『別冊日経サイエンス AI 人工知能の軌跡と未来』

別冊日経サイエンスは、特集に沿って、過去同誌に掲載された記事を再録しているムック本なのだが、AI特集として組まれた本書は、サールの中国語論文と対するチャーチランドによる反論論文から始まり、シャノンやミンスキーといった大御所というか既に歴史上の人物と言った方がいい人の論文や、WWW産みの親であるバーナーズ・リーやビル・ゲイツなど名前も並び、一方で、GoogleのAlphaGoとIBMのWatsonについての記事は書き下ろしとなっており、なかなか豪華なラインナップとなっている

PROLOGUE
逃げなかった水──ブームの先の未来へ  竹内郁雄

CHAPTER 1 人工知能とは?
論争─機械はものを考えるか
NO: プログラムは記号でしかない  J. R. サール
YES:統合化が心をつくる  P. M. チャーチランド/P. S. チャーチランド
人工知能の意識を測る  C. コッホ/G. トノーニ
ロボットは地球を受け継ぐか  M. ミンスキー
スーパーAI恐るべし?  S. ラッセ
人工知能の可能性信じグランドチャレンジを主導:松原 仁  吉川和輝

CHAPTER 2 ニューラルネットワーク機械学習の進化
チューリングの忘れられた研究  B. J. コープランド/D. プラウドフート
あなたの好み探します 実力高まる人工知能  C. S. パウエル
爆発的に進化するディープラーニング  Y. ベンジオ

CHAPTER 3  ゲームプログラムの進化
チェスを指す機械  C. E. シャノン
コンピューターはチェス名人に勝てるか
  許峯雄/T. アナンサラマン/M. キャンベル/A. ノバジク
どうして囲碁プログラムはこんなに急に強くなったのか?  加藤英樹

CHAPTER 4 言語の理解,Web知識,Watson
ここまできた機械翻訳  G. スティックス
発見するコンピューター 論文の山から宝を探す  B. グリーン
自分で推論する未来型ウェブ  T. バーナーズ=リー/J. ヘンドラー/O. ラッシーラ
ウェブサイエンスの誕生  N. シャドボルト/T. バーナーズ=リー
IBM Watsonの歩み
 クイズ番組への挑戦からコグニティブ・コンピューティングへ  武田浩一

CHAPTER 5 人に近づくロボット
ホームロボット時代の夜明け  B. ゲイツ
心を持つロボット  P. ファン
研究するロボット  R. D. キング

CHAPTER 1 人工知能とは?

論争─機械はものを考えるか
  • NO: プログラムは記号でしかない  J. R. サール

サール論文は以前読んだことがあったけど、まあわりと忘れてるところも多かった。
因果力を持っているかどうかがポイントっぽい。
実物とシミュレーションの違いを持ち出しているけど、エンジンの実物は車を動かすという因果力を持つけど、エンジンのシミュレーションはそうではない。
コンピュータプログラムは、脳のシミュレーションにはなるかもしれないけど、因果力を持たないので、意味も理解していない、と。
ただ、この論文だと、因果力さえ持っていれば、意味を理解し心を持つということはありうることを認めているように読める。
つまり、中国語の部屋は、形式的な記号の操作のみで閉じているもの=コンピュータプログラムは心を持てない、ということを主張しているのであって、機械は心を持てない、ということまでは主張していない。
だから、因果力を持つ(実世界とインタラクションをする)ロボットであれば、心を持てる可能性はある。
(この論文に書いてなかったけど、どっかでサールも認めていたような。中国語の部屋への反論で、ロボット説があって、「うん、そうだね、でもそれは中国語の部屋への反論ではないよね」ってコメントしてるの)
サールの中国語の部屋の議論自体は、しごく正しいように思えるけど、「だからどうした」という気もする。
ところで、最後に、強いAI論者ないし計算主義者(?)に対して、彼らの方こそが二元論者だって言ってるんだけど、ここはさすがに筆が滑っちゃっただけだよね?
ところで、東ロボくんは結局、意味が理解できないということでまとまりつつあるけど、じゃあどうやったら意味を理解できんのかってことで、因果力を持たせようとすると、物理的なボディを与えて、一から子どもを育てるように外界にあるものと言葉の結びつきを教えていかないといけないということになるのだろうか。

