マリオ・バルガス=リョサ『世界終末戦争』(旦敬介訳)

ノーベル賞作家が、19世紀ブラジルで実際に起きたカヌードスの乱という出来事を描いた長編歴史小説
海外文学読んでくぞ期間第一弾として。
橋本陽介『ノーベル文学賞を読む』 - logical cypher scape2を読んで知って以来、気になっていた。
タイトルがSFっぽく見えなくもないが(?)、ここでいう終末は、キリスト教の終末思想からきている。上述のカヌードスの乱というのが、キリスト教系の運動なのである。
なかなか分厚くて、二段組みということもあって、怯んでいたのだが、読んでみると結構読みやすい。
ブラジル北東部のとある州で、キリストの教えを説く男のもとに、貧民や元盗賊、障害者などが集まるようになり、共和国から独立したコミュニティを形成する。で、軍隊がこれを鎮圧しにいく、というストーリー。
まず、とにかく色々なキャラクターの人たちが描かれていて、彼らの人生模様を読んでいくのが面白い。
また、貧民や元盗賊たちが集まったところでその最後は推して知るべしというところだが、実は彼らは3度、鎮圧部隊からの攻撃に耐え抜いており、次は一体どうなってしまうのかというハラハラ感もありつつ、しかし、最後の攻防戦は、まさに戦争というべき凄惨さというか、泥沼の籠城戦が展開され圧倒される(攻める側も守る側もどちらも地獄)。


ラテンアメリカ文学というと、マジック・リアリズムとか幻想文学とかが思い浮かぶが、本作はそういう要素は全然ない。
登場人物がとても多くて、読み進むにつれて、それぞれの経歴紹介みたいなことが少しずつなされていくし、焦点人物も次々変わっていくこともあって、必ずしも時系列順に進んでいくわけではないが、そのあたりは決して読みにくくはない。
全部で四部構成になっているが、その中がさらに細かいパートに分かれている。
分量的には、第一部+第二部、第三部、第四部がそれぞれ同じくらいの長さ


