近藤滋『波紋と螺旋とフィボナッチ』

キリンやシマウマ、熱帯魚の皮膚模様、植物の葉のつき方など、動物の形態にかかわることを、チューリングの反応拡散波の原理など、数理的に解明していく。
もともと月刊『細胞工学』の連載コラム「こんどうしげる生命科学の明日はどっちだ?!」の記事をもとにしており、文体もかなり軽妙なものとなっている。
研究内容のことだけでなく、メンデルやチューリングについての紹介や科学業界についての話などもなされており、元が連載コラムであったことをうかがわせる。
動物の形態についての話ということで、エピジェネティクスとかエボデヴォとかの話なのかなーとか思ってたりもしたのだけど
(例えば『エピジェネティクス入門−三毛猫の模様はどう決まるのか』とか『シマウマの縞 蝶の模様 エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源 』とかいった本があるので)
筆者は、確かにもともと発生生物学の研究室にいたのだけど、そこでの研究に違和感を覚え、数理生物学の門を叩くのである。
分子じゃなくてパターンだ、というようなこともことあるごとに書いている。
特定の遺伝子なり分子なりの活動によって形態が生じるのではなくて、そういう材料がなんであるかにはかかわりなく、共通のパターンがあって、それによって決まってくるのだと。
とはいえ、もとが発生生物学出身なので、数理的な理論にとどまるのではなく、実験をして具体的な話としてまとめているので、分かりやすい。

波紋と螺旋とフィボナッチ

波紋と螺旋とフィボナッチ

1章:育てよカメ、でもどうやって! ?
2章:白亜紀からの挑戦状
コラム コンドルは飛んでいる、メンデルは跳んでいる
3章:シマウマよ、汝はなにゆえにシマシマなのだ?
4章:シマウマよ、汝はなにゆえにシマシマなのだ?(解決編)
コラム Who Killed Turing? 誰がチューリングを殺したのか?
5章:吾輩はキリンである 模様はひび割れている
6章:反応拡散的合コン必勝法
コラム 研究論文や申請書におけるジンクピリオン効果について
7章:アメーバはらせん階段を上ってナメクジに進化する?
8章:すべての植物をフィボナッチの呪いから救い出す
コラム 科学者はみのもんたに勝てるのか?
9章:生命科学インディ・ジョーンズしよう! 宝の地図編
10章:生命科学インディ・ジョーンズしよう! お宝への旅編

1章:育てよカメ、でもどうやって! ?

亀の甲羅、骨、角はいったいどのように、形を変えずに、大きくなっていくのか
円盤を積み重ねていって円錐を形作っていくことで
積み重ねるとき、3つのパラメータを変えることで、いろいろな形にできる。



2章:白亜紀からの挑戦状

異常巻きアンモナイトの話
何故あんな奇妙な形になっているのか。あれだけ奇妙であるにもかかわらず、ランダムというわけでもない。
普通、動物の形態は化学物質の配置などから説明されるが、本章ではなんと、アンモナイト自身の意思で形成されたという仮説を披露する(意思ってなによって話だが、ここでは先天的に位置情報が定まっているわけではなくて、環境に応じて個体が調節しているというような感じ)
異常巻きアンモナイトについては土屋健『白亜紀の生物』 - logical cypher scapeでも紹介されていて、そこで岡本隆によるモデルに触れられていたが、本書でも同じモデルが紹介されている。
岡本モデルを、説明上わかりやすく示したのが、1章で出てきた円盤積み上げるモデル
アンモナイトは、オウムガイと同様、殻の中に空気を蓄え浮力を得ていたと考えられている。同じ角度で巻いていけば、開口部(顔)が一定の向きで保たれる。
岡本は、牡蠣が付着してしまったために浮力のバランスが崩れたアンモナイトの化石を発見しているが、これが、殻の巻きにひねりを加えられているのである。牡蠣がついてバランスを崩したが、ひねりを加えることで、向きが一定に保たれるように調節していたのではないか、というわけである。
異常巻きアンモナイトについては、生活スタイルが成長に応じて変化していた(最初は海底、成長すると海中で生活するなど)と考えると、開口部を一定に保つようにしたときに、成長段階に応じて巻きの角度が変わるので、まさに異常巻きアンモナイトの巻きになるのだ、と。
ただし、これはあくまでも仮説であり、対象がアンモナイト(絶滅している)なので実証ができない、と筆者は述べている
ところで、章の冒頭で、ヘッケルの放散虫について少し触れられているが、ヘッケルつながり(?)でカイメンについては、本書未収録のコラムに掲載されている→工務店細胞が「建設」する深海のスカイツリー



