伊坂幸太郎編『小説の惑星 ノーザンブルーベリー篇』

伊坂幸太郎が、自分の好きな小説でドリームチームを組んだという短編アンソロジー
自分は先に伊坂幸太郎編『小説の惑星 オーシャンラズベリー篇』 - logical cypher scape2を読んだが、どちらから先に読めばよいとかいうことはないので、このちょっと不思議な名前になっているようだ。
ショートショートや掌編が多め。
一條次郎「ヘルメット・オブ・アイアン」が傑作。

眉村卓「賭けの天才」

ショートショート
会社の同僚が、賭けが好きで、非常に些細なこと(課長の電話が午後に何回鳴るかとか)でも賭けにして、しかも全て勝っている。
主人公の語り手はさすがに訝しんで、「お前、未来視してねぇ?」と聞く(実際のセリフはこんなセリフではないです)
その後、その同僚は会社を辞めて格闘技を習い始める。主人公は、あいつは一体どんな未来を見たんだろうと恐れる。
同僚自身は、未来視能力があるともないとも言わないので、主人公のただの妄想という可能性も残した宙づり状態になっている。

井伏鱒二「休憩時間」

これも掌編小説
井伏鱒二は、国語の教科書か何かで「山椒魚」は読んだことがあったと思うのだけど、もう何も覚えていない……。
これは、大学の文学部の教室で休み時間に思い思いに過ごす学生たちの話
禁止である下駄を履いてきて、寮監の学生に連行される奴がいたり、その学生を助けるために靴をカンパしたいと巫山戯半分で宣言する奴がいたり、黒板に詩を書き殴って部屋を出ていく奴がいたり
全体的に、まるで舞台劇を見ているかのようでもある。
今の学生、というか自分の学生時代だった頃だって、こんなことは起きえなかったし、全体的に芝居がかった話なのだが、一方で、学生特有のエートスみたいなものとしてはひょっとして今でもリアルなところがあるんじゃないかなと思わせる作品

谷川俊太郎「コカコーラ・レッスン」

掌編小説というべきか散文詩というべきか
少年が、言葉を知る

町田康「工夫の減さん」

町田康って、雑誌に載ってた短編を2作ほど読んだことがあるくらいで、これまでほとんど読んだことがなく、それで読んだ時もそこまでピンとこなかった作家
とはいえ、世間的な評価は高いし、伊坂も収録作を選ぶにあたり、作品名ではなく作家名で思い浮かんだのが町田康であり、町田作品ならどれでも面白いと絶賛している。
で、実際この作品は、わりと面白かった。
タイトルにある「減さん」は人名で、何かと節約のための「工夫」をするのだけど、それのせいで逆にうまくいかなくて、貯金もうまくいかないという人
どうしようもない人のどうしようもない人生、というか

泡坂妻夫「煙の殺意」

テレビ大好きな刑事が、殺人現場であるアパートの一室につくなり、その部屋のテレビをつける。
テレビでは、現場からほど近い百貨店で出た大規模な火災のニュースを繰り返し流している。
現場の実況見分よりもそちらが気になって仕方ない刑事と、逆にそのような世間のニュースには全く興味がなく遺体に並々ならぬ興味を寄せる鑑識の2人が事件を推理していく。
犯人も自首していて、動機も凶器もはっきりして、ある意味では何のニュースバリューもなさそうな殺人事件と、多くの犠牲者を出して世間の耳目を集めている大火災とが、次第に結びついていく。
非常に些細な現場の矛盾から、いかにもミステリ的な(?)荒唐無稽な動機が浮かび上がってくる推理の過程が面白いが、テレビ大好きの刑事が実はすごい推理するのかなと思って読んでいたら、実は全然そんなことなくて、その推理を主導しているのが鑑識の方というのも面白かった。
あと、火災の起きている百貨店が、「品質の悪いものを高く売る」というモットーで、接客態度も悪い(ことを逆にウリにしている)という謎の設定だった。

