デイヴィッド・クォメン『生命の〈系統樹〉はからみあう』(的場知之・訳)

カール・ウーズを主人公に据えて、アーキアの発見と3ドメイン説および遺伝の水平伝播説について、科学者たちの人間模様のドラマも織り交ぜた科学史なしいドキュメンタリーの本
サブタイトルは「ゲノムに刻まれた全く新しい進化史」で、原題はThe Tangled Tree: A Radical New History of Lifeである。わりとそのままの訳ではあるが、よい邦訳タイトルだなあと思う。
翻訳は、ジョナサン・ロソス『生命の歴史は繰り返すのか?』(的場知之・訳) - logical cypher scape2の人。
タイトルにある通り、生命の系統樹を巡る話で、細菌・微生物学や分子系統学の観点から生命の進化・起源へと迫っていくわけだが、進化をめぐる「樹」のメタファーが崩壊していく過程を描いた物語になっている。
冒頭に述べたとおり、この物語の主人公はカール・ウーズであるが、しかし、ウーズ自身は最期まで「樹」のメタファーにこだわっていて、崩壊することを認めなかった。
全7部構成で、概要は以下の通り。
第1部は、ダーウィンに至るまでの系統樹概念小史
第2部は、分子系統学の黎明期における、ウーズのアーキア発見
第3部は、マーギュリスの細胞内共生説
第4部は、ウーズの三界説について(生物は大きく分けるといくつに分類できるのか)
第5部は、遺伝子の水平伝播について
第6部は、遺伝子の水平伝播が「系統樹」に与えた影響(樹状から網状へ)
第7部は、派生しうまれた様々な研究トピックとウーズの晩年

第1部 ダーウィンの小さなスケッチ
第2部 生命の別形態
第3部 吸収・合併
第4部 ビッグ・ツリー
第5部 感染性遺伝
第6部 トピアリー
第7部 ヒトは多からなる

第1部 ダーウィンの小さなスケッチ

ダーウィンの初期の構想として、生命の樹ではなく生命の「珊瑚」というメタファーがあったが早々に放棄されたというエピソードから始まる。
アリストテレスやシャルル・ボネの自然の階層(存在の大いなる連鎖)
生命の樹」というイメージ自体は黙示録などからあり、家系図などにも使われていたが、生物学の分類整理のツールとして使い始めたのは、19世紀フランスの植物学者オージエ。あくまでも分類のための「樹」であって、オージエは進化思想を持っていたわけではない。
最初の進化系統樹を書いたのはラマルク
逆に、進化の意味を持たない系統樹を書いた最後が、ヒッチコック
「古生物学図表」という、動物と植物それぞれの樹を描き、人類の箇所には王冠が書かれていた。「古生物学図表」を掲載した『初等地質学』はベストセラーとなるが、『種の起源』刊行後、この樹が消える。ヒッチコックは、ダーウィンの進化論に猛反対していた。
樹のイメージは、ダーウィンの進化論のものとなった。

第2部 生命の別形態

分子系統学という新しい発想でもって、カール・ウーズが古細菌アーキア)を発見するまでの話。

分子系統学の誕生

クリックが「たんぱく質分類学」という着想を持っていた
1964年、ポーリングとズッカーカンドルによって誕生する(このときもまた「分子系統学」という名前ではなかったが)
ポーリングは既にノーベル化学賞を受賞していた大御所で、生物学者のズッカーカンドルとの共同研究により「分子時計」が発表された。ちなみに、ポーリングはのちにノーベル平和賞も受賞する。


1964年、アーバナのイリノイ大学に着任した36歳のカール・ウーズ
分子の研究により生命の進化に迫ろうとしたウーズの2つの洞察

リボソームは普遍的な翻訳機構であったが、当時、そのように考えていた人はほとんどいなかった。

16SrRNA

リボソームRNAシークエンシングについて

当時のRNAシークエンシング作業の大変さが綴られている。
元々、RNAシークエンシングの手法については、ノーベル化学賞を2度受賞したフレッド・サンガーにより開発されていた。ウーズは、大学院生を通してサンガー研究室からの技術移転を試みる。
ウーズ研究室に、シークエンシング技術を定着させたのは、ミッチェル・ソギン
なお、このあたりでソル・スピーゲルマンの名前も出てくる*1。ウーズをイリノイ大学へ招聘した人物で、技術移転については、スピーゲルマンがイリノイ大学に残していった機材も使われていたという。のちに出てくるドゥーリトルやペースが、スピーゲルマン研究室出身。
さて、このRNAシークエンシングの大変さだが、電気泳動を行うにあたって、放射性リンや爆発性の溶剤といった危険物を取り扱っていて、本書の記述を見ると、人によって結構扱いが雑いのである。
そういう危険で手間のかかる作業の結果得られた、RNAのフィンガープリントを、ウーズはひたすら観察して、RNAのパターンを探していた。
ちなみに、ウーズの学問的バックボーンは生物物理学であり、理論系の研究者で、自身ではほとんど実験などは行わなかったようである。このシークエンシング作業も基本的には大学院生やポスドクにやらせていて、自身は、フィンガープリントの読み取り作業に集中していた。もっとも、この読み取り作業も結構きつい作業だったようだが。