コラム コンドルは飛んでいる、メンデルは跳んでいる

メンデルの論文が何故長年無視されてしまったのか、筆者が実際にメンデルの論文を読んで色々と考察している。
筆者は、歴史上最大の発見をした生物学者として、メンデルを推している。面白いことに、ダーウィンのことはそこまで評価していない(メンデルの法則がないと現代の生物学はないけど、進化論はあってもなくても困らなかったのでは、と)
メンデルの論文は、理論先行で書かれており、また数学的なディテールにやけにこだわったものになっていて、読みにくいらしい。



3章:シマウマよ、汝はなにゆえにシマシマなのだ?/4章:シマウマよ、汝はなにゆえにシマシマなのだ?(解決編)

2章かけて、いよいよチューリング波(反応拡散波)の話が出てくる
シマウマのシマは、ブッシュでは身を隠すのに使えるのでそのように進化した、と説明されることがあるが、筆者はこれに対して異を唱える。いや、あのシマ目立つし、実際、テレビとか見たら肉食動物にすぐ捕まってるじゃん、と。
シマがどのように形成されたのか、その原理を探すと、チューリング波の原理にたどりつく
シマウマではなくゼブラフィッシュの色素についての実験から始まる。
黒と黄色の色素とのあいだに、ある関係があることが実験からわかる。黒(黄色)の色素は、近くに黄色(黒)の色素があるとこれを阻害するが、ある程度距離が離れていると今度は逆に促進させる。
この阻害効果と促進効果によって、色素の濃度パターンがまるで波のようになる。すると、縞模様があらわれるという。
このあたり、チューリング波のシミュレーションとか、実際の動物に現れる模様とかいろいろ説明が載っている。
で、シマウマ。
多くの動物は、体色が中間色になっている。目立たないから。で、この中間色は、距離が離れると促進されるという効果の距離が短いと形成される。この効果のパラメータがちょっと変わってしまうと、シマが生じるようになる。
なので、変異が一つ起こるだけで、わりと容易にシマはできてしまう。で、シマが淘汰されるほど生存に不利というわけでもなかったから、シマウマという種ができたんじゃないか、というのが筆者の仮説。
シマというのは、一見複雑な仕組みを必要とするように見えるので、何か生存に有利なことがあって形成されたのではないかと考えてしまうが、実際にはそんなに難しくないので、ちょっとした変異でできてしまっただけなのでは、と。
これの傍証として、家畜がぶち模様になることを挙げている。



コラム Who Killed Turing? 誰がチューリングを殺したのか?

チューリングの生涯について、チューリングのファンでもある筆者が書いたコラム
チューリングはいくつかの分野で偉大な業績があるけれど、こんなことどうして可能だったのか
Hodgesは、チューリングの研究には共通点があり、それは抽象的な問題を具体的なものに落とし込んでいることだ、と(例えば、計算とは何かという問題を、チューリングマシンの動きという具体的なものにしたように)。
筆者は、なるほどこれを真似ればチューリングのようにすごい研究ができるのかもと思うが、いやそもそもこれって天才だけができることなのでは、とかいろいろ書いていて面白い



5章:吾輩はキリンである 模様はひび割れている

キリンの模様について、かつて、寺田寅彦門下のある研究者が思い付きで「あれってひび割れじゃないの」と発表したことがあった。これは、生物学者によって批判され、その後、泥仕合の批判合戦になり、寺田寅彦が仲裁したという話があるらしい。
ひび割れ説は結局珍説ということに落ち着いたが、実は可能性あるんじゃないの、というのがこの章
ひび割れとチューリングパターンは実は似ているという話
そして、中原明生の研究で、ひび割れのパターンを、軽くゆするだけでコントロールできるという実験がなされていることが紹介される。
ほんとに、キリンやトンボの翅がひび割れによって形成されているのかはわからないんだけど、うまく説明できるんじゃないのか、みたいな話



6章:反応拡散的合コン必勝法

指紋と波の話



コラム 研究論文や申請書におけるジンクピリオン効果について

ジンクピリオン効果とは、清水義範が言い出したもので、シャンプーのメリットのCMで「ジングピリオン配合」と言っていて、ジングピリオンって一体何なのかさっぱりわからないけど、わからないからこそすごそうと思わせる。そういう言葉の効果のこと。まあ、むろん一種ジョーク的な話だけど。
ここで筆者は生物学におけるジンクピリオンとして、「シナジー効果」「クロストーク」「ダイナミクス」「インシリコ」「ロバストネス」などを挙げている



7章:アメーバはらせん階段を上ってナメクジに進化する?

