伊藤計劃氏逝去

遅ればせながら、逝去の報に触れたのでここに記録しておきたいと思う。
それにしても、好きな作家の死というのはどう受け止めればいいのだろうか。
僕は直接面識があるわけではないので*1、その人が死んだことについての悲しみはあまりないし、仮にあったとしてもそういうことをいうのは、本当に近しい関係にあった人たちにむしろ失礼にあたるだろう。
ショックではあった。
彼が癌であり、残された命が決して長くないことはもちろん知っていたけれど、やはりショックであった。
何もそれが今日でなくてもいいではないか、と思った。
それにしても若い。
まだ35歳だ。
僕のおおよそ10歳年上だ。
そんな若い人でも死んでしまう時には死んでしまうということが、溜まらなく怖ろしい。
何よりも、伊藤計劃という作家がいなくなってしまったのは残念でならない。
彼の次回作はもう読めないのだ。
好きな作家が死ぬということを経験するのは初めてなので、次回作がもう読めないということがどういうことなのかよく分からないでいる。


今まで書いてきた感想をいくつか抜粋してみる。

伊藤計劃『虐殺器官』 - logical cypher scape

紛れもなくこの本には「猛毒」が仕込まれており、正直、耐えられるけど耐えられない。
(中略)
行くも地獄、戻るも地獄。
イーガン的苦悩とディストピアを非常にうまくこね上げている。

日下三蔵・大森望編『虚構機関』 - logical cypher scape

伊藤計劃The Indifference Engine*2
アフリカの紛争を戦った少年兵の訪れることのない戦後を描いている。
しかし、なんでこんな雰囲気の作品に、『もってけ☆セーラー服』を混ぜるのかw

『SFマガジン2008年4月号』「From the Nothing, with Love.」伊藤計劃

意識なんてユーザーイリュージョンなんで、スパイとしての機能が異常に高められた主人公には、意識などという機能の必要性がなくなったので、最終的に意識がなくなって、主人公というか語り手は哲学的ゾンビになってしまいましたとさ、となる。
でもそもそも、語り手が哲学的ゾンビであるかどうかなどということは判断しようがないよね、という解説までちゃんとついてくる。
(中略)
現象的意識と書き手、語り手であることとで、もっと色々と考えられそうな気がする。

伊藤計劃『METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS』 - logical cypher scape

語りのちょっとセンチメンタルな感じは、『虐殺器官』の時と似てるかも。
小説としては『虐殺器官』の方が面白いと思ったけど、設定面とかで確かに影響を受けているんだなあ、ということは分かった。
ドレビンと雷電がかっこいい。

伊藤計劃『ハーモニー』 - logical cypher scape

フーコー哲学的ゾンビが出会うディストピア
(中略)
それにしても、『虐殺器官』といい『ハーモニー』といい、伊藤計劃セカイ系っぷりは素晴らしい。
世界の破局と「わたし」の破局が重なりあう。
人間の心がいかに簡単にコントロールされるものであるのかということに対する、軽やかな絶望。

この『ハーモニー』をネタ本にして、筑波批評社でustをしたりもした。
ハーモニーは、どうも虐殺器官の世界の未来を舞台にしているようだったので、次は、さらにハーモニーの先の未来を書いて欲しいなどと話したのだった。

*1:サイン会で会ったことがあるが、そういうのは面識とはいわないだろう

*2:初出は『SFマガジン11月号』 - logical cypher scape