古川日出男『LOVE』

奥付にある著者略歴の欄にこうある。

本書は(中略)前作『ベルカ、吠えないのか』に対する猫的アンサーである。

目黒を中心とした、東京都のある範囲*1を舞台に、20人の男女と4匹の野良猫を描いた物語。
『ベルカ』が、全地球を舞台に50年の時間軸で物語を展開させたとするならば、『LOVE』は、決して広くはない範囲の一年足らずを描いている。
『ベルカ』も『LOVE』も、そしてその後に書かれる『ハル、ハル、ハル』も、宣戦布告の物語だ。
戦い始めるための武器を見つけ出すまでの過程が、そこには描かれている。
それは、書き換えることだ。
自分を、地図を、世界を、書き換えていくことで、それは自分の武器となる。
『ベルカ』では歴史が書き換えられた。
ゼロの時間から、犬の時間が語られた。
『LOVE』では地図が書き換えられていく。
ゼロの地点から。
新しい姿を手に入れる。
猫の数を数える。
鯨を探す。


後記で、古川はこの小説を、470枚の巨大な短編だというが、一応、4つのパートにわけられている。
自分を新しい姿へと書き換えるカナシー(椎名可奈)と、アコギとエレキの二刀流秋山徳人を中心とした、秋の物語「ハート/ハーツ」
自転車の「愛機」と共に目黒を駆ける小学生ジャキ(横井真沙希)を中心とした、小学生と謎の大人たちの冬の物語「ブルー/ブルース」
ホモセクシュアルのボーイ(戸田慎)や記憶喪失のオレンジ、暴力団の非らが登場する、春の物語「ワード/ワーズ」
そして、猫を数えるサラリーマン、オリエンタ(錦織円太)と匂いが見えるようになった高校生黒澤カズヤの、夏の物語「キャッター/キャッターズ」


どれだけ多くの猫を数えることができるか、という大会(?)が開かれていて、その記録保持者である少年ユウタと、ユウタの記録を破るべく上京してきた、謎のおばさん礼山礼子とか
猫の夢の中に入れるオレンジや、ある種の匂いが色つきで見ることのできる黒澤カズヤなどの能力(?)者
さらに、小学校に張り巡らされた監視カメラ網を使って不審者を見張り、飼育しているウサギを守ろうとする飼育委員のシュガー(佐藤美余)や、都バスマニアのトバスコ(藤村加奈芽)に、ユウタやジャキといったスーパーな(?)小学生
とかく、魅力的な登場人物たちがこれでもかと現れて、互いに出会ったり出会わなかったりして、物語を紡いでいく。


4つの話*2のなかで、最も面白かったのは
「ここに宣言するの。二十三区の小学生よ、団結せよ」というシュガーの宣戦布告によって幕を閉じる「ブルー/ブルース」だ。
登場人物がそれぞれの形で、目覚めていくのだ。
もちろんそれは他の3編でも同じなのだけど、ジャキ、シュガー、トバスコと登場人物の中に3人も小学生がいて、一種の成長譚というか子どもたちの話となっていて面白い。
しかも、この話に出てくる大人たちも、子どもたちに負けず劣らず「子どもっぽ」くてよい。


古川作品の特徴として、「声に出して読みたい」ということが挙げられる。
『ハル、ハル、ハル』を読んだときも、『ベルカ、吠えないのか』を読んだときも、古川自身によるそれらの作品の朗読を聞いていたこともあって、自分自身でも音読をした。
そして、この『LOVE』でも、音読しながら読んだ。
さすがに全部を音読することはできなかったが、4分の1くらいは音読した。
古川作品を読むということは、何かそうやって体を使って読むというようなことな気がする。
文字と音声が共に作品世界を立ち上げる。
作品に描かれた世界、だけではなくて、作品そのものもまた、現れてくる。
つまり、登場人物や設定や物語といったものも面白いのだが、小説以外のメディアないし言語以外のメディアに移されることを拒むところがある。この作品は、言語でなければ表現できないように作られている。
部屋の中で一人で音読した。それだけで、随分と気持ちが昂ぶる。
朗読会とか、してみたいかもしれない。


一気に読んだ。
面白い。かっこいい。ぞくぞくする。
圧倒的な小説の力がある。
後記に、登場人物たちのその後が一行ずつ書いてある。
「トバスコ 地下鉄に目覚める」
萌えた。


エクス・ポVol.2』で、古川がダンサーの女性にインタビューしている。
そこでは、拾い集めてきて形にする、ジャンルや古川日出男という名前は関係ない、といった彼の創作・表現に対する考え方の一端が語られていた。


LOVE

LOVE

*1:目黒、品川、白金、五反田

*2:古川に言わせれば、4つに分けられているのではなくて、4つあわせて1つの話ということになるのだろうが