橋本輝幸編『2010年代海外SF傑作選』

橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』 - logical cypher scape2に引き続き、2010年代傑作選
個人的な好みでは、2000年代のより2010年代の方が好きな作品が多かった。
前半にポジティブな作品、半ばにダークな話が続き、後半は奇妙な話ないし不思議な動物の話があり、最後がテッド・チャンの中編で締められている
どれも面白かったが、印象に残ったのは「火炎病」「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」「果てしない別れ」
好きなのは、 「ロボットとカラスがイースセントルイスを救った話」や「" "」あたりか。
やっぱり「良い狩りを」や「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は普通に面白い



「火炎病」ピーター・トライアス

突然、燃え盛る炎が見える精神障害を発症した兄を持つ主人公は、兄や同じ症状をもつ患者の見てる世界を体験できるようなARを開発している
火炎病の正体が、「ルミナス」のようなオルタナティブ世界によりもたらされたものだと分かっていくラストの急展開はなかなか詰め込んでる気もするが、希望の見えてくるラストシーンで読み味はいい

「乾坤と亜力」郝 景芳

世界中のあらゆるコンピュータに遍在するAIの乾坤は、プログラマーから、幼い亜力に教わるようにと命じられる。
子供は不合理なことばかりして理解不能だとなる乾坤だが、プログラマーはそこから自発性が生まれることを期待している
SFネタとしては新鮮味はさほどないが、子どもとAIが織りなすほのぼのSFとして、読み心地よい。
メインのAIネタより、亜力から暗黒物質について聞かれて、「自分の能力なら暗黒物質の正体突き止められるな」と気付いて、一晩で探査機作って打ち上げてデータ集めてくるという、サラッととんでもない話の方が、ネタとしてはインパクトある。

「ロボットとカラスがイースセントルイスを救った話」アナリー・ニューイッツ

感染症の防止のため、住民たちの健康観察をするドローンが主人公
運営会社がなくなり、野良ドローンと化すも、カラス語を覚えたり、人間の友人を得たりする
そして、スラムと化しているビル街の中で、カラスが感染病者を見つけ、カラス語を身につけた野良ドローンが、元の管理者や友人と協力して感染者を探し治療へとつなげていく


世界観としては、若干のポストアポカリプス感がある(完全に世界が崩壊したわけではないようだが、経済的に相当状況が悪くなっている世界
しかし、物語としてはかなりポジティブな感じでやはり読みやすい

「内臓感覚」ピーター・ワッツ

SFネタとしては、腸内細菌叢が人間の感情や行動に影響を与えるというものだが、一方で、Googleが邪悪な存在となるところを描いている話でもある。
物語は、Google職員に暴行を振るった男が、Googleのビルの一室に連れられ、話を聞かされていくという形で進む
邪悪になる、というか、作中のGoogle側の立場に立つなら、民衆から散々悪者扱いされてきたのでお望み通りになってやったぞ、という感じか

「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」サム・J・ミラー

この作品は2017年のものだが、解説によると2020年に自分はSFやファンタジーよりホラーを書きがちとツイートしているらしい。
この作品は、モンスター・怪獣ものなのだけど、怪獣による破壊は後景で、主人公の負の感情、三角関係からもたらされる罪悪感、憎悪、破滅願望が描かれる。


タイトルにあるプログラム可能物質というのは、スライム状の物質でスマホアプリを通じて好きなモノに変形できる代物で、ポリマーと呼ばれている。
前半、友人同士で集まったホームパーティで、互いのポリマーを見せ合ったりしているところから始まるが、そこで主人公は、初対面の男性に否応なく惹かれている
元々ドラッグにハマっていた主人公は、今の恋人のおかげで真っ当な世界に引き上げられているのだが、なお欲望に引き込まれそうになる自分に気付かされる
ところがその夜、その男が恋人を押し倒しているところを目撃してしまう。
と、そこから、数年後へと話は一気に飛ぶ。
ポリマーには脆弱性があって、事故として、あるいはテロリストによる攻撃として、世界各地でポリマー怪獣が出現
ニューヨークも突如現れたポリマー怪獣による壊滅的損害を負う
主人公はキャンプの1つで、あの男と再会する