アーキア発見

まず、細菌学について
19C後半、フェルディナント・コーンの細菌分類
形状によって細菌を分類した。実際には、系統を反映しているわけでもないので、正しい分類ではないのだが、見た目で分類できるので今でも言葉としては生き残っている。
1962年、スタニエとヴァン・ニールによる「原核生物
細菌と藍藻とをあわせて「原核生物」という新しい分類を考案する一方で、細菌の分類については事実上の敗北宣言を出す。
ウーズは、メタン生成菌の研究者であるラルフ・ウルフと共同研究を始める。
メタン生成菌のRNAを見て、ウーズはこれが細菌ではないことに気付く。
1977年、古細菌発見の論文
3つの論文にわけて発表された。ソギンが筆頭著者のもの、ジョージ・フォックスが筆頭著者のもの、ウーズが筆頭著者のもの。いずれも、フォックスとウーズが関わっている。ウーズは化学畑出身でウーズと共同研究をしていたポスドク
ウーズはこの発見についてプレスリリースを打つのだが、当時としてはこのような発表の仕方は異例で、アメリカではかなりの反発を食らったらしい。
なお、ウルフはこのことについて、それ以前に学会発表したときにスルーされたことがウーズにとってショックで、それの雪辱としてのプレスリリースだったのではないかと語っている。まあとにかくこの頃のことが、ウーズに「自分は迫害されている」という自己認識を与えたっぽい。
一方、ドイツでは好意的な反応を受けた(オットー・カンドラーなど)。
なお、一番最初に「古細菌(アーキバクテリア)」と命名したのだが、後に名前を「アーキア」と改めている。この命名ミスも引きずったっぽい。

第3部 吸収・合併

リン・マーギュリスの細胞内共生説について

1967年、マーギュリス「有糸分裂細胞の起源について」
ちなみに当時の名前は、リン・セーガン。全然知らなかったのだが、カール・セーガンと結婚して子どももいたらしい(のちに離婚)。
有糸分裂細胞=真核生物の起源としての細胞内共生を提唱したが、アイデアとしてはマーギュリスのオリジナルではない。
葉緑体についてはメレシコフスキー、ミトコンドリアについてはワーリンが先駆者で、マーギュリスはこの2人の研究に改めて注目した(彼女の師匠に影響を与えた人物としてメレシコフスキーがいて、その関係で知っていた)。
マーギュリス自身はそれに加えて、真核生物の特徴として鞭毛・繊毛・中心小体をあげ、これの起源がスピロヘータであると考えた。
当時、遺伝学をやっていたのはみな化学者で、進化ないし生物学との断絶があったらしい。
このため、マーギュリスの研究はかなり異端扱いされたようだ。
また、二児の母で修士課程に進んだらしく、そのあたりはすげーなと思う。

  • メレシコフスキー

ワルシャワ生まれでクリミアで妻子もいたが児童への性犯罪で逮捕。その後、偽名でカリフォルニアへ移住し、細胞内共生説を唱える。ロシアへ戻り、さらに今度はジュネーブへ移住しジュネーブで自殺している。
生物学をやっていただけでなく、神秘思想的なこともやっていて、自殺も儀式的なものだったとかなんとかという、かなり怪しげな人である。
「共生」が生物学で使われるようになったのは、19世紀のド・バリーからだが、その弟子であり、葉緑体命名をしたシンパーが、実は葉緑体の共生説を唱えていたらしいのだが、若くして死んだためそれを展開できず、カリフォルニアでシンパーの論文を読んだメレシコフスキーが、自分で思いついたことにして発表したらしい、というこれまたとんでもない話も書かれている。
このメレシコフスキーという人、経歴等も色々謎で、このくだりはかなり生物学史家のジョン・サップによる調査に基づいて書かれている。
なお、サップはウーズの知人でもあり、ウーズの自伝にも関わっていた(その企画は流れるが)。本書には度々サップの名前が出てきて、筆者は本書を書くに当たり、サップの協力を得ていたようである。