個人的には、チャーチランドの反論は、サールへの有効打になっていないように思う(というか前述のサール論文は、このチャーチランド論文への再反論も含んでいるのでそもそもがチャーチランド不利だけど)。
ただ、読んでいて楽しい気分になれるのはこっちだよね、とも思うw
ちなみに、中国語の部屋を最初に書いたのが1980年、このサールとチャーチランドの論文は1990年で、意外と最近のことだなと思った。いや、35年前なので決して最近ではないが、70年代くらいだと思ってた。

人工知能の意識を測る  C. コッホ/G. トノーニ

統合意識理論の話かと思ったらそうではなかった。
画像を見せて、不自然なところがあるかどうか判断させるという、意識版チューリングテストの提案
なるほど、意識とは、情報の統合性だというならば、インプットされたデータを統合された情報として判断できるか、という形でテストすればよい、ということか。
もっとも不自然かどうかは、常識とかも身につけていないと判断できないところもあるので、このテストだけではそのあたりとうまく弁別できないような気もするが。
このテスト、パッと見だと「え、そんなんで意識があるかどうか判別できるのあ?」って思うんだけど、チューリングテストみたく、1つの指標としてありかもしれないなあ

ロボットは地球を受け継ぐか  M. ミンスキー

ミンスキーが94年に書いてるポストヒューマン的な話

スーパーAI恐るべし?  S. ラッセ

AIが人間と対立しないようにする方法

人工知能の可能性信じグランドチャレンジを主導:松原 仁  吉川和輝

松原仁がこれまでどのようなグランドチャレンジを率いてきたか
将棋、ロボカップ、小説

CHAPTER 2 ニューラルネットワーク機械学習の進化

チューリングの忘れられた研究  B. J. コープランド/D. プラウドフート

チューリングは、ニューラルネットの研究もしてた、すごいぞすごいぞチューリングな話
ハイパーコンピュータ
ラクルマシン

あなたの好み探します 実力高まる人工知能  C. S. パウエル

2013年の記事なので、だいぶ最近の話
機械学習でファッションや映画をリコメンドできるエンジンを作るというやつ
機械学習の3つ(「教師あり学習」「強化学習」「教師なし学習」)について解説されてる。

爆発的に進化するディープラーニング  Y. ベンジオ

2016年9月号の記事
筆者はディープラーニング開発者の一人。ディープラーニングってカナダで生まれたんだね
仮説を組み込んだ「畳み込みニューラルネットワーク」という技術が、AI復活の立役者
2層以上のネットワークの構築は失敗することが多かったが、2005年以降突破口が開けた。
ビデオゲーム用のGPUのおかげで計算速度があがったことなどが要因

CHAPTER 3  ゲームプログラムの進化

チェスを指す機械  C. E. シャノン

1950年に書かれたシャノンの論文

コンピューターはチェス名人に勝てるか 許峯雄/T. アナンサラマン/M. キャンベル/A. ノバジク

IBMのディープブルーの前身である、ディープスロート開発者グループによる記事で、ディープブルーがカスパロフを破ることになる7年前、1990年に書かれている。

どうして囲碁プログラムはこんなに急に強くなったのか?  加藤英樹

囲碁ソフトの歴史
もともと、将棋やチェスと違って、すべての石の価値が同じで評価値として使えない、1手の価値が中盤に最も大きいなどプログラムにとって不利
1990年 モンテカルロ碁(とにかく全てシミュレートしてみる。無駄が多い)
2006年 木探索の導入(シミュレーションを有望な手に集中させる)
2007年 クーロン「大きなパターン」
2014年 AlphaGoチーム、畳み込みニューラルネットワークを使う論文を発表。しかし、クーロンの方法より10倍以上遅く、他の研究者の反応は鈍かった
畳み込みニューラルネットワークは具体例ベースで一般化はできない
視覚による認識タスクが人間を上回る
この論文の最後に、とある九段のコメントが引用されているのだが、それがなかなかよい
「私は『ヒカルの碁』の『神の一手』を見たいので、コンピュータがそれを助けてくれるなら、どんどん活用したい」