第三部まで普通に面白く、第四部で圧倒される。
バルガス=リョサ、他の作品も読んでみたい。


以下ダラダラと書いてるので、まとまりない感じです。

あらすじ

舞台は19世紀末のブラジル、その北東部にあるバイア州の内陸部(セルタンゥ)である。
ブラジルは1889年に帝政から共和制へ移行しており、その頃の話
帝政末期から、ある男がセルタンゥ中を回って辻説法をしていて、次第に信者ができて一緒について回るようになる。彼は、コンセリェイロ(教えを説く人)と呼ばれた。
このコンセリェイロは、共和国の新税制に憤慨し、共和国をアンチ・キリスト扱いし、カヌードスを拠点とするようにする。コンセリェイロは、共和国の政策(税制のほかに、法律婚や国家と宗教の分離、墓地の扱い、国勢調査など)に一切従わないように説き、カヌードスに新しい教会を建築しはじめる。
コンセリェイロは、正規の教会には煙たがられている存在だが、敬虔なキリスト教徒のほか、貧民、元奴隷*1、元盗賊や人殺し、障害者など様々な理由で今住んでいるところに住んでいられなくなった者たちが、彼の元に集ってくることになる。それを、橋本陽介『ノーベル文学賞を読む』 - logical cypher scape2では水滸伝梁山泊に喩えているけど、まさに梁山泊よろしく、色々な性格、才能をもった人たちが集まってきて、それぞれの能力に合わせた働きをしていく。
物語は、このコンセリェイロと叛徒たち(ジャグンソ)を中心に描きつつ、さらに他にも彼らを外から見る登場人物たちもいる。
1人は、ガリレオ・ガル(偽名)というスコットランド人。パリ・コミューンにも参加していたことがあるアナキストで、カヌードスの乱を無産革命と勝手に位置づけている。宗教コミュニティに原始共産制の夢を見ている、とでもいうか。ガルという偽名は骨相学者のガルに由来し、自身も骨相学を修めて、珍しい頭の形をみると触りたくなる。
もう1人は、『ジョルナル・ジ・ノチシアス』の記者。主要登場人物の中では名前が出てこず、単に記者とされている。仕事でカヌードスの乱の取材を始め、討伐隊を率いるモレイラ・セザル大佐に同行する。特定のイデオロギーは持ち合わせていないが、この叛乱やセザル大佐に熱い興味を抱いている。
さらに舞台となるバイア州の政治家たちや軍人も重要な登場人物である。
まずは、進歩共和党党首であり『ジョルナル・ジ・ノチシアス』の社主でもある、エパミノンダス・ゴンサルヴェス
バイア州は、保守的な地主層である自治党が与党で、彼ら進歩共和党は野党であるが、カヌードスの乱を奇貨として勢力拡大を目指している。カヌードスの乱の背後には帝政復活を企む自治党と英国がいると喧伝し、連邦政府を介入させ、自治党の勢力を削ごうとしている。
さて一方の自治党だが、もともとバイア州は、帝政期にはカナブラーヴァ男爵の支配下にあり、自治党もこの男爵の党である。共和制に以降した後も、州知事も州議会も有力な農園主もみな、この男爵の影響下にある。カヌードスも、もとは男爵の所有する農園である。
コンセリェイロ自身は宗教家で、こうしたブラジルの政局を意識していた感じはしない(喩えるなら「コンセリェイロに政治は分からぬ、しかし邪悪には敏感であった」とでもいうか)が、カヌードスの乱は、バイア州における政治対立と絡み合って拡大していく。
なお、カナブラーヴァ男爵は、名前だけなら最初の方から出てくるが、本人が登場するのは第三部に入ってから。
第三部からは、もう一人重要な人物が登場する。モレイラ・セザル大佐である。
帝政打倒クーデタを成し遂げた元帥の部下で、共和国成立後は、南部で起きた複数の反乱を鎮圧してきた実績を持つ。連邦政府は、セザル大佐をカヌードスの乱鎮圧のために派遣する。
コンセリェイロが原始的な宗教コミュニティを立ち上げようとしているのに対して、訳者解説にもあるが、19世紀的近代文明を代表する人物が、ガル、男爵、大佐の3人である。
特にガルと大佐は、男爵により「理想主義者」と言われており、イデオロギーを行動原理としている。ガルと大佐のカヌードスに対する評価はそれぞれ相反するものだが、彼らのその評価はカヌードスへの誤解に基づいている。一方で2人とも男爵を敵視しているところが共通している。
先述したとおり、ガルはアナーキストであり、自分の理想をカヌードスへと投影している。アナーキストであるため、当然貴族階級である男爵は敵なのである。
大佐は、苛烈で残酷な人物ではあるが、共和国の理想を抱いている人で、政敵からは「ジャコバン派」と呼ばれている。帝政への復古主義者を決して許さないので、反共和国であるカヌードスや、保守主義の男爵はやはり敵なのである。
一方の男爵であるが、彼は確かに封建領主であるが、精神的にも貴族であり、また現実主義者のところもあって、いざ登場してみると、ガルや大佐よりもよっぽど人間的にはまともな人物ではある。

登場人物

カヌードスの人たち
  • コンセリェイロ(教えを説く人)

本名はアントニオ・ヴィセンチ・メンデス・マシエルだが、この名前は最初に1回出てくるだけで、あとはずっとコンセリェイロと呼ばれる。なお、訳者によるとコンセリェイロというのは、カウンセラーと同語源の語。
コンセリェイロを焦点人物として書かれるパートはないため、彼が何を考えていたのか、あるいは彼がどういう経歴によってコンセリェイロになったのかというのは、伏せられている。
セルタンゥは貧しい地域であり、帝政末期には干魃に襲われたこともあって、コンセリェイロみたいな人物はこの時期何人もいたらしい(男爵がそういう話をしているし、訳者あとがきでも書かれている)。その中で、コンセリェイロは何か突出して人を惹きつけるところがあったらしく、付き従う人が増えていくことになる。

  • ベアチーニョ(敬虔坊や)

幼い頃に両親が亡くなり親戚のもとで育てられたが、敬虔なキリスト教徒で、コンセリェイロと出会い、彼についていく。
カヌードスでは、宗教的な行事をとりしきり、また、新たにカヌードスへ入ってくる者たちを面接する役割を負う

