中村融編『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』

SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー第1弾・宇宙開発SF傑作選
宇宙SFではなく、宇宙「開発」SFであることが肝で、もしアポロ計画が続いていたらなど現実と地続きの作品が多い。
ほとんどが90年代の作品で、宇宙開発へのノスタルジー的な情緒を感じられるのが共通点か。
もともと、編者が歴史改変を用いて描かれる宇宙開発の光と闇というテーマに着目していて、97年に同様のテーマでSFマガジンの特集も組んでいる。
訳は、「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」が浅倉訳で、他はすべて中村訳


ちなみに、SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーは、2010年に3冊出されたもので、
第2弾・時間SF傑作選大森望編『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』 - logical cypher scape
第3弾・ポストヒューマンSF傑作選山岸真編『スティーヴ・フィーヴァー』 - logical cypher scape
がある。
自分は、第3弾を2011年、第2弾を2014年に読んでおり、何故か3年ごとに1冊ずつ読み進める形となった。結果的にそうなっただけで、狙ったわけではない。
今回は、稲葉振一郎『宇宙倫理学入門』 - logical cypher scapeを読んだ勢いついでに、同書でも微妙に言及されていた本作を手に取った次第。

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

「主任設計者」アンディ・ダンカン (2001年)

主任設計者とはコロリョフのことで、ノンフィクションノベル的な感じ(?)
コロリョフの強制労働時代から始まって、ヴォスホート、レオーノフの宇宙遊泳、コロリョフの死、ソユーズ1号などの時々のシーンが続く。
先に的川泰宣『月をめざした二人の科学者』 - logical cypher scapeを読んでいてよかった、というか、この作品があるのを知っていたので先に読んでおいた。これを読んだだけの知識だと、ほぼ史実通りという感じで、どのように虚実が入り交じっているのかはよく分からない。もっとも、個々のエピソードにおける細部はフィクションなのだろうけど。
コロリョフと、その部下というか弟子のような人としてアクショーノフという技術者が出てくるが、架空の人物のようで、第二の主人公的なポジション。複数の実在の人物を混ぜて作られたのではないか、と思われる。
コローリョフは、バイコヌールではただ単に「主任」と呼ばれていて、アクショーノフがバイコヌールに赴任した時を除いて「主任」とだけ呼ばれる。
ガガーリンが打ち上げ前日によく寝ていたのに対して、コローリョフとアクショーノフの2人は一緒に外をうろうろしていた、とか。
アクショーノフは、ヴォスホートの3人の中の1人(フェオクチストーフ?)
強制労働時代に、亡くなった他の罪人のパンを盗んだエピソードから始まるのだが、死ぬ少し前に、バイコヌールに連れてこられた労働者の列に、死んだはずの男の姿を垣間見てしまう、とか。
ソユーズ1号に乗っていたコマロフ(ヴォスホートのパイロットもやってた)は、ノヴィコフという名前で出てくる。ノヴィコフが絶望的な状況に陥った時、アクショーノフは主任のことをノヴィコフに思い出させる。
ミール成功後、アクショーノフは一人になって歩き回り、コロリョフの彫刻の前の花束を見たりして、そして頭の中の主任に語りかけるところで終わる。
淡々としている筆致と展開ながら、この最後のエピソードとかがなかなかセンチメンタル

「サターン時代」ウィリアム・バートン(1995年)

もしアポロ計画が途中で終わらず続けられていたら、という歴史改変もの
ニクソン以後、民主党政権が続いていくというところに歴史の分岐点があり、実在の政治家やジャーナリストが登場する。ここらへんの面白みは残念ながらちょっと分からなかった。
サターンロケットが世代交代していき、それで火星や木星へも行く。主人公は60を過ぎても現役のパイロットとして木星ミッションにも参加する。

「電送(ワイア)連続体」アーサー・C・クラークスティーヴン・バクスター(1998年)

こちらもアポロ計画以後の歴史改変ものだが、クラークの短編「電送旅行」に出てきた「電送(ワイア)」という技術が出来ていたら、というひねりが加えられている。
これは、物や人間の情報を送ってテレポートさせるという量子論的な技術。
主人公は、戦闘機パイロットから宇宙飛行士になった男性で、彼の妻は電送の発展に大きく関わった研究者。
最初の頃は、世間の宇宙開発への興味は大きく、ワイアへの興味は小さかったが、それが逆転していく。その過程で夫婦間の仲も疎遠になっていく。
人間が宇宙に行くにもワイアで簡単にいけるようになったが、そのためには送受信装置をまず持っていかなければならないので、夫の宇宙飛行士としての仕事は続いた。
地球上のどこへでも一瞬で移動できるワイアは、人類社会を変貌させ、国家という概念をなくしていった。ワイア研究者の妻は若者世代の変化に興奮し、夫は置いてきぼりになってしまっている。

