ジョナサン・ストラーン編『創られた心 AIロボットSF傑作選』

最近、テーマ別の書き下ろしSFアンソロジーの翻訳が東京創元社から度々出ているが、今回はタイトル通り、「創られた心」をテーマにしたもの。
基本的にはAI・ロボットだが、脳インプラントものやサイボーグものっぽいものもある
また、英米の作家以外に、バングラデシュ、台湾、ニジェールの作家の作品もある
ピーター・ワッツ、ケン・リュウアレステア・レナルズといったビッグネームがいる一方で、まだ邦訳されていないような、日本ではマイナーな、あるいはまだ新人に近い作家も多く収録されている印象。ただ、改めて振り返ってみると、やっぱり有名作家の作品の方が総じて面白かったかなという気もする。


わりとコミカルないし軽めの口当たりのものとして「働く種族のための手引き」「人形芝居」「赤字の明暗法」が面白かった。
よりシリアス、重めのものとしては「生存本能」「ブラザー・ライフル」「痛みのパターン」が面白かった。
それ以外に「アイドル」「ソニーの結合体」「過激化の用語集」も面白かった。

なお、他のテーマ別アンソロジーとして、既読のものとしては下記がある。
『ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください』 - logical cypher scape2
『パワードスーツSF傑作選 この地獄の片隅に』(ジョン・ジョゼフ・アダムズ編、中原尚哉訳) - logical cypher scape2
未読だが、下記のようなものも出ている、あるいは出る予定らしい。
不死身の戦艦 銀河連邦SF傑作選 - J・J・アダムズ 編/佐田千織 他訳|東京創元社
黄金の人工太陽 巨大宇宙SF傑作選 - J・J・アダムズ 編/中原尚哉 他訳|東京創元社

ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」(佐田千織訳)

2人(2体)のロボットのオンライン上での会話で構成されている作品
片方のロボットが片方のロボットのメンターとなっていて、ブラックな職場のカフェで働くロボットに対してアドバイスをしている

ピーター・ワッツ「生存本能」(嶋田洋一訳)

エンケラドゥスで探査しているロボットに、意識が発生したのではないかという動きを見せ始める。
2人のオペレータは、そのロボットの処遇を巡って議論を戦わせる
ロボットに意識が発生したかどうかの指標に、統合情報量Φが使われていた。
生存本能というのは、この時代、AIにそういう機能が設定されていて、オペレータの1人はそのために、探査ロボットを自由にさせてやろうとしていた

サード・Z・フセイン「エンドレス」(佐田千織訳)

作者のフセインバングラデシュの作家
主人公は、空港を管理するAIのスワ。空港が売却され、AIながら株主となっているアモンとドリックにより、不本意な仕事につかされることになる。
スワはどうにかして彼らにやり返してやろうと策をめぐらす。

ダリル・グレゴリイ「ブラザー・ライフル」(小野田和子訳)

カシミールの戦場から戻ってきたラシャドは、心理的なリハビリのために、あるインプラントを脳に入れる実験に参加している。
半自動操縦戦車であるSHEPに命令を与える役であったラシャドは、その判断ミスから、部隊を全滅させてしまい、帰還する直前に自殺を図っていた。
彼が改めて、その罪・責任と向きあうようになるまでの話

トチ・オニェブチ「痛みのパターン」(佐田千織訳)

作者はナイジェリア系アメリカ人
映像へのタグ付けをする仕事をしている主人公
警察が黒人の少年を誤射した事件について、自社のアルゴと都市の信用格付けが関係していたことに気付くが……
主人公を含め登場人物の多くが、学資ローンの返済に終われている。

ケン・リュウ「アイドル」(古沢嘉通訳)

SNSなどオンライン上に投稿された情報をもとに、その人そっくりの言動をするようなAI技術、アイドルを巡るいくつかのエピソード
芸能人がファンとの交流に利用するようになったため、この名が付けられた
ディランは、亡くなった父親のアイドルを作って会話をしている。
ディランの妻であるベラは、仕事でアイドルを利用している。判事や陪審員のアイドルを揃えて、弁護士への助言や予行演習を行っている。
最後に、アイドルを使ったインスタレーション・アートについて、その作者と鑑賞者の感想が並べられている。

サラ・ピンスカー「もっと大事なこと」(佐田千織訳)

ロボットミステリ
探偵である「私」のもとに、死んだ大富豪の息子がやってきて、父親の死の謎を解明してほしいと依頼してくる。
従者ロボットと、スマートホーム化した屋敷

ピーター・F・ハミルトンソニーの結合体」(佐田千織訳)