ドゥーリトル

続いて登場するのが、フォード・ドゥーリトルである。
シアノバクテリアの研究者で、マーギュリスの研究に衝撃を受けた世代。
元々、スピーゲルマン研究室にいて、イリノイ大学でウーズとも親しくなるが、後にカナダのハリファックス*2のダウハウジー大学へと移る(本書では、アーバナとハリファックスという2つの地名がよく出てくる)。まだインターネットがなかった時代、ヨーロッパでのとあるRNAシークエンシングの結果が載った論文内容を知りたくて、先にその論文が届ていたドゥーリトルのもとにウーズが電話をかけて、RNA配列を読み上げてもらった、というエピソードが紹介されている。
ウーズ研究室にいたリンダ・ボネンが、後にドゥーリトル研究室にいき、シークエンシングの技術移転があった。
ドゥーリトルは、葉緑体リボソームRNAと、その葉緑体の主である細胞質のリボソームRNAが全くことなることを発見するとともに、葉緑体の起源がシアノバクテリアであることを証明した。
ドゥーリトルは、ウーズから未公開データの提供も受けていた。
同じくダウハジー大学の生化学者だったマイク・グレイは、やはりリンダ・ボネンの技術を借りて、小麦のミトコンドリアRNA抽出を行い、小麦のRNAと異なることを発見した。
ミトコンドリア葉緑体のDNAは、直線状ではなく環状になっていて細菌とよく似ていたが、しかし、あまりにも小さすぎた。元の細菌の遺伝子はどこへ消えたのか、という問題が出てきた。これはあとで、水平伝播の話と繋がる。
もう一つは、細菌に似ているのはわかったが、では一体どの細菌が起源なのか、という問題があった。
ドゥーリトルとグレイは、ミトコンドリアの元になった細菌の特定には至らなかった。
しかし、ウーズが1985年に発表した論文において、アルファプロテオバクテリアの一種が祖先だったと発表した。

リン・マーギュリスの晩年

陰謀論911とかの)に傾倒していったことにさらっと触れられている。
また、彼女のアイデアがもとでラブロックがガイア仮説を提唱し、超自然系の人から絶賛された、とも。ただし、彼女自身は神秘主義者ではないと筆者は注記している。
彼女は晩年、進化のパターンが樹ではないとも述べていた。
E.O.ウィルソン賞を受賞しており、筆者は、その際にウィルソンと最晩年のマーギュリスと直接会っていたようだ。
彼女は、エルンスト・マイアやドーキンスとは意見を異にして対立していたが、マイアもドーキンスも、あるいはグールドも彼女の本の序文を書いたり、賛辞を送ったりしていた。
一方、ウーズは、マーギュリスのことを軽蔑していた、とある。
ウーズは、マーギュリスに対する名誉博士号授与について意見を求められたとき、教育者としては優れているが、科学者としては評価できない旨コメントしている。細胞内共生説について、葉緑体ミトコンドリアは彼女のオリジナルのアイデアではなく、彼女のオリジナルのアイデアである鞭毛の起源については、結局誤りだったためだ。

第4部 ビッグ・ツリー

  • ヘッケル

ダーウィンを慕っていた話とか、放散虫についての話とか色々エピソードが述べられているが、系統樹の話で重要なのは、生命を従来的な二分法(動物と植物)ではなく三分法(動物と植物と微生物)で捉えたこと。3つに分かれた樹を描いている。

  • ウィテカー

五界説を唱え、「ウチワサボテン」状の系統樹を描く。
マーギュリスとの共著論文もあるが、彼らは五界説が多系統分類であることを認める。
つまり、彼らの分類は、進化系統に基づいた分類ではなかった。ウィテカーの系統樹が、枝ではなく「ウチワサボテン」状になっていたのはそのため(一つの分類に複数の起源がある)。

  • ウーズとフォックスの三界説

ウィテカー・マーギュリスと同時期に、ウーズとフォックスもまた、生物分類の系統樹を描いていた。
ウィテカーらとは異なり、系統による分類で、細菌、アーキア、真核生物の三界説である。
本書では、共著論文の作成過程と、筆頭著者をめぐってウーズとフォックスのあいだに諍いが生じた過程も詳しく書かれている。
元々、フォックスが筆頭著者になる予定で実際そうなったのだが、途中でウーズが自分が筆頭になると言い出したことで、2人の共同研究体制が瓦解した。
というのも、当時フォックスはまだテニュアを持っていなくて、業績を増やすことが彼のキャリアにとって最重要事項であり、ウーズ自身もそのことを知っていたにもかかわらず、ウーズがそういうことを言い出したためである。
さて、彼らが描いた系統樹には、3つの界の根元に「共通祖先状態」という半円が描かれていた。系統樹の根について、いわばちょっと有耶無耶にしていた

