小島寛之『数学的推論が世界を変える―金融・ゲーム・コンピューター』

小島寛之が、様相論理について書いている本が出たと聞いたので読んでみた。
ゲーム理論と可能世界意味論を組み合わせて共有知識を定式化し、共有知識によって通貨攻撃を説明するというもの。


様相論理といっても、必然性や可能性の話ではなく、その応用編(?)にあたる認識論理(本書では「知識についての論理」と書かれている)について。
様相論理や可能世界意味論は、必然性や可能性以外にも、時制や義務、そして認識(「〜について知っている」)の分析にも使われている。
最後の章まで出てこないけど、最後の章で、共有知識をこれを使って定式化していて楽しい


以下目次(著者ブログより)

まえがき −数学的推論で時代を見通す−
第1章 数学でマネーを稼ぐ人たち −ギャンブルからアルゴトレーディングまで−
ブラックジャックの必勝法、ヘッジファンドクオンツ、アルゴトレーディング、リスクの制御
第2章 数学的推論とは何か −トレーディングを支える原理−
命題論理と述語論理、ヒルベルトと数理論理学、構文論、自然演繹の推論規則
第3章 コンピューターにできること・できないこと
コンピューターの計算、チューリングマシン、コンピューター・チェス、コンピューターと人間の違い、ハイデガーの<被投性>、コンピューターと金融市場
第4章 「正しい」とはどういうことか −「可能世界」から考える−
自然演繹の推論能力、可能世界、真理値、健全性定理、完全性定理
第5章 「知っていること」を知っている −ゲーム理論の推論−
動学ゲーム、逆向き推論、合理性の問題、オーマンの相互推論、ルービンシュタインのマシンゲーム、アルゴトレーディングの均衡
第6章 なぜリスクを根絶できないのか −「不完全性定理」から考える−
対角線論法チューリングマシンの計算不可能性、不完全性定理、リスク制御の問題
第7章 金融バトルを解きあかす −「新しい推論」は何をもたらすか−
通貨危機ジョージ・ソロスの哲学、共有知識と可能世界、様相論理、クリプキ意味論、グローバルゲーム
コラム1 ゲーデル数の作り方
コラム2 対角化定理の証明の概要  
新著の目次+様相論理のお勧め本 - hiroyukikojimaの日記


奇数章で金融やコンピュータの話をし、偶数章で論理学の話をするという構成。
偶数章の論理学編の方は、論理学の基礎から始まって、不完全性定理にまで至る。
分析哲学の本を読むから、論理記号などは見慣れているけれど、論理学自体の勉強は何年も前に『論理学をつくる』ってやったきりしていないので、シンタクスの方の自然演繹とか導出図とか、あーこういうのやったなーみたいな感じで読んでた。
健全性定理と完全性定理の話とか。メモっておこう。
健全性定理:n個の論理式X1……Xnという解消されていない前提から、数理論理によって、論理式Yが結論として導出できるとする。このとき、論理式X1……Xnがすべて真となる可能世界では、Yも必ず真となる
完全性定理:n個の論理式X1……Xnが全て真となるすべての可能世界において、Yも真となるとする。このとき、数理論理によって、X1……Xnという前提からYを結論として導出できる。
ただ、不完全性定理の部分は、途中で諦めました。すみません。
基本、論理学パートは論理学パートで独立していて、あまり金融とかの話は出てこないけれども、それでもそこでの内容が後半の章に繋がっていく感じはある。しかし、不完全性定理の部分だけは浮いていた気がする。対角線論法を使うとどんなリスクにも対応できる金融商品は作ることができないことが分かる、みたいな絡め方はしていたけど。


