クリスチャン・ダベンポート『宇宙の覇者ベゾスvsマスク』

イーロン・マスクのログインパスワードが書かれている本*1
アメリカの二大宇宙ベンチャー企業となったスペースXとブルー・オリジンの創業からこれまでを描いたノンフィクション
ただ、正確に言うと、この2社だけでなく、ポール・アレンとリチャード・ブランソン(ヴァージン・ギャラクティック)の話もしている。
この邦題だとあたかも2社のことしか書いてないみたいだよなあ、と思ったが、原題も"The Space Barons: Elon Musk, Jeff Bezos, and the Quest to Colonize the Cosmos"なので大差なかった。


ヴァージン・ギャラクティックについてちょっと補足すると、元々あのロケットは、スケールド・コンポジッツ社というところが開発していて、これにマイクロソフト社の共同創業者であるポール・アレンが出資していた。スペースシップワンは、このスケールド・コンポジッツ+ポール・アレン体制によるもの。で、この打ち上げ成功を見たリチャード・ブランソンがヴァージン・ギャラクティック社を立ち上げ、スケールド・コンポジッツ社の技術提供を受けて開発しているのが、スペースシップツー。
2014年の事故を受けて、ヴァージン・ギャラクティック社の自社開発に変わっている。


イーロン・マスクジェフ・ベゾスは、元々子供の頃から宇宙に憧れていて、それぞれペイパル、アマゾンといった事業が成功したので、満を持して子供の頃からの夢である宇宙開発を始めたという人で、本人もロケット技術について詳しい。これに対して、ポール・アレンやリチャード・ブランソンは、以前から宇宙に詳しかったりしたわけではい、という違いはある。
なので、この本、宇宙を目指しているビリオネアである、イーロン・マスクジェフ・ベゾス、そしてポール・アレンやリチャード・ブランソンについて書いている本であり、マスクとベゾス「だけ」を扱った本ではないが、しかし、やはり主人公として扱われているのはマスクとベゾスであるかな、と思う。
なので、このタイトルも間違いというわけではない。


というわけで、マスクとベゾスの2人に着目すると、ずいぶんと対照的な進み方をしているように描いている
ベゾス率いるブルーオリジンは、徹底した秘密主義であり、ある時期まで、そもそも何をやっている会社なのかすらオープンにはしていなかった。
また、自社のマスコットに亀を用い、モットーは「ゆっくりはスムーズ、スムーズは速い」であり、本書でもたびたび、スペースXとブルーオリジンは兎と亀に喩えられている。
一方のマスクは、むしろ積極的にアピールして、人々の関心を惹きつけようとする。また、ベンチャー企業が宇宙産業に食い込むために、NASA相手の訴訟も辞さない(競争入札すべきところをしていないという訴訟)。
当初、この2社は直接関わりあいをもっていないが、徐々に対立するようになる。
ブルーオリジンによるスペースXの社員引き抜き
ブルーオリジンによるロケット海上着陸の特許申請
・ケープカナベラルの第39A発射台を巡る争い
39A発射施設は、かつてアポロ宇宙船を載せたサターンⅤロケットを打ち上げた射場。長いこと使われなくなっていたところ、スペースXが使用権を手に入れた。のだが、入札の際、ブルーオリジンも手を上げてくる。アポロがきっかけで宇宙への夢を抱き始めたベゾスにとって、その発射施設は是非にでも手に入れたい場所だったのだ*2。しかし、全く実績のないブルーオリジンの横入りに、マスクも激怒、という案件。


本書は大きく3部構成に分かれていて「第1部 できるはずがない」「第2部 できそうにない」「第3部 できないはずがない」で、これは、俳優クリストファー・リーヴの言葉からとっているらしい
創業しロケットに取り組み始めた頃、宇宙産業に食い込もうとしている頃、商業打ち上げが成功し始めた頃というくらいの感じか


追記
NASAの有人宇宙開発・探査が、アポロ計画以降停滞している。スペースシャトルも、結果的にはコスト減に繋がっていなくて失敗だった、という考え方が、筆者及び登場人物たちに共有されている感じだった。


そういえば、筆者の属性について書いてなかったけど、ワシントン・ポストの記者
追記終わり

序章 「着陸」
第1部 できるはずがない
第1章 「ばかな死に方」
第2章 ギャンブル
第3章 「小犬」
第4章 「まったく別の場所」
第5章 「スペースシップワン、政府ゼロ」
第2部 できそうにない
第6章 「ばかになって、やってみよう」
第7章 リスク
第8章 四つ葉のクローバー
第9章 「信頼できる奴か、いかれた奴か」
第10章 「フレームダクトで踊るユニコーン
第3部 できないはずはない
第11章 魔法の彫刻庭園
第12章「宇宙はむずかしい」
第13章「イーグル、着陸完了」
第14章 火星
第15章「大転換」
エピローグ ふたたび、月へ