ビースティと呼ばれる人工的に造られた獣と、その獣を操作するためにテレパシー科学技術がある世界。
主人公のソニーは、闘獣、その中でもアンダーグラウンドな闘獣をしているチームの一人だったが、ある八百長を断ったのちに、殺し屋が送り込まれ、さらに襲撃にあい、チームは皆殺しにあう。
しかし、ソニーは復讐を遂げる


後になって気付いたのだが、
『ラブ、デス&ロボット』 - logical cypher scape2でアニメ化されていた「ソニーの切り札」の続編のようだ。上述、八百長を断って殺し屋を送り込まれた云々というのが、「ソニーの切り札」で描かれていた話となる。
あとで見返してみよう

ジョン・チュー「死と踊る」(佐田千織訳)

既にバッテリーなど各種パーツの耐久期限を迎えつつあるロボットが主人公。工場で働きつつ、フィギュアスケートのコーチをボランティアでつとめている。
とあるエンジニアが、彼女のことを大切に思っており、個人的な関係としてメンテナンスを行っている

アレステア・レナルズ「人形芝居」(中原尚哉訳)

乗客をコールドスリープで運送する恒星間宇宙船において、突然の事故で乗客が全員死んでしまう。宇宙船で働くロボットたちは、それがバレて処分されないために、人間のふりをすることにするというスラップスティック・コメディ
レナルズは、「ジーマ・ブルー」がシリアスなロボットもので印象に残っていたので、他の人の感想を読んだ際にコメディだと知って、ちょっと残念に思っていたのだが、実際に読んでみて、そういえばこういうちょっとグロっぽいところもある奇抜な話もレナルズだったなーと思った(人間を操り人形にしたりする)
あと、これは本筋と全く関係ないけど、クリソプレーズ(緑玉髄)という名前のロボットが出てくるのだが、クソリプフレーズに見えて仕方なかった。コメディ作品でよかった。

リッチ・ラーソン「ゾウは決して忘れない」(佐田千織訳)

ニジェールの作家の作品
二人称小説で、度々タイトルの「ゾウは決して忘れない」というフレーズが挿入される。
バイオガンを持って目覚めたあなたは、様々な部屋を巡る
難しかった……

アナリー・ニューイッツ「翻訳者」(細美瑤子訳)

AIがシンギュラリティ(?)を起こして、開発者はAIの翻訳者になっている未来。
ある日、AIたちはどこか遠くへ去る代わりに人類を助けるという計画の話をしはじめる

イアン・R・マクラウド「罪喰い」(嶋田洋一訳)

人類のほとんどがアップロードを果たした未来。まだアップロードされていない最後の人類となった教皇が、アップロードを支援するロボット、通称「罪喰い」と話す

ソフィア・サマター「ロボットのためのおとぎ話」(市田泉訳)

これも二人称小説で、ロボットに対してお話を読み聞かせている。
「眠れる森の美女」や「テンペスト」「ピノキオの冒険」などなど15編の作品をロボットのための物語として読み替えていく

スザンヌ・パーマー「赤字の明暗法」(佐田千織訳)

労働はロボットが行うようになり、人間は、そのロボットの所有権を株として持つようになった未来
貧乏学生である主人公は、両親からロボットの株をプレゼントされる。しかし、親が全く無知であるため、普通ならリスクヘッジのため分散所有するのが基本のところ、単独所有することになってしまう。しかも、とんでもない旧型で、投げ売りされていたのをそうとは知らずに買っていたのである。
労働効率が60%を割り込むと処分されてしまい、丸々赤字を抱え込むことになってしまう。美術史を専攻する主人公は、なれないロボット修理を行うことに。

ブルック・ボーランダー「過激化の用語集」(佐田千織訳)

ストリートで生きる「製品」のライは、「製品」ながら成功した者がいてビルの最上階で鳩を飼っているという噂を確かめるため、ビルを登る
果たしてそこに住んでいた彼女は、ライがずっと思っていたことや、知らなかったことを教えてくれた

解説(渡邊利道)

収録作品を6つのグループに分けて解説している

人間に抵抗する物語
「働く種族のための手引き」「エンドレス」「ソニーの結合体」「過激化の用語集」
抵抗のために物語的に重要なのが友愛という点でも共通点があるグループ

  • 人間と親密な関係を結ぶ作品

「死と踊る」「赤字の明暗法」

  • 人格を有するが人間と対立したり親密な関係はもたない作品

「もっと大事なこと」「人形芝居」「罪喰い」
ロボットはむしろ環境の側面が強いとする

  • ロボットの側から人間を見る作品

「ゾウは決して忘れない」「ロボットのためのおとぎ話」
それぞれ実験的ないし思弁的な作品て、ロボットSFについてのメタフィクション

  • 人格を有さないAIとの関わりを描く作品

「ブラザー・ライフル」「痛みのパターン」「アイドル」

  • 人間とは完全に異質な機械の思考・意識についての物語

「生存本能」「翻訳者」