ゾーンから人類以外のテクノロジーの産物をかすめ取ってくるストーカーたちと、ゾーンの周囲で暮らす人々の物語
かなり前から気になっていってずっと積んでいたのだが、フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2でかなり詳しめに紹介されていたこともあって、ようやく読んだ。
ゲーム「S.T.A.L.K.E.R」や宮澤伊織『裏世界ピクニック』の元ネタ(?)としても知られる。原作のタイトルは『路傍のピクニック』だが、タルコフスキーによる映画化作品のタイトルが『ストーカー』だったため、邦訳タイトルも『ストーカー』となっているらしい。
元ネタという意味では、野村亮馬『ベントラーベントラー』の「虫歯」のエピソードで、外星人のもののコレクターたちが読んでいる隠語のセンスが似ている感じがする。
それから、タルコフスキーによる映画化では、ストルガツキー兄弟が脚本として参加したが、最終的にはタルコフスキーによる解釈での作品になっており、その後、ストルガツキー兄弟がもともと考えていた映画脚本が出版されているらしい。で、そのタイトルが『願望機』という。Fateの聖杯を願望器って呼ぶ元ネタってもしかしてこれ? 内容的にFateとは全然違うけれども。
SFなんだけどSF抜きでもストーリーの骨子は語れる
主人公、障害をもった娘と、働けなくなって同居している父親がいる。主人公自身はフリーランスで実入りも悪くはないのだが、リスクのある商売だし、そもそも業界全体で機械化が進んでいてフリーランス業がこのまま続けられるのかはわからない。
昔助けた同業のロートルから持ちかけられてる怪しげなうまい話をずっと躱してきたが、そいつの息子が、今度仕事教えてくださいと言ってきたので……
これは、最後の章に至る前段の主人公の事情をSF要素抜きでまとめ直してみたものだが、
「俺の人生これでいいんだ」と「俺の人生これでよかったのか」で揺れる中年(いうてまだ31才なのだが)の不安や苦悩みたいなのが描かれている
なんだか読んでいて思い出したのが、遠藤浩輝『EDEN』で、「こんなクソみたいな人生に復讐するしかなくなっちまう」みたいなセリフで、本作の主人公のシュハルトも、何かに復讐しようとする。
しかし、それが何なのか分からない。
そういう暗い情念みたいなものと、ゾーンという危険地帯を歩いていく緊迫感が組み合わさって進んでいく最後の章がすごかった
で、これだけだとSF要素はないんだけど、やはり最後のオチにはSF要素がかかわってくる。
(娘の障害も父親との同居も、ゾーンのせいなので、その意味ではこのあたりも作中では超常現象なんだけど)
先に「昔助けた同業のロートルから持ちかけられてる怪しげなうまい話」と書いたが、これはストーカーたちの間で囁かれる、どんな願いも叶うという「黄金の玉」の所在を教えてやる、という話し
シュハルトはそんなもんただの噂だと思っている。
が、実はそうではなくて、やはりそれは実在するのだけど、それの手前には、人が通過するとすりつぶしてしまう罠がある。
そのロートルは、他の誰かを生贄にして自分の願いをこれまで叶えてきていた。
シュハルトに対して、誰かテキトーな若者を連れてけ、と言っていたのだけど、シュハルトはそのロートルの息子であるアーサーを連れていく。
シュハルトは、そういう罠があることに気づいているので、アーサーをその罠にしかけるつもりで連れて行っている(アーサーのことを心中で「マスターキー」と呼んでいる)。
どうも自分のことを慕っているらしいアーサーを生贄にして、何でも願いを叶えられる「黄金の玉」へと辿り着く。
しかしシュハルトはもう何が自分の願いなのかが分からない。そして、お前は人智の及ばない存在なんだから、俺の真の願いが分かるはずだろ、と思う。人間の魂ならあるぞ、とも。
シュハルト自身の生きる上での苦悩って、かなり実際的な世俗的なものであって、超越的なものへの希求とかそういうものはないはずなんだけれど、しかしこの人生の理不尽をもたらしたものは、この「来訪」でありゾーンであり、それは人類には到達不可能であり、意図も何も分からない、人類のことなんてなんの歯牙にもかけていないのかもしれないが、人類にたいして多大な影響を与えている謎であり、だからこその、このラストシーンになっている。
大きく4章構成になっているが、最初に、序章的な感じで、「ワレンチン博士のインタビュー」というのがある。
1.レドリック・シュハルト。二十三歳。独身。国際地球外文化研究所ハーモント支所所属実験助手
これは、主人公のシュハルトの一人称で書かれている。2章以降はすべて3人称
シュハルトはストーカーをやっていたが、この時期は、章タイトルにある通り研究所に雇われていた。