宇宙の覇者 ベゾスvsマスク

宇宙の覇者 ベゾスvsマスク

第1部 できるはずがない

2003年、ベゾスが、密かに広大な土地の買収を始めたエピソードから始まる。
AmazonのCEOとして巨額の資産を手にしていたが、一方で、まだインターネットや本の通販を利用していない人にはAmazonの名前は知られていない頃
ブルーオリジンの最初の社員は、ニール・スティーブンスンだとか。ベゾスと友人で、宇宙企業をやりたいというベゾスに「やったらいい」と言ったのがスティーブンスン
ブルーオリジンは最初、化学ロケット以外の方法を検討するところから始めて、3年間の検討の末、化学ロケットがやはり最善であるという結論に至ったらしい。すごい。で、この時に、再利用できるロケットであることという条件もついた、と。
ティーブンスンは、2006年にブルーオリジンを辞めて、『七人のイヴ』にはジェフへの献辞がある


スペースXより前に、民間ロケットを打ち上げようとエンジン開発を行っていたアンディー・ビールの話が、前史的なものとして語られる
不動産分野で財をなして、数学の天才でもあるビールは、97年にビール・エアロスペースを設立し、ロケットエンジンの開発に成功するが、NASAロッキードボーイングとしか取引しない状況では、全く勝ち目がないと察して2000年に廃業している
そのビールが使っていた施設をその後利用するようになったのが、イーロン・マスクのスペースX
マスクは、2003年、ライト兄弟の飛行100周年祭にあわせて、ワシントンD.C.にファルコン1を持ち込み披露し、人々の注目を集める
その後、NASA国防総省が、競争を行わずに特定の企業を特別扱いしていることを次々と訴えていく。むろん、この頃、スペースXはまだ1基もロケットの打ち上げに志向していない


ベゾスについて
DARPA職員だった祖父に可愛がられていた。5歳のころにアポロ11号の月着陸を見て以来、宇宙の虜。高校時代にはNASAの論文コンテストに入選。プリンストン大学では、専攻こそコンピュータと電気工学だが、オニールのゼミにも所属し、宇宙探査に関する学生団体の支部長にもなっている。29歳の頃、サザビースのオークションで宇宙関連品が出た時、参加するも、資金がなく全く落札できないという経験をしている(財をなしてからは、かなり色々コレクションしているらしい)
マスクは、いつか小惑星が地球に衝突してしまう日に備えて、火星へ植民するというのに対して、ベゾスの場合、地球の環境保護保全が目的で、学生の頃から地球を保護区にするという構想を持っている。資源の採掘や重工業を宇宙で行うという考え。
2005年、ブルーオリジンは試験機カロンの打ち上げに成功。到達高度は96mだが、カロンの主眼はむしろ着陸にあった


スペースシップワンについて
1996年、Xプライズが発表され、マイクロソフトの共同創業者であるポール・アレンは、モハーヴェにあるスケールド・コンポジッツ社のバート・ルータンのもとを訪れる。ルータンは、これまでも様々な奇抜な航空機を作ってきたエンジニアで、アレンの出資により、スペースシップワンの開発が始まる。
2003年に、初の動力飛行に成功し、2004年に宇宙へ到達し、見事Xプライズを獲得することになる。
アレンは、ベゾスより少し年上で、子どもの頃はマーキュリー・セブンがヒーローだった世代。目が悪かったので宇宙飛行士になる夢は早々に諦めていた
スペースシップワンについては、3人のテストパイロットがいて、誰が宇宙に行くかでの色々とか、実際宇宙行ったフライトも危うく大惨事になりかけたとかそういう話がある
スペースシップワンが実際に宇宙到達する直前くらいから、ヴァージングループのブランソンが宇宙事業に興味を持ち始めて、飛行を見に来るようになる。一方、アレンは、命の危険のあるこのプロジェクトがプレッシャーになって、そろそろ離れたいと思うようになってくる   


第2部 できそうにない

ブランソンの半生と、ヴァージン・ギャラクティックの創業
派手なプロモーションを好むブランソンは、ヴァージン・ギャラクティックについても早々に宇宙旅行のプロモーションを始める


2006年、マスクは宇宙産業関係者を集めて会合を持つ。この時、ブルーオリジンも招待されていが出席しなかった。「パーソナル・スペースフライト協会」発足


2004年、スペースXはDARPAからの出資を受ける。これがスペースX初の外部からの資金調達
国内の打ち上げ施設は、ロッキードなどが使用しており、スペースXの使用が認められず、マーシャル諸島で打ち上げを行うことになる
2006年、ファルコン1の初打ち上げを行うが、失敗
スペースXは、NASAの商業起動輸送サービスの契約を勝ち取るが、その後2回目、3回目の打ち上げも宇宙高度まではいくも軌道到達はならなかった。
NASAは、ブッシュ政権だった当時、コンステレーション計画を進めていたところで、NASA及び大企業はそちらへ注力し、宇宙ステーションへの輸送について民間への業務委託を行うということを考えていた。そこにスペースXはうまく入り込んだと
2008年、4度目の打ち上げで地球周回軌道へ到達。同年、ドラゴンによる国際宇宙ステーション輸送の契約が成立。
一方のブルーオリジンは、2006年に試験ロケット「ゴダード」の打ち上げに成功する。が、これも着陸の実験で宇宙高度までは達していない。また、スペースXがファルコン1の打ち上げをネットで生配信していたのに対して、ブルーオリジンは打ち上げについては何の発表もしていない。