細胞性粘菌
普通の時は、アメーバとして単細胞のまま動き回っているが、餌がなくなると、一か所に集まってきて、その後、まるでナメクジのように一つになって動き出すという。
単細胞生物のはずが、なぜこんな多細胞生物のようなことができるのか。
それを可能にしているのが「らせん波」
結晶や、(スタジアムやライブでの)ウェーブについて、特異点ができると、そこにらせんが生じる。
粘菌も同じ。
あの動きは、シグナル分子の働きでも遺伝子の働きでもなく、らせんの持つ性質によって生じている。




ちなみに、この粘菌の動態研究は、システム生物学の範疇らしいが、システム生物学って一体なんだろとググったら、やはり本書には未収録だが筆者のコラムがヒットした。
システム生物学と数理生物学の関係についても書かれている。
第2回:生命はシステムとして理解できるか?



8章:すべての植物をフィボナッチの呪いから救い出す

この章は、実験などの話はなくて、筆者のちょっとした疑問にたいして、シミュレーションといくつかの仮定によって説明を試みるというもの
植物の葉のつきかた、螺旋の数などに、黄金比フィボナッチ数列が現れるという話
数学ってすごいでしょという話の中で出てくることが多く、とにかくいろんなところでフィボナッチフィボナッチ出てくるけど、それって本当に説明になってんのか、と
葉が黄金比の角度でつくと、上の葉が下の葉を隠さないから生存に有利とか説明されているけど、本当か、と。
そもそも葉っぱの影とか関係ないところでも生じてるし、植物はどうやってその角度を測っているのか、と。
植物は、茎の先端だけが成長する。成長の過程で茎の先端から外れた部分が、一定の間隔で葉の原基となる。この感覚は、オーキシンの濃度勾配による。
で、この濃度勾配による効果が、一定で減衰するなどの仮定を置くと、自動的に角度が黄金角になってしまう、という。



コラム 科学者はみのもんたに勝てるのか?

科学の正確性・客観性に対する担保について
『Nature』とかって雑誌の権威性が生じちゃってるけど、それって科学的か
『PLoS ONE』みたいなやり方が今度スタンダードになってくのではないか
みたいなコラム

9章:生命科学インディ・ジョーンズしよう! 宝の地図編/10章:生命科学インディ・ジョーンズしよう! お宝への旅編

2章かけて、本書のクライマックス
筆者自身の研究にまつわることで、研究内容の話であると同時に、筆者の研究者としての個人誌でもある
発生生物学の研究室にいたポスドク時代、形態形成の原理を探そうとしていた。たまたま、チューリング波について、「これだ!」と思うも、周囲の人は全然誰もやっていない。実は、70年代に一時期話題になったのだが、証拠がなく、またネガティブな結果の実験もあったせいで、見向きもされなくなっていた分野だった。
チューリング波についてあきらめようとするも、留学先で、チューリング波を説き続けてきた数理生物学者に出会い、また物理学の世界ではチューリング波が実在することが証明されたことをうけ、ひそかに研究を続けることを決める。
チューリング波が生物にもあることを実証するために、熱帯魚の模様が、波のように動くところを確かめればいいのではないかと思いつく。
が、そもそも所属していた実験室のボスが厳しい人で、他の実験がやってるなどばれないようにしなければならない中、誰も見向きもしていないチューリング波を一人で続けるなど、苦難がある中、実験を続け、チューリング波が生物にあることを実証し、『Nature』に論文が掲載される。

文体について

生物学でありながらも、数学が大きなウェイトを占める筆者の研究は、同じ生物学者であっても、話をしていると途中で寝られてしまったことがあるらしく、
そうした経験から、話の枕とか話の進め方とかに、いろいろとネタを挟むことで軽く面白く読み進めるようにしている。
いやまあ、それでも、これはちょっと滑っているのでは……と思う箇所はないわけではなく、こんなにネタ交じりにしなくてもよかったのではと思わせる文章もないわけではない。
でもまあ、うまくはまっているなあと思われるところもいくつかある。
こういう本のこういう文章は大体そういう感じかなと思う。戸田山和久っぽいというかなんというか。