クリストファー・プリースト『魔法』

三角関係を扱った恋愛小説、と見せかけて、ファンタジーのようなSFのようなメタフィクションのような小説。記憶と語りの宙吊り感を味わう作品、か。


以前から、プリーストは読みたいなと思っていたのだけど、実際に読んだのは、長編だとクリストファー・プリースト『夢幻諸島から』 - logical cypher scapeくらい
これ読んで面白かったので、よしもっとプリースト読んでいこう、と思ったのだけどもう1年経ってたのか。
『魔法』は、1985年の作品*1。プリーストのデビューは66年なので初期作品ってわけでもないけれど、かなり前の作品。


英語のタイトルは、The Glamour
日本語では『魔法』とされているが、訳者によれば、英語ではこれには二重の意味があるらしい。
現代の英語では「魅力」とかいった意味だが、古い英語だと「魔法」というような意味になる。
作中では、この両方の意味合いを持っていることが重要になる。
一つの単語に二つの意味がある、というのがポイント。


あらすじと感想

6部構成になっているけれど、1部は序章みたいな感じで非常に短い(最初に読んだ時も謎めいているけど、読み終わったときに読み返しても謎めいてる部分ではある)。2部が導入となる部分で、3部と5部が対になっている。
基本的には全て「わたし」の一人称で進むが、部が変わるごとに語り手も変わっていく。


報道や映画のカメラマンをやっているグレイが、爆弾テロに巻き込まれ、入院しているところから始まる。
彼は、事件に巻き込まれる前の一定期間について記憶を失っていて、身体の怪我だけでなく、その記憶喪失についても治療を行っているところ。
そこに、スーザン(スー)という女性が現れる。彼女は、グレイがまさに記憶を失っている期間に彼と出会い、恋に落ち、そして破局したのだという。グレイはスーのことを全く覚えていないものの、再びスーに惹かれはじめ、記憶を取り戻したいと思い始めるが、彼女の態度にもどこかはっきりしないところがある。また、2人の関係を破局に至らしめたのは、スーザンの元恋人であるナイオールという男も謎のまま。
第3部は、グレイの記憶が失われた期間について、グレイを語り手にして語られる。
長い休暇をとったグレイは、南仏へときままな旅へと行き、その途上で、同じくイギリスから来た女性、スーと出会う。2人はたちまち恋に落ちる。しかし、スーは、ナイオールとの関係を気にしていた。彼女がお金がないのにもかかわらず南仏に来たのは、南仏に滞在中のナイオールを訊ねるためであった。2人は数年来の恋人であるが、スーはナイオールの専横的態度に疲れて別れたがっていた。一方で、ナイオールとの関係をなかなか絶てずにいた。グレイは、ナイオールに会いに行かなければいいし、仮にどこかで会ってしまったとしても自分と一緒にいるところを見ればナイオールも諦めるだろう、とスーに説くが、彼女はそういうことではないのだ、と引かない。
2人は、もやもやしたまま旅行を続けるが、結局スーザンは、1人になったタイミングでナイオールと密かに会っていた。
第4部は、病院から自宅に戻ってからのところ。


と、ここまでは、謎めいたところはあるものの普通の恋愛小説といった雰囲気でもある。
しかし、第五部から様子が変わってくる。
スーザンとナイオールが持っている、そしてグレイに生まれつつある「魅する力(グラマー)」についての話が始まる。
第五部からは、語り手の「わたし」がスーザンへと変わる。


