『科学2023年11月号』(特集:新しい恐竜学)

恐竜の脳、骨組織学、マイクロウェア、胚化石、エボデボ、初期進化、絶滅という7つのトピックについて紹介する記事が並んでいる。
非専門家向けに、各研究内容についての概要を紹介するものではあるが、それぞれの専門家が関わる最新の研究までフォローしており、一般的な恐竜の入門書と比較すると、専門性が高い内容になっている。
いずれのトピックも、トピック自体は知っているものだったがそれぞれ、入門書ではそこまで触れられないようなところまで、かなり詳しく知ることができた。
エボデボのが特に面白くて、頸椎の数の話は知っていたが、呼吸器の発生・進化と関わっていたとは、という驚きの話が展開されていた。

脳から迫る恐竜の進化……河部壮一郎

ティラノサウルスは嗅球が大きかったから嗅覚が発達していただろう、というのはわりと有名な話だが、ある感覚が発達しているかどうかとその感覚を司る脳の部位の大きさの関係については、「適切な質量の原則」という名前が1970年代につけられていた、と知った
脳エンドキャストによる研究は古くて、19世紀に遡る、とは知らなかった……。頭蓋の化石を割って、内部の堆積物をクリーニングする手法が長く続いていた。が、2000年代から、CTスキャンによる非破壊的な方法が可能となる。
嗅球は、そもそも爬虫類において大きいが、恐竜でも大きい。
視覚の部位は、獣脚類の進化に従って大きくなって、嗅覚から視覚へと優位な感覚が変わっていった。
鳥類は大脳が大きく、飛翔能力と関係していると言われるが、脳の大型化は、飛翔が始まる以前のマニラプトル類から見られた。
また、飛翔に関係するというバランスをとる部位が、ティラノサウルスなど大型獣脚類では小さいが、小型獣脚類では大きくなる。
脳の形の理由などは、現生動物でも分かっていないことが多いので、現生動物の研究と並行して進める必要がある。

骨の内部構造を読み解く……千葉謙太郎

化石においても骨の内部構造は保存されている。かつて、筆者が(ヒトを診断する)医者と共同研究した際、保存状況に驚かれたという。
骨は7割が無機物のカルシウムで3割が有機物のコラーゲン
骨の構造についての説明
骨の内部構造は、かなり普遍的で、内部構造を見ても分類には役に立たないが、現生動物との比較で生態などが分かる。
陸生か水生かで構成が異なるので、スピノサウルス水生説の根拠の1つとなった。
また、成長速度・成長率などが分かる。成長率は体温などと相関する。恐竜ルネサンスの恒温動物説の根拠の1つとなった。
有機物は腐敗してなくなってしまっていると考えられてきたが、最近、有機物を発見したかもという研究があった。誤って、酸性の試薬につけた。これは、現生動物の試料だと、無機物を溶かして有機物を残すために用いられる。恐竜の化石につかうと、試料が全てなくなるはずなのに、残存物があった。コンタミの可能性も指摘されていて、まだよく分かっていないが、筆者らも、恐竜化石のコラーゲンが残されていないか研究している、と。

