チャールズ・ストロス『アッチェレランド』

ストロスは以前、『シンギュラリティ・スカイ』を読んだのだけど、まあこれ以上はいいかという感じになって、本書を読むのが遅れてしまった。
が、こっちは面白かった。
ほぼ現代から始まって人類がシンギュラリティを迎え追い抜かれていく様を、マックス家親子4世代、およそ一世紀(ただし、最後の方は2世紀くらい飛ぶけど)にわたって描いている。
コンピュータで脳を拡張して、人格をコンピュータ上にアップロードしてといった、サイバーでギークな感じもありつつ、ダイソンスフィアやワームホールや深宇宙が出てくる宇宙ものでもあり、なるほど、シンギュラリティSFってこういうことなのかなと思った。
また、訳者補遺に「本書には大量のジャーゴンがぎっしり詰め込まれている。説明はほとんどなく、そこがめくるめく翻弄感の源泉でもあるのだが」とあるように、とかく情報量がすごいけど、それが楽しい。勢いで結構読めるし。
同じく訳者補遺には、様々な訛りが混在していて、「主語なし文やWe is のような文法エラーが乱舞している。?われわれたち?の原文はwe-us」とある。「われわれたち」は結構印象的で、おーなるほどーと思った。小飼弾の解説でも「本書を訳出するのと、本書を読破するために英語を学ぶのとどちらが楽か? 後者じゃなかろうか」と書かれていたり。
フランス系の人やムスリムも出てくるので、そのあたりでも色んな言葉が混ざる感じがある。


しかし、話としては規模のでかい夫婦喧嘩なのだが(不正確な要約w)


全部で三部構成になっている。
第一部の主人公(であり、全体を通しての中心人物)のマンフレッド・マックスは、類いまれなるアイデアマンで、世界中に自分のアイデアを無償で提供しまくる、恵与経済(アガルミクス)を実践している*1。ちなみに、舞台はアムステルダム
マンフレッドの最初の妻であるパメラは、アメリカが斜陽になっている時代の典型的な保守層で、徴税官をやっており、アメリカで税金を納めるべきであるのに納めないマンフレッドを追いかけ続けている。プライベートではSMの女王みたいな人で、そういう意味でもマンフレッドを支配したいみたいなところがあり、当初はマンフレッドもそういうアグレッシブなところに惚れていたのだが、二人の価値観はあまりにも違いすぎて、ズレていく。
人類とポストヒューマンがどんどん進化していくという他に、パメラがマンフレッドに復讐すべく色々と仕掛けるというのが物語の縦軸となっている。
第一部では、ロブスター*2のアップロードが、宇宙へ亡命させてほしいとマンフレッドに接触してくるところから始まる。宇宙開発が停滞していたこの時代に、マンフレッドはロブスターを宇宙へと送り出す計画を進行させる。そんな中、SETIによって地球外知性からのメッセージと思われるものが発見される。一方で、将来を見越して、アップロード知性にも権利を認める政治運動を行う。また、稀少性をベースとしない経済を作ろうとする。
第一部で出てくる重要人物は他に、
マンフレッドのマネージャーとなり、二人目の妻となる、〈アリアンスペース〉社のアネット、イタリアの政治家ジャンニ
マンフレッドが寵愛し、かつそれでいてパメラのスパイ(?)となっているペットロボット、アイネコ
それから〈フランクリン集成(コレクティブ)〉という、ボブ・フランクリンという男のアップロードを自らの脳の一部で走らせている集団
第一部で、マンフレッドはなんかすごいメガネwをかけてて、絶えず情報を摂取して、自分の世評というパラメータを始終気にしている。しきりに、わーわーテンション高く駆け回っている感じ。


この作品の特徴として、SF的なガジェットや設定や展開はてんこもりなのだけど、バトルは、法・経済的なところで起こるというのがあるかも。第一部でも第二部でも、パメラとマンフレッドは、色々な法体系をうまく使いながら、訴訟を多重に起こして相手を攻撃したり、出し抜いたりしようとしている。