研究者であるキリールと親しく、彼に中身のある〈空罐〉の話をする。
研究所の乗り物でゾーンに入っていくと、ストーカーやっていたころより簡単にゾーンに入れるし、ボーナスもでる。
なるほどこれはいいかもなと思うのだが、ゾーンの中で蜘蛛の糸のようなものが頭についたキリールが、その日の晩に亡くなってしまう。
1章はここで終わるのだが、ゾーンの危険性を熟知していたシュハルトにとって、キリールを死なせてしまったことへの後悔の念がその後も残り続けたのではないか。
〈空罐〉のほか、ゾーンのなかの重力異常地帯を〈蚊の禿〉と呼んでいたり、〈魔女のジェリー〉という危険な物質があったり、このストーカー達による隠語のネーミングが、やっぱりなんともよい。
2.レドリック・シュハルト。二十八歳。既婚。職業不定。
〈禿鷹〉のあだ名をもつストーカー、バーブリッジをシュハルトが助けるが、バーブリッジは両脚を失う。
ちなみに、シュハルトのあだ名は〈赤毛〉で、ストーカーはみなあだ名で呼ばれている。
タイトルにある通り、第2章は第1章の5年後で、シュハルトは研究所を辞めている。第1章ではシュハルトの恋人が妊娠したところで終わっていたが、二人はその後結婚して、娘が生まれている。
シュハルトは〈しわがれ声〉にゾーンからとってきたものを卸している。
最後、シュハルトは逮捕されるが、妻子の生活費を〈しわがれ声〉に頼んでいる。
3.リチャード・H・ヌーナン。五十一歳。国際地球外文化研究所ハーモント支所勤務。電子機器納入業者監督官。
1章、2章にも出てきていたおっさん、ヌーナン視点
研究所所属でノーベル賞学者でもあるワレンチンと、ゾーンについての会話
その中でワレンチンは、来訪がピクニックに過ぎなかったのではないか、と語る。
ヌーナンは研究所で機器の仕入れの仕事をしているが、その一方で、ストーカーたちの動向を監視している。その上司であるミスター・レムヘンから、〈禿鷹〉がお前の監視逃れてぶつを流しているぞ、とどやされる。
ゾーンで発見されたもののいくつかは利用できるようになっていて、〈適量〉はエネルギー源として使われるようになっていたり、〈ネックレス〉は健康用品になっていたりする。ただ、どちらも原理はよくわかっていない。
また、ゾンビも出てきているようになっている。ただ、ワレンチンはそういうのは別に大したことではないという。因果をねじまけているような現象が起きている方が、はるかに悩ましい、と。
また、第2章でバーブリッジがシュハルトに対して、助けてもらった礼にそのありかを教えてやるといっていた〈黄金の玉〉だが、研究者の間では〈願望機〉と呼ばれていることがわかる。
シュハルトは出所しており、ヌーナンは久しぶりに彼の家に訪れる。
娘のモンキーはヌーナンのことが分からなくなっている。一方、シュハルトの父親がゾンビとなってシュハルトの家で暮らしている。
ストーカーの子どもは何らかの異常をきたすといわれているが、モンキーには確かにその影響が出てきている。シュハルトは、娘と父親の両方がゾーンの影響を受けてしまったことになる。
しかし、そんなことを気にしていないかのような様子で、シュハルトはヌーナンと酒を飲みかわす
4.レドリック・シュハルト。三十一歳。
〈禿鷹〉バーブリッジの息子であるアーサー・バーブリッジという若者とゾーンに入っているシュハルト
〈黄金の玉〉のありかまで行くためにゾーンの中を歩いている。
アーサーが先にたち、後ろから歩くシュハルトが指示を出す。シュハルトの指示は絶対。
ここの、一歩間違えば命を失う危険もあるサバイバル感のある道行きの緊迫感が、面白かった。
追記
何らかの謎なり超常現象なりが起きた時、科学的な説明をするのがSFで、魔法などで説明するのがファンタジーで、説明がなされないのがホラー、みたいな特徴付けをどこかで見かけたことがある。
それに倣うなら本作は、SFというよりむしろホラーかもしれない。
来訪は、異星人の来訪だろうと作中世界で言われているけれど、しかし結局定かではないし。
しかし、ホラーが恐怖を喚起させるジャンルだとすると、本作は必ずしもそれには当てはまらないだろう。
SFやファンタジーの場合、喚起される感情は、ワンダーと呼ばれる奴で、その点ではやはり本作もワンダーの感情をもたらしてくれる作品だとは思う。
しかし一方で、後半になってくると、それだけではなくなってくる。
それを「文学的」と呼ぶのは、広い意味では間違ってないと思うものの、適切に絞り込めてない感じがしてしまうが、うまく他に言いようがないのでそう呼んでおく。
SFのワンダーが、世界に対して抱く感情だとしたら、そうではなくて、個人の人生に対して抱く感情が、終盤では喚起される
SFに属する作品だとして、他のジャンルの特徴も含む作品だな、と。