奇数章は、色々なエピソードを交えながら、金融やコンピュータの話を進めている。
第一章は、確率とか計算したりしてギャンブルで稼いだこんな人たちがいたよという話から始まって、そこからクオンツへと話が移り、さらにそこではマイクロ秒という単位で勝負しなければならないのでコンピュータが使われていて、コンピュータによる自動取引をアルゴトレーティングと呼ぶ、と。
2010年5月6日にニューヨークで瞬間的に株価が急落した「2時45分のクラッシュ」あるいは「フラッシュ・クラッシュ」と呼ばれる現象が紹介される。これは、アルゴリズムの衝突が原因だったのではないかと言われているらしい。
第三章では、論理学とコンピュータの関係、チューリングマシンの話などをしたあと、コンピュータと人間の違いについて論じられる。ここで著者は、ハイデガーの〈世界−内−存在〉あるいは〈被投性〉をあげる。世界に投げ出されている以上、自分の行動はどのようなものであっても(何もしないという行動すら)状況に影響を与える。人間はそういう状況の中で、推論したり判断したり理解したりしている*1
で、第五章では、ゲーム理論と共有知識へと話が進む。
ムカデゲームにおける囚人のジレンマから。プレイヤーが十分に知的で合理的だと、利得の少ないところに均衡してしまうという奴だが、この均衡に至るにおいて、プレイヤーはどのような推論を行っているのか。
「「「プレイヤーBは合理的である」とプレイヤーAは知っている」ということをプレイヤーBは知っている」*2といった知識階層が想定される。このような複雑な推論が人間に可能なのかは怪しいが、コンピュータならば可能である*3
数学者・経済学者ロバート・オーマンは、可能世界論を使って、この多層的な知識階層を分析した。
各プレイヤーがどのようなプレイスタイル(合理的か否かなど)と知識構造を持っているかに応じてそれぞれの可能世界があるとする。
各プレイヤーは、各可能世界を区別したり区別できなかったりする=「知識構造」を持っている。例えば、(w1,w2)(w3,w4)という知識構造を持つプレイヤーは、現実世界がw1であるとき、自分がw1にいるかw2にいるか区別できないが、w3やw4にいないことは分かる。
各プレイヤーは、自分がどのプレイスタイルなのかは分かるが、相手がどのプレイスタイルかなのかは知識構造などから推論する。
また、アリエル・ルービンシュタインは、推論の複雑さをコストとして扱うとどうなるかを研究した(上記したように、あまりに複雑な推論は人間にはできないのではないかという点から)。
そして、第七章
通貨危機について、共有知識と認識論理から迫る
90年代の、欧州、メキシコ、アジアで起きた通貨危機に関わっていたと噂されている「クォンタムファンド」を率いるソロスの話から。ソロスは、自分のファンドに「クォンタム」の名を冠しているのだが、ハイゼンベルクを崇拝しているかららしい。不確定性が座右の銘らしいが、それをソロスなりに理論化したものが紹介される。世界→理解という関数関係と理解→世界という関数関係が渾然一体となっていることを、ソロスは再帰性と呼んだ。世界について誤って理解してしまったとしても、その理解が世界に影響を与える。ゆえに、バブルは不可避なのだとソロスはいう。この「再帰性」を、筆者は〈被投性〉と結びつける*4
通過攻撃が成功するためには、攻撃を受ける国の財政基盤が脆弱で、なおかつ他のファンドも追従することが必要となる。
このためには、各ファンドがそれぞれ、その国の財政が脆弱であると知っているだけでは不十分で、それが攻撃ファンド同士で共有されていることも必要になる。
これをオーマンのモデルを使って分析する。そしてここでは、例えば知A(知B(脆弱である))といった命題の真理値が必要になる。そこでクリプキ意味論。
また、ヒュン・ソン・シンは「証明可能性」からオーマンのモデルを再構築する。プレイヤーAが最初に持っている命題のセットとトートロジーと自然演繹から命題Pが証明できるとき、知A(p)が真であると定義した。ここから、多層の知識についての真理値を定めることを示した
さらに、ルービンシュタインは可能世界に確率を加えて、さらにモーリスとシンがそれを通貨攻撃へと応用する。
最後に、このモーリスとシンによる通貨攻撃のモデルが説明される。


この最後の最後が、分からなかった。
というわけで、誰か教えてくれたら教えて欲しいんだけど
p.227で、プレイヤーBがプレイヤーAが必ず攻撃すると推論できるのはなんで?
プレイヤーBは、自分がw2かw3にいるか区別できないっていうことは、プレイヤーAの行動についても、w2なら攻撃するけど、w3なら攻撃しないと推論されるのではないの?
このあとで、「w1での「攻撃成功の確実性」がw2まで伝播し」ていると書かれているけど、どういうこと?

追記

kugyoさんからの説明を受けて、解決した。
まず、伝播の件については、彼の説明をそのまま引用しておく。

伝播の話は,w1での利得が6もあるために,Aの知識構造では(w1, w2)のどちらであるか決められないにも関わらず,Aは攻撃を決断できることを言っているんだと思います.w1で攻撃したときの利得が2未満なら,Aにとって平均が0を割るので,Aは攻撃しないでしょう.

BがAの攻撃を推論できることについては、僕が誤解をしていた。
僕は、
「w2において、「Bは「Aが攻撃する」と推論できる」」と思っていたのだが、そうではなくて
「Bは、「w2においてAが攻撃する」と推論できる」
のようで、これなら分かる。
そして、Bは期待値を計算した上で、攻撃する。このBの期待値計算についても、忘れてた。
というか、w3でAは攻撃しないじゃん(じゃあ、w2かw3か区別できないBには、Aが攻撃するかどうか分からないじゃん)と思っていたのだが、そもそも、w3においてAが攻撃するかどうかはBの利得にとって関係ないので、気にしなくていいのだった。あくまで、w2においてAが攻撃するかどうかさえ推論できれば、Bは自分の行動を決められる。

数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)

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*1:このことって、ハイデガーという名前を出してこなくても十分説明できることだと思うんだけど、なんでハイデガー出てきたんだろう。まあ、〈被投性〉っていうキーワードが使えるのは便利かもしれないけど。あと、ハイデガー持ち出しているのはは正確には筆者ではなく、ウィノグラード+フローレンスだけど

*2:これを知B(知A(Bは合理的))と表す

*3:ということで、論理学と金融とをコンピュータを仲介にして繋ぐというのが本書の基本方針

*4:ところで、筆者はコンピュータの章で説明した再帰性とこの再帰性は異なるとい書いていて、多分recursiveとreflectiveの違いなんだろうなあと思ったが、そこまでは書いてなかった