その後

レイクが、アーキアの中で新種を発見して、エオサイトという新しい分類を打ち出す(四界?)。ウーズが激怒してつぶしたっぽいようなことが書かれている。
1987年ウーズのレビュー論文
ここでウーズは、共通祖先状態として「プロゲノート」概念を提唱する。DNAではなくRNAを使っていて、まだ生命というには機能が揃っていないような、そういう「状態」の名前っぽい。
LUCAとプロゲノートは違うというのを以前どこかで読んだことがあって、その意味がよく分からなかったのだが、なんとなく分かったような気がした。
1990年カンドラー、ウィリスとの共著論文
ここで3ドメイン説を提唱。細菌・アーキア・真核生物は界よりも上の「ドメイン」なのだという主張。ならびに、アーキアという名称を改めてアピールした。
ところで、共著者の1人となったウィリスについては、本人も何故自分が共著者になったか分からないと言っているくらいで、この論文は事実上、ウーズとカンドラーによって進められていたものだった。
何故ウィリスが共著者に入ったかについて、ウーズは、アーキア発見者はあくまでも自分でありカンドラーが共同発見者のように扱われるのを嫌がっており、2人ではなく3人の共著にすることで、相対的にカンドラーの貢献度を低く見せようとしたのではないか、という話が紹介されている。
フォックスの件といい、この件といい、筆頭が誰になるか、共著を誰にするかを巡っては色々あるとは言われるが、結構生々しい背景が書かれている

第5部 感染性遺伝

ここからは、本書のもう一つのテーマである「遺伝子の水平伝播」に話が移る。
それとともにウーズはいったん姿を消し、このテーマに関わる何人もの科学者が入れ替わり立ち替わり登場する。

  • グリフィス

イギリス保健省の研究者にして公務員
1928年、肺炎連鎖球菌の形質転換と「栄養物」論文発表
高校生物の教科書にも載る超有名人だが、グリフィスはただただ実験結果のみを記載し、「栄養物」について一切の憶測を書かず、そもそも「形質転換」という現象にも興味をもたず、また、学会などにもほとんど出てこない人だったようだ。
1941年ロンドン大空襲で亡くなっている。

  • アベリー

グリフィスの発見が遺伝に関わることを見いだした。ただ、この人も所属機関であるロックフェラー研究所の方針もあって、あくまでも病気の研究という体でやっていたらしい。
当時、遺伝物質の候補はタンパク質で、一方のDNAは単純な構造だと思われており、遺伝を担うことはないだろうと思われていた。
ところで、グリフィスとアベリーの発見は、遺伝とDNAの関係を示す研究として紹介されるのが主だが、本書では、むしろ彼らが発見した形質転換は、水平伝播の主要メカニズムのうちの一つであったことが強調される。

  • レーダーバーグ夫妻

水平伝播メカニズムの残り二つは接合と形質導入で、いずれもジョシュア・レーダーバーグが発見。形質導入はウイルスによるもの。
エスターは、接合にあたって活性、不活性があることを発見し、F因子と名付ける。
接合はセックスのメタファーで捉えられたが、このメタファーはあまり適切ではなく、形質転換や形質導入について、彼らは「感染性遺伝」と呼んだ。

  • 渡邉力

細菌の抗生物質耐性について
ここでは、赤痢菌からMRSAまで、耐性菌の恐ろしさや研究史が紹介されている。
渡邉は、抗生物質耐性が水平伝播していることを示し、それを担っているのがエピソーム(耐性転移因子)であることを論じた。

  • レヴィー

渡邊と共同研究し、のちに抗生物質耐性への警鐘を鳴らす活動を続ける


抗生物質が人工的に作られるまえから耐性菌は存在
抗生物質と同じ物質が自然界にも存在しているため。

  • アンダーソン

水平伝播と細菌の進化を結びつける

  • ソニア

細菌は水平伝播を繰り返しており、分類が難しい。もはや、樹状ではなく網状。
また、ゲノムサイズが小さく、遺伝子の数が少ないが、環境の変化で何らかの遺伝子が必要になった際、水平伝播によって調達している。
ソニアは、細菌全体が遺伝子プールになっていると考え、細菌はすべてで一つの「超個体」であると論じた。
なお、ソニアのいう超個体はあくまでも細菌に限った話であり、マーギュリスのガイア仮説とは異なる旨、筆者は注意している。

