5月後半に読んだ本・雑誌

現代思想ダーウィン

「鳥のさえずり行動と四つの質問」岡ノ谷一夫
「ArtHistoryとNaturalHistory」田中純
思ったほど面白くなかった
「「エボデボ革命」はどの程度革命的なのか」戸田山和久
勉強になった。発生から見る遺伝子。(環境とかによって変わる非コード領域の重要性)
「ブックガイド」

現代思想2009年4月臨時増刊号 総特集=ダーウィン 『種の起源』の系統樹

現代思想2009年4月臨時増刊号 総特集=ダーウィン 『種の起源』の系統樹

福永信「コップとコッペパンとペン」

どんどん視点と時間が進んでいって、何じゃこりゃ
(『文學界2004年2月号』)

ポール・オースター『最後の物たちの国で』

単純に泣ける。
現代の寓話というわけだが、雰囲気としてはかなり貧しい時期の共産国という感じだが、ワープア話として読むことも容易。
最初はかなり抽象的・幻想的な雰囲気なのだが、途中からはかなり具体的になってくる。物がなくなっていくというのはファンタジックな意味合いではなく、かなり即物的な意味合いでのそれである。
その中で、しかしやはりオースターなのであって、書くこと・言葉が一貫して背景にはある。
そもそもこの小説自体が、その国に入り込んでしまったある女性の手紙である。
彼女がその国で共に暮らした老女が、声をなくしたからこそその言葉はある、とされる。
また、彼女が探し、出会い、愛した男性は、本を書き上げることのみを生きる糧としていた、

最後の物たちの国で

最後の物たちの国で

Xamoschi

イーガン論。
順列都市』には、非物質的な精神というものが密輸入されていることを指摘する。
そのことがまさにイーガンの楽観主義を支えているのだろうなと思った。これをさらに突き進めて、物質性・肉体性によって精神性を塗りつぶそうとすると、『虐殺器官』になる感じ。
ジャンル論とヒップホップ。
ここでいうジャンル論というのは、「文学とは何か」といった自己言及的な言説のこと。それがヒップホップにおいて何故ないのか、ということを、日本のヒップホップがそもそも海外文化の翻訳・批評として成立しているからだと答える。

ヴォネガット『猫のゆりかご』

ヴォネガットヴォネガットだなあ、としか言いようがないw
まあわりと面白いんだけど、かといって滅茶苦茶好きというわけでもないんだよなあ。

西田幾多郎善の研究

sakstyle『善の研究』を、滅茶苦茶飛ばしながらも、ざーっと読んだ(というか眺めたというか)。西田というと「純粋直観」という言葉しか知らないレベルだけど、「統一力」というのがキーワード(?)になってた
9:03 PM May 31st from web
sakstyle「統一」なー。心情的には惹かれるんだけど、理屈としては納得いかない。ベルクソン読んだときと同じ気持ち。あの時は、持続だった。
9:05 PM May 31st from web
sakstyleあとものすごく大雑把にしか知らないのだけど、西田→京都学派→大東亜共栄圏という図式があるので、ここで言われている「統一」も、そのように読んでしまう
9:06 PM May 31st from web
sakstyleファシズムとか全然分からんけど、最近ちょっと気になるってる。文フリで買った『Fvol.4』がきっかけだけど。セカイ系ファシズム、みたいな? あとさっきパラパラ読んでた奴に、大江と三島が互いに互いをファシストと呼びあって喜んでいたという記述を見つけたり
9:12 PM May 31st from web

善の研究 (岩波文庫)

善の研究 (岩波文庫)