元黒人奴隷。主人が、家畜を交配するように奴隷たちを交配させて生まれた。
主人の妹が彼を気に入り育てていたが、ある日、ジョアンは彼女を惨殺し逃亡する。
コンセリェイロと出会い改心し、カヌードスでは荒事担当の一人となり、後にコンセリェイロを守るカトリック親衛隊の隊長に任命される。

サルヴァドールからモンテ・サントまで歩いてやってきて、洞で暮らし始め、敬虔な信者として有名になる。コンセリェイロが訪れた際、誰もがコンセリェイロに「うちに泊まってほしい」と申し出る中、コンセリェイロはマリア・クアドラードの洞に泊まった。
その後、マリア・クアドラードはコンセリェイロに同行するようになり、いつしか「人類の母」と呼ばれるようになった。また、カヌードスでは、病人や老人を世話する「健康の家」を指揮したが、のちにコンセリェイロの身辺の世話に専念することになった。
また、第四部において、彼女のサルヴァドール時代が明かされ、罪人であったことが判明する。

  • アレジャンドリーニャ・コリア

干魃の時代に地下水の場所を言い当てたことにより、予言者扱いされる。大切に扱われる一方、距離も置かれて、孤独な人生を歩んでいた。ドン・ジョアキン司祭と事実婚の関係となるが、のちにコンセリェイロ一行に加わる。
カヌードスでは、「健康の家」での仕事をするなどしていた。

かつてジョアン・サタンとも呼ばれた元カンガセイロ(盗賊)
育ての親である伯父夫婦が、町の人たちの裏切りにあい、カンガセイロ狩りをしている警官隊に殺される。天涯孤独の身となったジョアンはカンガセイロとなり、いつしか悪魔のジョアン、ジョアン・サタンと呼ばれるようになり、町の人々を皆殺しするという復讐を果たした。
残酷で情け容赦ないことで鳴らしたが、部下には慕われていた。
コンセリェイロからジョアン・アバージ(神の子)と名乗ればよいと言われて、ついていくことになる。
コンセリェイロとともに巡っていた際、カタリーナという女性と出会う。彼女は、ジョアンが皆殺しにした町の生き残りであり、のちにジョアンの妻となる。
カヌードスでは軍に対する迎撃作戦を指揮し、「現場指揮官」と呼ばれるようになる。

  • パジェウ

セルタンゥ中に悪名をとどろかせた元カンガセイロ(盗賊)
顔に傷跡がある。
彼については、その過去や経歴が説明されるエピソード自体はないが、名前が出てくると大体「あのパジェウもいるのか?!」みたいに驚かれ、恐れられている。奪った金品を貧しい者に分け与える義賊っぽい人であったらしい。
カヌードスでは遠征部隊みたいなものを率いていて、軍の様子を偵察に行ったり、カヌードス外での迎撃を行ったり、あるいは、他の農園へ行って物資を手に入れてきたり何だりといったことをしている。

  • アントニオ・ヴィラノヴァ/オノリオ・ヴィラノヴァ/アントニア・サルデリーニャ/アスンサン・サルデリーニャ

ヴィラノヴァ兄弟(アントニオが兄で、オノリアが弟)とサルデリーニャ姉妹(ヴィラノヴァ兄弟の従姉妹で妻)
何度か全財産を失っているが、商売上手の兄弟で、その度にその商才を発揮してきた。
カヌードスでは物資の管理と住人への仕事の割り当ての一切を担う。
アントニオとオノリオは兄弟であると同時に親友で、互いに相手のことを「相棒」と呼び合っている。
兄は商売一筋な一方で、弟は交友関係や趣味も広い感じ。かつては、兄のアントニオが各地を回り、オノリオが店を守るという関係だったが、カヌードスではアントニオはカヌードスにとどまり、オノリオが各地を回るようになった。
サルデリーニャ姉妹は「健康の家」の仕事をしていた。
コンセリェイロに一番深く傾倒しているのは兄のアントニオで、コンセリェイロについていくことを突然決めた。オノリオやサルデリーニャ姉妹がコンセリェイロをどう思っているかは実はあまり明示されていない(アントニオへの信頼でついてきた節があり、アントニオはむしろ無理矢理連れてきてしまったのではないかと心配している)。