スーザンは、子どものある時期から気配が薄れて人から気付かれにくいようになり、思春期を過ぎて、魅する力=不可視化能力を開眼する。
スーザンは、いわば透明人間となってしまう。そして、ロンドンには、自分以外にも不可視人が他にもいることを次第に知っていく。スーザンは、多少、見える人間の世界にも属しているが、不可視人の多くは不可視のままで、それがゆえに人格的に歪みを抱えている。当然ながら、まともな社会生活は遅れず、基本的には人の家に無断で侵入して寝泊まりし、盗みで生活しているからである。
ナイオールは、そんな不可視人の1人である。ナイオールは小説家を目指しているとは言うが、実際には他の不可視人と同様に不法侵入と盗みで生活していて、またスーザンにもそのような生活を教える。
スーザンはそのままナイオールと生活を共にしているが、しかし、そのような生活に倦み、自分で仕事をして自分の稼いだお金で働きたいと考えるようになる。ナイオールから離れたいと思うようになった頃、出会ったのがグレイだった。
そして、グレイは自分が魅する力を持っていることに全く気付いていないが、ナイオールは彼がグラマーになりかけだということに気付く。
スーザンはグレイに接触する。一方、ナイオールは南仏の知り合いのところにいくといってロンドンを離れる。
グレイもまた、南仏旅行を計画するが、ナイオールに会うことを恐れたスーザンはそれを拒み、結局2人はウェールズを旅する。
がしかし、何故かそこにナイオールが現れる。もちろん、グレイにはナイオールの姿が見えない。
スーザンはナイオールから逃れようとするが、なんとナイオールはスーザンからも不可視の状態になる。


同じ時期の、グレイとスーザンの出会いと旅行について、2人の語りは食い違う。
そしてそれは、スーザンのいう「グラマー」についての2つの解釈でもある。本当に彼女のいうところの不可視の力は存在しているのか。
ナイオールは、姿を消して2人の旅行に同行していたのか。
グラマーに2つの意味があるということは既に述べたが、他にもDo you see her?といったセリフに、「会っているの?」と「見ているの?」の2つの意味が込められたりしている。


絵はがきが結構重要なアイテムとなっていて、グレイがちょっとコレクションしているというのもあるのだけど、南仏からスーザンに宛てて送られた絵はがきというのが出てくる。
これ、グレイが語るパートではグレイが出したことになっているけれど、スーザンの語るパートではナイオールが出したことになっている。とはいえ、ナイオールはフランスには結局行かずにウェールズに現れたということにもなっていて、ハガキが何故あるのかが不明だったりする。


ナイオールがスーザンからも不可視の存在になったとき、グレイとスーザンがセックスしている時にナイオールがスーザンをレイプするという、それなんて透明人間AV、みたいなシーンがあったりする。
スーザンは、普段は少し地味めな女性なんだけど、不可視化しているときは性的にちょっと奔放な感じになるとか、もある。


第六部では、スーザンから不可視の話をされたグレイが、しかし当然そんな話には納得できなくて、証拠を出せと迫る。
グレイは、報道カメラマンとして、かなり危険なシーンとかを撮っているのだけれど、それは不可視化していたからだ、とスーザンはいう。
一方で、グレイが入院中に彼の催眠療法を一緒に見ていた女子医大生がやってきて、催眠中にグレイの姿が見えなくなったという話をする。催眠療法の側から、不可視現象について説明がつきそうになったりもする。
グレイは、スーザンの両親に会うが、両親は不可視の話など全く知らなくて、ナイオールにも会ったことがあるという。
ほとんど不可視化能力を失ったスーザンが、証拠を迫るグレイを連れて、他人の家に一緒に侵入して、不可視能力を体験させる。
最後、スーザンのもとに残されたナイオールの置き手紙を読むと、そこには小説が書かれていて、メタフィクション的な世界へ巻き込まれていく。
ナイオールの不可視性というのは、この作品世界の書き手だから、だったのか。


グレイが、カメラマンなこともあって、記憶を映画に喩えたりする。
一方、ナイオールは小説家志望。
そして、スーザンはイラストレータ
法月綸太郎による巻末解説では、「映像の男と文字の男のあいだのイメージをめぐる争奪戦」と書かれているけれど、確かにこの配置も面白い。


最後の最後に、グレイが女子医大生と旅にでて、スーザンにハガキを出しているシーンで終わり、さらに構造がねじくれることになる。


魔法 (ハヤカワ文庫FT)

魔法 (ハヤカワ文庫FT)

*1:正確には84年、しかし訳出には85年の改訂版が使われている