真核生物にも水平伝播は起こるか

第5部の最後は、真核生物における水平伝播について

有性生殖をおこなわないヒルガタワムシの多様性は、水平伝播によってもたらされている、と。

  • 昆虫

クレイグ・ベンター研究所のホトップによる、ボルバキア属の細菌から様々な昆虫への水平伝播が起きているという研究
ところで、ここで「ヴァイスマンの障壁」という用語が出てきた。生殖細胞の隔離を指す用語らしい。水平伝播は、これを脅かすという文脈。

  • ヒトゲノム

ホトップはがん細胞の研究から、ヒトゲノムの中にも水平伝播を発見している。
ところで、ここでは、ホトップの研究以前に、ヒトゲノム解読プロジェクトでもやはり水平伝播が発見されていたが、発見された数があまりにも盛っていたことが後に明らかになったというスキャンダルも言及されている。
そのせいで、ホトップの研究結果も当初疑われた、という文脈(何しろ、まさにヒトゲノム解読をやっていたクレイグ・ベンターのところの人だったので)。

第6部 トピアリー

遺伝子の水平伝播が「生命の樹」に与えた影響について
つまり、進化の系統は樹状ではなく網状だったという話で、再びウーズが出てくる。
元々ウーズと共同研究者でもあったドゥーリトルは、水平伝播を唱道する研究者となり、網状の系統樹を描くようになる。このことで、ウーズと対立するようになる。
水平伝播があったことを示す証拠を無視できなくなったウーズは、水平伝播自体は認めるものの、あくまでもそれは生命進化のごく初期、RNAワールド時代に起きたことであって、細胞ができて以降についてはあくまでも「樹」であったことにこだわる。

  • 90年代ゲノムシークエンシングの発展

いわゆるヒトゲノムプロジェクトや、とあるアーキアについても全ゲノム解読がなされたりする。そうした中で、水平伝播の証拠は増えていく

  • ドゥーリトルの転身

ドゥーリトルは元々水平伝播が進化にもたらす影響について懐疑的であったが、周囲の若手研究者からの影響も受けて、自身の立場を翻す
1999年『サイエンス』にドゥーリトルのレビュー論文が掲載される。
ここには、手書きによる「樹」が描かれてるが、複雑に絡み合っていて網状の樹となっている。このレビュー論文は、かなり影響力があったらしい。
ドゥーリトルは、ウーズがずっと研究に使っていた16SrRNAについても、どれくらい基礎的なのかという疑問を呈する
また、水平伝播を原核生物の進化の原動力と見なすようになる。
つまり、新しい形質は漸進的変異ではなく水平伝播によってもたらされ、それが淘汰にかかる、と。

ドゥーリトルが自身を含む4人の研究者を四騎士と呼んだが、その中の1人
細胞内共生に伴う遺伝子伝播
ミトコンドリア葉緑体の遺伝子が少なすぎることについて、宿主の細胞に遺伝子が伝播したのだ、と。これはある種の家畜化。
また、マーティンは「1パーセントの樹」という論文を発表。
一つの遺伝子(例えば16SrRNA)を使って系統樹を描けば、確かに一本の「樹」ができるが、それは1パーセントの樹にすぎない、と。他の遺伝子を使えば、また全然違う別の樹が描かれる。それらを全てあわせていくと、複雑に絡み合った網状の進化パターンになるのだ、と。

  • ウーズの「ミレニアルシリーズ」

こうした流れを受けてウーズは、「ミレニアルシリーズ」と称される一連の論文を書く
水平伝播による進化を受入れつつ、それはあくまでもRNAワールドの初期進化によるものだとする。細胞ができて「種」といえる状態まで達すると、垂直的な系統になるとして、それを「ダーウィン限界」と呼んだ

  • 2009年、ダーウィン生誕200周年の年の『ニューサイエンティスト』

ドゥーリトルらの研究をもとに「ダーウィンは間違っていた」的なセンセーショナルな記事をうったらしい。
学術的には、進化のパターンは樹なのかそうでないのか、という点で論争が起きるが、その一方で、創造論者たちを焚きつけることにもなった。
筆者はここでは、仮説としての樹という言い方をしている。ダーウィンの時は、あらゆるデータがこの仮説を支持していたが、分子系統学のデータが揃うようになって、この仮説は棄却されることになったのだ、と。もちろんそのことは、創造論が正しいことを意味しない。

