河部壮一郎『デジタル時代の恐竜学』

CTスキャンやシミュレーションなどのデジタル技術を用いた古生物学研究について、筆者が実際に携わった研究をもとに紹介する本。
泉賢太郎『古生物学者と40億年』 - logical cypher scape2が、化石発掘だけが古生物学研究ではないということを論じる本であったが、これもまた同様の路線にあって、化石発掘以外での研究手法を示している。また、生物学的古生物学という点でも近いだろう(例えば、泉は研究室で二枚貝等を飼育しているし、河部は大学院生時代にヒヨコの孵化をしている)。
本書は、連載記事をベースに後半の章を書き下ろした、ということで、泉の本よりも、エピソードベースになっている気がする(泉の本もエピソードは多いが)。

第1章 奇妙な新種恐竜「フクイベナートル」との邂逅

筆者は、鳥の脳をCTスキャンで調べる研究をしてきたが、そこからフクイベナートルについてもCTスキャンすることになった話
元々、恐竜の研究を志していく中で、生きている恐竜である鳥を調査対象にすることになり、CTスキャンにはまっていった経緯が書かれている。
フクイベナートルは発見当初、「ドロマエオサウルス類」として福井の恐竜博物館に所蔵・展示されていて、筆者は2007年には福井の現地で、2011年には東京で行われていた福井恐竜博物館展で見ている、はずなのだが、当時は関心がなかったという。
しかし、2013年に脳函のスキャンに携わることとなり、三半規管等の構造を確認する。
2016年には新種「フクイベナートル・パラドクシス」としての記載にいたる。
ただ、CTスキャンできた範囲は限られていて、それについてはそこまで面白い成果が残せたわけでもなかったらしい。


なお、CTスキャンは結構時間がかかる作業
X線をあててその密度差をもとに描画する。化石と岩石も密度差があるのでCTスキャンで岩石の中に埋まった化石も見ることができるのだが、しかし、岩石から取り出しにくい化石というのは、化石と岩石の違いが曖昧になっていることが多く、そういう場合、目視でその境界を見つけていく必要がある。出力されたデータを見ながら、ペンツールでなぞっていくらしい。
単にX線をあてて画像が出てくるのを待つのも時間がかかる。
大抵の研究者はその間他のことをしながら待っているらしいが、筆者は、CTスキャンがとても好きで、画像が出力されている様子をいつまででも見ていられる、とか。

第2章 コロナ禍と「フクイベナートル」のその後

フクイベナートルは、祖先的な形質と進化的な形質があり、そのため種小名もパラドクシスとついており、系統関係に謎が残されていた。
2020年、全世界的なコロナ禍により発掘調査もできなくなってしまっていた時(博物館も閉館していた頃)、逆にこの機会にと、フクイベナートルの全身スキャンが行われた。
これにより、テリジノサウルス類だということが分かった

第3章 「ネオベナートル」のデジタルデータ作成奮闘記

イギリスの恐竜産地ワイト島では、フクイベナートルと近縁とされるネオベナートルが発見されているが、この標本の借用を依頼するために、当地の博物館へ赴いた話
ネオベナートルとフクイベナートルだけでなく、ワイト島と福井では、発見される恐竜などが似ているらしい。
さて、今回の借用は、通常の標本借用と異なり、標本そのものを借りるのではなく、それのデジタルデータを作成させてほしい、というものだった。
フォトグラメトリという技術を使う。周囲から写真をとって、その写真から3Dモデルを起こす、というもの
スティーブ・ブルサッテ『恐竜の世界史』 - logical cypher scape2にも登場していた。
で、それを3Dプリンタで出力する。
実物より大きい、あるいは小さいサイズの標本も作ることができる。

第4章 生ける恐竜「ニワトリ」の脳の成長を観察する

章タイトルにある通り、ニワトリの脳の成長について
MRIを使う
CTスキャンMRIは、ともに似たような白黒の画像が出力されるが、CTスキャンは骨が、MRIは内蔵がよく見えるという違いがある。
成長の過程で脳の大きさや形がどのように変化していくか。
群れで発見されるディサロトサウルスやプシッタコサウルス

鳥には早成鳥と晩成鳥という違いがある。
早成鳥は孵化してすぐに歩ける鳥で、ニワトリも早成鳥
晩成鳥は孵化してもすぐには歩いたりできない鳥で、巣で育つ。スズメなど。
恐竜も早成だと考えられるので、ニワトリのデータがとれればそれで構わないのだが、筆者はいずれ晩成鳥のデータもとりたいと思っているとか。

第5章 原始的な鳥類「フクイプテリクス」

CTスキャンSPring-8)によるデジタルクリーニング
鳥の系統の謎 

第6章 恐竜の「失われたクチバシ」を作り出す

コンピュータシミュレーションによる研究
そのパイオニアとして、ラウプモデルと呼ばれるものがある
生物学者ラウプが貝の殻の形についてモデル化したもので、3つのパラメータの組み合わせで、あらゆる貝の形を説明できる。
さらには、実在しないが、可能な貝の形も分かる。
Marco Tamborini "Technoscientific approach to deep time" - logical cypher scape2などで見かけたことがある。
エルリコサウルスのクチバシについて
顎の先端の形状からクチバシがあったと考えられるが、クチバシは化石には残らない。
どれだけの範囲を覆うクチバシだったのか。
有限要素解析という、強度などをシミュレーションできる方法を使って調べる。
有限要素解析はダレン・ナイシュ/ポール・バレット『恐竜の教科書』 - logical cypher scape2スティーブ・ブルサッテ『恐竜の世界史』 - logical cypher scape2でも出てきた。ティラノサウルスの顎の強度を調べる研究に使われていた気がする。

第7章 「ペンギンモドキ」はペンギンか?

ペンギンモドキ(カツオドリ目)とペンギン(ペンギン目)の脳の比較。
ペンギンモドキは、その名の通り、ペンギンによく似た絶滅古生物。しかし、分類としてはカツオドリ目に属する。
しかし、脳の形を比べてみると、カツオドリ目の他の鳥ではなくペンギンと似ていた、と。

第8章 繊細な暴君「ティラノサウルス

筆者の所属する福井県立恐竜博物館にはティラノサウルスの下顎化石が所蔵されている。
さて、ティラノサウルスは様々な研究がなされているが、下顎のCTスキャンはされていなかった。ので、やってみたという話。
CTスキャンは、ステージへ固定するのが実は結構大変だよ、と。
ぐるぐる回転するステージに、長辺を縦方向にするように置いて、倒れないように固定しなければならない。
植木鉢が何かと便利で筆者は持ち歩いているらしい。
さて、血管神経管がよく張り巡らされていることが分かった。
ワニが自分の子どもをくわえて運ぶとかできるのも、神経が細かく張り巡らされているから。

第9章 絶滅した奇獣「パレオパラドキシア」をデジタル復元

化石のクリーニング作業の過程でレーザースキャナーやCTスキャン
クリーニング作業の補助となるとともに、そこから3Dモデルを起こす
復元作業をデジタル空間上で行う