歯のマイクロウェア解析で恐竜の食性を読み解く……久保 泰・久保麦野・ダニエラ ウィンクラー

食性をどのように調べるか。歯のマクロな形態で調べるのが一般的だが、肉食/植物食くらいしか分からない。より細かい食性は不明。
マイクロウェア以外の手法として、胃内容物、糞、同位体分析がある。
胃内容物は、肉食恐竜ならともかく植物食恐竜の場合、化石として残っていることが稀で、残っていても、生きている時に食べたものなのか、死後に入り込んだものなのか区別できない。
糞は、たくさん見つかっているが、糞をだした種を特定するのが困難。
同位体分析は、現生動物には有効だが、化石の場合、同位体が変化してしまうので、見つかった場所が違う化石と比較するのが困難。また、中生代はまだC4植物が出現していないので、同位体分析があんまり意味ない。
なお、どの手法を使うかで、いつ頃の食性が分かるかも異なる。胃内容物であれば死んだ直前だが、マイクロウェアの場合、およそ死の数週間前を反映している。
なお、歯のマクロな形態は日常のエサを反映しない。霊長類は、硬いものをかみ砕くことのできる形態をしているが、日常的には柔らかいものを食べる。困窮した時硬いものを食べる。
マイクロウェア分析自体は、1920〜30年代に遡るが、普及したのは電子顕微鏡を使うようになった1970年代以降で、まずは化石人類や哺乳類に対して。1998年に恐竜にも適用された。
しかし、マイクロウェアの分析について研究者の主観によるところが大きかった。この点、2000年代にレーザー共焦点顕微鏡で三次元分析が可能になって解消される。
三次元分析は、2019年に 爬虫類に適用され、恐竜では、久慈の竜脚類の分析が初。植物食恐竜が植物を食べていることが実証された。
肉食恐竜について、三畳紀から白亜紀まであまり変化していなかったが、幼体は、より硬いものを食べていたことが分かった。これも、既に仮説として言われていたことが、実証されることになった。
恐竜は被子植物を食べていたのかという問題について、マイクロウェア分析が用いられている。
被子植物は、植物食動物に対抗するためにプラントオパールを持つ。シカなどの哺乳類は、さらにこれに対抗するため、歯冠が発達したとされる。鳥盤類のデンタルバッテリーについても同様ではないのかという仮説があるが、確かめられていない。
シカについて、プラントオパールに対抗するとマイクロウェアが深くなるという知見がある。植物食恐竜について調べたところ、マイクロウェアが深くなっている(深さの多様性が大きくなっている)ことが分かった。
分析した個体数が少ないこと、また、マイクロウェアの分析が本当に普段の食性を反映しているのかという問題があるものの、従来説とは異なり、恐竜も被子植物を食べていた可能性がある。

追記(20231207)

草食恐竜は白亜紀後期に被子植物の摂取量が増加 - 東大が歯の化石から解明 | TECH+(テックプラス)
白亜紀の草食恐竜はどんな植物を食べていたのか?―歯の微細な傷が解き明かす食性の時代変化―|記者発表|お知らせ|東京大学大学院新領域創成科学研究科
シカと鳥脚類のマイクロウェアを分析することで、白亜紀の植物食恐竜が被子植物も食べていたことを示す研究
12月1日にプレスリリースされたらしいが、内容的には、この『科学』に掲載された内容だろうか。

白亜紀に繁栄した草食恐竜の中には、歯の数が増えたり歯列が巨大化するといった、磨耗への適応と考えられる進化を遂げたものがいます。このことは何らかの食性変化があったことを示唆しています。(中略)(引用注:草食恐竜と被子植物の間の)共進化仮説が植物学者によって提唱されていました。しかし、恐竜が被子植物を食べていたかどうかを化石から直接調べる手法がなく、検証が困難でした。

鳥脚類恐竜は好んで被子植物を食べたというよりは、植物を選択せずに食べていた可能性が高い

〈今後の展望〉
草食恐竜には、歯や顎の形態が白亜紀に大きく変化した鳥脚類や角竜類と、大きな変化がなかった竜脚類や鎧竜類など、様々な分類群がいます。マイクロウェアの三次元解析を様々な草食恐竜に広げていくことで、異なる分類群で被子植物の摂食量に違いがあったのか、形態から予想される食性とマイクロウェア解析の結果が一致するのかを明らかにできると期待されます。


ところで、久保泰さんの方は以前から名前を見知っていたが、久保麦野さんの方は知らなくて、あれもしかして、と思ってググってみたら、夫妻であった。
麦野さんが哺乳類研究者(というか学部と博士は人類学専攻だったらしいが(人類学専攻でシカの研究をされていたらしい))で、泰さんが恐竜研究者
キュリオシティ・ドリブンで真理を追究する|リガクル[rigaku-ru]
このインタビューを読むと、マイクロウェア研究の経緯が書かれている。
博士課程においてマイクロウェア研究に着手するも、定量化が困難で行き詰まる。マクロな摩耗へ研究の方向を転換→ポスドク時代を経て2015年に東大新領域創成科学研究科に着任→マイクロウェアを三次元で撮影可能な共焦点顕微鏡を着任費用で購入→育休から復帰後、マイクロウェアの定量化に成功、と。
『科学』記事内に書かれていたことは実体験だったのか。

