ケン・リュウ編『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』

その名の通り、現代中国SFの中短編を集めたアンソロジー
この順番で読むことになったのは本当に偶々なのだけど、高行健『霊山』 - logical cypher scapeに続いて、中国小説を読んだことになる。


ケン・リュウが編者となり7人の作家の13作品を集め、英訳したもの(をさらに日本語訳したもの)
さらに最後に3つのエッセイも収録されている
ケン・リュウが序文において、中国SFの特徴は何かとよく聞かれるけど、アメリカSFの特徴は何か聞かれれば百人が百通りの答えをだすはずで、中国SFも多様であること、政治批判的な文脈で読み解く誘惑にかられるかもしれないが、どうかそれに抗して読んでほしいこと、翻訳して内容が伝わりやすいものや自分の好みによって集めているので、必ずしも本アンソロジーを「代表的な作品である」とは思わないでほしいこと、を注意している。
実際、かなり多様な作品が集められているように思う。
また、劉慈欣を除き、全員が80后(80年代生まれ)の若い作家であるのも特徴的だろう。半数が女性作家でもあるようだ。


「鼠年」「童童の夏」「沈黙都市」「見えない惑星」「蛍火の墓」「円」あたりが面白かったかなー

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)

序文 中国の夢/ケン・リュウ
陳楸帆
 鼠年
 麗江の魚
 沙嘴の華
夏笳
 百鬼夜行
 童童の夏
 龍馬夜行
馬伯傭
 沈黙都市
郝景芳
 見えない惑星
 折りたたみ北京
糖匪
 コールガール
程婧波
 蛍火の墓
劉慈欣
 円
 神様の介護係
エッセイ
 ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF/劉慈欣
 引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF/陳楸帆
 中国SFを中国たらしめているものは何か?/夏笳
解説/立原透耶

陳楸帆(チェン・チウファン

1981年生まれ
作家、脚本家、コラムニストであり百度のマネージャーも務める
また、元グーグル社員らしい
収録されている3作品からは、サイバーパンク系な作風を感じる

鼠年

就職先の大学生たちが、鼠駆除部隊に駆り出される
遺伝子操作によって二足歩行するようになった特殊な鼠
駆除作戦の実情と、軍が世間に報道している内容は食い違っているし、鼠たちは知性めいたものを持っているようだし
中国語初出2009年
英語初出2013年
SFマガジン2014年5月号掲載
中原尚哉訳

麗江の魚

『SFマガジン2017年6月号』 - logical cypher scapeに載ってた
ストレス障害で休職を余儀なくされた主人公が訪れた麗江
道を歩く犬もロボット、青空も最新技術で保たれているというその街で出会った女性の正体は。
時間感覚を狂わされた患者ペアによる治療だった。
魚すらホログラムという、空虚感
中国語初出2006年
英語初出2011年
SFマガジン2017年6月号掲載
中原尚哉訳

沙嘴の華

土地バブルが崩壊しスラム化した深センの一角にある村、沙嘴
かつて電子部品の工場労働者だったが、そこの製品を盗み出し逃亡し、沙嘴村に隠れ住む主人公
夫のDVに悩む娼婦、雪蓮を救うため、一計を案じるが
罪悪感を解消するための偽薬は、結局さらなる罪悪を生じさせる
中国語初出2012年
英語初出2012年

夏笳(シア・ジア)

1984年生まれ
まあ、この人はなんかすごい人で、学部で大気科学を専攻したのち、院で文転し、中国では初めてSF研究で博士号取得者となる。
で、そのままSF作家かつ大学教員という人
実作と研究・批評をやって、さらに翻訳もやっているらしく、まあそれだけでもすごいのだが、しかし、これだけなら、まあいるかもなって話でもある。
ところが、ケン・リュウが書いている作者紹介の一番最後にさらっと「また映画作家、女優、画家、歌手でもある」と書いてあって「?!」となる。
彼女曰く、ハードSFでもソフトSFでもなく「ポリッジ(おかゆ)SF」とのこと

百鬼夜行

幽霊たちの暮らす街、百鬼夜行
「ぼく」は、その中で唯一幽霊ではない拾われっこで、女性の霊である小倩や豪傑の霊である燕に育てられている。
かつては遊びに来た人間たちでにぎわっていた百鬼夜行街も、今はすっかりさびれてしまっている。
いつかは、本物の人間の街へ行くべきかと考える「ぼく」
しかし、その「ぼく」も7歳より成長しない……