CHAPTER 4 言語の理解,Web知識,Watson

ここまできた機械翻訳  G. スティックス

これは2006年の記事。
1960年代くらいから、文法規則を使って翻訳するソフトが開発されていた
1980年代末、IBMベイズ理論を用いて、文法規則を使わないシステムを開発。ただ、これ自体はあまり進展しなかった
しかし、90年代末から、ウェブの誕生もあいまって、統計的機械翻訳が躍進していく。
この記事では最後に、統計的手法では人間の翻訳家並みの翻訳には決して至れないという立場と、いやいけるという立場の両方のコメントが紹介されている

発見するコンピューター 論文の山から宝を探す  B. グリーン

分子生物学の分野で、論文をコンピュータに読ませて、生体分子間の関係をデータベース化させる試み。
分子の名前で検索すると、その分子と相互作用する他の分子をネットワーク化して教えてくれる。
筆者が90年代後半にこれを作っていたころはあまり受け入れられなかったが、2000年ころから、バイオインフォマティクス分野が認められるようになってきた、と。

自分で推論する未来型ウェブ  T. バーナーズ=リー/J. ヘンドラー/O. ラッシーラ

セマンティックウェブの話。
XMLとかURIとかRDFとか。
そっちの業界(?)でのオントロジーがどういうものか、やっとなんとなく分かった気がする。
オントロジーとは用語の関係を定義している文書。例えば「〈住所〉とは〈場所〉の一種である」とか。
この記事で考えられてるようなエージェントはまだ出来てないけど(異なるサービス同士の連携とか)、単純なwebの検索でいうと結構出来ている気がする。googleで人名検索すると、その人の情報を短くまとめたものがぱっと出てくるけど、あれってセマンティック?
ちなみに2001年の記事

ウェブサイエンスの誕生  N. シャドボルト/T. バーナーズ=リー

ウェブサイエンスとは、
・ウェブの構造をモデル化すること
・その成長を可能にしている構成原理を解明すること
・インターネット上の人間関係がどのように進展し、社会慣習をどう変えるのかを明らかにすることを
を目的とした学問
いや、この記事で出てくるのが、スケールフリーネットワークだの、スモールワールドだの、6次の隔たりだの、ブロゴスフィアだのトラックバックだの、クリエイティブコモンズだの、なんというか微妙に懐かしい単語がたくさんでてくる。2009年かー。
ところでこの記事では、ウェブサイエンスは情報科学だけじゃなくて、社会学とか心理学とかも含めた学際的な分野だってあるんだけど、新しい概念を、生態学から取り込めるんじゃないかという提案をしている。「生態学の方法論とモデルはウェブのデジタル生態系を理解する上でも有効だろう。」
生態系、なるほど、あの本か

IBM Watsonの歩み クイズ番組への挑戦からコグニティブ・コンピューティングへ  武田浩一

Watsonの仕組みが書いてある。
問題文を解読して、解答候補を検索してきて、それを様々な観点(答えの形としてあってるか(誰? って聞かれてて人名になっているか)、キーワードがどれだけ一致してるかなど)からスコアをつけて確信度の高い答えを答える
ここにも、タクソノミーやオントロジーが出てくる

CHAPTER 5 人に近づくロボット

ホームロボット時代の夜明け  B. ゲイツ

ビル・ゲイツが、今のロボット業界は30年前のコンピュータ業界だっていう話
タイトルはホームロボットだけど、ロボット開発のための共通のプログラム言語みたいなものが必要だよね、みたいな話だった。同時並行性を処理できるような奴。
日常生活に溶け込んだロボットは、いわゆる二足歩行型のロボットっぽいロボットではないだろう、とも

心を持つロボット  P. ファン

2016年2月号掲載記事なので、これはかなり新しい
Siri、Pepper、Jiboなど出てきて、共感ロボット工学っていうものがこれから出てくるのでは、と。
筆者は音声認識の研究をしていて、共感モジュールの第一歩は音声認識からではないかということで、感情の特性を機械学習させている。
緊張しているかどうかを読み取るとか、あと、音楽のムードを聞き取る、とか

研究するロボット  R. D. キング

論文を検索して、実験して、推論するロボットを実際に開発したという話。
研究ロボット「アダム」は、酵母酵素がどの遺伝子にコードされているか仮説をたてて、実験をして確かめた。
どういう実験をするかもロボット自身が組み立てていて、仮説を最小のコストで確かめられるような実験を組み立てるようにしていて、一つの実験で複数の仮説を確かめるような、人間では苦手な実験設計もできた。