佐藤亜紀『ミノタウロス』(再読)

ウクライナ戦争起きた頃くらいから、ウクライナといえばそういえば『ミノタウロス』だなあ、再読しようかなあ、とか思っていたのだが、いつものことで、そう思ってから数年たってしまった。いや、ウクライナ戦争始まってもうそんな経つのかよ
現在起きているウクライナ戦争と直接の関係はないが、春先の泥濘の描写を読んで、あ、これ、知ってるとは思ってしまった。


ロシア革命直後のウクライナで内乱が起きていた頃の話で、成り上がり地主の息子が、人間性を打ち捨てていって破滅していく話
歴史小説ではあるのだけど、具体的に何年か、という数字は一回も出てこない。出てこないけれど、何年の出来事を書いてるのかはちゃんと分かるように書かれている。


一人称小説だが、主人公の父親についての回想から始まる。
父親は、謎の男から土地を譲り渡されて地主になるのである。
お前には払えんから息子から取り立てるよ、みたいなことを言って去っていく。で、初読の時は気づいてなかったような気がするので、「なるほどこれが悪魔の契約みたいなもんで、最後の主人公の破滅に繋がってくのね、再読だからわかるぞ」と思って読んでたんだけど、終盤になってきっちり言及されてた。
一見、読みにくそうな小説に思えて、実は結構そういうところは親切なような気もする。


物語は大きく前半(Ⅰ〜Ⅲ)と後半(Ⅳ〜Ⅵ)とに分かれている。
前半は、主人公がまだ生まれ故郷であるミハイロフカに住んでいた時の話で、後半は、ごろつきとなってウクライナ南部を放浪していた時の話
主人公は一度キエフの学校へ通わされるが、暴力沙汰を起こしてミハイロフカへと戻ってくる。
第一次世界大戦傷痍軍人となった兄も帰郷してきた一方で父親が亡くなると、ミハイロフカの顔役で、主人公の父親に農場経営を教えたシチェルパートフに言われて、村の政治サークルへ出入りするようになる。
そこで主人公は、グラバクという男に出会う。
作男だが頭角を現しつつある男だった。
主人公は、グラバクの弟サヴァと親しくなり、サヴァの姉テチヤーナと懇ろになる。しかし、テチヤーナを孕ませたことで、グラバク・サヴァ兄弟との仲は拗れることになり、さらに主人公が堕胎のために渡した金でグラバクは武装を始める。
ロシア革命そのものはミハイロフカに影響をもたらさなかったが、ブレスト=リトフスク条約が結ばれると、ミハイロフカにもオーストリア軍が進駐するようになる。しかし、シチェルパートフの手際により、軍の掠奪は免れる。
とにかくこのミハイロフカというのは、シチェルパートフの支配によってうまく回っていたのである。
出奔していたシチェルパートフの息子が亡くなり、その妻マリーナがやってくる。マリーナを車に乗せて連れてくることとなった主人公は、一目見てマリーナを嫌うようになる。
というのもマリーナというのは、いわば「姫」的な存在で、主人公は「淫売」と罵るわけだが、結局マリーナとヤり始めるようになる。
しかし、これがよくなくて、マリーナは元々自分に夢中になっていた別の男をけしかけるようになる。
一方でサヴァが死んで、主人公はグラバクとの間に決定的な諍いを抱えるようになる。
グラバクはミハイロフカを離れて武装集団を作り、少しずつ支持者を増やしてオーストリア軍を攻撃するなどしていた。
いよいよミハイロフカに攻撃を仕掛けてくるグラバク
主人公は逆上して反撃しようとするが、咄嗟に兄によってボコられてシチェルパートフ邸まで逃げてくる。
しかしその兄も、マリーナにけしかけられた男からイカサマ賭博を仕掛けられていて、素寒貧になり、首をくくる。
シチェルパートフから諸々のことを明かされた主人公は、ある意味では実の父親以上に「父」的な存在だったかもしれないシチェルパートフを殺す。


こうしてミハイロフカを去った主人公は、ドイツ人逃亡兵のウルリクと、浮浪人のフェディコと3人で、放浪生活を送るようになる。
最初は、列車にこっそり乗り込んで他のごろつき集団に紛れながらの生活だったが、馬車を手に入れそこに機関銃を乗せると、掠奪生活をするようになった。
この頃ウクライナは、赤軍と白軍との内戦状態にあったが、さらに地方では徒党を組んだゴロツキの頭目が勝手にアタマンを名乗って、相争うようにもなっていた。
元々主人公は、キエフの学校にも通ってドイツ語も話せるしフランス語も読めたりする学のあるところがあるのだが、そうしたものはくだらないと見切りをつけて、こうした掠奪生活を気に入ってもいた。元より、母の望むまま軍人になった兄と違って、父親を継いで農場主となろうとしていたわけで。
ポーランド出身のウルリクも、元はおそらくそれなりにいい家の出で、撃墜王になるべく入隊したのだが、気づけばウクライナまで来ていた。放浪生活をしながらも清潔さに執着を示し、また、ちょっと気がふれているようところもある。
そして彼らはひょんなことから飛行機を手に入れる。撃墜王になりたかったというのは満更デタラメでもなく、ウルリクは飛行機の操縦をすることができた。
そんな中、グラバクと再会することになる。
かつて彼らが馬車を奪ったクラフチェンコの部下になっていたグラバクと、協力関係を結ぶことになる。
グラバクのために偵察飛行をする代わりに、燃料や食糧などをもらう。
掠奪を免れていたドイツ人入植者の村を襲い、そこを拠点とすることにしたグラバク軍。
そこで、何を思ったのかウルリクは、1人の娘と恋に落ちる。
一方主人公は、マリーナがクラフチェンコの妻の座におさまっていることを知る。
いよいよグラバクとの関係も終わりを告げ、皆殺しの時間が始まる。
主人公とウルリクによる飛行機での襲撃
そして、主人公はフェデェコを巻き込んで、最後の銃撃をクラフチェンコ相手に仕掛けるのだった

最後主人公は、シチェルパートフらが人間として扱ってくれていたから自分は人間であったのであって、人間というのは、ある形に流されればその形になってしまうものなのであり、とっくに人間ではなくなっていたのだと思う。


なんか最後野垂れ死のような感じだったっけ? というような曖昧な記憶だったのだけど、割と派手な死に様だった。