中国語初出2010年
英語初出2012年
中原尚哉訳

童童の夏

瀬名秀明の昔のロボットSFみたいな感じ
老人の介護用ロボットの話なのだけど、テレイクジステンスで動くロボットで、大学生が操作しているのだが
主人公の祖父はそれに介護されていたのだが、ある時、自分の友人をそのテレイクジステンス・ロボットを通じて看病する
ここから、老人がテレイクジステンスを通じて、自分の技能を生かせるようになっていく、と

中国語初出2014年
英語初出2014年
中原尚哉訳

龍馬夜行

龍馬とは以下の映像に出てくる奴のこと

下の映像に出てくる蜘蛛との戦いについても、作中で触れられている

おそらく人類滅亡後、荒廃した世界で目覚める龍馬があてどもなく旅を続け、しばし蝙蝠と旅路を共にする話
百鬼夜行街」とはまた別の意味でファンタジック・幻想的な作品

中国語初出2015年
英語初出本書(2016)
中原尚哉訳

馬伯傭(マー・ボーヨン)

1980年生まれ
SFだけでなく、歴史小説武侠小説、ファンタジーなど様々なジャンルを手掛けているらしい
中国の歴史からの引用などが盛り込まれた作品が多いらしく、中には、中国の茶の歴史をもとにした、中国の架空のコーヒー史とか、ジャンヌ・ダルクを主人公にした武侠ものとか、があると
「沈黙都市」は、そうした馬作品とは傾向が異なり、中国について詳しくない読者でもわかりやすいもの、というチョイスらしい
ケン・リュウとしては、中国政府への風刺としては読まないでほしいと注意を述べているが、一方で、中国語版では検閲を回避するために書き換えていた部分を、英語にするあたりに書き直した部分などあるらしい

沈黙都市

インターネットが完全に政府の管理下にある、2046年のとある国が舞台
自由なインターネットはもはや見る影もなく、日々更新されていく「健全語リスト」に載っている言葉しか使うことはできない
日々の生活は、そのように完全管理されたネットで完結するようになっていて、外出して物理的に他の人と会話したりする機会は少なく、またその場合も、健全語だけで会話しているか確認するための機器を装着することを義務付けられている。
少しでも自由な会話が欲しくて、BBSへの申請をした主人公
BBSについて、閲覧申請や参加申請をしなくてはならず、しかもそのためにはわざわざ役所の窓口まで出向かないといけないのである
そうまでして参加にこぎつけたBBSであったが、当然ながらそこにも全く自由はない
だが、主人公は、窓口でもらった書類やフォーラムの中に暗号が隠されているのを発見する。
それは秘密の「会話クラブ」の場所を示していた
週に1回、政府当局から隠れて、自由な会話・交流を楽しむ会話クラブ。主人公はその4人目の会員となった。
会話クラブでは、『1984年』を暗記していた女性が、暗唱してくれたりする。
しかし、そのような自由な日々も長くは続かないのであった
中国語初出2005年
英語初出2011年
中原尚哉訳

郝景芳(ハオ・ジンファン)

1984年生まれ
「折りたたみ北京」で2016年ヒューゴー賞
学部生時代に物理学を専攻したのち、経済学で博士号取得
SFと純文学など、ジャンル横断的な作家とのこと

見えない惑星

様々な惑星の知的生命体についてを紹介していく話
虚言癖のあるチチラハ人、あらゆる知識体系を相対化してしまうビンウォー人など
さらには、夏と冬とが交代する惑星で、夏の間にしか活動しない種族と冬の間にしか活動しない種族とにわかれていて、互いに存在を知らない、とか
極地地帯にすむ巨大な種族と、赤道地帯にすむ小さな種族とで、互いに存在は知っているが、相手が知的生命体だとはわからずに共存している惑星とか
ラマルク進化する種族とダーウィン進化する種族とか
自己というものが非常に曖昧な種族とか