ブッシュ政権からオバマ政権へと変わり、コンステレーション計画に見直しが迫られる。
予算の超過と計画の遅れから、オバマコンステレーション計画を中止することにするが、これに対してアポロの宇宙飛行士たちが反対運動を行うようになる。大統領は宇宙開発を切り捨てているわけではないということをアピールするため、ユナイテッド・ローンチ・アライアンスを訪問することにしたのだが、当時、アライアンスは国防総省ミッションに取り掛かっており、機密事項が多く公開ができなかった。そこで白羽の矢がたったのがスペースX
スペースXは、この頃には、ケープカナベラルのケネディ宇宙センター第40発射施設を使うようになっていた。
オバマの訪問をうけた2010年、スペースXは、ファルコン9の第1回打ち上げを行い、これに成功する。マスクも、かなりのプレッシャーを受けていたようで、1段目だけでも成功すればそれでよし、くらいの弱気になっていたとも。
この章では、スぺースXがとにかくコスト削減に努めていたということが、アライアンスから転職してきたエンジニアやNASAの担当者の視点から語られている。
これまでの宇宙産業は、コスト意識があまりなかったが、スペースXは何しろマスクの個人資産に負っているところが大きいので、コストをいかに減らすかが第一になってくる。捨てられていた液体窒素タンクを再利用したり、フェアリング内の空調システムを民生品に取り換えて安くしたりなどのエピソードが紹介されている。
ブルーオリジン側のコスト削減エピソードとしては、エンジンノズルの洗浄剤をクエン酸にした、というものが書いてある。
ブルーオリジンはやはり秘密主義を貫ていたのだが、2011年に打ち上げに失敗しロケットが爆発。これにより周辺住民の不安の声があがり、NASAからも声明を出すよう指導が入る。ブルーオリジンは初めて打ち上げの映像の公開を行う。
一方、NASAも、ブルーオリジンに興味を持っていて、視察を行ったりする。NASAは、ここにも将来有望な民間企業があるということをアピールしたいのだが、ブルーオリジンはここでも、公表などには消極的な態度をとり続けている


2012年、スペースXは宇宙船ドラゴンを国際宇宙ステーションへと到達させる
2度目のドラゴン打ち上げの際、トラブルが発生するが解決する。この際、NASAのベテラン管制官がまるで孫を見守るようにスペースXがどうトラブルを解決するか見守っていたというエピソードが
2013年、39A発射施設の使用契約を巡るスペースXとブルーオリジンの争い。この時、ブルーオリジンはアライアンスを手を組んで、スペースXを訴えているが、スペースXが勝利する。

第3部 できないはずはない

2014年、スペースXは国防総省の契約で競争が行われていないとして、訴訟を起こす。この時、マスクはアライアンスの使っているエンジンがロシア製である点を攻撃した。が、アライアンスはブルーオリジンと提携して、この攻撃をかわす
2014年、スペースXと同じく国際宇宙ステーションへの輸送を請け負うオービタル・サイエンシズ社の打ち上げ失敗する。
また同じ年、ヴァージン・ギャラクティックは、何年も延期していたスペースシップツーの飛行実験をようやく行うが、空中で爆発する事故を起こし、パイロット2名のうち1名が死亡する
やはり同年、オービタルのシグナスに続き、スペースXのドラゴンも打ち上げに失敗


2015年、ブルーオリジンはニュー・シェパードを打ち上げ、宇宙高度への到達およびロケットの着陸に成功する
さらに、マスコミにもこのことを発表。ただし、全てが終わった後に。
ベゾスはtwitterで着陸したブースターを「世にも珍しいもの」とツイートする。しかし、これに、マスクはかちんとくる。何しろ、スペースXは2013年に同様の離着陸に成功しているからだ。マスクは、twitterでことあるごとに、「宇宙」へ行くだけの弾道飛行と「軌道」飛行との違いを力説した。必要になるスピードもエネルギーが文字通り桁違いなのである。
2015年、スペースXのファルコン9は、軌道へ到達後、着陸にも成功した。
これに対して、ベゾスはやはりtwitterで「これで私たちは仲間だ」とツイート。これまたマスクを怒らせたが、この時は、多くのスペースXファンが、ベゾスに反論のリプを飛ばしていたため、マスク自身は反論ツイートはしていないらしい。
2016年、ヴァージン・ギャラクティック社は、新たなスペースシップツーのお披露目を行い、宇宙旅行を諦めていないことを示した。


本書の最後の方では、マスクの火星移住計画や、ベゾスが自らの事業を宇宙にインフラを作ることだと考えているというヴィジョン、また、再び宇宙事業に戻ってきたアレンのストラトローンチなどの話のほか、マスクとベゾスがそれぞれ月を目指す計画を持っていることについても触れられている。

*1:「ilovenasa」らしいよ

*2:ベゾスは海に沈んだサターンⅤロケットのF-1エンジンを、私費を投じて引き揚げているほどのアポロマニア