脚が短い奇形児で、四つ足で歩いている。レオンはあだ名(ライオンの意)。
読み書きに秀でている、というか、活字中毒みたいな人。
一度、ジプシー・サーカス団に入れられそうになったが、逃げだし、コンセリィエロについていった。
カヌードスでは、コンセリェイロの言葉を全て書き留めている。

  • ペドロン

巨人のペドロンと渾名される元カンガセイロ(盗賊)
コンセリェイロに従った元カンガセイロとして「ジョアン・アバージ、ジョアン・グランジ、パジェウ、ペドロン」といった感じで度々名前が挙がるが、直接登場してくることは少ない。第四部で、ラッパ銃よりも火縄銃を使うのを好むというエピソードが出てきた。

元カンガセイロの1人
彼も第四部になってちゃんと出てきた。というか、ジャグンソの一員に加わったのが遅めだったはず。
しかし、老将と呼ばれ、一目置かれている

クンベの教区司祭
いわゆる生臭坊主で、司祭としての仕事はちゃんとしているが、酒も飲むし肉も食うし女好き(ゆえに親しみやすい司祭であるともいえる)。
クンベに着任後、次第にアレジャンドリーニャ・コリアと惹かれあうようになり、いつしか事実婚の関係になった。
異端認定されたコンセリェイロが教会で説法することを許していた珍しい司祭だが、コンセリェイロが、聖職者にあるまじき行為をする聖職者を批判する話をするので、いたたまれなくなり、コンセリェイロのが説法する際には姿を見せず、また、アレジャンドリーニャ・コリアとも人前では話さなくなった。
最終的に、アレジャンドリーニャ・コリアはカヌードスへ行ったが、ジョアキンはカヌードスには加わらなかった。しかし、カヌードスの協力者となり、定期的にカヌードスを訪れミサを行い、支援物資を運ぶようになった。

ガリレオ・ガルとその周辺人物

既に何度か書いているが、アナーキストスコットランド
本作は基本的に三人称で書かれているが、ガルはポルトガルかどこかの機関誌かなんかにブラジル滞在記的なものを書き送っており、本作では時々このガルの書いた文章がそのまま載っている箇所があり、そこは一人称で書かれている。
ガルは、エパミノンダスから武器をカヌードスに運んでくれないかという依頼を受け、一も二もなく引き受ける。
ケイマーダスという村に住んでいるルフィーノという男を道案内として雇う。
ガルは革命に身を捧げるために10年ほど禁欲していたのだが、ルフィーノが別の仕事でケイマーダスを離れている間に、ルフィーノの妻であるジュレーマに突然欲情してしまい、彼女を強姦する。
その後、ガルは何者かに襲撃され武器を奪われることになるのだが、ジュレーマはガルを助け、ガルとジュレーマは逃避行を始めることになる。

  • ルフィーノ

カナブラーファ男爵のもとで働いていた追跡屋。
名誉を重んじるルフィーノは、ジュレーマを奪われた復讐のため、2人を追う。
色々行き違いがあったりするのだが、最終的にルフィーノとガルは決闘することになる。

ガルを助けたのはガルを好きになったからとかではなく、無理矢理であってもガルの女にされてしまったから。ルフィーノによって殺されることを望んでいる。
ジュレーマは道中、ガルの話をたくさん聞かされることになるが、むろんジュレーマは彼の革命思想など理解しない。
一方、ガルはガルで、ルフィーノの女を奪ったという意識はなく(ガルは結婚制度を廃した自由恋愛による乱婚制をおそらく理想視している。カヌードスが共和国の法律婚制度を否定していることをこの点で誤解している)、ルフィーノやジュレーマの考えが全く理解できていない。

  • カイファス

かつて男爵のもとで働いてた際のルフィーノの友人
ガルを襲撃した張本人
実はエパミノンダスによるガルへの武器輸送の依頼自体が、そもそも陰謀で、カヌードスの背景に外国人の手引きがあるように見せかけることにして、連邦政府の介入を図った。
カイファスは、エパミノンダスの依頼によりガルを殺すことになっていたが、ジュレーマの思わぬ反撃により殺し損ねる。
後、ジュレーマからガルの髪を入手し、代わりの遺体とともにエパミノンダスへ引き渡した。

