ジョナサン・ストラーン編『シリコンバレーのドローン海賊 人新世SF傑作選』

毎度お馴染みジョナサン・ストラーン編アンソロジーって書くつもりだったんだけど、調べてみたら、邦訳されているのも実際に読んだのものまだ2冊目っぽくて、お馴染みという程冊数なかった。
以前はジョナサン・ストラーン編『創られた心 AIロボットSF傑作選』 - logical cypher scape2
ダレル・グレゴリイ、サード・Z・フセインが続投
今回の大物枠は、イーガンと、キム・スタンリー・ロビンスンへのインタビュー
しかしイーガンはそこまで面白くもなかったかもしれない。
人新世というタイトルは、原題にも含まれている。
個人的には「人新世」というワードをあまり好ましく思ってはいないのだけれど、書評とか読んで面白そうだなあと思って手に取った、実際、わりと面白かったかなと思う。
何がどう人新世なのかよく分からないけど。
近未来SFって感じで、それほど現代からかけ離れた世界は出てこないのが特徴か。
「エグザイル・パークのどん底暮らし」「未来のある日、西部で」「〈軍団(レギオン)〉」「渡し守」が面白かった。


また、ところどころ、途中で力尽きてる感のある作品紹介……

メグ・エリソン「シリコンバレーのドローン海賊」(中原尚哉訳)

大手配送業者のドローンを落として中のものを盗っても、配送会社側は再度同じものを送り返すので、バレないということに気付いた子どもたちが、色々とドローンを捕まえる方法を考える。分捕り品はそれぞれで分配している。
その子どもたち3人組のうち1人が貧困層で、その企業支配へのレジスタンスとしてドローン海賊を位置づけていた、ということを、主人公が知る、というところで終わる。
もう少し続きが読みたい感じ

テイド・トンプソン「エグザイル・パークのどん底暮らし」(小野田和子訳)

イギリス在住のナイジェリア人作家
ナイジェリアの沖合に浮かぶ、プラスチックで出来た島エグザイル・パーク
主人公は、長らく連絡のなかった友人から、エグザイル・パークに来てほしいと連絡を受ける。
家族3人で行ってみると、島の中心には謎の老婆がいて島の人々に「幸福感」をもたらしていた

ダリル・グレゴリイ「未来のある日、西部で」(小野田和子訳)

短篇ながら、3カ所の出来事が交互に展開されていき、最後に一つに収束するというもの
地域医療を担当している医者とその娘、食肉を輸送するトラックドライバー、デイトレイダーの3視点。
医者(正確にはまだその州での医者免許はとれていないのだが)は、別れた夫から譲り受けた自動車がなくなっていることに気付く。娘は山火事のデータに夢中になっている(発達障害か何か?)。遠隔診療をしているのだが、担当している高齢者の患者が時間になっても出てこない。明らかに出歩くには向かない大気状況だし、実際に訪問する資格を持っていないが、歩いて行けない距離ではない……。
この時代、ヴィーガン食が一般化しており、牧場は常に肉食反対デモに囲まれている。トラックドライバーは、その隙を縫って食肉を受け取り出発する。今ではすっかり電気スタンドばかりで、ガソリンスタンドの数が減っており、そのスタンドも支払いシステムがランサムウェアにハッキングされている。そんな中辿り着いた家には怪しげな老人が……。
そのデイトレーダーは一つの肉体に二つの人格を有している。堅実な投資家とリスクをとる勝負師とだ。勝負師が、会員制SNSに流れ始めた怪しげな映像を見つける。老いたトム・ハンクスが人を殺しているというショッキングな映像だ。信用市場に投機を仕掛けようとしはじめるのだが、「彼ら」の気付かないうちに山火事が広がっていって……。
未来社会の設定が結構てんこ盛りだし、プロット的にも複数の線が走っているが、結構分かりやすくできていて、どう収束していくかはわりとすぐに予想がつくものの、うまくまとめている感じ。


この作家、橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』 - logical cypher scape2に「二人称現在形」、ジョナサン・ストラーン編『創られた心 AIロボットSF傑作選』 - logical cypher scape2に「ブラザー・ライフル」がそれぞれ収録されている。
また、『迷宮の天使』という長編があるらしく、「イーガン、チャン、ワッツに続く新世代の気鋭が、最新の知見を駆使して脳と意識の謎に迫る傑作脳科学SF!」といううたい文句が書かれている。「二人称現在」はイーガンっぽいし、「ブラザー・ライフル」も脳インプラント系の話
それらと、この作品は系譜がちがう感じがする。


グレッグ・イーガン「クライシス・アクターズ」(山岸真訳)

クライシス・アクターとは、防災訓練の際の被害者役を指す言葉だが、陰謀論者が実際の事件において事件の被害者は実在せず、役者だったのだと主張する時にも使われる言葉。
冒頭、主人公が、インチキ医療にはまっている父親を科学的に批判するところから始まるのだが、その主人公自体が、なかなかカルトなグループにはまっている。
サイクロン被害を助けるボランティアグループの中に入り込み、その被害はでっち上げであるという証拠を探せ、という指令を受けて、ボランティアの一員として参加する。
しかし、そのような証拠をは見つけられず、ボランティアの役目を全うする、という話

サラ・ゲイリー「潮のさすとき」(新井なゆり訳)