「月をぼくのポケットに」ジェイムズ・ラヴグローヴ (1999年)

SFというよりは、青春小説っぽい雰囲気。実際、作者は近年になってヤング・アダルトへと軸足を移しているらしい。
ケネディの演説の年に生まれて、アポロ計画に熱烈に入れ込んでいる少年が、ある日、ジャイアンみたいな同級生から「月の石が手に入ったから買わないか」と言われる。怪しみながらも、自分のコレクションを売ったりなんだりと金策に走って、それを入手する。がしかし……

「月その六」スティーヴン・バクスター(1997年)

こちらは、並行世界・歴史改変もの
やはりアポロ計画が続いていた世界で、月面着陸した宇宙飛行士が、突如別の並行世界の月へと移動してしまう。
計画されていたが実現しなかったはずの、より大型の着陸船と飛行ユニットLFUに乗った女性飛行士が月に来た世界
ロシアが月面着陸に成功した世界
そして、月に植民都市がありイギリスの大型旅客船が訪れている世界=この世界がもっとも科学技術が進歩していて、この世界での転送装置の副作用として、並行世界間の予期せぬ移動が生じている。
元の世界に戻してもらったはずが、最終的に着いた世界は、宇宙開発が全く起こっていなかったアメリカだった
宇宙開発のなかった世界のシーンと、次々と別のありえたかもしれない宇宙機が登場する月のシーンが交互に進んでいく構成が面白い。
登場する宇宙船にはそれぞれ元ネタがあって、イギリスの宇宙船は英国惑星間協会の研究が元ネタらしい。
バクスターは、べつの歴史線上で書かれたノンフィクション・ノベル的な作品があって、その系統では『20世紀SF6』収録の「軍用機」が邦訳作品とのこと。

「献身」エリック・チョイ (1994年)

ちょっと『火星の人』っぽい?
4人組による火星有人ミッション。
ローバーに隕石が衝突。着陸船に戻るまで酸素がもたない!
続いて着陸が予定されている無人船をこっちに誘導できたら? →ローバーのアンテナは壊れてる→ヴァイキング1号の通信装置だ!
主人公はエンジニアでロシア系、船長はおそらくアメリカ人、フランス系の女性科学者、中国系の医者の4人からなり、主人公は船長からカメラを向けられたり、あだ名で呼ばれたりするのを内心嫌がってたりする。

「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション(1999年)

ちょっとコミカルなところもある、一風変わった、宇宙を目指す青少年の物語
舞台は、ほとんど現代と変わらないアメリカだけど、現実のアメリカよりもさらに大衆の科学離れが進んで、多くの人が科学知識よりもオカルトやスピリチュアルなものに信を置いている。新聞社ごとに報じる事実が違うという、ちょっとポストトゥルース的な状況にもなってるけど、政治的にはそれほど不安定な時代ではないっぽい。
アメリカはもう宇宙開発から手を引いており、サウジアラビアが月へ行っている(作中で10数年の時間が経過するうちに、サウジも撤退し、イスラエルが宇宙開発するようになっているが)。
主人公アレックスは、リトルグレイそっくりの風貌で生まれてきてしまった男の子(非常に珍しい疾患によるもので、風貌以外は至って普通の人間)。
マスコミや野次馬からの好奇の目が絶え間なくやってくるが、母親や街の住人たちが非常に好意的で、何の問題もなく育っていく。しかし彼は、宇宙飛行士になりたいという夢を抱くようになる。
節の区切りに、数字などをふるのではなく、タブロイドの勝手な見出しがふられているのが面白い。
初めてテレビのインタビューを受けたときに、アレックスは自分の夢を語り、アンカーマンから「スペースボーイになるんだね?」と聞かれて答えたのが「僕はワイオミング生まれの宇宙飛行士になるんだ」
これをきっかけに、筋ジスでありながらも宇宙への夢を持ち飛び級で大学院に通う青年コリンが、アレックスにコンタクトをとってくる。
この筋ジスの青年が、この作品の語り手となっていて、すべて彼の回想という形になっている。コリンはアレックスを宇宙飛行士にするべくアドバイザーとなる。
世論はひょんなことから火星への有人宇宙飛行を急速に支持するようになる。というのは、とあるタブロイド紙が、火星の人面岩で世論を煽ったから。
コリンとアレックスはこの流れに乗り、コリンはエンジニアとして、アレックスは宇宙飛行士候補生の一人としてNASAに入ることに成功する。
しかし、実際にアレックスが宇宙飛行士にアサインされるために彼らは一騒動起こす必要があったし、そして実際に火星着陸した後、いよいよ大きなトラブルに見舞われる。
アレックスというのが、本当に自分に対する様々な目にさらされながらも、快活で機知とユーモアのある人間として成長していて、最後のトラブルに対しても、すっかり非科学的な態度が常となった世間への皮肉というかカウンターを食らわせる。