  • ジプシー・サーカス団

ジプシー、鬚女、小人、蜘蛛男、巨人ぺドリン、白痴などがいるサーカス団
セルタンゥを興業して回っていた。
次第にメンバーが亡くなり、ガリレオ・ガルやジュレーマと遭遇したときは、髭女、小人、白痴の3人に減っていた。

バイア州の有力者・軍人
  • エパミノンダス・ゴンサルヴェス

バイア州議会の野党である進歩共和党の党首であり、『ジョルナル・ジ・ノチシアス』の社主
ガリレオ・ガルを英国人スパイに仕立て上げ、カヌードスの乱は、帝政復古をもくろむ国内勢力と英国が結託して起こした事件だということにして、連邦政府の介入をお膳立てした。

  • カナブラーヴァ男爵

バイア州の有力者。物語冒頭では渡欧中で、第3部でバイアへと帰還してくる。
カヌードスは男爵所有の農園
バイア自治党を率いて、帝政崩壊後もバイア州の実質的な支配者であった。
ルフィーノの名誉を重んじる気持ちなどをよく理解している。
優秀な政治家でもあり、帰国後、セザル大佐を歓待し、セザル大佐の部隊が敗走した後はエパミノンダスとも即座に和解している。
元々、バイア自治党の党是は連邦政府を州に介入させないことだったので、セザル大佐の歓待は当初、他の議員や農園主から不可解な目で見られるのだが、カヌードスを放置する方がなお悪いということで、セザル大佐支援に回るのである。
ガリレオ・ガルが実は生きていることを知り、確保させ、面会するが、ある種の狂信者であると見て取り、そして何故かガルに対して同情の念を覚えて身柄を解放する。

  • ピレス・フェレイラ中尉

一番最初にカヌードスの乱の鎮圧に赴いた士官。
カヌードス手前のウアウアという村の近くで、祭列にしか見えなかった一団に急襲され敗走する。
のち、セザル大佐の部隊で病人の世話係に回される。
第四部でも登場し、4度のカヌードス討伐全てに参加している士官となるが、腕を失い、戦場で若い見習い軍医と親しくなり、ある依頼をすることになる。

  • フェブロニオ・ジ・ブリート少佐

2番目に、カヌードスの乱の鎮圧に赴いた士官。
迎撃を一度は撃退するが、疲労困憊で野営していたところを再度襲撃され敗走。
のち、セザル大佐の部隊で家畜の世話係にされる。

セザル大佐とその周辺人物
  • モレイラ・セザル大佐

「首狩り隊」と異名される第七連隊の司令。痩せていて小柄。
軍による政治が民衆のためになると考えている。州知事の出迎えなどは全く無視し、新聞記者なども歯牙にもかけないが、『ジョルナル・ジ・ノチシアス』の記者のことは少し気に入っている。
共和国に反抗的な者一切を許さず、カヌードスは当然として、共和制移行後も帝政時代の支配関係を温存しようとしている保守主義者のことも憎んでいる。
持病の発作により、意に反して、男爵のカルンビ農園で休息をとる。

  • 『ジョルナル・ジ・ノチシアス』の記者

近眼で分厚いメガネをして、物書き盤とインク壺、鵞鳥の羽ペンをいつも抱えている。
以前は、男爵の新聞社で働いていたこともあって、男爵からも、エパミノンダスからもあまりよくは思われていない。
コンセリェイロに人々が熱狂する現象に興味があるようで、望んで、セザル大佐の部隊へ従軍した。従軍中は、セザル大佐の近くに潜り込む術を身につける。

セザル大佐の副官たち
タマリンドは大佐だが高齢のためアドバイザー的な立場の人っぽい。


第三部

男爵と大佐が登場し、大佐の部隊がカヌードスへと進軍する。
ガリレオ・ガルは、ルフィーノと決闘し相打ちとなる。
大佐は狙撃による負傷がもとで死亡し、大佐が率いていた部隊はぎりぎりまで攻め込みながらも敗走することになる。
男爵の領地である農園は、コンセイリェイロの命を受けたパジェウによって燃やされる。大佐の死を知った男爵は、エパミノンダスと和解し、政治から引退する。
ある意味で近代的な人間の物語は、第3部で終わることになる。
ガル、男爵、大佐は、それぞれ違った意味で19世紀的な近代精神を体現している。彼らの思想などについて、現代の読者は共感はできないにせよ、どういう立ち位置のものなのかは理解可能である。しかし、ガルと大佐は第3部で退場してしまう。
第三部を読み終えたときは、残りの第四部は一体何なのだろうかと思ったのだが、しかし、第四部が本編だった。