「修正なし」の人だ
地上で生活するのは困難になった未来世界、主人公は海底農場で働いている。
彼女は、海中生活に適応するための人体改造をいつか受けることを夢見て、せっせと貯金しているが、未来のタコ部屋労働というか、賃金から色々差っ引かれていてなかなか貯まらない。
農場では、巨大ケルプを育てて、労働者たちはそこにとりつくウニをとる作業をしているのだが、ある時、彼女はそのケルプを傷つけてしまい、その代金と称して貯金の大半を会社にとられてしまう。
で、会社からは恐るべきテロリスト集団だと言い聞かされている者たちがいるのだけど、同室の同僚から、そっちへ逃げ出さないかと提案を受ける。
結構ひたすら主人公の悲惨な状況が続く話。主人公は僅かばかりの希望を持とうとしているけれど、実態としてはがっつり搾取されている。
同僚が逃げだそうとしている先が本当にいいところなのかは分からないが、

ジャスティナ・ロブソン「お月さまをきみに」(新井なゆり訳)

パンデミックが起きて大きな変容を遂げた後の世界
クレジットを貯めて、そのクレジットに応じて希望を叶えることができる。
主人公は、息子とともにナミビアで暮らしていて、カニロボットを操作して海底の清掃業をしている。
息子は、ヴァイキング体験に参加することを夢見て、日々、課題をやっている。今は、歴史の課題を解いているところで、これをクリアすると、目標のクレジットに達する。
主人公が仕事で知り合ったエスターは、なんと月への旅行を考えている。
彼女は、主人公の息子のために自分のためたクレジットを払うし、主人公は主人公で彼女の月旅行のために自分のクレジットを払う

陳楸帆「菌の歌」(中原尚哉訳)

超皮質ネットワークに未接続となっている奥地の村に赴くことになったエンジニア
これまで何度か会社から派遣されているが、ネットワーク接続ができていない。この村の人たちは、外部の人間への警戒心が高くて、接触を受けると、さらに奥地へと隠れてしまう。

マルカ・オールダー「〈軍団(レギオン)〉」(佐田千織訳)

九段下駅』に参加している作家らしい。『九段下駅』はちょっと気になっているけれど未読。
直球のフェミニズムSF
インタビュー番組のインタビュアーが語り手で、とあるノーベル平和賞受賞グループのメンバーの1人とインタビューすることになり、その収録の様子が描かれる。
そのノーベル平和賞グループというのがどういうグループなのかが徐々に明らかになっていくとともに、語り手であるインタビュアーの欺瞞(?)も明らかになっていく。欺瞞、というか、信頼できない語り手だった、と。
このグループは〈軍団(レギオン)〉を名乗り、同名のアプリを開発し、その結果としてノーベル平和賞を受賞した。女性同士の互助組織で、発想としてはシンプルで、夜道を歩くときに見守ってくれる誰かと一緒にいれたらいいのに、というところから始まっていて、アプリはカメラとセットになっていて、アプリを持っている人は、他のアプリ利用者に監視してもらえる。何かあった時(危害を加えられたりなんだり)、アプリ利用者が目撃者となるというもの。
ただ、男性・女性ということは明示されておらず、読み進めるうちに、女性の話だなということが分かってくる。
主人公は、自分は好感度が高くて聡明で誰とでも打ち解けられる名インタビュアーだと思っている(本人の自意識過剰な可能性も高いが、実際にそうだったのかもしれない、これまでは)。しかし、控室で敵意丸出しのインタビュー相手に対して、相手の隙を突いてやろう、みたいなことを無意識裡に思いながらインタビューを展開し、全く心を開かない相手から反撃されていく

サード・Z・フセイン「渡し守」(佐田千織訳)

これも、現代からは隔たった世界。
不死が達成されつつあるが、そこに貧富の差が横たわっている世界。
富裕層は完全な不死を得ている。中間層も不死の恩恵を与りつつあるが、経済状態次第であり、死ぬことは、経済的に没落したことも意味するため、悲しい出来事というだけなく恥ずべき出来事という意味合いを持ちつつある。
主人公は、死体回収人で、むろん不死とは無縁の貧困層の人間である(シティの株主になれるかどうかで、中間層と貧困層は区別される。生涯、奉仕者として働くと子どもに株が発行されるみたいな形での、階層上昇の機会はある)。
今日もまた、とある中間層の老人の死体を回収したのだが、翌日、遺族である婦人に作業場を見られてしまう。
やはり死体回収人であった主人公の父親は、死後に脳内からネットワーク上に意識をアップロードする方法を見つけていた。

ジェイムズ・ブラッドレー「嵐のあと」(金子浩訳)

気候変動により、水面上昇やサイクロン被害が顕著になってきたオーストラリアが舞台。
母親が亡くなり、父親がアル中のため、祖母の住む町へと引っ越してきた主人公。
未来が舞台になっているということ以外は、SF要素はほとんどない。
友人のいない町で知り合ったのが不良少年たちで、案の定、あんまりいい目に合わない(いい目に合わないというか、もっと直接的に被害にあってる)
でも、ここで暮らすしかなく、アル中の父親は口約束だけで実際に迎えに来てはくれない。
そして嵐が起きて、やはりサイクロン被害にあって父親を亡くし他の街から引っ越してきた兄妹と、肩を寄せ合う

ジェイムズ・ブラッドレー「資本主義よりも科学――キム・スタンリー・ロビンスンは希望が必須と考えている」(金子浩訳)

科学と資本主義という二項対立