中国語初出2010年
英語初出2013年
中原尚哉訳

折りたたみ北京

時間によって、街が折り畳みられる北京。時間帯を3つに分割して、人々が暮らす街
第一スペース、第二スペース、第三スペースと分かれていて、第一スペースは24時間を過ごす、第二スペースと第三スペースは次の24時間を昼と夜に分けて過ごしている。第一スペースが富裕層、第三スペースが下層労働者層、第二スペースがその中間というすみわけがされている。
主人公は、第三スペースで暮らす中年男性で、第二スペースの学生に頼まれて、第一スペースにいる女性に、学生からの手紙を届けにいくという話
第三スペースの人が勝手に第一スペースに行くのは犯罪で、都市が動くときにできる隙間に隠れて、移動する。大金が報酬としてもらえるので危険を冒して行く
同じ街でありながら、見たことのなかった別の階層の人々の暮らす世界を垣間見てしまう、という話だけど、そこで、実は自分たちは虐げられていたのか、と目覚めたりする、という話ではなくて、ただただ別世界だなあ、という感じで享受する
中国語初出2014年
英語初出2015年
大谷真弓訳

糖匪

SFだけでなくファンタジー、おとぎ話、武侠小説や評論も書く
また、ドキュメンタリー写真家やダンサーとしても活動
日本のSF大会をはじめ、世界各国のワールドコンにも参加してまわっているらしい。

コールガール

女子高生の糖小一は、男たちに特別な体験――お話を売る。
それは、犬の形をしているが、世界を構成する情報の一部
ある日の客は、しかし、普通の「犬」では満足せず、彼女は世界を構成するデータの海へと連れていく……
かなり短めの短編で、やや掴みがたかった

中国語初出2014年
英語初出2013年*1
大谷真弓訳

程婧波(チョン・ジンボー)

1983年生まれ
SFのみならず、主流文学を掲載する文芸誌『人民文学』でも作品を書いている
ケン・リュウによる紹介文曰く「多層的で夢のようなイメージ」「メタファーの論理と入り組んだ構文」「暗示的な表現」
巻末の解説では「幻想的で美しい世界観」「華麗で緻密な文章表現」と紹介されている。
実際、本書に掲載されている「蛍火の墓」は、文章も世界も物語も美しい作品だと思う。

蛍火の墓

SFともファンタジーともつかない世界観の作品
主人公は、ロザマンド(世界の薔薇)と呼ばれる少女で、人々を率いる女性を母にもつ
故郷の惑星は滅びかけ、星々は次々と光を失っていく。
人々は、夏への扉を抜けて〈無重力都市〉という惑星へと移住する。
ただ、人々が乗っているのが牛車で、惑星と惑星とを巨大な塔がつないでそこを渡り歩いていったりする。
母は、〈無重力都市〉の城の中へと消える。ロザマンドは、〈無重力都市〉の魔術師と出会う。
母とかつての恋人の関係がもたらす、宇宙の熱的死(?)
騎士がロザマンドのために探してきた星のかけら

仄暗いなか、秘密の母のような母の姿が浮かびました。
人類は時の流れを渡って、まっすぐに夏への扉をめざしていました。そのとき私たちの小さな惑星は、無限の宇宙のなかを一滴の露のようにこぼれ、惑星の残骸がなす平面へと落ちていました。
雪止鳥の鳴き声が変わりました。重力でちぎれた雲間を飛んでいた柔らかく脆弱な鳥たちが、ふいに未知の力にとらえられたのです。驚いた群れは一匹の巨大な電気鰻のように空いっぱいにのたうちました。それぞれの鳥が鰻の鱗のようでした。

祭司は、愛する女がたくさんの難民を率いてくるところを一目見てわかるように、宇宙の明かりをすべて消しました。騎士は、消えない炎が私の黒い瞳の孤独をいやせるように、星のかけらを持ち帰りました。母は夜と、私は昼と一体になったわけです。

星の明かりが消える理由で、赤色巨星がうんぬんといった記述もあったりはするけれど
あと、星のかけらが何百万本もの光線を放ち、溶かしてしまうというのは、やはり核反応かなんかなのか

中国語初出2005年
英語初出2014年
中原尚哉訳

劉慈欣(リウ・ツーシン)

1968年生まれ
銀河賞を、1999年から2006年まで連続8年受賞した中国SFを代表する作家
2008年に刊行された『三体』から始まる〈三体〉三部作が特に人気で、ケン・リュウの英訳により、2015年、翻訳ものとして初のヒューゴー賞受賞
ハードSFの作家として知られているとのこと

秦を舞台にした人間コンピュータもの
暗殺者荊軻は、政王に恭順の意を示す。荊軻は、数学の才を生かして次々と有用な発明を行い、政の信頼を得る。
そして、円周率には不老不死の秘密が隠されていると吹き込むと、2年で1万桁計算するように命じられる。
この無理難題に対して荊軻は、しかし、兵士3人で1つの論理ゲートの役割をおわせ、それを組み合わせることで巨大な計算陣形を作り出すことを考案するのだった
「高速保存(クイックストレージ)小陣形」とか「後入先出記憶(スタックメモリー)小陣形」とか出てくるのちょっと面白い。