第四部

第四部は、カヌードスの乱が全て終わって数ヶ月後、ブラジルに一時帰国した男爵のもとに「記者」が訪れるところから始まる。
そこから、記者と男爵が話すパートと、4度目の鎮圧作戦時のカヌードスおよび鎮圧部隊の様子を描くパートが交互に進行する。
基本的には、記者が当時の様子を回想して男爵に対して語るパートと、現在時制でカヌードスを描くパートは、改行により区別されているのだが、例えばp..511では、男爵の問いかけに対して、あたかもジョアン・グランジが答えているかのように、シームレスに2つのパートが移行しているシーンがあったりする。他にも、基本的に三人称常体で書かれている地の文において、記者の語りである一人称敬体の文が混じっていたりする(自由間接話法的な奴)。
この記者と男爵が話しているパートは、記者がカヌードスで起きたことやその後彼がカヌードスについて書かれた文章を調べて知ったことを男爵に対して語る、だけでなく、男爵も男爵で、記者の話と関係したりしなかったりすることを回想しているところが書かれていたりして、結構複雑な状態になっていることが時々あるのだが、とはいえ、それが全面的に押し出されてくるわけではなく、抑制的に行われているので、読んでいて混乱してしまうことは少なく物語世界の中に入っていくことができる。


さて、物語内容であるが
まず前提として、セザル大佐が死んだことにより、リオ・デ・ジャネイロサン・パウロを中心にブラジル全体で反カヌードスの世論が沸騰し、軍は数個大隊を派遣することを決める。また、保守派への風当たりも強まっていく。
近眼の記者は、セザル大佐の部隊に従軍した際、混乱に巻き込まれ、ジュレーマ、小人とともにジャグンソに捕らえられる。
泥沼の戦争が展開される。
何故ブラジル軍が大軍を率いてやってきたのにカヌードス側がしのぐことができたかというと、
一つには、4度目にやってきた部隊は近辺の地理に疎く、まだ大型の大砲を持ってきたこともあり、従軍ルートが読まれて、ジャグンゾが待ち伏せしてる先におびき寄せられ、緒戦で劣勢となった。
もう一つには、物資に関してなのだが、軍が雇った地元のガイドが実はジャグンソで、食糧が悉く奪われていったのである。銃器や銃弾については、連邦政府や世論が思っていたような王党派や英国による支援はなかったが、カヌードス内で鍛冶屋が鋳造したものと、やはり軍から奪ったものを使っていた。
また、軍側はもともと士気は高かったのだが、セルタンゥの過酷な乾燥気候の中での行軍、ジャグンソたちの巧みなゲリラ戦(茂みの中に伏せった状態で至近距離まで接近したところで銃撃する)、物資を奪われたことによる食糧不足、そして、王党派や英国軍と戦うつもりでやってきたら、そうした者らの影も形もなく、同じカトリックでありながら、しかし得体の知れない信仰をもつ者たちと戦う羽目になったことなどが、彼らの士気を奪っていった。
もっとも、ジャグンソらの戦い方もかなり残酷であったため、それに対する復讐心はあった(コンセリェイロは、共和国を悪魔の犬と称しており、悪魔の犬が地獄へ落ちるため、ジャグンソらは遺体に対しても暴力を働いていた)
圧倒的に軍有利と思われる戦力差の中、一時は戦線が膠着するなど、カヌードス側は粘り強さを見せるが、しかし、軍側に援軍が到着し、大砲からの砲撃がカヌードスをじわじわと削り、また物資の奪取もうまくいかなくなってくると、カヌードス側は悲惨な籠城戦を強いられることになっていく。
ある時期から、子どもたちが偵察や工作にかり出されることになり、彼らは「ぼうや」と呼ばれた。
食糧が減ってくると、食糧は優先的に前線で戦う者たちへ渡されるようになり、「ぼうや」たちや後方支援の女性や老人たちは絶食を強いられるようになっていく。
激しい砲撃に耐え抜いてきた、カヌードス中心の教会もついに砲撃に倒れる。
コンセリェイロは遺言として、アントニオ・ヴィラノヴァとその家族についてはカヌードスの外に脱出するよう(また、あわせて記者・ジュレーマ・小人もそれに同行させるよう)指示し、衰弱死する。
この脱出を助けるため、パジェウらが決死隊を結成するが、パジェウは捕殺される。
包囲網がどんどんと狭まっていく中、ベアチーニョは女・老人を連れて降伏する一方、最後まで残って戦った者たちは全滅する。
ベアチーニョは終盤なかなか可哀想ではある。
コンセリェイロが亡くなった際に取り乱し、葬儀を出す指示をするのだが、ジョアン・アバージから、コンセリェイロの死をこのタイミングで明らかにするわけにはいかない、極秘に埋葬すべきだと即座に窘められてしまう。
死に居合わせた者たち(いわば側近たち)の手によって埋葬されるが、共和国軍から隠すため3mもの深さに埋められ、誰にもこの場所を明かさぬよう彼らは誓いをたてる。
ところで、このコンセリェイロの亡くなるシーンは第四部の終盤も終盤だが、一方で、第四部の前半の方で、男爵と記者との会話の中で、コンセリェイロの遺体は掘り返されていることが明らかになっている。しかも、当のベアチーニョが口を割ってしまったらしい。そして、ベアチーニョも共和国軍の手によって殺されている。
ただ、訳者あとがきによれば、史実の上では、ベアチーニョとともに降伏した者たちは助かっているようだ。
また、降伏した者や脱出したヴィラノヴァ兄弟を除けば全滅しているわけだが、本作では、ジョアン・アバージの生死に関しては若干ほのめかした記述になっている。