主人公の復讐と破滅願望が、しかし、実は間違っていたものだと分かり、失効させられる様と、空飛ぶ怪獣の姿とが重ね合わされたラストシーンがエモい


「OPEN」チャールズ・ユウ

倦怠期を迎えた夫婦の前に、OPENの文字が現れる
その向こうには別世界が広がっていた

「良い狩りを」ケン・リュウ

以前、Netflixでやっていた『ラブ、デス&ロボット』の中でアニメ化されていた作品。
『ラブ、デス&ロボット』 - logical cypher scape2
ケン・リュウ『紙の動物園』 - logical cypher scape2にも収録されている
ラストシーンの機械化されて狐の変身するところのアニメ化がよくて、それを思い浮かべながら読んだ
東洋伝奇スチームパンクといった感じの作品
失われていく怪異・妖怪を蒸気テクノロジーで甦らせるまでの話

「果てしない別れ」陳 楸帆

陳楸帆というと、サイバーパンクな作風の作家というイメージだが、ちょっとイメージの異なる作品
もっともこれも、BMIが出てくるしサイバーなところがないわけではないが。
主人公は、閉じ込め症候群*1(よりもさらにタチの悪い奴)になってしまうのだが、そこに軍がやってくる。
地下に知的生命体を発見したのだが、彼らとコンタクトをとるための実験に協力させられる。
「蠕虫」と称される彼らは人間と全く異なる知覚の持ち主なので、人間としての知覚を失い始めてる主人公が選ばれたのだ
BMIを使って、ある蠕虫の個体と「融合」することになる主人公
人間としての知覚や記憶が徐々に失われていき、触覚中心の蠕虫の世界へと引き込まれていく。
しかし、彼の中にはずっと妻の記憶が留まり続ける
意外とハッピーエンド寄りの終わり方

「" "」チャイナ・ミエヴィル

原題はThe.
無を構成要素とする獣、それが" "だ
" "についての架空の解説記事で、" "には実は複数の種があるとかいった話が面白い

ジャガンナート――世界の主」カリン・ティドベック

SF作家としては英語圏で活動してるようだが、スウェーデン生まれスウェーデン在住の作家
人間はマザーと呼ばれるものの中で生きている世界
マザーの「頭」や「腹」で、それぞれ働いていて、マザーから分泌される食事を食べて生きている
ある時、マザーに不調が起きて、「腹」で生活していた主人公は「頭」へと向かう
何となく、弐瓶勉っぽいというか、弐瓶勉の同人読み切りっぽいというか

「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」テッド・チャン

テッド・チャン『息吹』 - logical cypher scape2にも収録されている中編
正直、これ持ってくるのズルなのでは?
AIにとり成熟とは何なのか、という問いは、そもそも人間だって自己の自由な選択とその結果を引け受けることについてどれだけ自信をもってやれるのか、という形で登場人物たちにも跳ね返っているようにも思える

「乾坤と亜力」の解説で、「ロボットとカラスがイースセントルイスを救った話」「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」と書き方を比較するのもよいかも、というようなことが書かれているが、どれも、ロボット・AIの自発性・自由がテーマになっている
「乾坤と亜力」は、そんなもの全然持ち合わせていないAIがそれの片鱗らしきものを得る話で、「ロボットとカラスがイースセントルイスを救った話」もロボットに自発性を求める話でロボット自身はそれを持ち合わせているかどうか不明だが、それらしきものがよい方向に働く話。「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」はAIに自発性や自由があったとして、人間や社会はそれをどう位置づけてやることができるの、という話、とでも整理できるかもしれない。

解説

2010年代の動向がいくつか紹介されているが、ヒューゴー賞の短編部門候補作について、2000年代には75%を占めていた《アシモフ》誌、《アナログ》誌、《F&SF》誌の比率が、2013年以降はゼロになったという。
自分は日本語以外でSF読んだことないし、海外の動向も追っていないが、それでもこれらが有名な雑誌なのは知っている。
代わりに勃興しているのが、無料のウェブジンだそうで、そういうのが出てきているのは話としては知っているけれど、ヒューゴー賞の短編候補作のほとんどがそれになっているとは。

*1:潜水服は蝶の夢を見る』への言及があった