章は「わからない」ばっかりだったので、第4章は「分かる」ことについて。

  • 存在確認

古生物学の花形であり、あらゆるデータの基本となる。
いなかったことは証明できない。どこまで調査しても「いなかった可能性が高い」にとどまる。
発見されれば「いた」といえる。

地層の年代が分かる

  • 示相化石

地層の環境が分かる

  • 代理指標

炭酸カルシウムの酸素同位体比などから海水温が分かる
植物の気孔の密度から二酸化炭素の濃度が分かる
過去の海水温や二酸化炭素濃度は直接測定することはできないが、他の指標から測定できる。

第5章 化石を研究しない古生物学者

化石に残される特徴=「表面」
生物学的な要素=「中身」
古生物は、生きていたところを見ることができない。化石という「表面」はわかるが、生理現象や行動などの「中身」は分からない。つまり、ブラックボックス
これを「ホワイトボックス」にすることはできないが、少しでも「グレーボックス」にすることはできないか。
今、生きている生き物を調べることによって。
ところで、当たり前といえば当たり前だが、部外者が見過ごしがちなこととして、「古生物学者生物学者ではない」ということがある。
古生物学は地球科学の一分野であって、大学であれば、理学部の地学科で教育が行われる。
これに対して、生物学は、理学部生物学科、農学部、園芸学部で教育が行われる(ここで園芸学部がでてくるの、千葉大の先生! って感じがする)。
だから、古生物学者は生物学について教育を受けていない、と
(本書では特に言及されていないが、古生物学は英語でpaleontologyであり、biologyという語が含まれていたりはしない)


余談として、筆者が「生体復元図」という言い方はよくないのではないか、「生体想像図」と言うべきだ、と述べているのちょっと面白い


「化石目線で生き物をみる」
生理学的・行動学的な特徴などと関連するような、化石に残る特徴を探す
これは生物学者にはない発想
具体例として、二枚貝の套線湾入というものが挙げられる。
これは、水管を格納するスペースで、化石にも残る形態学的特徴だが、水管の長さは堆積物中に潜る深さと一致するので、潜るという行動の様子がわかる。


個体差
これは筆者が実際に生き物を飼育観察するようにして感じたこと。
実際の生き物はとにかく個体差が大きい
大量にデータを取得して、真の分布に限りなく近いであろう分布を探していくしかない
しかし、そもそも大量にデータを取得できない古生物においては……
性別や成長段階による差もある。
古生物において、性別や成長段階を知るのは非常に難しいが、それに対応する形態を探す。その場合も、化石に残りやすい部位はどこか、という観点から探すのが「化石目線」
そうした形態の差異は、あるかないか(0or1)の場合もあるし、程度(0~1)で決まる場合もある。
程度で決まる場合は注意が必要。境界があるわけではなく、重複する場合もあるから
(例えば、ある部位の幅が、オスだったら平均1mm、メスだったら平均0.5mmとかの特徴だとして、0.8mmのオスも0.8mmのメスもいる、とか)


単に大きい、小さいで比較できるわけではない。
体の全長に対してどれくらいか、という「比率」で比較することが多い
しかし、そもそも成長すると、この「比率」自体が変化する
(赤ちゃんの方が頭身が小さい、とか)
この比率の観点から調べる「相対成長解析」というのもある。


隠蔽種
見た目はとてもよく似ているのだけれど、遺伝的には異なっていた、というのが「隠蔽種」
DNAを調べることのできない古生物では、隠蔽種かどうかが分からない
多くの古生物学者は、古生物について隠蔽種かどうか調べる科学的な方法はないので、形態的にそっくりであれば、同じ種と考えておく
しかし、筆者はこの考え方に疑問を持ち、現生種において可能な限りDNA解析を行い隠蔽種が存在する可能性は低い、というところまで調べた、という


そんなわけで筆者の研究室では、二枚貝の飼育実験室や遺伝子実験室などを立ち上げていったという

数理モデルを使う
例えば、大腿骨の大きさと体重の間に数理的な関係があることが分かっているので、化石しか残っていなくても、大腿骨の測定さえでれきば、その数式に当てはめて体重が分かる
数理モデルはあくまでも近似に過ぎない、という欠点はあるが、それを踏まえておけば強力なアプローチになる、と
上述のように、本書の筆者の研究室は、飼育用の水槽や遺伝子を調べるための装置が置いてあるわけだが、一方で、数理モデル用いて研究している古生物学者の場合は、紙とペン、コンピュータが研究道具で、ひたすら計算しているのだ、と。

第6章 古生物学の研究はブルーオーシャン

古生物学の研究対象は、これまで地球に生息していた生物全て=すごく多い
一方、古生物学者の数は少ない
その意味で競合の少ないブルーオーシャン(だが、アンバランスともいえる)
ところで、古生物学というと世間的には恐竜一択のような状況もある
古生物学の研究対象は多いし、研究アプローチも多様だが、古生物学への入口はそうでもない。
化石の発掘は確かに古生物学の王道・花形だが、それが全てではない。
それだけやっていると、先細りになるのではないか。
多様性の確保が必要だが、果たして今、古生物学の教育とか一般への啓蒙ってそれができているのか
最終章は、筆者から古生物学を目指す人へのメッセージであるとともに、そういう筆者の危機感が率直に綴られている。