上田岳弘『私の恋人』

上田岳弘『太陽・惑星』 - logical cypher scapeに続き、上田作品。「惑星」が芥川賞候補で、こちらは三島賞受賞。なんとなく上田は芥川賞より三島賞っぽいよな、という気はするw


今回は転生もの
シリアで暮らしていた天才クロマニョン人ナチスドイツ時代のユダヤ人ハインリヒ・ケプラー→現代の日本人井上由祐と転生してきた「私」が主人公
未来のことまで全て見通して誰にも読まれないところに全て書き付けていたという点で、「太陽」のドンゴ・ディオンムのようでもあり、またこれから起こることが全て分かっているという点で「惑星」の内上用蔵のようでもある。


まだネアンデルタール人が絶滅していなかった頃、シリアの洞窟で暮らしていたクロマニョン人である「私」は、その天才ゆえに人類のその後の歴史を全て見通していた。その未来予測というか妄想というかの中で、いずれ「私の恋人」になる女性についても思い描いていた。
現代の日本に暮らす「私」井上由祐は、まさにその「私の恋人」にあてはまるような女性キャロライン・ホプキンスと出会う。そして、彼女から話を聞くのだが、彼女はオーストラリアで出会った高橋陽平の思想に心を奪われている。彼女と高橋は「行き止まりの人類の旅」をしていた。彼が旅先で病死したため、彼女は、彼の遺品などを遺族に渡すため日本に来ていた。
キャロライン・ホプキンスと出会い、彼女の身の上話を聞く内に、それが「私の恋人」だと思うようになった井上は毎週彼女に会って、彼女の話を聞くようにナル。それは、高橋との旅の話。
高橋は、人類が3週目にあると考えていた。1週目は人類の祖先がアフリカを出て、全地球へと散らばったいわゆるグレートジャーニー。2週目は、ヨーロッパの帝国主義が世界を支配していった時代。3週目は、ウィンドウズ95の発売から始まったという。3週目が一体何なのかはあまり具体的には触れられていないが、AIのシンギュラリティがおそらく念頭にあるみたいで「彼ら」の出現がどうのという話がある。また、高橋は宇宙への旅にも可能性を見ていたっぽい(オーストラリアでJAXAの人と出会って「宇宙だ!」みたいなことを言っている。固有名詞は出てきていないが、オーストラリアにJAXA職員がいたのははやぶさ2でも協力してもらえないかみたいな話)。
この高橋の思想は「私」の考えとも一致している。クロマニョン人が1週目、ナチス絶滅収容所で亡くなったユダヤ人が2週目に相当している。
この「私」というか「私たち」は、「あなた方人類」と「私たち」を区別する呼称を採用している。もしかしたら、高橋のいう「彼ら」なのかもしれない。


最後には、人類の終わりまで描かれる「太陽」「惑星」と違って、こちらはあくまでも現代の日本で終わる。身近なところの描写から始まって巨大なSF設定にいく2作に対して、こちらは身近なシーン(彼女の来訪を待つ私)に収束させていく。ただそれが、人類の3週目の未来への始まりへと繋がっているのだということも匂わせている。
あと、「太陽」「惑星」と違うのは、この2作は地球のあちこちに登場人物を配置させることで、地球全体を舞台にしているけれど、こちらは、高橋が旅をするということで地球全体を舞台にしていることとかか。



表紙がクレーの天使なのもいい

私の恋人

私の恋人