英語初出2014年
(『三体』から抜粋した章の改作、とのこと)
中原尚哉訳

神様の介護係

これまた、ちょっと違った雰囲気の作品
ある時、巨大な宇宙船が地球にやってくる。現れたのは、大量の老人たち。彼らは自分たちは神であり、養ってほしいと頼んでくる。
はるか昔、地球に生命の種をまき、文明が現れるのを待っていたという。
種族として老年期に達した彼らは、介護を頼みにきたのだという。
高度な技術を与えるという条件を聞いて受け入れる地球人だったのだけど、あまりにも高度すぎて地球人が使えるようになるのは何百年もかかりそうで、とうの神様たちは、既に知的レベルが落ちてしまって説明できない、という有様
ちなみに、数億人という規模できているので、地球人の各家庭に1人受け入れるという体制
最初は嬉々として神様たちを受け入れたのだけど、今ではすっかり邪魔者扱い。
ちょっと星新一ショートショートっぽさもあるような話
恐竜は失敗だったとか言ってるのは納得いかんけどな


中国語初出2005年
英語初出2012年
中原尚哉訳

エッセイ

ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF/劉慈欣

中国SFの簡単な歴史と、『三体』が中国でどのような人気を得ているのか、という内容
中国SFの始まりを20世紀の変わり目においている。なんと、梁啓超がSF短編を書いているらしい。
その後、中国では長く、科学とテクノロジーのすばらしさを広めるための手段としてSFが用いられる。ところで、ここでは、人民共和国成立後に書かれたSFが、意外と共産主義をテーマにはしていなかったと述べられている
80年代から西欧SFの影響が入ってくる。
90年代から多様化・グローバル化しはじめ、他方で楽観主義が消滅していく
『三体』刊行当時の中国SFは、ジャンルの細分化が進みタコつぼ化していたという。そして劉と編集者も、第一巻と第二巻では外部に開かれた作品を目指したが、第三巻では一部のハードSFファン向けなものとして作ったという。ところが、一番人気が出たのは第三巻だったとか
初出2014年
鳴庭真人訳

引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF/陳楸帆

自分たちと同世代が、単に同じ時期に生まれたという以外は、価値観もライフスタイルもみなバラバラでひとくくりにはできない、という話から、中国が抱える亀裂、あるいは絶望といったものを指摘しつつも、一方で、未来が暗いばかりではなくて、希望もあるという可能性をSFとして描こうとしているという旨の話
会社員として働く中で、自分よりも若い80年代後半〜90年代生まれの人々のあいだに、少子高齢化による疲弊感と不安があることを感じるとか、ネット上では、政府の言うことには何でも反対する人たちと、ナショナリズムに閉じこもって肯定感を得ている人たちが、日々炎上合戦を行っているとか、書かれており、そうした点で、中国も日本も変わらないんだなーと思ったりした。
少子高齢化なんて、中国は日本よりもさらに速い速度で進むわけだしなー


初出2014年
鳴庭真人訳

中国SFを中国たらしめているものは何か?/夏笳

こちらも簡単な中国SF史
初期の作品としては1910年のものをあげているが、科学技術の発展した未来を描く作品
民共和国の成立後は、「社会主義文学の一支流」となり、革命的理想主義のもと、進歩への楽観主義を描いてきた、と。
しかし、蠟小平の改革開放以後、未来への理想主義、ユートピア的なものが消えていく
また、70年代末から欧米のSFが入ってくるようになって、欧米SFと中国SFの差を見せつけられる。世界の潮流にキャッチアップしていきたいという動きと、その中で中国的なものをどう位置づけるかという動きが起きる
西欧の読者は中国SFを読むことで中国の近代化を追体験することができるだろうし、一方で、現代の中国SFは、もはや中国を描いたものばかりではなく、世界に共通するモチーフを描いているんだよ、とも(その中で、夏は自作の「百鬼夜行街」のイメージのもとになった幾人かの作家の名前をあげており、その中に宮崎駿もいる)
初出2014年
鳴庭真人訳
 

*1:特に何の説明もされていないのだが、クレジットを見ると英語の方が早い