第7部 ヒトは多からなる

本書最後の部は、タイトルにあるとおりヒトへの影響、ということにはなるが、ストーリーとしてはあまり一貫していなくて、複数のトピックスが散発的に並んでいる印象。
ウーズの研究から生物学の各所に波及していった影響というふうに見るといいのかもしれない。個々のトピックスはどれも面白いので、それぞれ個別に読んでいく分には面白い。
この第7部のストーリーは、むしろウーズ個人にあるかもしれない。

マイクロバイオーム

近年、注目を集めるマイクロバイオームだが、細菌の検出技術について、ウーズとの関わりがある。

  • ノーマン・ペース

イリノイ大のスピーゲルマン研究室にいたが、むしろウーズと親しくなる。
彼は冒険微生物学者で、極限環境に赴いてそこで細菌を発見している。
ウーズの研究室では、研究室で培養できる細菌が対象だが、人工的な環境では培養できない細菌についても検出できるよう改良したのがペース
ペースのこの技術が、マイクロバイオームやメタゲノミクスへと繋がっていった、と。
ただし、ペース自身はマイクロバイオーム研究には関わっていない。
ウーズはペースに連れられてイエローストーンとか行ったことがあるらしい。

  • エリック・アルム

マイクロバイオームと水平伝播について

複雑系
  • ウーズとゴールデンフェルト

ゴールデンフェルトは、イリノイ大に着任してきた物理学の助教
ウーズは、RNAワールドのカオスを複雑系として研究する方針をたて、物理学者の共同研究者を探していて、白羽の矢が立ったのがゴールデンフェルト
実はウーズ自身、元々物理学の教育を受けてきたという経歴がある。
ウーズはこの頃、水平伝播が強力であることを認める。
2人は、RNAワールドでの初期進化が、ラマルク的な進化であったと論じた

トランスポゾン

トウモロコシの研究で、転移因子を発見し、後にノーベル賞を受賞した

  • フェショット

ゲノムのオンラインデータベースを用いたトランスポゾン研究
様々な大陸、様々な脊椎動物に共通するトランスポゾンを発見
寄生と感染により、伝播していると考えた

ウイルス

レトロウイルスのエンベロープ遺伝子が水平伝播して、哺乳類の胎盤の起源になった
融合
なお、それによると、胎盤は進化の中で複数回獲得されていることになる……。
より、原初的な胎盤がまず哺乳類の共通祖先にあって、レトロウイルス由来の遺伝子がそれの改良版としてとってかわった。哺乳類の胎盤の多様性を説明できる

CRISPR

CRISPRは、細菌の免疫システムで、レトロポゾンや遺伝子の水平伝播を制限する仕組み
なお、晩年のウーズは、分子生物学の「工学」化に批判的だった。

真核生物の起源の謎

ウーズの死後である2015年、テイス・エッテマらによるロキアーキオータの発見
ミトコンドリア獲得以前に複雑さを獲得しており、ミトコンドリアの獲得は原因ではなく結果であることを示唆した。
また、真核生物の起源をアーキア系統の内部に位置づけた(3つの枝を再び2つに)。
エッテマの研究については、マーティンやペースが批判している。ウーズがもし生きていたらやはり認めなかっただろう。とも。


第7部では、ウーズの人生の後半から晩年にかけてウーズと関わった人たちが次から次へと登場してくる。本書では、ここまでもウーズ個人の性格などについて言及しているところが度々あったが、第7部は特にその比率が高いし、最後はウーズの最晩年の様子も描かれており、ウーズの伝記的な様相も呈している。
本書では最終的に、ヒトあるいは生物というのは、種としても個体としても一なるものというよりは(種としては水平伝播により、個体としてはマイクロバイオームにより)多様な要素からなる集合体であるということが述べられるわけだが、一方で、これはウーズという個人の人格についての表現ともなっているのだろう。
つまり、ウーズという人は、頑固で近寄りがたい人というイメージが形成されているのだが、一方で、人付き合いのよい人だったという証言も度々ある、という彼のある種の二面性について、である。
ウーズは、そのキャリアの初期に研究がなかなか認められなかった経緯があり、後半生で客観的に見てかなり評価されるようになってからも、自分は迫害されているという認識が強かったっぽい。おそらく、それがあまり関わってこないところでは親しみやすさもあったんだろうけれど、このあたりのことが関わってくると厄介だったんだろうなあと思う。
また、晩年において、ダーウィンよりも自分の方が偉いと思っていたらしい(ダーウィンはウォレスを剽窃したというトンデモ説を信じていたらしい)。
クラフォード賞という、ノーベル賞がない分野を補完するような役割を担っている賞を受賞しているのだが、本心ではノーベル賞もとりたかったようだし、名誉欲みたいなのが結構強かったように思える。