第二部の主人公は、マンフレッドとパメラの間の娘、アンバー。彼女は、生まれた時からマンフレッドに直接会ったことはなく、パメラに育てられるが、気質としてはマンフレッドに近く、保守的な教育方針を押しつけるパメラから逃げ出そうとする。
アイネコを通じて、マンフレッドとアネットによって、パメラから逃げ出す手段を受け取るアンバー。
それは、いまだに奴隷契約の存在するイエメンにダミー会社を作り、その会社とアンバーが奴隷契約を結ぶ、かつその会社を所有する信託基金の出資者にアンバーがなる、というもの。アンバーが成年に達すると、この会社の管理権は全てアンバーのものになるので、アンバーは晴れて自由の身というわけである。
また、地球のどこにいてもパメラは追いかけてくると考えられるので、乗組員の多くが10代を占める木星へ向かう宇宙船のクルーとして潜り込むのである(この船に〈フランクリン集成〉もいる)。
ところが、パメラはそこにも手を伸ばす。木星圏にいる、イスラム裁判官サーデクに訴えを起こすのである。
まあ、でも第二部のメインはそこではなくて、地球外生命体との接触
第一部でアイネコが受信していた地球外知性からのメッセージによると、褐色矮星ヒュンダイの軌道上にワームホールネットワークのルーターがあるという。
アンバーは、木星圏に自らを女王とするマックス帝国を築いているのだが、アップロード知性となって小型の宇宙船を使ってそのルーターを目指すこととなる
ワームホールネットワークの先に見たのは、ダイソン球を使ったマトリョーシカ・ブレインに救う詐欺師達であった。
シンギュラリティを超えた知性は、惑星を次々とダイソン球に作り替えて超巨大なコンピュータ(演算素(コンピュートロニウム))にしてしまう。しかし、恒星から離れるとエネルギーが不足し、十分な帯域幅を得られないので、超知性体は恒星からは離れようとしない(フェルミの逆説への答え)。
ところが、何故かこのマトリョーシカ・ブレインを作った超知性はどこかへといなくなってしまった。その代わり、その空間には限られた帯域幅を巡って他の知性を詐欺にかけようとする知性(〈博愛商会〉など。もとは企業)が巣くっていた。
太陽系は太陽系で、アップロード知性がシンギュラリティを超えてポスト・ヒューマンとなって内帯の惑星を演算素へと作り替えて、着々とマトリョーシカ・ブレインを作りつつあった。ただ、肉体を離れようとしない人類もいて、地球はそのままになっている。


第三部の主人公は、アンバーの息子であるサーハン。
ただし、アンバーは、褐色矮星ヒュンダイに向かう際に、アップロードとなったバージョンと木星になったバージョンに分裂しており、第二部のアンバーは前者。前者は、木星に向かうクルーだった頃から親しかったピエールとくっつくのだが、後者は、帝国の経営に失敗し、後継者の必要性が生まれてサーデクと結婚する。それで生まれたのがサーハン。マックス帝国は没落の一途を辿り、ピエールは自殺し、アンバーとサーデクも姿をくらましてしまう。
土星の睡蓮都市(リリパッド・シティ)で歴史家として自らの家系の歴史を書こうとしていたサーハンのもとに、地球からパメラが訪れる。彼女は、元の肉体のまま、保守的な価値観を維持し、マンフレッドとアンバーへの暗い感情をもって生きていた。
そんなところに、ヒュンダイへ向かったアンバーらが戻ってくる。
地球圏のポストヒューマンは、太陽系のマトリョーシカ・ブレインの中でエコノミクス2.0を作り上げ、もはや肉体を所有するオーソヒューマンには理解不可能な活動を展開していた。土星圏に暮らす、肉体を所有している人類たちは、物質的には人類史上もっとも豊かな状況にあったが、一方で太陽系全体の経済の中では、圧倒的な貧者であった。
サーハンのもとに、パメラ、アンバー、アネット、アイネコ、そして何故かハトの群れとなっているマンフレッドとマックス一族が終結する。
マックス帝国の負債を回収すべく、エコノミクス2.0から執行吏がやってくる。アンバーたちは、マトリョーシカ・ブレインから脱出するときに一緒にやってきたナメクジ(エコノミクス2.0に感染するネズミ講)をぶつけて対抗しようとするが、パメラが妨害してくる。しかし、最後の最後でパメラが。
一時的な危機は脱するものの、どっちにしろこのまま土星にいたら、ポストヒューマンに追いやられるので、ここから脱出しようとアンバーとアネットは政治運動を始める。
ちなみにこの頃の土星は、地球圏から次々と復元者が送り込まれている。地球圏の意図は不明。
アンバーは選挙で負けるが、一部の人類は、何故か戻ってきたロブスターの宇宙船を使って脱出する。一方、ロブスターからの交換条件として、アンバーらは、ネットワークの探索に趣く。
残った人類達は、太陽系からは離れて、褐色矮星系や恒星間にハビタットを作り、それをワームホールネットワークで繋いで、細々と生活するようになる。
サーハンはリタと結婚し、マンフレッドのクローンであるマニを息子として育てている。
そのマニに、再びマックス一族の前に姿を現したアイネコが接触する。
さらに、死んだはずのパメラが復活し、アップロードとして睡眠(死)と復活を繰り返していたマンフレッドも再び受肉する。
ついに、超知性と接触ができたのか、どうかは分からないが、実はマックス一族はアイネコにずっと手玉にとられていただけだったらしいということが明らかになり、ようやくマンフレッドとパメラは結ばれる。めでたし、めでたし。


ゴーストとかインスタンスとか固有(アイゲン)○○とか、人格をどんどん分裂させたりなんだりするのが、サイバー感ある(小並感)


何故か911が最後の方でちらっと出てくる
最後の方で、ニュージャパンとか宮崎ムービーとか出てくる
ここらへんは、「え、それはどうなの」って思った
あと、エコノミクス2.0とかもどうなのと思ったけど、小飼弾によると、2.0をオライリーよりも先に使ったのがこの本らしい。
とかく色んな言葉が出てくる


アッチェレランド (海外SFノヴェルズ)

アッチェレランド (海外SFノヴェルズ)

*1:早速、ギークっぽいw

*2:あのロブスターである