訳者あとがき

まず、カヌードスの乱について、ブラジルにとってどのような事件だったのかという解説と
『世界終末戦争』についての解説

  • カヌードスの乱について

まず、ブラジルという国(あるいはアメリカ大陸)が、非常に人種混淆的であり、ヨーロッパとは異なり19世紀的な「人種」概念が全く無効な土地であることを指摘している。
ブラジルやアメリカが、自分たちがヨーロッパとは異なるというアイデンティティを持ち始めたのはいつなのか、というとまさに19世紀の後半だということになる。
カヌードスの乱というのは、ブラジルに対してそれを突きつける事件だったのだ、と。
そもそも、このセルタンゥという土地がブラジルにとっては忘れ去られた土地であった、と。ブラジルは沿岸部で発展した国で、まずは砂糖交易でバイア州のサルバドールが発展し、その後、金鉱が発見され、中心部はリオ・デ・ジャネイロへと移った。サンパウロもまた交易で栄えた沿岸部の都市であり、内陸部は長年無視されてきた。南部については、アマゾン開発により多少は目が向けられていったのだが、乾燥した北東部内陸部は、何百年も孤立した世界であったという。
カヌードスの乱は、ブラジル沿岸部に暮すブラジル国民たちに、自分たちブラジル内部に他者としてのブラジルがあることを突きつけたのだと、訳者は解説している。
沿岸部の人たちは共和国を作り、自分たちがヨーロッパ的な国としてやっていけると考えていたところ、実はそうではないということを突きつけられた。
最終的には数千人もの軍隊が派遣されながら、苦戦を強いられるという全く予想外の展開を見せ、裏に王党派がいるのではないかという陰謀論も囁かれたわけだが、訳者によれば、正規の戦争をしようとした、あるいはそういう戦争しかできない軍に対して、ジャグンソたちはいわばゲリラ戦を仕掛けたのであって、これは「ベトナム戦争」だったのだ、と。「王党派が~」という「ヨーロッパ」的な語彙で理解しようとしてもできない、ブラジルがまぎれもなくヨーロッパではないということが、戦闘の面でも現れていたのだ、と。


ところで、このヨーロッパ的な語彙で理解しようとしてもできない、というのは、まさにガリレオ・ガル、セザル大佐、男爵、近眼の記者に現れている。
内なる他者としてのブラジルを理解できなかったガルとセザル大佐は、それをコントロールすることができず死ぬことになり、第四部における男爵と近眼の記者の会話は、それをどうにかして理解しようとする試みであったといえる。