関連書

カール・ウーズ(筆者にとってスーパースターらしい)について
彼には二つの成果がある。ひとつは「アーキア古細菌)を発見したこと」、もう一つは「全生物の進化系統を探る方法の確立」である
ウーズは、リボゾームRNA塩基配列を調べることで、全生物の系統樹を作り上げ、一見したところよく似ている大腸菌(細菌)とメタン菌(古細菌)が、大腸菌とヒトくらいに全然違う種類の生物だということを発見したのである。
さらに、その全生物の系統樹の研究を進めることで、各生物の系統樹上の位置が分かるようになり、全生物の仮想的共通祖先についての議論が可能になった。

カール・ウーズについてこの本で知った。

それから、染色体上を移動する「動く遺伝子」、トランスポゾンとレトロトランスポゾンというのもある。これは、バーバラ・マクリントックというアメリカの研究者によって、トウモロコシの染色体の研究を通じて、発見されたらしい。
このマクリントックは1951年の論文で、遺伝子は活性化されたり不活性化されたりするが、それはクロマチン物質によって覆われていることで生じると述べていて、これは現在のエピジェネティクスの基本的な考え方

トランスポゾンは多分この本で知ったのだが、マクリントックの名前は全く忘れていた。

特に水平伝播はあちこちで言及されているのだけど、そのわりにはあまりよく分からない。
自分も、植物で結構あったりするみたいな話を聞いたことがあるくらいで、水平伝播についての本とか読んだことないし、あまり気にしたことがなかった。どれくらい重要なことなのか、いまいち分からず。

カール・ウーズの分子系統樹とコモノート
ウーズは、超好熱菌がコモノートの近縁だと考えている。
一方、ミラーやスカーノは、コモノートが生物の起源だと考えない。
筆者:コモノートはそもそも1種なのか、存在していたのか。好熱菌では、遺伝子の水平伝播がよく起きているので系統樹が作れない。細菌と古細菌とでは、細胞膜を作る脂質が違う。これは何故か。コモノートはそもそも生物ではなかったかもしれない。

ウイルスと遺伝子の水平伝播、レトロトランスポゾン

水平伝播については、この本で注目されていて気になっていたのだけど、結局その後、水平伝播に関しては手つかずのままでいたのだった。
ところで、書き損ねたけど、ウーズが好熱菌を調べていたのは本書にも記述がある。

生物の場合は、基本的には垂直(水平遺伝などもあるが)なのに対して、文化は水平や斜めの場合も多い。(...)垂直な伝達は、水平な伝達よりも広まり方が遅い。

文化進化は樹状か
生物は分岐していくので樹状になる。が、文化は分岐せず融合することもあるので樹状にならない。文化進化に対する反論としてよく出てくるものである。
これに対して、まず生命ですらも、最近では細菌や植物では水平伝播によって樹状にならないことが分かってきている。

ここでも水平伝播の話

[第6章] 種
(...)
微生物学との関係
(...)
メタゲノミクス研究
群集のゲノム集合全体を解析
遺伝子水平伝達が頻繁に生じていることが判明
遺伝子水平伝達は、生殖隔離を阻害
種カテゴリーの反実在論や種の排除主義という道もありうる

微生物学がもたらす「種」という考え方への影響について述べられているが、ここでもポイントは水平伝播


真核生物は非常に多様だが、よく似ており(それは細胞の構造だけでなく分子レベルでも)、多系統放散ではなく単系統放散であった。
(...)
分子レベルにおける、細菌と古細菌とのあいだの違いは、細菌と真核生物とのあいだの違いと同じくらいに違うが、形態レベルでは見分けがつかない。
細菌と古細菌には、真核生物へと進化できない制約があり、真核生物においてのみその制約が解かれている。

ウーズが、古細菌という呼び方ではなくアーキアという呼び方にこだわったのは、細菌とは全然違うのに細菌に含まれると思われるのを嫌がったから。

細菌は水平遺伝を行っているため、遺伝的にキメラである。
遺伝子による系統樹は、遺伝子一つにつき一つの系統樹となり、遺伝子ごとに異なる。
複数の遺伝子で系統樹を作ると、系統樹が一致しない。
このため、どの細菌や古細菌がより共通祖先に近いのかがわからない。

「1パーセントの樹」的な話、この本でも触れられていたのか!