佐藤哲也『Plan B』より「神々」「侵略」「美女」「仙女」

それぞれ1ページにも満たない超ショートショート
SFないしファンタジー的な設定・ボキャブラリーを用いながら、おかしみのあるオチがついている。

芥川龍之介杜子春

超有名な作品だけど、読んだことなかったかもしれない。
収録理由は、次の一條作品にある。
(伊坂は、芥川で好きな作品は他にあると述べている)

一條次郎「ヘルメット・オブ・アイアン」

一條次郎は、伊坂幸太郎も選考委員を務めた公募賞から2015年にデビューした作家とのこと。
本作は「杜子春」のパロディであるのだが、単なるパロディであることを超えて、夢と現実との境界が失われ、自分とは何かも分からなくなっていくディック的な結末が待っている。
結末はディック的なのだが、本作全体に漂う雰囲気は非常にユーモアに満ちていて、一体何を読まされたんだという感覚になる。

古井由吉「先導獣の話」

去年の9月に古井由吉『木犀の日 古井由吉自薦短編集』 - logical cypher scape2で読んだので、半年ぶりの再読。また、『戦後短篇小説再発見』の9巻にも収録されているようで、評価の高い作品なのだろう。
とはいえ、なかなか難しい作品ではある。
大雑把に言えば、先導獣・無垢・無恥・パニックを引き起こすもの・個性・自己への耽溺・犬儒と、群れ・秩序が対比されていて、主人公は前者に憎しみを抱いている。
しかし、殲滅兵器とかいまいちよく分からないし、単純にどっちかに区分されるというわけではなくて、その境界のグラデーションみたいなものも感じられる(隠れて喧嘩してる2人とか)。そもそも、都会の静けさと田舎の騒がしさの対比とかは、また別の対比だと思うし。
主人公は、前者を憎んでいるけれど、主人公自身にそうした気配がないともいえない。


群れの中で、突如走り出す獣の話。あるいは、チーターに追われて、追い抜かれても走り続ける草食獣のパニックならぬパニックについて。
都会育ちの主人公が、会社の転勤で田舎暮しをして、その後妻子を伴って再度都会へ戻る。すると、都会の静けさ(通勤ラッシュの、人が多いのに整然としている感じ)が恐ろしく感じられるようになる。
駅で見た男の話
会社のとある先輩の話
電車の事故で動きの止まった群衆と隠れて喧嘩する男たち
殲滅兵器
学生運動のデモに巻き込まれて怪我した話

宮部みゆきサボテンの花

宮部みゆきはこれまで、SF傑作選とかに収録されたSF短編はいくつか読んでいたことがあるのだけど、ミステリは読んだことがなかった。
といって、本作がミステリと言えるかどうかは分からない。
小学校の教頭先生が主人公。
6年生でクラス別に卒業研究を行うという学校で、6年1組が「サボテンに超能力があるか調べる」というテーマを掲げたのに対して、担任がさじを投げてしまい、教頭は1組の生徒たちの自主性を重んじようとしている。
1組の生徒たちの「自主性」には、これまでも大人たちは困らされてきた中、教頭はそんな彼らができるだけ自由にやれるようにやってきた。
その教頭が困り果てて相談相手にしているのは、秋本という大学生。
この秋本も、実は1組の生徒たちが「スカウト」した学生で、秋本は彼らのことを面白い奴らだと思っている。
で、この超能力の研究が、実は一体なんだったのか、というのが最後に明らかになる。
謎があり、それが明らかになるという点では、ミステリといえばミステリか。
紋切り型な言い方になってしまうが、小学校の先生と生徒との間の感動的な心の交流を描いた作品、という言い方もできると思う。
「1組の奴ら、なかなかやるじゃん」みたいな結末である。
謎の解決と感動とがうまく結びついている話で、伊坂はそこがすごく気に入っているようで、自分で小説を書くときは「サボテンの花」のように書こう、と思っているらしい。