  • 『世界終末戦争』について

カヌードスの乱については、エウクリデス・ダ・クニャによる『セルタンゥ』というノンフィクションがあり、バルガス=リョサはこれに多くを負っている。
さて、ルイ・ゲーラという映画監督が、カヌードスの乱を映画化しようとして脚本担当として白羽の矢を立てたのがバルガス=リョサであった。この映画自体は結局制作されずじまいになるのだが、これをきっかけとして『世界終末戦争』が書かれることになる。
訳者は、本作はバルガス=リョサ作品の中でも一番読みやすい作品なのではないかと論じる。一つには、技法が安定していることを挙げ、もう一つには、図式的に読みやすいことを挙げている。
図式的な読みの一つとして「文明」vs「野蛮」があり、これはバルガス=リョサの他の作品にも見られるテーマであり、また本作の取材元である『セルタンゥ』にも見られる。
が、これに加えて「マチスモ」と「反マチスモ」があるという。マチスモを克服できなかった者は死に、男爵と記者はマチスモを乗り越えたのだ、と。


訳者の解説を踏まえて、この点を少し確認しておく。
記者は、第四部でジュレーマ、小人とともにカヌードスにいる。眼鏡が壊れ、ほとんど目が見えなくなってしまった彼は、極度の恐怖と不安に襲われ、ジュレーマや小人と極力離れないように過ごす。一方のジュレーマは、次第にカヌードスの生活に慣れて、女たちの手伝いをするようになるとともに、怯え続ける記者のことを自分の子どもであるかのように感じ始める。パジェウからの求婚を断った彼女だったが、最終的に記者、小人への愛を抱くようになる。
ここでいう愛には性愛も含まれており、戦争の状況が過酷を極めほとんど絶食を強いられた時期に、記者とジュレーマは結ばれている。その際、小人が「離れていた方がいいか」と訊ねてきたので、一緒にいてほしいと答えるシーンがある。
ここまでジュレーマは、1人の男性が1人の女性を所有するという男女関係を当然としていた。ガルに強姦された後にガルに従いながらも、ルフィーノに殺されることを望んだのもそのような伝統的な価値観が染みついていたからだろう(襲われたことで彼女はガルのものになってしまったのであり、一方、自分のものを奪われたルフィーノは名誉にかけて奪い返すだろう、と)
また、記者は記者で、醜悪な容姿のために売春婦以外の女性と関係をもったことがなかった。
死への恐怖と半盲による不安とで、四六時中泣きわめき、男としてのプライドなどなくなってしまった状況において、また、戦争という非日常的な状況の中で互いだけを拠り所として生きた結果として、3人は互いに互いが不可欠な関係となり、そこに愛を見いだしていく。


男爵の件はもう少しわかりにくい。
彼は、カヌードスの乱によって多くを失ったわけだが、その中で最も大きいのは、エステラ夫人の正気だった。政治から引退することを決意したのも、ヨーロッパへ移住することにしたのも、それが原因である。
記者が訪れた際、カヌードスを思い出すようなことには一切触れないように述べる男爵は、しかし、記者を追い出さずに話を聞くことになる。男爵自身何故そうしてしまったのか分からないのだが、記者が帰った後、男爵は自分の中のある思いに気付く。
そして、エステラが最も信頼し、最も献身的にエステラに使える使用人のセバスチアーナを抱くに至る。
男爵も、ガリレオ・ガルがそうだったように、しかしガルと違い無意識的にであったが、禁欲生活を送っていたが、それを破ったことになる。
ところで、これ単に使用人の女に手を出した不倫なのかというと、複雑で、男爵はエステラを愛しているからこそだと述べる。そして、その様子を当のエステラが見ている。
エステラとセバスチアーナの間には、男爵との結婚前からの強い絆があり、新婚時、男爵はそれに嫉妬したことが別の場所に書かれている。
記者とジュレーマと小人が3人での愛の関係を結んだように、男爵もまた3人での関係を結ぶことで自らの夫婦関係を安定させようとしたのではないだろうか。そしてそれはマチスモな一夫一妻制ではない

*1:ブラジルは帝政期に奴隷解放を行ったので奴隷身分の者はいないが、解放後も経済的な理由で元主人とほぼ同じ関係になっている者たちが多かった模様