真核生物には、原核生物由来の遺伝子が3分の1あるが、その起源が多数のグループに分かれる
これは、多数のグループとの共生があったということか?
そうではなく、一度だけ共生があり、その後、原核生物の方で遺伝子の水平移動があっていくつものグループに散ってしまったと考える。

内部共生して遺伝子を失うと、ATPを節約できる。
ミトコンドリアは、大半の遺伝子を失い核へ移動させた。しかし、呼吸系たんぱく質をコードしている遺伝子はミトコンドリアに残っている。

最後の章は、ミトコンドリアによってもたらされる真核生物の有性生殖や死についての仕組みなどの話である。

この本は、ミトコンドリアの獲得こそが真核生物の原因という立場だろうから、エッテマとは相容れないだろう。

温泉だと、乾湿サイクルが繰り返されて、そのサイクルの中で高分子が反応して有機物の構造体ができていって、みたいなシナリオらしい
ウーズが提唱した「プロゲノート」という共通祖先概念があって、この温泉の乾湿サイクルの中で形成されるプロトセルという構造がプロゲノートになるのでは、みたいな話らしい

あらゆる生物がリボソームRNA遺伝子を持っていて、真核生物・アーキアバクテリアの3ドメイン分類では、このリボソームRNA遺伝子を使って分類しているらしい

例えば「胎盤」の形成にかかわる遺伝子にウイルスが関わっているらしい。
ウイルスの感染により、元ウイルスの遺伝子が、生物のDNA配列の中に残っていることがあり、これ「レトロトランスポゾン」などと呼ばれるが、一部は、現役の遺伝子として機能しているものがあり、それが胎盤の形成過程に関わる遺伝子らしい
もとは、ウイルスの外側を覆う「エンベロープ」を合成するための遺伝子だったらしい。細胞同士を融合させる働きをもつ。どこかで、レトロウイルスから哺乳類の祖先に水平移動したと考えられているらしい。

胎盤形成がウイルスからの遺伝子水平伝達によるもの、という話はこれで読んだんだった。

この論点はまず、「生命の誕生」と「共通祖先の誕生」とを区別するところから始まる
ウーズの「プロジェノート」という概念は、まだこの区別が明確ではないが、いわゆる「LCA」ないし「LUCA」という、共通祖先を意味する概念は、生命の誕生と区別されている。

LUCAはあくまでも今生きている生物全ての共通祖先なので、生命の誕生はLUCAよりさらに遡る可能性はある。

地球の生命は、真核生物、アーキア、細菌の3つのドメインに分類されているわけだが、ウォードはドメインの上位として、ドミニオンという括りを作ることを提案し、これら3つのドメインを含むドミニオンとして、テロア(地球生命)を提案する
テロアは、情報保存子としてDNAを持ち、リボソームによってタンパク質を作り、そのタンパク質は20種類のアミノ酸セットから作られており、エネルギーをATPに蓄え、脂質膜をもつような生命、といった形で定義される。
LUCAとプロゲノートの区別にも少し触れており、LUCAというのはテロアに属するけれど、プロゲノートは多分、テロアじゃない、と。

LUCAは、真核生物・アーキア・細菌の共通祖先で、DNAとリボソームを持つけど、プロゲノートは多分DNA持っていないから、ということだろう。

シュピーゲルマンという先駆者がいるのだが、シュピーゲルマンの実験では、RNAがどんどん短くなるという結果が得られている。短ければ短いほど複製が早く行われるので増殖速度も増すからである(この短くなったRNAシュピーゲルマン・モンスターと呼ばれているらしい……!)。

シュピーゲルマンについては最近これで読んで、知った。

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遺伝子の水平伝播が系統樹やヒトとしてのアイデンティティに再考を迫るものだというのはやや大げさすぎて買えないが(結局少なくとも真核生物以降は系統樹はかなりはっきり描けるし,ヒトに取り込まれたトランスポゾンも胎盤免疫抑制などごく一部の例外を除いては外部から感染した利己的遺伝子配列が残っているに過ぎないだろう)

例によって例のごとく、shorebirdさんの書評
最終章のところについてのコメントだけ引用しておくが、全体的には高評価である。

*1:本書では特に触れられていなかったと思うが、RNAの自己複製についての実験を行い「スピーゲルマン・モンスター」というのを作った

*2:なんかハリファックスって見覚えあるなと思ったらアリステア・マクラウド『彼方なる歌に耳を澄ませよ』(中野恵津子・訳) - logical cypher scape2だった