私の夫が恐竜の研究者で、共同研究でマイクロウェアから恐竜の食性を推定しようという研究をしています。(...)さらには恐竜のマイクロウェア研究に興味を持ったドイツ人の優秀なポスドクが、学振の外国人研究員として私のラボに来てくれました。(...)恐竜のマイクロウェア論文も2022年に2本出版され、さらにもう1本控えています。(...)恐竜マイクロウェア研究で私たちが世界のフロントランナーだと思っています。

ここで出てくる「ドイツ人の優秀なポスドク」がダニエラ・ウィンクラーさんかと思われる。で、「さらにもう1本控えています」が上記の奴なのだろうと。
ついでに、マイクロウェアの話とは関係ないのだが、研究室のサイトに

【記者発表】自分の研究ではないのですが…長男が昨春の久慈発掘調査で発見した化石が重要な発見だったということで、早稲田大学で記者会見がありました。発見者(&その親)ということで臨席しました
久保麦野研究室 Mugino Kubo Lab

とあり、「え?!」となって見てみたら、こんな記事が。

化石を見つけたのは現在、小学3年生の久保佑さんです。ことし3月、両親とともに、こはくや恐竜の化石で有名な岩手県久慈市を訪れ、発掘調査に参加しました。
両親は古生物などの研究者で、久保さんも2021年から調査に参加し、これまでもサメの歯やワニの歯などの化石を見つけてきました。
【新種のカメの化石発見!】約9000万年前の地層から 岩手 久慈 | NHK | 岩手県

見つけたのは、当時小学2年生の久保佑(ゆう)さんで、恐竜や古生物を研究する両親に連れられて発掘調査に参加していた。
佑さんの両親は久慈の化石について共著論文も発表している研究者で、数年前から家族で発掘調査に参加していた。作業の途中で汚れてしまった長靴を現場の川ですすごうとした際、泥水の中からたまたま拾い上げた塊を割ってみたところ化石が出てきたという。母親で東京大講師の久保麦野(むぎの)さんは、「目が良いようで、これまでにもサメやワニの歯を見つけていたが、今回は重要な化石が見つかり本人も喜んでいる」と話した。
白亜紀の新種カメ 小学2年生が発見 9千万年前の地層 - 産経ニュース

いやー、そういうことってあるんだなー。というか、当然あるよなー。
化石発掘体験に参加した子どもによる発見って時々あるけれど、これ、親の職場見学に近いよな、知らんけど。
(追記ここまで)

恐竜の“誕生”……小林快次・田中康平

胚化石について。
そもそも、胚が化石化すること自体が難しいし、発見するのも難しいので、胚化石は希少。
胚化石からは、早成性か晩成性か、孵化日数の推定、歩行様態の変化、卵歯の有無、胚の姿勢といったことが分かる。

胚発生を読み解く……平沢達矢

エボデボと融合した研究が最近の恐竜研究においてホット。
現生動物と恐竜のデザインの違いがどのように生じたのかを研究することができる。
ここでは、頸の長さについて
竜盤類や、恐竜ではないがクビナガリュウは非常に頸が長いのが、現生動物とは異なる。現生動物でもキリンなどは頸が長いが、質的に違いがある。つまり、頸椎の数で、哺乳類はどんな種でも7つだが、恐竜やクビナガリュウは頸椎の数が増える。
哺乳類には、発生段階で、頚椎の数の制約条件がある。
それが実は横隔膜で、横隔膜の発生タイミングと機序が、頸椎の発生を制限する(このあたり詳しい機序が書かれていたが省略)。
対して、恐竜には横隔膜がなく、呼吸システムとしては気嚢という全く異なる方法を用いている(「設計思想が異なる」と書かれていた)。
同じく気嚢システムを持つ鳥類の発生を見ると、ある種の膜はあるのだけど、頸椎の発生を制限するようにはなっていない。
何故哺乳類に横隔膜があるかというと、四足歩行をする際に揺れて動く他の臓器から心臓を守るために、原始横隔膜が獲得されたと言われている、と。
もしかすると、恐竜はそもそも二足歩行動物だったので、他の臓器から心臓を守るという必要がなかったのかもしれない、と。

