電子書籍で個人出版したものとして話題の本書だけど、電子書籍版は未読だし、そのあたりの経緯もあまり知らないで読んだ。
遺伝子設計技術で開発されたイネの農場で「汚染」が発生、そのイネの遺伝子デザイナー(ジーン・マッパー)が原因究明を依頼される。
よくできたエンタメとして楽しく読める。
謎解きのプロットが縦軸としてすっとあって。主人公が謎の解決を依頼され、協力者をまず探し出す。で、この協力者が実は超すごい人で、途中は協力者がホームズ、主人公がワトソン的な感じで進行しつつも、でも最後は主人公がきっちり決める。また、少数精鋭のチームで動いているんだけど、その中のすごいいい人が、しかしどうも怪しい、とか。
それに加えて、拡張現実や遺伝子設計技術といったガジェットが未来社会を彩る。
以前読んだ短編が、同じ世界を舞台にしていた*1のだが、検索クラウドの修復機構の暴走によって人類がインターネットから「追放」された未来である。代わりに、ARと結びついたトゥルーネットというものが使われている。このARとトゥルーネットは、まさにサイバーな感じの奴。
インターネット自体は残っていることは残っていて、インターネットに残された情報を探すサルベージャーなる職業もある
面白いのが遺伝子設計技術の方で、インターネットが失われた代わりに、インターネット用語がこちらの方に移っている。この時代には、遺伝子組み換えではなく、全ての遺伝子を書き換えた遺伝子設計――蒸留作物というものが主流になりつつある(生物に対して、「フルスクラッチ」とか言っちゃったりするのがいいw)。ジーン・マッパーである主人公の林田は、作物の「スタイルシート」を書く仕事をしている。DNAの中にヘッダーとか書き込まれてたりする。
それから、SFにもちゃんとなっていて
まあちゃんとSFになっているってどういうことかは色々意見もあるかもしれないけど、わりとよく聞く話としては、単にガジェットが出てくるだけでなく、世界に対する認識が変化するものがSFというのがあるだろう。まあ、読者の認識が変わるかどうかはともかく、これが出てきたら世界が変わってしまうー、というのが最後に出てくる。
あらすじ
「マザー・メコン」農場で、L&Bコーポレーションの新商品となるはずの蒸留作物SR06が「化け」たという連絡を、林田はエージェントの黒川さんから受ける。
蒸留作物には感染しないはずのイネ赤錆病を発病した、見知らぬ古いイネが混じっていたのだ。
このイネを特定するためには、インターネットから古い情報をサルベージしてくる必要があり、そのために優秀なサルベージャーを捜さなくてはならない。そして林田は、キタムラという優秀なハッカーと出会う。彼は、ネットワーク技術に通じているのみならず、農作物や遺伝子技術についても、林田以上に詳しかった。
林田と黒川さんは、キタムラのいるベトナムへと向かう。
ベトナムで林田は、SR06が「化け」て以来行方をくらましていた、L&Bのエンリコに出会い、黒川さんが実は遺伝子技術を憎んでいると伝えられる。
翌日、林田と黒川さんは、マザー・メコン農場の現場調査を行うため、カンボジアへと向かう。現場担当者であるテップは、林田が想像していた以上に優秀な技術者であった。そこで、SR06と汚染稲、そして大量発生しているバッタを捕獲する。
再びベトナムへと戻り、採取してきた稲やバッタのDNAを調べようとするも、バッタは崩れてしまう。
そして、センセーショナルな報道を煽ることで人気を得たとあるニュースキャスターに、マザー・メコン農場の件と林田の名前がすっぱ抜かれる。
そんな中、キタムラの友人であるバイオ屋の金田が、ついにバッタのDNAデータを入手し、林田へと渡す。それは、そのバッタが自然の生物ではなく、生物兵器として一から作られた人工動物であり、それが何らかのルートで環境保護テロリストの手へと渡り、マザー・メコン農場に放たれたものであることが分かる。
バッタのDNAの中にはマニュアルとチュートリアルまでついおり、機能を停止することは簡単にできる。だが、そうするとバッタは自壊し、テロの証拠も消える。一方、もしこのバッタの存在を公表したらどうなるか。世界中で人工動物の開発が始まり、バイオハザードやバイオテロの危険が一気に高まるだろう。
林田はある決断をする。
で、最後に、林田・黒川さん・キタムラ・テップ・金田チームと、テロリストとニュースキャスターチームのバトルがあって終わる。
主人公で語り手でもある林田は、決して無能ではないけど優秀でもなく、地の文に出てくる部分だと早とちりとかしていたり、隙のある感じになっていて、実際その隙を突かれてしまったりしている。「あー主人公が探偵なのかと思ったけど、キタムラが探偵で、林田がワトソンなんだな」と呼んでいる時、思ったりした。
黒川さんというのが、典型的な「ジャパニーズ・サラリーマン」を完璧以上にこなすという人なんだけど、実際に会うと、AR会議で会っていたときとは違って、140cmくらいの身長しかなくて、この黒川さんが一体何者なのか、というのも、「汚染」の謎と並行して林田にとって解決すべき謎となる。
あと、AR技術のバグとかテクニックとかが結構面白い。レイテンシーが発生して、ARによる遠隔会議の会話順序が逆転したり。AR空間上ではアバターを動かすことが普通なんだけど、アバターに自分とは別の動きをさせる裏技とかが出てくる。
- 作者: 藤井太洋
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*1:こっち読んで初めて知った