恐竜の初期進化を読み解く――分岐パターンをめぐる新たな議論……對比地孝亘

以下の3つおよび三畳紀の気候変動について
(1)鳥盤類・竜盤類の二分岐に対立仮説について
オルニトスケリダの話。否定的な解析結果も出ていることに触れつつ、初期進化の再検討の必要性を示した点で重要としている。
(2)ピサノサウルス(シレサウルス類)の系統的位置について
ピサノサウルスは、初期の鳥盤類と考えられてきたが、恐竜ではなく恐竜の姉妹群であるシレサウルス類に分類するという説もある。さらに、シレサウルス類全体を鳥盤類の中に位置づける説もある。
鳥盤類の分岐の時期と層序学的分布の関係と関わる
(3)ヘレラサウルス類の系統的位置について
ヘレラサウルス類が獣脚類なのか、真竜盤類なのか
共通祖先の姿の推定に関わる。
恐竜が繁栄するきっかけとして、カーニアン期多雨事象があったという考えが最近有力。乾燥地帯の湿度があがって入り込めるようになった。

大量絶滅を読み解く……真鍋 真

鳥も多くが絶滅したが、歯がなくてクチバシのあった鳥は絶滅を免れた。クチバシの方がコストが安い。
多丘歯類フィリコミスに社会性があることが最近発見された。哺乳類の社交性は有胎盤類以降と思われていた。
哺乳類は、温暖化とそれに伴う栄養価の高い植物の登場により、大型化が可能になった。
9000万年前(後期白亜紀)から、恐竜類は多様性が低下していた。

[連載]「アリス」から,さらに先へ2 言葉と心のはじまり……岡ノ谷一夫・谷口忠大

谷口がビブリオバトルの初回で岡ノ谷の本を取り上げていてそれを岡ノ谷も知っていたなど、直接の交流はなかったが、互いに相手のことを以前から知っていたという話から、谷口が特に岡ノ谷の相互文節化という考え方に影響を受けた、と。
また、岡ノ谷は、理研の谷淳がしていたロボットの研究について、最初よく分からなかったが、相互文節化という観点から理解できた旨の話をしている。谷淳の名前はあとでも出てくる。
情動・感情について
谷口は、記号論・情報論的に考えていて、近年まで情動について考えてこなかったが、最近、情動について意識するようになってきたという話(岡ノ谷も、情動は厄介なので、研究がしっかりしてくるまで手を出さない方がいいので、それでよかったのではないかとフォローしている)
好奇心について
谷口の小説に出てくるアリスが、どのように内発的動機付けを行っているのかについて岡ノ谷が質問する。「時々、ダメそうなことをやってみる」ことについて、谷口は、強化学習の文脈から導けるし、ひいては自由エネルギー原理の能動的推論で説明できるとする。
これに対して岡ノ谷が、動物実験だと、あえて擬人化すると怒りがそうした探索行動に繋がっているのではないかとする。つまり、情動の問題が出てくる。マーク・ソームズも
谷口は、やはりその点については今まで考えてこなかったが、重要性に同意する。自由エネルギーは、新皮質については妥当するが、下位レイヤーは違うのではないか。生命の原理は1つではなくて、相互作用があるのではないか、と。
アリスが、コンビニで「これ、買って」といってポテチを差し出すシーンがあるが、あれはどういう、と岡ノ谷が聞いて、谷口が苦しむという一幕もあった。小説ではあるのだが、全て理屈がつくように書いていて、しかし、件のシーンにおいて、どうしてアリスが「これ、買って」と言えるのかが分からない、と。SFに出てくるAIは賢すぎる。実際に仕組みを考えようとすると、理屈をつけられないし、近年、AGIができるんじゃないかという話もあるが、実際には全然分からないことも多いんだ、と。これについては、日常的にポテチをよく食べているという習慣から誘引されたのだろう、ということにしている、と。
それに続いて岡ノ谷から、内観と観察を分けているけれど、アリスの内観は描かれていないですよね、と指摘を受けて、また谷口が苦しむ。内観が今後の研究者人生での宿題である、と。以前、谷口が土谷尚嗣と対談した時も、内観を宿題にされたとのこと。